第103話 Battle against adversity ⑨
ハミルトンの走りをみていた者全てに衝撃を与えたらしく、各方面で早速動きがあった。
配信サイトのコメント欄にはハミルトンの速度に驚くコメントや対策を考えるコメントなどが見られ、視察に来ていた商社関連の人からはハミルトンの購入を検討する者、チームに所属する者は録画を開始する等していた。
そしてその流れは当然の如くビートグリズリー側も同様のようで、ハミルトン対策のためか先程と打って変わって後方へ機体を集中させてきていた。
『向こうはどうやら時間切れまで粘るつもりね』
『ハミルトンの走りをみて警戒を強めたというより、ハミルトンを見て他の機体にも隠し玉を疑うようになったというところでしょう』
祭と厚の考察が合っているのかはさておき、守備に重きを置いた編成となっているのは確かで、そうやすやすと攻め入る機会は与えられなさそうだ。
『どうしやすか姉御?』
『問題ないわ、どうせ次で決めるもの』
『というと?』
そして祭の作戦が皆へと共有される。
――――――――――――――――――――
ビートグリズリー側の作戦会議も終わり、ゲーム再スタートとなる。ボールキープはビートグリズリーから始まり早速自陣へ回して時間稼ぎに入った。
だがそこでビートグリズリーの選手達は再び驚く事となる。
『おおっと! インビクタスアムトは誰一人として動かないぞぉ!』
実況が叫ぶように、インビクタスアムトは一切動かなかったのだ。まるで時間稼ぎをしたければしてどうぞと言わんばかりに。
ゆえに、数分様子を見てからビートグリズリーが攻撃を仕掛けてみた。
ランニングバックがボールを持って走り、ハーフラインを超えてインビクタスアムト陣に。するとそれまで微動だにしなかったフロント機体達が一斉に集り始めてランニングバックを封じこめた。
『やはり自陣への侵入は許さないようですね。解説の甲斐さん、これをどうみますか?』
『あまり考えにくいのですが、ビートグリズリーは時間稼ぎに入ったのは見てわかります。しかしインビクタスアムトもまた時間稼ぎに入ったと見るのが妥当かもしれません』
『しかし現状点差はインビクタスアムトの方が低い、彼らが時間稼ぎをするメリットは無いと思われるのですが』
『そこですね、普通なら同点か追い越してから時間稼ぎに入るのですが、彼らは点差が開いた、それも負けている状況で行っています。
勝つ気がないのか、それとも何か秘策があるのか』
『少なくとも点差が開かないようにしているので勝つ気はあるように思えます』
その後も膠着した試合展開は続き、試合時間残り五分となる。インビクタスアムト側が大きく動きを見せたのだ。それまではビートグリズリーのパス回しに合わせてヘイクロウとカルサヴィナが動き回っていたのだが、試合終了五分前になったところでフロント機体が一斉に突進を始めてそれぞれの前方の機体に組み付いたのだ。
『動いたあああ!! 不動の試合展開が突然怒涛の動きを見せたあ!!』
『ビートグリズリーも警戒はしていたでしょうが、長く膠着していたため気が緩んだのでしょう。完全に不意をつかれましたね』
その通りだ。組みつかれた機体は全部で五機、うち二機はそのまま倒されてしまった。二機も倒されたのなら侵入ルートも二つ出来たも同義、うち右のルートからハミルトンがここぞとばかりに侵入して残像が残しながら駆け抜けていく。
『きたあああ!!』
『驚異的な速さですね』
だがいくら不意をついても、ハミルトンが速くても、事前に対策を練っていたビートグリズリーは慌てずエースの野中陽子が止めに入る。彼女の後ろには万が一のために更に三機が控えていた。
『流石はビートグリズリー、磐石の構え! ハミルトンはどう切り抜けるのか!』
『いやこれは』
解説が何か言おうとする前に答えは出た。ハミルトンは切り抜けようとしなかったのだ。手に持っていたボールをフィールドに投げ捨ててそのまま野中陽子の機体に組み付いた。
研修の頃から散々練習してきたバインドタックル。ハミルトンは半年前のぎこちなさが嘘のような軽やかな動きで野中陽子の機体を完全に拘束した。
『これはどういう事だ!? ボールを落としたのにゲームが止まらない!』
『いえ、アレはボールではありません。ウン……TJの頭です!』
TJの頭はその形状からウンコのように見えるのだが、実はボールと同じくらいのサイズなため色をボールに合わせて塗り、手で隠すように持てば意外とそれっぽくみえるのだ。
色がボールと同じく茶色になったため、よりウンコに近付いたのは仕様だ。
『つまりハミルトンは囮というわけですね!』
『ええ、そして本命が』
『ああっと、我々が話してる間にエルザレイスがボールを投げたあ!』
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