第43話 vs Seirin University ⑤


 前半終了のホイッスルが鳴った瞬間は時間が止まる。別に本当に時間が止まるわけではなく、何かを止めるホイッスルが鳴れば自然と皆の動きが固まるだけだ。

 そして一瞬の思考停止後、ホイッスルの意味が全身に染み渡った者から動き出す。

 

 枝垂健二は早々に未だ立ち尽くしているハミルトンの所へ向かい、その肩を叩く。気体ガスケーブルで繋がっている宇佐美の身体を気遣って軽く。

 

「よお宇佐美! さっきの攻防すげぇじゃねえか、いつの間にあんな素早く動けるようになったんだよ、最初から出し惜しみしてんなよな。まあこれなら後半はいけそうだ」

 

 実際ハミルトンの動きはかつてない程激しかった。ライドルと一瞬の攻防もだが、その前の相手とやり合う時の判断と反応速度はいつもの宇佐美を凌駕していた。

 

「にしても急に覚醒するんだからなぁ、エンジンかかるの遅すぎなんだよ」

「……」

「宇佐美?」

 

 宇佐美からの返答は無い、ハミルトンも微動だにしていない。

 

「おい宇佐美! どうした!? おい!」

 

 異常を感じた健二が必死に呼びかけても返事はなかった。通信自体は繋がっているが、宇佐美の声は一切聞こえてこない。辛うじて呼吸音が拾えるぐらいだ。

 

「やべぇ、おい! 宇佐美がやべーぞ!!」

 

 その後、自動操縦でハミルトンをピットインさせた後、宇佐美は医務室へ運ばれて行った。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「カフェイン中毒ですね」

「カフェイン? てあの珈琲の?」

 

 病院で宇佐美の検診を請け負った医師はそう言った。

 現在宇佐美は星琳大学付属病院の病室のベッドで未だ昏睡状態にあるため、医師の話を聞いているのは責任者の小沢聖だ。

 

「ええ、コーヒーだけでなく栄養ドリンクにも含まれています。近年は栄養ドリンクの飲みすぎでカフェイン中毒に陥り死亡するというケースも増えていますので、今回もそれと似た状況です」

「しかし、宇佐美君は試合前に栄養ドリンクは飲んでいませんでしたし、そもそも普段から飲んでませんが」

 

「えぇ、ですので試合中に飲んだと見るべきでしょう。何か心当たりはありませんか? 別に栄養ドリンクじゃなくて、カフェイン剤という錠剤もありますよ」

「いえ……そういうのは……そもそも機体と繋がっているので飲むことなんか出来るはずないんです」

 

「繋がるというのがよくわかりませんが」

気体ガスケーブルというガスを吸引させて機体と同調させるんです」

「なるほど、でしたらそのガスにカフェインが含まれていたりしませんか?」

「調べてみます」

 

 聖はポケットから端末を取り出して整備ファイルを開く、そこの気体ケーブルの成分表をだして上から順に見ていく。整備士である聖は普段みない項目なのでやや手間取ったが、カフェインの文字を見つけ目を丸くする。

 

「ありました」

「つまり、どのタイミングかはわかりませんが、上原宇佐美君は経口摂取を経ず、直接体内にカフェインを取り込んでしまったわけですね。それも試合で脈拍と心拍数が上昇したところに」

「えぇ、実際、ある程度時間が経ったら投入される設定になっていたみたいです。研究チームに伝えておきます」

 

 ハミルトンには2つの専属チームがある。整備担当の聖とは別に、実験機としてのデータ収集を目的とした研究チームの2つ。

 今回は直前のオーバーホールの時に研究チームが勝手に組み込んだのが原因であり。また、忙殺されていた事を言い訳に報告書をロクに確認しなかった聖整備長の落ち度もある。

 

「カフェインには興奮や覚醒作用がありますので、おそらくパイロットの能力を一時的に上げるために組み込んだのでしょう。

 よかれと思ってのことなんでしょうけど、これ、一応ドーピングなんですよね」

「……はい、申し訳ございません……あの、ところで宇佐美君は」

 

