第49話 Carnival Robotech ④
宇佐美と心愛が格納庫へ向かう道すがら、ふと窓の外を見やれば、やや騒がしくなっていることに気付いた。
窓の外を指差して、宇佐美は心愛へ尋ねる。
「ねぇ水篠さん、なんか人多くない? 白浜さんのファン?」
「あれ? ウサミン知らないの?」
「なにが?」
「今回の一騎打ちさ、観客集めてイベントにしてるんだよ」
「何それ聞いてない!」
「んで。祭がね入場料とったり屋台だしたり、あとラガーマシンの試乗とかやり始めたんだよ。軽くお祭り状態だね……祭だけに」
最後の悲しき滑りはスルーしてまとめると。
一騎打ちというメインイベントにギャラリーを集めて、入場料、出店、諸々でお金を稼ごうという、九重祭の金策に利用されてしまったわけだ。
打算的! 流石は九重祭、抜け目ないというかちゃっかりしている。ほんとに大企業のお嬢様なのか疑わしい庶民臭さ。
「なんか、こんだけ人がいると緊張してきた」
「あはは……頑張って」
「他人事だと思って」
足取りは重く、宇佐美は格納庫へと歩みを進めた。衆人監視の中で一騎打ちやるのかと思うと恥ずかしくなってくる。
いっそ帰りたいと思った。
――――――――――――――――――――
格納庫ではメンバーが思い思いに待機しており、祭の発表を待っていた。皆、ようやくチーム名が決まったのかと若干呆れたような表情を浮かべている。
そして宇佐美と心愛が格納庫に入り、遅れて炉々がやってきたところで、ホワイトボードを片手に祭がみんなの前に立って声を上げる。
「チーム名が決まったわ! これから発表する!」
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。なんだかんだ気になるのだ、これから自分達が名乗っていくその名前が。
「チーム名は……『美浜インビクタスアムト』に決まりました」
祭はホワイトボードに『美浜インビクタスアムト』とでかでかと書いて高く掲げる。思ったより真っ当で、かつちょっとカッコイイので思わず「ほう」とため息をついてしまった。
しかし名前の由来がわからない、その事を最初に尋ねたのは最前列でさりげなく祭のスカートの中を覗こうとしていた貴族こと南條漣理だった。
「大変素晴らしいネーミングです、わたくしのようなエレガントさに満ち溢れたチーム名と思われます。よければその由来をお教え願いたいものです」
相も変わらずブレるキャラクター性と覗きのどこにエレガントさがあるのかは不明だが、いつもの事なのでみんな無視して祭の二の句を待つ。
「勿論よ、美浜インビクタスアムトは3つの言葉からできてるわ。
一つは美浜。これは私達が美浜市に拠点を構えていることを示しているの、規定で必ず付けなきゃいけないから外すことはできないわ」
そういえば上那炉夢の所属する熊谷グラムフェザーも頭に熊谷という街の名前がついている。規定なら仕方ない。
「2つ目はインビクタス、これはラテン語で不屈、もしくは負けざるを意味するの。だけど本当の意味はイギリスの詩人、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩のタイトルよ。その詩はどのような逆境にあっても負けないという事を唄っているの」
これは後で検索してわかった事だが、この詩はあの愛と寛容の指導者として有名なネルソン・マンデラ元大統領が心の支えにした詩らしい。特に最後の2行を。
『I am the master of my fate
I am the captain of my soul
私が我が運命の支配者。
私が我が魂の指揮官なのだ』
「3つ目のアムトは、正確には
つまり、不屈の挑戦者という意味になる。
「やべぇ、思ったよりまともで感動したわ!」
「失礼ね! ……まあとにかく、これからチーム名は美浜インビクタスアムトだから。あんた達間違えるんじゃないわよ。
じゃ、一騎打ちの準備始めましょう」
「あいよ」
「ほなあとでな」
祭の鶴の一声でメンバーは各々散り散りになっていく。残されたのは覗けなくて悔しがる貴族と心愛と宇佐美だけであった。
「それじゃあ僕ハミルトンのとこに行くから」
「うん、1人だと乗るの大変だから私も手伝うよ」
「ありがと、そうしてくれると助かる」
2人は足並みを揃えて移動を始めた。最終的に貴族だけがその場に残されたのだが、その後彼がどうなったのかは誰も知らない。少なくとも数時間は。
――――――――――――――――――――
『さあ! いよいよメインイベント! 実際にラガーマシンを動かしてバトルだあああ! 因みにこのイベントは動画配信サイトで中継されております』
祭の声がマイクによって集音されてスピーカーから響き渡る、宇佐美をそれを聞きながら深く息を吐いた。
しばらくすると祭が入場を促す煽りを行う、そしたらゲートの扉が開いて中へと進む手筈になっている。
『大体300人くらい集まったわね、みんな来てくれてありがとう! みんながだしてくれた入場料はありがたくチームの活動費にあてさせてもらいまーす!』
ワハハと笑い声が聞こえてきた。意外と愛嬌のあるのか、祭のMCは好評なようで観客達に受けていた。
ていうか300人もいるのか。と宇佐美はゲンナリする。
『一騎打ちのルールは簡単! 3回勝負で、攻撃側が1回でもタッチダウンをとれば攻撃側の勝ち、守備側は3回守り通せば勝ちよ!
負けの判定は、ボールがフィールドに落ちた時、または機体がフィールドに倒れてそのまま動かずに10秒経った時です!』
至ってシンプルなもの、4月の試乗会で枦夢と戦った時と同じルールだ。
『さあ! それでは対戦する2人に入場してもらいましょう! まずは挑戦者から! 我が美浜インビクタスアムトのエース! ハミルトン!!』
僅かな歓声と口笛と拍手が鳴り、ゲートが開く。入った瞬間宇佐美の心臓を妙な感覚が突き抜けた。
恐怖でも羞恥でもない、これはおそらく高揚。さっきまでの羞恥はどこへやら、上原宇佐美はこれから始まる戦いに胸を踊らせていた。
『そしてチャンピオンは星琳大学ラフトボールサークルのエース! ライドル!』
同じく、歓声と拍手と共にライドルが入場してくる。手にはやはりロッドを持っていた。
『まさかこんな事になるなんてね』
ライドルが所定の位置について早々宇佐美の元へ瑠衣から通信が入った。プライベート通信なので外に聞こえる心配はない。
「なんか九重さんが便乗して色々始めちゃって……すみません」
『いや、面白いと思うよ……それから、君の事を聞いたよ、ACシステムで機体と同調してるんだってね』
「ええ、これのおかげで僕は昔みたいに走れるんです」
『それが偽物でも?』
「大した問題じゃありません」
『そっか……確か痛みもあるんだったね、でも……だからといって手加減はしないよ』
言ってライドルは腰を深く落とし、棒の先ハミルトンへ向けて構える。何時でも攻撃に移れる体勢になったという事だ。
対してハミルトンも予め置いてあったボールを片手に持ち、半身を傾けて空いた手を前に突き出して腰を落とす。走る体勢というよりは武術の型に近い。
「むしろ、本気できてくれないと……面白くもなんともない!」
『最高だ! 君は!』
『さあ両者やる気充分だあ! よっしクイゾウ! 戦いのゴングを鳴らせぇぇぇ!』
フィールド全体に響くブザーが聞こえてすぐ、ハミルトンは地面を蹴った。
ものの数秒でライドルとの距離を詰め……。
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