第2話 食堂の鬼

「はっ!?」


アルベルトは驚いて目を覚ます。

またこの夢か……何だろうか、この不快な夢をここ2、3日よく見るようになった。

いつも怪物に倒されて谷に落ちるという夢を、これはただの夢だ、俺とは関係のない夢だ、ここ最近見るのは多分ストレスかなんかだろうと自分に言い聞かせる。それでもなおアルベルトは不思議に思う。なぜ夢の中なのに感情が鮮明に浮き上がってくるのか、なぜ痛みを伴ったのかというのが、気になって仕方がなかった。アルベルトはさらにその答えを求めようとする。しかし考えるのがめんどくさくなり、アルベルトはため息をつく。


「なんだろうな……」


アルベルトは光が差し込む窓から見える綺麗に建ち並ぶ街並みを見る。

ここ、ベルガナント王国の東部に位置するフリーメルは冒険者や討伐隊といった者が依頼を受けたり、装備を整えるための鍛冶屋などが街にいくつもある。この街の特徴はそれぞれのギルドで必ずと言ってもいいぐらいに一つの団が専属で付いているということである。それを意味するのは、ほとんどのギルドが駆け出しの冒険家には少し難しい依頼を持っているということだ。


「……で、なんでお前はそこにいるんだ?」


街並みを眺め終わったアルベルトは窓から顔を逸らしながら鋭い声でそう言う。

目の前を見ると、肩までかかるぐらいの深い緑色がかった美しい髪色の小柄な女性が息を荒らしながら俺に乗っている。目の前のこの光景は俺が『焔の双神』という団に助けてもらって一時的に、ギルド『旅の始点』に住み着くようになった頃から、毎朝のようにみる光景だ。この異様な光景がもたらすのは、何度言ってもやめてくれないことに対する諦めと、めんどくさいという感情。しかしながらこの光景は俺自身の朝の習慣となってしまった。


「アル様がうなされていたので心配で心配で……チラッ」

「ハイハイ、そうですか、有難うございましたフリースさん」

「どう致しまして! ……ではアル様! 私と結婚してくださる、ということでよろしいですね!」


朝の習慣を済ませるために、アルベルトは、やれやれといったそぶりで、ふぅー、と息を整える。そして大きな声で。


「するかぁぁぁぁぁぁあ!!」


目の前の私欲に溺れた醜い女をベットから放り投げる。


「ですよねぇぇーー」


アルベルトはいつも通りの習慣を終わらせると、嫌がるフリースを無理やり部屋の外に出し、『焔の双神』の基本的な伸縮性の高い服を着用する。そして鏡を見て自分の姿を確認する。


「っと、こんなもんか」


鏡に移された自分の姿は、白色の髪の毛、整った顔立ち、高い身長、細くしなやかな身体、赤い線を施した黒い服、そして右は燃え上がるような赤、左は何もかも包み込むような青色の眼をしたオッドアイの青年。

自分の姿を確認し終える。すると右どなりにあるドアが開く。


「よっ!」

「ああ、おはようさん」


目の前にいる青年は俺がここに運ばれた時に、同じくして運ばれて来たという赤い髪の毛と金色の目が特徴の青年。


「ハルマ」

「どうした名前なんか読んで、さては寂しくなったかー?」


するとハルマはジリジリと近づいてくる


「俺は同性愛ではないぞ」


「なっ、俺はちゃんと女が好きだよ、勘違いは困るなぁー」

「んじゃ離れろ、噂するぞ」

「ヒィッ! お許しをー」


とまぁ、結構癖の強いやつだがいい奴であるのは変わりない。

ハルマは部屋から出る。そしてアルベルトも、呆れながら自分の仮部屋から出る。


「さて、行くか」

「行きましょう! アルさん!」

「さんはやめろ、息苦しい」


アルベルトはそう言うと、食堂に向かう。


「アルー、今日なに食う?」

「いつも通りでいいだろ」

「俺は、新メニューの薫製肉のドロドロペースト添えを食べてみようかなと思う!!」

「いいんじゃないか」


アルベルトは素っ気なく答える。

こいつ、ハルマは食堂の新メニューには目がない、以前ハルマに直接聞いたところ「冒険は、男のロマンだろ?」というわけのわからないことを言っていた。俺にはその思考はわからない。なぜ不味いとわかっていて食べるのか。それともこいつはそういうことに興味があるのか……いやいやそんなことはないはずだ。てかなんで俺はこんなことを考えているんだ。アルベルトはくだらないことに頭を悩ませたことにため息をつく。


 そして「旅の始点」の建物の中に統合された食堂に着くと、そこはいつも通りに、朝から酒を飲む者、朝食を摂る者、今後の作戦を決める者で賑わっていた。奥の方にある大きな鎧が、ここはギルドの店という匂いを漂わせている。


