外伝

第89話 Side Story ①


 ここは、地球より七万光年離れた星域にある惑星インビクタス。

 荒涼とした大地が広がるのに反し、点在する都市群は煌びやかかつ工業の発展を思わせる。道を歩けばそこかしこから鉄を叩く音が響き、熱を帯びた排気ガスが顔にかかることが多い。

 娯楽といえば酒とギャンブル、セックスと暴力、そして工業機械を使った球技、通称ゲネボールである。

 

「よお兄ちゃん、ここは立ち入り禁止だぜ」

 

 都市の一角、ゲネボールで賑わう区画に二人の少年が入ってきた。片方は背の低いあどけない表情の少年、もう一人はアンニュイな表情を浮かべた背の高い少年、彼らが歩いていると近くにいたガラの悪い男が前に立って道を塞ぎ威嚇する。

 立ち入り禁止と言っているが、別にそんな事は無いのでただ嫌がらせかカツアゲのどちらかを目的としているのは明らかである。

 男の威圧感に惑う事もなく、背の低い方の少年のが前に出た。

 

「よくわからないけど、工事でもしているのかい?」

「はっ、ほんとにそう思うか?」

 

 周りにいた他のガラの悪い男達が一斉に笑う。


「それじゃどういうわけなんだい?」

「そりゃ、俺様に通行料を払わなければ通れないからさ」

「いくら?」

「有り金全部だ」

「それは困る」

「なら帰るんだな」

「それも困る。この先に用事があるんだ」

「だったら力づくしかねぇな、もっともできればだがな」

 

 男が高笑いし、周りもからかうようにつられて笑う。


「なるほどそれは名案だ」

「は?」

 

 男が少し目を逸らした瞬間、少年は男の腕を掴んで片手で投げながら地面に組み伏せた。同時に腕の骨を折ってからその部分を踏みつける。

 

「ぎゃああああ! いてぇ! てめぇ何しやがる!!」

「ほれ」

 

 少年は再び踏みつけた足に体重をかける。また絶叫が聞こえた。

 

「ねぇ、ここを通してくれる?」

「誰が! おい早くこいつらを……」

 

 男が顔を上げると、周りにいたガラの悪い男達は全員伸びて地面に倒れていた。自分が倒されるほんの数秒の間に、他の仲間達が全員倒されていたのだ。


「君が叫んでる間に僕の友達がやってくれたんだ」

「くそぉ、てめぇら人間じゃねぇ!」

「ねぇ、通してくれる?」

 

 男は憎悪に満ちた目をしながら頷いた。

 

 

 ―――――――――――――――――――― 

 

 

 少年二人が奥へ行くと、それまで狭苦しい通路を歩いていたのが嘘のような拓けた場所にでた。そこはストリートゲネボールのフィールドであり、今まさにゲームが行われているところだった。

 二人の目の前で工業マシンが油を飛び散らせながらぶつかっている。

 

「さて、仕切ってるのは誰かな」

 

 キョロキョロと見回すと、ボロ切れを纏ったようなみすぼらしい身なりの人間が集まる中で、一人だけ綺麗に身支度を整えたスーツの男を見つけた。

 

「彼がそうみたいだ」

 

 近づいてみるが、程なくSPが現れて前を塞がれる。

 

「要件はなんだ小僧」

「ゲネボールのストリートバトルにでたいんだ」

「マシンはあるのか?」

「表通りの駐機場にある」

「いいだろう、話は通してやる。ここから反対側の駐機場にマシンを持ってこい、そこにいる受付に貴様らの名前を言えば試合にださせてやる」

「ワオ! 話が早くて助かる。意外だね」

「カモは多い方がいいからな」

「なるほど」

 

 確かに、カモは多い方がいい。

 SPに言われた通りに駐機場へマシンの入ったトレーラーを持ってくる。かなり広いスペースが取られているが、他の選手達のトレーラーや野ざらしにされたマシンのせいで中々停められるスペースがみつからない。ようやく見つけたスペースはトレーラーがギリギリ入る小さなものだった。

 苦労の末停めた時、隣のスペースにいたトサカ頭の男から声がかかる。

 

「ヘイ! 若気の至りで力試しかい?」

「まあ、そんなとこ。SPの人からはカモは多い方がいいからて言われて参加する事にしたんだ」

「はっははは、カモか!! せいぜい頑張るんだな」

「ありがとう、頑張るよ」

 

