第90話 Side Story ②
それは枝垂健二が引っ越してから少し後、十月初めの出来事。
この日、一人の生徒が停学処分から復帰するのであった。夏休みを除いて三ヶ月の期間、実に長い停学であった。おかげで出席日数が足りなくなり留年確定となったが、学校側の配慮で病欠以外であと一日休めば留年という事に。
「恭介! あんた今日から学校でしょ! 早く起きなさい!」
部屋にずかずかと母親が乱入してきては、乱暴に布団をひっぺがして無理矢理起こす。寝起きでイライラしながらも、渋々布団から出て洗面所に行く。
洗顔と髭剃りを終えてから朝食をとる、時間はまだ余裕ある。
「制服着るのも久しぶりだ」
埃を被った制服に袖を通すとどこか新鮮な気持ちになった。
家を出ようとしたところ、母親から紙袋を手渡される。中には駅前にある甘味屋のお饅頭セットが入っていた。
「学校についたらちゃんとお詫びの品を渡すのよ、あんたいっぱい迷惑かけたんだから」
「あぁあの塩パン野郎か」
「わかったわね!?」
「わーてるよ、たく」
半ば追い出されるようにして家を後にする。いっそお饅頭を食べてしまおうかと脳裏をよぎったが、渡してない事がバレるとるまた面倒な事になりかねない、昼休みにでも渡しに行くか。
――――――――――――――――――――
上原宇佐美は元気だ。
どれぐらい元気かと問われたら、昼休みに塩パン七個をたいらげた後に塩あんパンを四個食べるくらい元気だ。特に胃袋方面が。
隣で一部始終を見てる澄雨も、流石に食欲が失せそうなレベルの食べっぷり。
「宇佐美先輩って結構食べますよね」
「そうかな?」
「まあ男子高校生て異常に食べる人種ですけど」
「あぁ、早弁してるのに学食で定食食べたりする子もいっぱいいるしね」
「宇佐美先輩もその類ですよね、特に塩パン」
「塩パンは別腹」
「初めて聞きました」
それはそれとして喉が乾いてきた。持ってきた水筒にはほうじ茶が入っているし、備え付けのウォーターサーバーにはまだ水がある。しかし、ここはやはり砂糖入った甘いジュースが飲みたいので自販機まで買いに行こう。
「僕ジュース買ってくるけど、澄雨ちゃんにも何か買ってこうか?」
「う〜ん、私は特に飲みたいものないですね」
「わかった行ってくる」
杖をついて教室をあとにした。
――――――――――――――――――――
宇佐美が出ていってから五分経った頃、入れ替わりで恭介が特別クラスの扉を開いた。
「おい上原はいるか?」
中に入るとあの時の事を嫌でも思い出す。思い返せばあの時調子にのりすぎたせいで股間を杖で滅多打ちにされるという悲惨な事になってしまった。
そのせいか自然と内股になる。
「宇佐美先輩ならいませんよ」
教室に残っていた澄雨が答えた。
「どこに行ったかわかるか?」
「ジュース買いに行くって言ってました」
「つーことは自販機か、サンキュ」
特別クラスを後にして恭介は近くの自販機まで移動するが、残念ながら宇佐美の姿は無かった。入れ違いになったか、別の自販機かと悩むが、そもそもさっきの子にお詫びの品を預けとけば良かったじゃないかと思い立った。
踵を返した瞬間、会いたくない人物とバッタリ遭遇する。
「てめぇ、九重か」
「あんた、確か宇佐美君をイジメ……いや逆か、名前なんだったかしら」
恭介達を停学にした九重祭と出くわしてしまった。彼女がいなければ日和見な教師陣もうやむやに事件を隠蔽していただろうし、退学したかつての彼女達もまだこの学校にいたに違いない。
ただ、全て自業自得なのは流石にわかっているため恨む様なことはない。
「井上恭介だ。別に覚えなくていい」
「ふーん、そ」
「ち、マジで興味無しかよ。あぁそうだ上原の居場所知ってるか?」
「宇佐美君? なんで知りたがるのよ」
祭の目は明らかに警戒の色が見える。報復するのかと思われているのかもしれない。
「ババアからお詫びの品渡すよう言われてんだよ、で上原はどこだよ、ジュース買いに行ったらしいが」
言いながら紙袋を顔のあたりまで持ち上げた。
「なんだ、宇佐美君なら多分一番奥の自販機だと思うわよ」
「よりによってあそこかよ、めんどくせぇ」
一番奥の自販機は学食や中庭など生徒が集まる場所から最も遠い実習棟の側にある。実習棟での授業の合間に買いに来る生徒や教師意外誰も利用しない。
つまり昼休みにわざわざそこまでいく生徒や教師はいないという事である。
めんどくさいのだ、遠いのはめんどくさいのだ。でも行かないといけないので恭介はとぼとぼと歩を進めるのであった。
「一応宇佐美君に連絡しとこうかしらね」
見送った祭が淡々とメッセージを送信した。
――――――――――――――――――――
恭介が実習棟横の自販機に辿り着くと、ベンチで宇佐美がコーンポタージュ飲んでた。
「よお、俺の事覚えてるか?」
「覚えてるよ。あの時はごめんね、おちんちんは平気?」
「俺の方が全部悪いからいいよ、それからこれ」
宇佐美の隣に紙袋を置いた。
「うちのババアから、お詫びの品だってよ」
「へぇありがとう。お饅頭だぁ、ねぇ一緒に食べない?」
「いや俺は」
断ろうとした矢先、恭介のお腹が空腹を訴えるかのようにキューと締め付けられる。思えば宇佐美を探していたせいでまだ昼食を食べていなかった。
「少し貰うわ」
隣に座ってから箱を開けた。地味な色合だがとても美味しそうな饅頭が箱に敷き詰められている。
二人揃って一個目に手をつけ一口で頬張った。
「こ、これは」
「なんといいますか」
「遠慮するな、普通に不味い」
お饅頭は残念ながら不味かった。餡子があまり甘くないとか周りを包む生地がボソボソしすぎてて食べづらいとか色々あり、不味い。
「ババアには俺から文句言っとく」
「あはは」
不味いが、二人は自然と二個目の饅頭に手をつけた。
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