「えっとー、席はここでいいか?」

「いや……俺は隣の席に座るから」

「えぇーそっちなのーやだー俺も一緒に食べ……ヒィッ!」


アルベルトは殺気の含んだ目でハルマを睨みつけている。


「わかりました!僕はここで食べます」


そんな会話をしていると、料理の注文を受け付ける金色にも似た茶髪のミネアがやってくる。


「ご注文はどうなさいますか? アル様!」

「俺はとりあえず、いつもの」

「んじゃ俺はー」


一旦ミネアは厨房に戻る、そして鋭いナイフを持ってくる。


「あれ、なんだっけ新メニューの……あっ」

「早くしてくださいまして?」


ミネアはナイフをテーブルに勢いよく突き刺す。


「ヒィッ! し、新メニューの燻製肉をドロドロにしたやつ、く、ください!」

「はい、わかりましたー」


ミネアは何故か嬉しそうな顔をして去ろうとする。

なぜ、あんなに嬉しそうな顔をするのかというと……多分ストレス発散だろう。女は怖い、そういう怖さに触れないためにハルマとは面倒ながらも別の席にしたのだ。


「ミネア、俺の料理はミネアが作ってはくれないか?」

「はい! アル様!!」


ミネアは軽い足取りで厨房に行く。

なぜ、ミネアに料理を頼んだかというと、それは単純なこと、絶品だからだ。たしかに食堂長の料理は美味いが、ミネアの料理はなぜかそれを超えている。懐かしい味といったほうがいいか、そんな味なのだ。


「しっかしお前もモテるよなー……うらやまし」

「なんのことだ?」


ハルマは、鈍感だなこいつは、いつになってももてないぞ、やれやれ……という顔をしながらごちゃごちゃ喋っている。別に俺は好かれたいからやってるわけでもないし、好かれているというような感じを受けたようなこともない。


「いや、だからお前は女から受ける態度が俺とは違うなーって」


ハルマは真顔でそう言う。馬鹿かこいつは、自分のしたことがわからないなんて。アルベルトは急に相手を見下す顔になってハルマを見る。こいつ、ハルマはギルドにある女子専用の風呂を覗き『旅の始点』を利用している女冒険者、および団に所属する女を敵に回し、しかもそのことを気づいていないアホだ。そんなんだから女子のストレス発散に使われるんだ、だからお前とは一緒に居たくないんだ。アルベルトは見下す態度をやめ、そこに元より存在がなかったような顔をして別の席に行こうとする。


「やっほー! アルさん! ハルマ!」


席を立とうとした時、突然声をかけられる。声がした方向を見るとそこには親しい姿があった。


「おはようさん」

「おぉーやっときたかー、待ちくたびれたぞ」

「ごめんごめん、ちょっと用事あって」


目の前で手を合わせて謝っている、髪を一つに縛っている青年は、俺がここに来たときからよく話しかけて来るファスティーだ。団には入っておらず他のパーティーに入っている。年下だが俺よりもギルドのこと、装備のこと、そして魔法のことを熟知している。俺からしたら先輩に近い存在だ。


「それよりもアルさん! 僕、新しい魔法を使えるようになったんだよ!」

「そうか、どんな魔法なんだ?」

「それはですね!」


ファスティーが魔法のことを言おうとするが、注文していた料理が来る。


「はい! お待ちどう様ですアル様! こちら薫製肉のジューシー野菜炒め定食です! 私が愛を込めて作りました!!」


笑顔でそう言うとミネアはくるりと回転しお辞儀をする。


「ありがとう、ミネア、お前が作ってくれて嬉しいよ」


アルベルトは感謝を込めて言う。ミネアは一瞬顔を赤くするが、それを隠すように深いお辞儀をする。

そしてミネアは早々と何も言わないまま去っていった。


「はわわわ、あ、アル様に褒められてしまいましたわ……!」


ミネアは厨房に戻るとアルベルト達に聞こえないように、小さな声で騒いでいた。


「なんだあいつは、愛想のない奴だ」

「忙しいんだろ」

「そうだ僕も頼もうかな、すいませーん」

「はい! ご注文は?」

「僕は、えっとーアルさんのと同じでいいよ」

「はい! かしこまりましたー」


ミネアはお辞儀をすると忙しそうに去っていく。


「俺のはまだかー」

「お客様! ただいまできました!」


ミネアは来た、料理とナイフを持って。


「だーかーらー、怖いんだよお前はー!!」

「それではごゆっくりー」


嬉しそうな顔をし嬉しそうに去っていくミネア。


「フフッ、あの憎らしい男の腑抜けた顔が楽しみですわ」


声を最低限低くしているつもりだろうが、十分に聞こえてしまった。アルベルトは少しギョッとした表情でハルマの料理を見る。


「これが! 薫製肉のドロドロペースト添えかー!」


うん、これは自主規制だな。アルベルトは静かに頷く。


「なんか想像と違ったなー、薫製肉にドロドロのソースがかかっているのかと思ったー」


当たり前だ、それは「薫製肉のドロドロソース添え」ではなく「薫製肉をドロドロにしたやつ」なのだから。


「はい! どうぞー、ごゆっくりー」

「ありがとうございます」

「それじゃみんな揃ったな! んじゃいただくとしようか! いただきまーす!」

「いただきます」

「いただきます!!」


俺はこのジューシーな肉が入った野菜炒め定食を食べる、香ばしい匂いと刺激的な匂いが食欲をそそる。ミネアの愛がこもってるようだがいつも通りの絶品だ。


「んんーおいしー!」


アルベルトとファスティーが黙々と食べていると。


「ウブゥッ!!」


ハルマが顔を歪める。そして死にそうな声で感想を言う。


「……不味い……まずぅぅぅうぅぅぅぅぅぅう……くない」


ハルマがいつも食べている新メニューとは、新人の幼い女の子が余り物で作っている、要はおままごとの感じで作っている料理だ、不味いのは当然だが、今日は違う。あの食堂長が作っているのだから、不味くないのは当然なのだが「くない」のところを小さい声で言ったら……。


「誰がまずいだって!!」


食堂長が、鬼神の如く腕をしならせて放ったおたまは、一筋の光となってハルマの頭に直撃する。


「すいませ」


甲高い音を食堂中に響かてハルマは倒れる。

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