第55話 Epilogue


 ライドルの影に隠れて陽射しを避けながら、星琳大学の元ラフトボールサークルは集って白浜瑠衣を囲っていた。しかしライドルの影といっても、しゃがんだ状態なので3m程しかあらず、若干名はみ出ている。

 

「いい試合だった」

 

 会長は汗が浮かぶ頬を緩ませながら言った。同時に瑠衣の肩を叩くその手は力強くて少し痛いが、不快感はなかった。

 

「はい、2人に完膚なきまでに叩きのめされました」

 

 瑠衣は「ははは」と力無く笑う、脳裏には宇佐美が残した「少しだけ素直になって聞いてみればどうですか」という言葉がグルグルと渦巻いていた。

 素直になるというのはとても難しい。

 そんな瑠衣の様子を知ってか知らずか、会長は優しい声音で語りかける。

 

「白浜、俺はな、今猛烈にラフトボールがやりたい」

 

 その言葉は瑠衣の胸を打った。会長はラフトボールをやりたがっているのに今はできない、それなのに自分はこうして試合をしているのがいたたまれない。

 

「お前の試合を見て、決めたんだ」

「何を……ですか?」

「……俺は、いや俺達はラフトボールチームを作る」

 

 それは瑠衣にとって予想もつかない発言だった。他メンバーを見渡すと皆笑顔で頷いている。予め聞かされていたのだろう。

 

「勿論今すぐじゃない、就職して……落ち着いて……お金を貯めて……ラガーマシンを購入して……どれだけかかるかわからないが、必ずチームを作る」

「会長」

「その時は白浜にも来て欲しい」

「はい! 必ず! その時は是非呼んでください!」

 

 嬉しかった、会長がチームメイトが、まだラフトボールを続けようとしてくれた事が。それは自分の感じていた会長達への負い目が軽くなったからという打算もあるのだが、それでも瑠衣の瞳に光明が宿ったのは確かだ。

 

「それでだな、せっかくのエースを腐らすのは勿体ないと思うんだ」

「は、はぁ……というと?」


 わけがわからないという風の瑠衣はじぃっと会長を見て続く言葉を待つ。当の会長は瑠衣の後ろを見て、待ってましたと言わんばかりにそこからやってくる人物を手招きした。

 その人物とは、さっきまで実況していた九重祭であった。野暮ったい作業着のズボンとタンクトップを着ており、汗で少し張り付いて身体のラインが浮き彫りになっていた。

 手にはスーパーの袋とバインダーが2つ握られている。

 なんていうか元気な娘だなと瑠衣は思った。

 

「いやぁお待たせお待たせ……あっこれ水と塩飴、大分雲がでてきて気温も下がってきたけどまだまだ熱いからね、対策対策」

「待っていたよ九重君、お気遣いありがとう」

 

 水と塩飴は速やかに全員に行き渡っていった。

 

「会長、何故彼女が?」

「ああ、九重君」

「はいこれ」

 

 といって祭が差し出したのはバインダーだった。もう一つは須美子ことドスコミちゃんへ渡された。

 見ると、バインダーに挟まれているのは契約書だった。何の契約書なのかはもう聞くまでもない。

 

「僕と須美子ちゃんがインビクタス・アムトに加入ですか」

「ああ、俺達と違ってお前達は卒業まで2年以上残ってるじゃないか。それにいざチームを作った時に腕が鈍ってましたっていうのは困るからな」

「……会長」

「ちなみに、ライドルとジックバロンはあたしのお爺ちゃんがポケットマネーで買ったから……えへん」

 

 何故か祭が偉そうだ。

 瑠衣はメンバーを見渡す、皆一様に頷いて後押ししてくれる。自分と一緒に契約書を渡された須美子は既にサインをし終えていた。 

 

「最初からこのつもりだったんですね」

「ああ、最初はそのつもりなかったんだけどな、そこの九重君が提案してきたんだよ。どうせ解散するならラガーマシンとパイロットをスカウトさせてくれって、でも自分から来てくれないと意味がないからこうして一騎打ちに便乗させてもらったわけだ」

「そうだったんだ」

「いやぁ、あたしってほんと策士よね」

 

 策士かどうかはともかく。

 

「乗せられてしまったわけだ」

 

 ここで再び宇佐美の「もう少し素直になって」という言葉が蘇った。とても難しい言葉だが今なら素直になれそうだと思った。

 だから瑠衣は心の赴くままに自分が、会長達が、祭が望む言葉を……素直に吐き出したのだった。

 

 そしてその瞬間、美浜インビクタス・アムトのメンバーが、2人増えた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 同じ頃、トイレから出てプレハブ小屋へ移動しようとしていた宇佐美の前に、立ちはだかる様に上邦枦夢が待っていた。

 すぐ手前で立ち止まって枦夢を見上げる。やはり大きい。筋肉も身長も宇佐美の倍あるのではと錯覚してしまう。

 

「あの、枦夢さん……えっと、ありがとうございました」

 

 自分なんかに何の用があるのかわからないためしどろもどろになる。

 慌てる宇佐美を見下ろしながら、枦夢はスっと右手を差し出した。もしかしなくても握手である。シェイクハンドである。

 

「えと、ど、どうも」

 

 おずおずとその手を握る。トイレから出てきたばかりであるが、ちゃんと石鹸で洗ったしアルコール消毒もしたのでそれなりに綺麗である。筈だ。

 

「……次は公式戦で戦おう」

「公式戦……でも関東と関西ですと同じトーナメントにでれるかどうか」

 

 日本のラフトボールは関東地区と関西地区、それぞれでトーナメントを行うため滅多に両地区がかち合う事は少ない。野球でいうセ・リーグとパ・リーグみたいなものだ。

 

「ああ、だが一つだけ確実に争える場所があるだろう」

「一つだけ……」

「スプリングランド」

「それって」

 

 一年に一度、関西と関東でトーナメントを行い、それぞれで勝ち上がった計4チームが争って日本最強を決める場所、それがスプリングランドだ。

 

「そうだ、頂上決戦というやつだ」

「……こんな、メンバーも揃っていない弱小チームに頂上へ来いと言うんですか」

 

 言葉に棘があるが、宇佐美の口角はやや吊りあがっていた。それだけではない、心臓の鼓動は速くなり、体温も上昇、つまりは興奮していたのだ。

 それは、日本最強のランニングバックからの挑戦だからか、それとも頂上決戦という言葉に燃えたのかはわからない。

 確かなのはただ一つ、上原宇佐美に目指す場所が出来た事だ。

 

「そうだ、必ず来い。俺は再来月のスプリングランドで頂上をとる。そして頂上そこで待ち続ける」

「分かりました、今年のスプリングランドは出られませんが、必ず……近い将来に頂上そこへ行きます」

「ああ」

 

 手を離し、2人はすれ違って別れる。上邦枦夢は頂上へ、そして上原宇佐美は仲間達が待つ地上へ、それぞれの場所へと向かう。

 

 この2人の約束は、まだ誰も知らない。そして約束が果たされるのは、そう遠くない未来なのであるのだが、それもまだ知る由もない。

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