 おそらく男には少年達が裏世界で力試しをしに来た青二才にしか見えなかったのだろう。実際青二才ではあるのだが。

 他の選手達からもそう思われたらしく、最初のトサカ以外に絡もうとする者はいなかった。

 受付の所に行き、登録をする。

 

「選手名を登録しますのでお名前を口頭でお願いします」

「僕はUU、Uが二つでユーツーだ」

「……」

 

 アンニュイな方の少年は喋らない、ここ数時間UUの後ろをついていただけで、行動といえば先程の喧嘩の時ぐらいだ。

 

「喋っていいよ」

 

 とUUが言うと。

 

「いやっふぅぅぅぅ!! 僕様カイッフォオオオオオオオ!」


 途端にうるさくなった。

 

「ねえ見て見てわたくし凄く静かに黙ってたよね!? いやここまで黙ると最早アイデンティティの喪失というかむしろ新たなアイデンティティの獲得と言っても過言ではないね、いやないね! つまり性癖の解放!

 ここ、笑っていいんだよ? えっ笑えない? じゃあ俺が笑うあははははははははははは」

「はい自己紹介して」

「僕の名前はキゾーク、ゾのところでアクセントはつけずにそのまま流れるようにキゾーク、はいもう一度キゾーク」

 

 受付嬢は大変困惑している。

 UUは諦めている。

 

「えと、UU様とキゾーク様ですね。登録します。機体名はどうしますか?」

「僕の機体はハミルトン」

「俺っちの機体はツノッイーーーーズ、ここなるべく溜めてから、ジャスティィィィィス!」

「あ、ハミルトンとTJでお願いします」

「かしこまりました」

「そっけない対応があてくしの股間にビンビンきちゃうぅ! 頭ブンブンしちゃう!!」

 

 ブンブンブンブンブンブン。

 

「それでは準備が出来次第フィールドに入ってください」

「よし行こう」

「OK僕の秘められた頭ブンブンを解放」

「黙ってて」

「…………」

 

 静かになった。

 マシンを降ろし、フィールドへ。これから始まるのは皆が熱狂する紳士のスポーツことゲネボール……ではなく、情け無用ルール無用の潰し合い上等なストリートゲネボールだ。

 ゲートが開いて中へ促される。マシンに乗り込んで進むと、カメラ越しにあらゆるマシンの残骸がそこかしこに散らばっているのが見えた。

 

『次なる挑戦者は若きルーキー! ハミルトン&TJ! ハミルトンとTJだと!?』

 

 入場アナウンスが聞こえたと思ったら突然戸惑いの声が、観客席からもどよめきが聞こえる。

 それもそうだろう、何せハミルトンとTJといえば少しでも裏世界のゲネボールに手を出したなら名前だけは聞いた事のあるほど悪名高い。

 

『ふ、ふざけんな! てめぇらここをめちゃくちゃにしにきたのか!』

 

 ハミルトン&TJ、各地のストリートゲネボールに参加してはフィールドもマシンも全て破壊し尽くした挙げ句そこにある金品全て奪う事で有名なのだ。

 無論、それは彼等に恨みをもつ者達による吹聴だ、せいぜいフィールドを破壊してマシンは奪うだけだ。

 

「うるさいな」

 

 UUは足元に転がっていたマシンの腕を掴み、それを実況席に向けて投げつけた。生憎コントロールに自信がないので腕は実況席の隣の壁にぶつかってしまった。

 

「僕達は噂程大した事ないよ、ほんとほんと僕嘘つかない。だからやろうよ、僕とゲネボール」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「という漫画を描いたっす」

 

 ある休みの日、唐突に炉々から呼び出された宇佐美と漣理と心愛は、大蔵の喫茶店(OPEN前)にて炉々が描いたという漫画を読んでいた。

 話自体は短いためすぐに読み終わった。

 

「このUUての僕?」

「そうでありやすよ、上原宇佐美のイニシャルからとりやした」

「めちゃくちゃダークサイドだぁ」

「キゾークてのは僕だね、高貴さが滲みでている」

「ですです、さすがでありやす」

「うーん、この流れだと私も出てるみたいなんだけど。どこ?」

「受付嬢でありやす」

「そっちかあ」

 

 それはそれとして。

 

「武者小路さん絵上手いね、このメカデザインも元のやつからいい感じにオリジナルアレンジされてるし」

「それ私も思った。アレンジすごいよね」

「実はメカデザインだけは他の人が描いたんでありやす」

「へぇ、誰?」

「東雲メメって人でさあ」

「知らないなあ」

「私も知らない」

「みかんで炬燵食ってる人でありやす」

「「へぇ」」

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