「このまま数日入院させるべきでしょう……幸い何処かを打ったとかはないみたいですし、意識を失ったのも急な心拍数の上昇や体力の損耗に耐えられずに眠りにはいっただけみたいなので。

 症状自体は軽いものですので、対症療法を受けて安静にしてればすぐよくなりますよ」

「わかりました」


 その後、医師より注意事項を受けてから、入院手続きをとるためにロビーへと向かう。御家族の方には既に連絡済みであるが、到着はまだ先になりそう。

 ロビーに行くと、診察待ちの患者に混じって祭と奏が祈るように指を組んで椅子に座って俯いているのが見えた。他のメンバーは見当たらない。

 

 聖が声を掛けるより早く、彼女達がこちらへと気付いて駆け寄ってくる。

 

「聖! 宇佐美君は!? ねぇ大丈夫なの!?」

 

 開口一番、ロビー全体に響き渡るほどの大声をあげながら祭が詰め寄り、聖の腕を掴む。

 聖はそんな祭の頭をポンポンと軽く叩いてからさっき医者に言われた事を掻い摘んで話し始めた。

 

「落ち着いて祭ちゃん。しばらく入院しなきゃいけないけど、命に関わるほどの事ではないし、意識もすぐ戻るわ」

「………………そ、そう……なんだ、よかったぁ」

 

 安心して力が抜けたのか、ヘナヘナとその場にへたり込む。そしてポロポロと瞳から小粒の涙が溢れて頬を僅かに濡らしていく。

 

「また、お父さんみたいに目を覚まさなかったらどうしようって、不安で」

「大丈夫、もうあんな事故は起きないから……起こさせないから。今回の事はちゃんと研究チームに報告して、私自身にも戒めるわ」

「うん……わかった」

 

「じゃあ、涙を拭いてもう行きなさい。無理を言ってハーフタイムを伸ばしてもらったんだから」

「でも」

 

「全く……普段あれだけ強気なのに、こういう時は甘えん坊のままなんだから……せっかく試合をさせてもらっているんだから精一杯やってきなさい、それが星琳にとっても、宇佐美君のためにもなるのよ。

 あとの事は私がやっておくから……ね?」

「うん、ありがとう聖お姉ちゃん」

「あらぁ〜、久しぶりにその呼び方してくれたわねぇ」

 

 照れ臭くなったのか、赤くなった頬のまま祭は「ごほん」と咳払いを一つした。

 

「も、もう行くわ……あとでお見舞いに来るね」

「ええ、けど全員で来ちゃだめよ」

「わかってるって」

 

 そうして祭は後ろに控えていた奏を連れて病院を後にする。彼女はこれから中断された星琳チームとの後半戦に臨む事になる。

 

「しかし、気体ガスケーブルの成分は盲点だったわね、今更変えるなんて思わなかったから……はぁ、反省」

 

 とりあえず今は入院手続きを終わらせてから、宇佐美の病室で御家族の到着を待つ事にする。

 大事な家族が自分の不注意で倒れたのだから、御家族からあらゆる罵詈雑言を身に受ける覚悟を固めなければならない。少しばかり憂鬱だが、祭にその役目をさせずにすんでよかったと思う。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 その日の夜。

 目が覚めたら病院だった。宇佐美が最初に感じたのは喉が乾いたという事だった。口を開けたまま寝ていたらしい。

 

「なんで病院……てそいや試合中に気を失ったんだった」

 

 微妙に傷む頭を指で抑えながらベッドの上で半身を起こす。宇佐美は両腕を交互に見比べて異常が無いのを確認してから、掛け布団を剥いで自分の足にも異常がないかと確認した。

 ドラマやマンガだとこういう時、点滴やらに繋がれていたりするものだが、全くそのようなものは無かった。

 また、誰かが着替えさせたのか、服装が病院側が貸出するローブになっている。お股とお胸がスースーする。

 

「今22時かぁ、とりあえずナースコールかな」

 

