第54話 Carnival Robotech ⑨
ライドルとクレイの距離が縮まっていく。
スタートダッシュに遅れた宇佐美であるが、ハミルトンの速さなら直ぐに埋め合わせる事ができる。追いついたらライドルの斜め後ろについて速度を合わせる。
事前に打ち合わせた作戦はシンプルなものだった。
「ライドルで動きを止めるから、ハミルトンは押し倒すかボールを奪うかしてくれ」
「了解です!」
至ってシンプルである。即興で連携がとれるほど親密ではないので致し方あるまい。
クレイは重量級なため速度がハミルトンの半分もだせない、そのためエンドラインよりもクォーターライン付近で接敵する事ができた。
ライドルの間合いにクレイが入った瞬間、ロッドが高速で突き出されクレイへと迫る。
宇佐美と一騎打ちした時と同じくらい驚異的な速さの突きだった。宇佐美はこれを見切るのに2回分の攻撃を用した。
初見ではまず回避できない、そう思われたのだが。
枦夢は迫り来るロッドを正面から掴み、突き出された勢いを利用してロッドをライドルごと手繰り寄せる。ライドルは姿勢が崩れる前にロッドを手放して引き寄せられた力のままにクレイへと抱きつこうとする。
相手の動きを止めるアミットという技だ。クレイは身体をズラし、前に跳んでボールを持つ方の肩からライドルへと当たりにいってその機体を弾き飛ばす。
その時ハミルトンはタックルの姿勢に入っていた。狙うのはクレイの足、対ライドル戦でやったのと同じように足を持ち上げてバランスを崩そうというのだ。
しかしクレイが手に持ったままのロッドを振るい、先端が脇腹に抉り込まれたおかげでサイドへと弾かれて阻止された。
「ぐっ」
脇腹から内蔵を鈍器で殴られたような鈍い痛みを感じながら起き上がる。当然ながらクレイはエンドラインへ向けて走っている。ライドルはその背中を追いかけ始めたところだ、間に合いそうにない。
ハミルトンなら、ギリギリ間に合う。
ブースターを全力で噴かせて走る。時速60キロを越えるか越えないかの所で追いつく、再び距離を詰めるのに10秒も掛からなかった。
完全に死角からの接触、上手くすればクレイの足を止めてライドルの接近までの時間を稼げる筈だ。
腰のあたりを狙ってダッシュ、ホールドをキメようとしたその瞬間、クレイが突然振り返って両腕を振り上げたのだ。
そしてハミルトンの首筋に両手で掴んだボールを叩きつけて地面へと押し倒す。
激しく頭を揺さぶられた宇佐美は一瞬意識を失う、目を開けてよろよろと立ち上がる、ふらつく視界にはエンドラインを超えたクレイの姿が映った。
――――――――――――――――――――
モニタールームで一部始終を見てたインビクタスアムトの面々は、驚愕の表情を浮かべながら呆然としていた。
トップアスリートとの実力差を知ったがゆえに、今の自分達では足元に及ばないと理屈でも感覚でも悟ってしまった。
「あれ、ほんとに俺のクレイなのか? 実は武尊のアリとかじゃねぇよな?」
「間違いなくクレイやで、仮にワイのアリやとしても性能は同じやさかい変わらんで」
「ワイルドでありながら何処か優雅な趣きがありましたね、ええ流石は日本最強といったとこですよ」
自分が操縦してもここまで滑らかに動かせない事に愕然とする健二と違って、漣理は冷静に分析している、してはいるが、やや早口な上に声が震えていた。
「私、何が起きたのかよくわかってないんだけど。何をしたの?」
ラフトボールを始めたばかりの心愛からすれば、何が凄いのかもわからない。
「順番に説明するとやな、まずライドルのロッドを正面から掴んで流した事や、2戦目の宇佐美は避けてから横から掴んだけどそこから次に繋げる事は出来んかった。そもそもハミルトンは逃げの機体やさかいタイマンはむいてへんのや。
対してクレイは速度こそあらへんけどフロント機体やから膂力は優れとる。そのパワーで強引にロッドを奪い取りおってん、しかもライドルの突き出す力を利用して一瞬バランスも崩しおった」
「はぁ~なるほど、ごめん凄くてよくわかんない。でも確かライドルは直ぐタックルしたよね?」
「そこは経験値というやつやろな、対応が早い。せやけど上邦の方が一枚上手や、ライドルがタックルの姿勢に入り切る前に強烈なショルダータックルをかましてぶっ飛ばしおった」
