第50話 Carnival Robotech ⑤


 一騎打ちが始まる数日前の事。対ライドルに向けて宇佐美は武尊から武術指南を受けていた。

 無論ラガーマシンに乗った状態での訓練だ。

 基本的に怪我をするような事はないが、ACシステムで機体の損傷を痛みとして認識する宇佐美にとっては生身でやるのとそう変わりはない。

 

「……いっつぁ」

 

 今も武尊の操るアリに殴られ、蹴られ、引き倒されてしまってその痛みをダイレクトに感じていた。

 鳩尾に鈍い痛み、背中を打ち付けた時に肺へ受けた衝撃など正直吐きそうになるが、武尊曰く機体の損傷を抑えるためにかなり加減してるとのこと。

 

「ほらほらまだやるで」

「わかってる」

 

 武尊の煽りにめげず、ハミルトンはヨロヨロと起き上がって再びアリへと突撃する。

 目の前のアリが徐々に大きく迫ってくる。離れていた時には全体をたやすく見えていたアリだが、近づくにつれ全体を観察するのが困難になったくる。代わりに細かい部分、肩の動き、足の向き、重心等がよく見える。

 

 ハミルトンはほんの3足という距離になると、倒れるように前のめりになり前方へ跳ぶ、そのままタックルを……と考えたのだが、ペシっとアリに叩き落とされた。

 

「ぶぎゃっ」

 

 かつてはハミルトンの速さに翻弄されていた武尊であったが、積み重ねてきた練習に加えて速さに慣れてきたため、今では武尊の方がハミルトンを翻弄するようになっている。

 

「アカンて、ちゃんとワイの動きを見切らな、見切りのコツは教えたやろ?」

「構え、肩、腰、足、重心……だよね」

「せや、それに攻撃のタイミングが早いで。あれじゃすぐ対応できるわ。ライドルは棒を使う分リーチが長いさかい必ず先手を打ってくんで。宇佐美にはリーチを埋める事はできんのやさかい絶対後手に回るはめになる。せやから後の先をとらんと勝ち目ないで」

「わかった、もう一回お願い」

 

 立ち上がり、距離をとり、もう一度走り出す。


 

 ――――――――――――――――――――

 


 現在。

 徐々にライドルが視界一杯に広がってくる。武尊に言われた通りまずは見切るためにライドルを観察する。ライドルは現在左半身をこちらへ向けてロッドの先端をこちらへ向けている。中段構えで順手は右、逆手は左だ。

 踏み込みは左足、正面を向いている。

 

 肩を見ると動く気配が無い。そろそろ間合いに入るが、ライドルはどのように動くのか……などと考えた矢先ライドルのロッドが高速で突き出された。

 

(速っ!?)

 

 よく見ていたのがよかった。紙一重で順手側にステップして回避する事が出来た。着地しながらロッドがハミルトンの後ろへ伸び切ったのをチラッと確認し、再び加速しようと踏み込んだ瞬間、ライドルが順手を直角に返してハミルトンを横打ちして完全に動きを封じた。

 

 そして右手でハミルトンの顔を掴みながら足払いで体勢を崩してからフィールドに叩きつけた。

 

「ぐうっ」

 

 藻掻くも腕を振り払う事はできない、宇佐美の耳には祭が数えるテンカウントが煩わしく入ってくる。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 テンカウントが0に近付く中、モニタールームで一騎打ちを見ていたインビクタスアムトのメンツは唖然としながらモニター向こうの光景を見つめていた。

 健二がポツリと呟く。

 

「圧倒的すぎね? こないだの試合ん時より強くねぇか」

「元々一騎打ちに強いんやろうけど、今回は3回勝負やから最初から全力だせんのやと思うで。それに……多分あん時は楽しむ事を優先して手ぇ抜いとったんやろな」

 

 武尊は先月末の試合を思い出しながらそう分析した。まず間違いなくライドルは本気で戦っている。ハミルトンがライドルと戦ったのは前半終了間際の1回だけ、しかもその時はカフェインのせいでハイになって集中力が研ぎ澄まされていた。

 当然今はそんな薬物補正はない。条件は明らかに以前より悪いものになっている。

 

