第四話「願いは現実の拒絶なのか?」 4

 彩花は指定場所に電動スクータで向かった。近所ではあるが、山の中腹である指定場所まで体力のない彩花が歩いていくのはしんどいからだ。コミュータでできない移動は、電動のスクータでするのがここの学生の常で、彩花も例に漏れず、血を吐く思いでコミュニケーションポイントを使い切って免許を取った。

 夜の山は電灯がいくつかちらついていたが、あまり手入れがされていないようだった。

 指定された広場は体育でやったバスケットのコートほどの広さだろう。その中に、ベンチがいくつか置かれているだけの質素な公園だ。登山途中の休憩所として活用されているのだろう。

 もちろん、この時間に夜の山に入る人間はいない。

 どうやらプレイヤーは人目の少ない場所を好むようだ。年頃の少女たちがやる遊びにしては子どもっぽいからかもしれない。その程度の意識はあるに違いない。

 だったらやめればいいのに、という思いがあるが、それは彼女たちの自由だろう。

 なんだって選択の自由が尊重される世の中なのだ。

「よっ」

 指定場所にはすでに紗希がいて、対戦相手と談笑をしていた。紗希は最初に会ったときのようなパーカーにジーンズというラフな格好で立っていた。

 本気で敵対しているわけではなく、あくまでゲームの相手なのだから、勝負の前には談笑することもあるだろう。

 いきなり勝負を始めようとする紗希やミチルの方が少数派なのだ。

『プレイヤーが近くにいます。ヒットしました。相手の認証は成功しています。グリモア名はレラージュ、Bクラスです。ムルムル、Aクラスです。フルフル、Aクラスです』

 ゲームの範囲に入ったようで、レンズに情報が入る。

 事前情報の通り、相手は二人だ。

 ベンチに座っていた二人が立ち上がる。

 まずは一人目、髪を短く切り、半袖のシャツにスパッツという軽装をしている少女だ。今にも走り出してもおかしくない、陸上選手のような出で立ちだ。

「私は黒(くろ)井(い)こなた。君が久慈さんだね」

 返答を待たず、もう一人が話し始める。

「私は黒井かなた」

 こなたと違い、髪は伸ばしてまとめられている。おさげというのだろう。膝下の長めのスカートを穿き、大人しい黒めのブラウスを着ていた。雰囲気は指定制服に近いだろうか。

 彼女は一条と同じく、青いフレームの端末用メガネをしていた。

 双子だからなのか、声質は同じだ。

 ただ声色はだいぶ違う。

 こなたは落ち着いているというよりは、どことなく艶めかしいというか、生温かさを感じる声だ。

 かなたの声からは大人しさがにじみ出ていた。どちらかというと、かなたは自分に近いと彩花は思った。

 顔も年は同じはずなのに、こなたの方が声と髪型のせいか男性っぽい中性的な雰囲気を感じさせた。それにおどおどついてくるのがかなただろうか。

 メガネのかなたが頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 行きしなに彩花は紗希から話を聞いていた。

 対戦相手、双子の黒井姉妹は二対二のタッグマッチを希望していた。

 紗希によれば、二人で行動しているプレイヤーもわずかながら存在しているらしい。

 その相手たちをすべて倒しているのが黒井姉妹だ。そうして対戦相手がいなくなったところで、ミチルを通して私たちに声がかかったのだろう。

 私たち。

 つまりは彩花と紗希の二人だ。

 共同作業がこれ以上なく苦手な彩花にとって、苦渋の決断だったが、すでに連続で二敗している。何敗すればゲームから降りなくてはいけないかは知らないが、やめないと決めたのであればできれば勝てる勝負をしたい。そうなれば、経験がある紗希とともに勝負に挑むのは悪くない選択肢だろう。