「ふむふむ、やっぱりよくわからないよ」
「まあそこはおいおいわかればええて。んで宇佐美を叩きのめして、更に追いかけてきたハミルトンを返り討ちにしたわけやな」
「でもよ、あいつ何であんなタイミングよく振り返れたんだ? ハミルトンは普通のラガーマシンより速いし死角から迫ってたじゃねえか、いくら気付いていたとしてもタイミング合わせるのは難しくねぇか?」
「それやけどな、多分……勘やと思う」
「「「…………」」」
言葉もでなかった。
――――――――――――――――――――
フィールドにて、三機のラガーマシンは三角を描くように向かい合っている。その足元ではそれぞれのパイロットが感想戦を始めていた。
「炉夢さん、さっき試乗会では本気だしたって言ってましたけど、絶対嘘ですよね? 2割も出してないんじゃないですか?」
「ふっ、それは秘密としておこう」
誤魔化された。
「以前より上手くなっているが、まだスピードを活かしきれていないと思う、せっかくのスピード特化の機体だ、出来ることを模索してみてほしい」
「は、はい! ありがとうございました」
日本最強のランニングバックからの有難いアドバイスである。肝に銘じて座右の銘にしようと宇佐美は思った。
続いて枦夢の視線は白浜瑠衣へと移る。
「君の棒術は素晴らしい、俺から言うことは何も無い。叶うならば公式戦で果し合いたいものだ」
「ありがとう、あなたにそう言ってもらえるとラフトボールを続けて良かったと思えるよ。
だけどすまない、僕は今日を最後にやめるつもりなんだ」
「何?」
「え゙っ!? 初耳なんですけど」
「チームも解散してしまいましたし、ラガーマシンも売りに出されるんです。それに先輩達を差し置いてラフトボールはやれませんよ」
「そうか、決めた事なら俺はその決定を尊重しよう。だがもし迷いがあるのなら、少しくらいは正直になった方がいいだろう……いや俺が言うことでもないな、忘れてくれ」
それだけ言って枦夢は再びクレイに乗ってフィールドの外へと移動していった。その背中を見つめながら瑠衣はポツリと言葉を零した。
「正直になってしまったら……やめられなくなるじゃないか」
「……いいと、思いますよ」
同じくクレイの背中を見送っていた宇佐美が言った。
言うなれば瑠衣は後ろめたさを感じているだけなのだ、尊敬する先輩達を差し置いて自分だけが好きなことをしてていいのかと。
「でも、それじゃ先輩達に申し訳がたたない」
「僕はまだ子供ですからそんな気の利いたアドバイスとか出来ませんけど、でも多分……白浜さんの先輩達は、ラフトボールをしてる白浜さんが好きだと思います。だってそうでなきゃ……応援になんて来ませんよ」
徐に宇佐美はフィールドの外を指差した。その指先にはいくつかの人影がゆらゆらと揺れながらこちらへと歩いてきてるのが見える。
それらの人影は皆笑顔で手を振ったり「おーい」と呼びかけていた。
「あれは、先輩達?」
間違いなく、星琳大学ラフトボールサークルのチームメイトだ。
「これは僕の想像なんですけど、先輩達も自分達に合わせてラフトボールを辞める白浜さんに負い目を感じてるんじゃないでしょうか」
「そんなこと」
「わかりませんよ、だから少しだけ素直になって聞いてみればどうですか?」
「そう……だね、うん、少し話をしてみようか。ありがとう上原君」
「いえ、それじゃ僕はこれで」
ハミルトンに搭乗した宇佐美がフィールド外へと出ていく、フィールドでは星琳大学ラフトボールサークルチームが瑠衣の健闘を讃えてるに違いない。
今日も暑いので熱中症にならないよう整備士の誰かに頼んで水を持って行ってもらおう。
「さて、それじゃ」
ハミルトンを格納庫に収めてから床に降りる。後のことは整備士と九重祭に任せる事にしよう。一騎打ちに勝って、日本最強の胸を借りることができた。今日はとてもいい日だ。
疲れたのでプレハブ小屋の会議室で寝たいところだが、最優先でやらなければいけないことがある。
「おしっこ漏れそう」
トイレだ。
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