「んで今回は最後の最後だから勝つ事を優先して本気というわけか」

「こりゃキッツい勝負になんで」

 

 スピーカーから0カウントの声が聞こえてきた。残り2回。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 仕切り直してハミルトンは所定の位置へと戻る。各部の損傷チェックを済ませて2回戦開始の合図を待つ。

 じっとライドルを見ながら先程の戦闘を分析してみる。

 

 肩の動きは全く無かった。おそらく肘だけであの速度の突きを出したのだろう。人間だと肘を動かそうとすれば必ず肩も連動するのだが、ラガーマシンであればプログラムや整備で肩を完全固定したまま肘から先を動かすというのは可能だ。

 

(経験則……か、そういう発想はまだ僕にできないな)

 

 見切りは思ったよりも困難を極めそうだ。だがロッドをよく見ればなんとか回避はできる、問題はその後のリカバリーが早いことだ。

 慣れているのか対応が早い、順手側に避ければロッドを返して打ち据えて来る。こないだの試合では逆手側に避けたのだが、その時は身体ごと体当たりしてきた。

 

(動きを止めたらその瞬間に終わる。いっそ勝負を避けて横へ大きく走って……それじゃなんのための一騎打ちだか)

 

 逃げるという選択肢は無い。してはならない。

 

「それでは2回戦! スタート!」

 

 開始の合図が始まってすぐハミルトンは駆け出す。ライドルの正面へと。

 

 変わらず中段構えで待つライドル、間合いに入ってすぐ突きが放たれた。予備動作は……やはり見当たらなかった。もしくは分からないほど細かいものだったのか。

 放たれたロッドを再び順手側へと避ける、さっきと同じであれば順手を返して横打ちしてくる。だから宇佐美はステップしながら右手で伸び切ったロッドを掴んでそれを阻止した。

 

(よし、一瞬でも止まってくれれば)

 

 だが、ふと違和感をおぼえた。掴んだロッドから全く抵抗を感じなかったのだ。まるでただ置いてあるだけの棒を拾ったみたいに。

 そこまで考えてハッと正面を見た。

 

 ライドルがロッドから手を離してハミルトンへと伸ばしている。

 気付いた時には遅かった。ライドルはそのまま片手で拘束の緩いボールを弾き飛ばしたのだ。

 

 ボールは放物線を描いてフィールドへ落下し、呆気なく2回戦が終わった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 モニタールームではガッカリとでも言いたげなため息が漏れていた。

 

「つーかあのライドルって素手でもつえぇんじゃねぇか?」

「せやな、棒術だけじゃチームを守りきれんかったんやろな」

 

 改めてライドルとそのパイロットである白浜瑠衣の強さに驚嘆する。あの漣理ですら真面目にモニターを凝視して観察している。

 

「でも、あのライドルがいるチームですら底辺の成績だったんですよね。なら上位、全国大会ではどんな化け物が揃っているんですか」 

「さあな、少なくとも一チーム全員化け物なのは違いねぇだろぅよ」

「宇佐美さんは勝てるんでしょうか」

 

 漣理の言葉は別に宇佐美を信頼してないからでたわけではない、予想外にライドルが強かったため思わず口にしてしまっただけだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 不安げにモニターを見る中、力強い言葉が帰ってきた。言ったのは胸の前で両手を組んでモニターを見つめる水篠心愛だ。

 

「大丈夫、宇佐美はまだ……諦めてない」

 

 予想とか希望的観測とか願望とかではない、確固とした確信からくる言葉だった。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 元の位置に戻った宇佐美はフゥと息を吐いた。

 

(泣いても笑っても次が最後。大丈夫、怖くない)

 

 先程の攻撃はいいセンいったと思った。しかしライドルの反応が早すぎた。ただ単調に攻めたら同じ事だ。

 

(武尊は後の先をとれと言ったけど。普通にやっても無駄だよね。だから……こちらから仕掛けないと駄目だ)

 

 ボールを持ち直してしっかりとホールドする。走る構えを見せていつでも準備よしの合図をスターターの祭に見せた。

 

(Be Win Good luck。大丈夫、僕はまだ……頑張れる)

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