 ギリギリ仕方ない、という判断をして、彩花は勝負を了承した。

 かなり手慣れているのは黒井姉妹だろうから、勝てる見込みはほとんどないのだけど、と彩花は自己分析をする。

「それじゃ、やろうか」

 こなたが言う。

 それを合図に紗希がこちらへとやってくる。

 手を上げて紗希が再び挨拶をする。

「よろしくな」

「足を、引っ張らないように、する」

 彩花は右手を握りしめる。

「そう硬くなるなよ、まあ、なるようになるさ」

 彩花と紗希の二人は練習はしていない。

 行き当たりばったりな、初めての共同作業だ。

「それじゃ、私たちから」

 どうやら、詠唱は交互に、という暗黙のルールがあるらしい。

 こなたとかなたの二人が向かい合わせになって両手を合わせ、指を絡ませる。

 お互いの顔を寄せて、額がぶつかりそう、実際にぶつけているのかもしれないほど近づける。

『グリモワール。我は汝に命ず、神の名に従い、神の意志をなす我が命に従い、万物の主の威光にかけて、鏡の中に現れよ』

 二人が綺麗に声を揃えて詠唱をした。まるで合唱をするかのように、ぴったりと息があっている。

 やっぱりみんな言うんだ、と彩花は呆れつつも感心をしていた。

 二人の足元にサークルが出現し、お互いのサークルの一部が重なり合う。

 お互いの右手の薬指に嵌められた指輪が光り出す。

 ショートカットの少女、こなたがまず口を開く。

「ムルムル」

 こなたの指輪から現れたグリモア、ムルムルは白骨死体、骸骨だった。その骸骨が、二匹の蛇が巻き付いている杖を右手に持ち、金色の王冠を被っている。

 おさげでメガネの少女、かなたもそれに続く。

「フルフル」

 かなたのグリモア、フルフルは角のある鹿だ。注目すべきなのは、その尻尾が真っ赤な炎で形作られ、ゆらゆらと揺れているところだろう。

「なあ、彩花」

 彩花の右側に立っている紗希が彩花を見て言う。

「うん」

「あれ、やってみるか?」

 あれ、とは向かい合わせになって詠唱することだろう。

「それは、絶対嫌」

 察した彩花が拒否をする。

 恥ずかしいにもほどがある。

「だけどな、タッグマッチは味方であることを示すために、召喚時に触れていないといけなんだ」

 なんだその制約はと彩花は思うが、複数人数がいると敵味方の判定ができなくなるからだろう。

「で、でも」

「仕方ないだろ、あそこまでしなくてもいいから、さ」

 紗希が地面と水平に左手を差し出し、手のひらを彩花に向ける。

「……わかった」

 彩花も右手を出し、紗希の手のひらに合わせた。熱は高い方から低い方へ、紗希の高い体温を彩花は感じていた。

「それじゃいくぞ。グリモワール! 我は汝に命ず、神の名に従い、神の意志をなす我が命に従い、万物の主の威光にかけて、鏡の中に現れよ!」

 ノリノリで紗希が詠唱をする。

「レラージュ! 出てこい!」

 手を合わせているところから妖精が飛び出て、ぴょんと跳ねた。

「グリモワール。サミジーナ」

 彩花はミチルに教えてもらった通り、最低限の詠唱をした。

「それ、一番面白くないやつだぞ」

「い、いいの」

 サークルの出現とほぼ同時に指輪が光り、彩花はパッと紗希から手を離した。

 彩花の前に騎士剣を持つサミジーナが出現する。

「彩花」

 紗希がこなたとかなたを見たまま、彩花に言う。

「なに?」

「『その』話は、あとで聞く」

 紗希が首にかけていたヘッドフォンを耳に被せる。

「……うん」

 ゲームの範囲に入れば相手のグリモア名とクラスは自動的にわかってしまう。

 当然、紗希は彩花のサミジーナのクラスがCからAへ昇格していることに気が付いていただろう。

「ねえ、君。彩花さん」

 サミジーナを見たこなたが首を傾げた。

「それ、祈のだろう?」

「え、知っているの?」

 突然の言葉に、彩花の胸が跳ね上がる。

 ここで祈の名前を聞くとは思わなかった。

「知っているというか」

『ゲーティアの起動を確認しました。ゲームを開始します』

 こなたが答える前に、空から降りてきた白いワンピースの少女から無機質な声が発せられた。

 頭に乗せているカエルが、ゲコリと鳴いた。

「こなちゃん、時間」

 何かを言いかけたこなたをかなたが制止した。

「そうだな、ゲームが終わってからにしよう」

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