第14話 心地よい朝

「んっ、んぅー」


窓から差し込む陽の光と体の重みによって目覚めたアルベルトは上体を起こし気持ち良さそうに大きく背伸びをする。この時間は俺の中で少しの時間だがとても心地よい時間だ、窓から差し込む暖かい陽の光、まだ少し眠っている体を伸ばして覚ます動作、目の前で俺の体を重くしている女を見る時間を。

はぁー、とアルベルトは至福の時間を切り裂く、深い溜息をつく。


「アル様? どうかされましたか?」

「はぁーー」


アルベルトは先程の溜息よりも深い溜息をつく。どうやら俺の上に乗っている女はなぜ俺がわざと溜息をしたのか分からないらしい。落胆していたアルベルトは何か閃いたようにパッと顔を上げる、そしてアルベルトの上で本当に不思議そうに顔を傾げているフリースを見て確信する。こいつは……頭がちょっと、あれなのか?アルベルトは深く頷く。その行動にフリースはまたも不思議そうにする。


「フリース、重いからおりてくれないか、下半身が潰れそうだ」

「嫌です! フリースはアル様と離れたくありません! ですから結婚してください!!」


フリースはよりいっそうアルベルトに猫のようにすり寄りながら近づいていく。


「はっきりそのまま倍にして返す! 嫌だ」

「そっ、そんなー……アル様はフリースのことが嫌いなんですか……」


今まで見たことない真剣な顔のフリースに戸惑ってしまうアルベルト。嫌いではない、ただ俺がそっけない態度をするのは……


「いや、俺はお前のことを嫌いだと思ったことはない、しかしだなー、俺にもプ」

「そうですか! そんなにフリースの事を思ってくださっていたのですね!」


フリースはアルベルトの声を遮るようにして言い放った。


「いや俺は途中までしか言ってないが……」

「その続きは『プリティーなフリースにすりすりしたいから、早くお前に降りてもらって後ろからすりすりしたいだけだ』ですよね!?」


アルベルトは石のように固まってしまった。こいつはどんだけ妄想力が豊かなんだ、そこだけは褒めるべきか……。しかしフリースは隙を与えずに喋り続ける。


「まさかアル様がそんなにフリースの事を想っていてくださっていたとは……もうこれは結ばれたという事でよろしいですね!!」


フリースは満面の笑みでふざけた妄想を語っている。本当は『プライベート空間というものがあるから、なるべく朝は一人でいたいだけなんだ』と言いたかったんだが……


「フリース、俺が言おうとしたのはなー、プ」

「失礼いたします、アル様」


アルベルトが真実を告げようとした瞬間ドアが開いた、そこに現れたのは食堂で働いているミネアだった。


「なっ!、何をしているんですか!? アル様!!」

「あー……いつもの事だから心配しなくていいぞ」

「でっ、でもその体勢は……そのぉ」

「すまないなミネア、すぐに終わらせるから少し待っててくれ」


そういうとアルベルトはフリースの肩に手を置く。そしてフゥー、と深呼吸をする。


「アル様ー、フリースは人に見られていては、少し恥ずかしいかもです……」

「……ふん!!」


アルベルトは今まで重みの原因となっていた物を空中に放り投げる。ミネアはその光景を見て思わず目を丸くする。そして投げられたフリースはそのまま空中で『ですよねー』と言いながら体勢を直して着地する。しかし着地が失敗したのか、そのまま転げてしまう。しかしすぐに立ち上がってアルベルトの方を見る。


「アル様ー、フリースはアル様の冒険者登録についてはなしに来ただけなのにひどいです……グスン」

「ならなぜ俺の上に乗っかる必要があったんだ!? ……その話は後で聞くから先に行っててくれ」


アルベルトは嫌がるフリースを部屋の外に出す。


「ミネア、悪いんだが部屋の外で待っててくれないか?」

「はっ、はい! わかりました」


アルベルトは着替えるためにミネアを部屋から出す。しかし部屋の外にいるミネアは顔を両手で覆っていた。


「アッ、アル様が扉の向こうで着替えてらっしゃる、扉の向こうはアル様の裸が……」


ミネアは顔を赤くし、いかがわしい妄想をしていた。しかし急に真顔になる。


「だけど……あの女、アル様の上に乗っていましたわね……なんと不潔な、次そんな事をしたらどんな罰を与えましょうか……」


ミネアが嫉妬に満ちた顔でいるとドアが開く。そしてアルベルトが姿を現した。


「ミネア、待たせてすまなかった、話は食堂でしよう」

「は、はい! ……アル様と二人きり!!」


ミネアは歩き出すアルベルトに背を向けて体を縮めていた。それに気づいたアルベルトはミネアに呼びかける。それに反応したミネアは、はい! と言ってアルベルトの後ろをついて行く。


「ミネア? これじゃあ喋りづらいから横に来てくれないか?」


アルベルトが横に来るように促す。ミネアは体をもじもじさせながらアルベルトの横に立とうとする。しかし。


「おーい! アルー!!」


後ろからハルマが走ってきた。それに反応したミネアはチッ、と舌打ちをしてアルベルトが振り向く前に、右手に力を込めてハルマの顔面を殴りつける。その攻撃に反応できなかったハルマは床に叩きつけられる。

アルベルトは何があった……と質問をする。


「何か、後ろで声がしましたね?……あっ! ハルマさんが倒れています! 多分転んだんですね」

「どうかしたのか? ハルマ?」

「……うぅっ、いってーなぁーこのっ!?」


ミネアは隠し持っていたナイフをチラリとハルマに見せつける。


「うっ!!……こっ、ころんでしまってー、ドジだなーぼくは、あはははー」


ハルマは冷や汗をかいて棒読みでそうアルベルトに答える。するとミネアが先に行きましょう、と促す。そしてハルマに向かって爽やかに微笑みながら『つ、ぎ、は、ナ、イ、フ、を、の、ど、に」と声を出さないで口の形で伝える。ハルマがギョッとした顔をしたのを見てミネアはアルベルトの元に行く。


「……悪魔だ……」


ハルマはそう、青い顔をしながら呟いたのであった。








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