 ポチッと押して白衣の天使を呼んでみる。やって来た白衣の天使はオジサンだった。最近では男の看護師も珍しくはないのだが、やはり女性がいい。

 看護師から入院に至るまでの経緯と、病状の説明が成される。

 

 大方の説明が終わり、看護師がナースステーションに戻った後、宇佐美は家族やメンバーに連絡をとるべく端末をとる。

 

「ありゃりゃ、メッセージが一杯だ」

 

 流石に一人一人返していくのはめんどくさいので、グループ事にまとめて返信していくことにする。2つしかないので簡単だ。

 それぞれに今思っている切実な願いを送ることにした。

 

『塩パン食べたい』

 

 何故か飯テロ画像で返された。

  

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 星琳大学付属病院。

 23時より少し前、宇佐美が未だ眠れずにベッドの上でゴロゴロしていた時、九重祭から着信が掛かってきた。

 ちょうど暇していたのでこれは有難い。

 

「もしもし佐藤です」

「ごめんなさい、間違えました」

 

 切れた。

 そしてまた着信。

 

「もしもし」

「私間違えてないじゃない!? 何よ佐藤って!?」

「何か用ですか? 九重さん」

「あんたほんと肝座ってるわよね……まあ、その、意識が戻ったようで良かったわ」

 

 受話器の向こうから聞こえてくる祭の声は、らしくもなく何処か遠慮がちだった。

 

「どうも、どうせなら明日の朝まで目覚めなければよかったんですけどね、今寝れなくて暇してるんですよ」

「その様子だと、大丈夫そうね。あのね宇佐美君」

「なんです?」

 

「その、もし、もしもハミルトンに乗るのが……嫌になったらいつでも言って頂戴」

「え?」

「もう聞いてるでしょ? ハミルトンに……カ、カフェインが仕込まれていたこと」

「あぁ、うん」

 

「前にも、気体ケーブルの実験で意識を失う事故があったの……黙っててごめん」

「そう、なんだ」

「……だから今回の事でハミルトンに乗るのが嫌になったら言って頂戴、チームも抜けたいのならそれでも構わない」

「九重さん」

 

 端的に、それでいてやや早口な物言い。おそらく彼女は電話する前にこの文言を考えて覚えてきたのだろう、もしくはカンペに書いていたのか。

 どちらにしろ、そうでもしないと言えなかったのだろう。現に彼女の言葉は最初のツッコミ以降、ずっと何かに怯えるように震えていた。

 

 だからこそ、答えは早くだすべきだと思った。そもそも最初から決まっていたのだが。

 

「……僕は降りないよ」

「宇佐美君?」

「もちろん、九重さんが降りろというなら降りるし、チームを抜けろというなら抜ける。でも、ラフトボールはやめない」

 

「でも、またこんな事が起きたら」

「その時は諦めるよ、仕方ない」

「仕方ないってちょっと」

「そうならないために小沢整備長や研究チームが頑張ってくれるんでしょ?」

 

「ま、まあ」

「じゃあ僕は彼等を信じるよ。それに僕は九重さんと一緒に居たいんだ」

「ふわぁ!? ちょっばっ! うえええ!」

 

 突然受話器の向こうが慌ただしくなった。ガチャガチャと音がしてる事からさては落としたな。

 

「別に驚く事じゃないよ。会長、君のお爺さんが僕にラフトボールという世界につれてきてくれた。

 そして君が、九重さんが僕にラフトボールをプレイする場所を作ってくれた。

 そのおかげで僕はまた夢を持つことができたんだ。とても感謝してる。

 だから僕は君と一緒にラフトボールをやりたいんだ」


「あ、あぁなるほどなるほどね、はいはい。ありがとう宇佐美君、とても嬉しい。私も、あなたが来てくれてとても感謝してるわ」

「それは良かった。それじゃあお互い言いたい事言ってスッキリしたところで、お願いがあるんですけど」

「……何かしら?」

「今回の試合、ちょっと消化不良でして。いやその、私事で申し訳ないんだけど……再試合とまでは言わないから」

 

 一泊おいて。

 

「……ライドル……白浜瑠衣さんとの一騎打ちの舞台を作って欲しいんです」

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