第14話 Obtaining License ⑤


 枝垂健二の生涯を一言で表すなら「半端」である。

 思えば、何かをやり通した事は滅多にない。

 

 小学校の頃、空手が学校で流行った事あった。きっかけは思い出せないが、その時健二は流行りに乗って空手道場に通い始めた。

 武尊と出会ったのもその頃だ。武尊は身体を鍛えるために中学へ上がるまで道場へ通っていた。

 

 残念ながら健二は一ヶ月程でやめてしまう。

 

 理由は自分より才能に溢れている人間が多かったからとか、練習しても上手くいかなかったからとかそんなだったと思う。

 僅か一ヶ月だが、その間に身に付いた技術は喧嘩に生かされているので、無駄にはならなかったのが救いか。

 

 中学になると陸上部に入部した。運動は得意だったし、何より走る事に掛けては負けた事があまりなかった。

 だが、そんな自信はあっという間に崩れ去る。

 

 同じ時期に入部した上原宇佐美という天才の存在だ。

 走る事に掛けては群を抜いており、一年にして既に高校生級であった。いや、世界でも通用するかもしれない。

 それだけのポテンシャルを秘めていた。

 

 また彼自身の人柄も朗らかで、人を惹き付ける魅力に溢れていた。

 利己的で自意識過剰な自分とはかけ離れたあまりにも高い存在、健二は比べる事すらしなかった……いやできなかった。しかしその胸では宇佐美への嫉妬の炎が確かに燃えていた。

 

 程なく、宇佐美が事故で片足不随となる。その時健二が感じたのは悲嘆でも同情でも憐憫でもなく、喜びだった。

 

 無理矢理夢を失って心が疲弊した宇佐美を見ていると心が踊った。

 夢を持たない半端な自分と重ねて仲間と思い込んでいた。

 宇佐美と一緒にいると自分はこいつよりマシなんだと思えた。


 同時に、自分がいかに汚い人間なのかを自覚して反吐が出る。

 

 ある時、宇佐美がラフトボールを始めると聞いて驚いた。宇佐美はいつまでも自分と同じだと思っていたのに、気付いたら新たな夢を抱いて歩き出してしまったのだ。

 

 怖いと思った。寂しいと思った。

 だからついて行こうと思った。

 

 でも、やっぱり半端に終わってしまった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「うらぁっ!」

 

 陽の光もロクに刺さない薄暗い路地裏にて、健二の拳が武尊の顔を捉える。

 武尊は首を振るだけで軽く躱して、カウンターを健二の顔にいれる。

 健二は鼻の片側を抑えて、もう片方の穴から溜まった血を地面に吹き捨てながらヨロヨロと構えをとりなおす。

 

「どないしてん、大振りばっかで動きバレバレやで」

「うるせぇ!」

 

 健二は傍にあったゴミ箱を掴んで投げる。武尊はそれを受け止めてから横に放り投げると、晴れた視界を埋めつくすように健二が迫っていた。

 そのまま武尊の肩を掴んで思いっきり寄せて頭突きを行う。

 

「っぁぇ……くそっ」

「いったいわ」

 

 両者共に千鳥足でフラフラとたゆたう。最初に復帰したのは武尊であった。武尊は立ち直りかけている健二との距離を詰めて足を上げる。

 上げた足は綺麗な弧を描きながら、立ち直りかけている健二の顔側面をダイレクトに捉えて蹴り飛ばる。

 

 耐えきれず健二は地面に突っ伏して気を失ってしまった。

 武尊も立っているのがキツイのかその場で尻餅をついて大きく息を吐いた。

 

「ワイの勝ちやアホンダラ」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 一体どれだけ寝ていたのだろうか。

 目が覚めると体のあちこちが悲鳴を上げて激痛がはしる。

 上を見るとまだ空が明るい。

 

「起きたか」

 

 側で武尊の声が聞こえる。そこで自分が武尊と喧嘩して負けた事を思い出した。

 

「どんだけ寝てた?」

「1時間くらいや」

「それで、俺をどうするんだ」

 

 仰向けになったまま呟く。最早どうにでもなれという気持ちであった。

 

「教習所へ連れていく」

「やっぱりそうなるか」

 

 仕方ないと身体を起こして立ち上がる。全身がキリキリと痛む、足に力が入らない。それでも不思議と気分は悪くないもので、健二は前へと歩き出した。

 ボロボロの身体を引きずって教習所までの道を歩む、途中に乗り込んだバスでは乗客から武尊共々奇異の目で見られたものだ。

 

 教習所についた頃には陽が沈みきって空が藍色のカーテンに包まれていた。

 

 フィールドからラガーマシンが走っている音が聞こえる。それすら最早懐かしい。

 音に導かれるままフィールドへ訪れると、1台のラガーマシンがライトに照らされながら走っている。時折左右へ跳んだりボールを投げたりして様々なアクションを試していた。

 

「すげぇな、ラガーマシンを使いこなしてやがる。誰だ? 九重か? クイゾウか? それともあのエセ貴族か?」

「宇佐美や」

「は?」

 

 我が耳を疑った。

 何故なら宇佐美にまともなラガーマシンの操縦は出来るはずないからだ。ラガーマシンのペダルは6種類もある、それらを組み合わせて走る跳ぶなどの動作を行うのだが、とても片足で捌ききれる量ではないため単純な動作以外はできない。

 

 それなのにあの器用に動き回るラガーマシンは宇佐美だという。片足ペダリングでそこまでの動きを身につけたのだという。

 

「馬鹿な事言うなよ、片足であんな動きができるか」

「せやからプログラムで補っとる」

「プログラム?」

「幾つか決まった動きをするプログラムを用意して、必要なタイミングでそれを起動しとんねん」

 

 よく見ると、そのラガーマシンはボールを投げたり跳んだりする時のモーションが皆同じだ。

 

「へぇ、便利なもんがあるんだな」

「簡単やないで、今使うとるプログラムは二つやけど、どちらも宇佐美がプログラミングを必死こいて勉強して作ったやつや」

「あいつそんな技術が」

「元々学校で習ってるゆうんのもあるけどな、ここ最近は熱心に取り組んどるわ」

 

 そこで健二の中で何かのつっかえが取れた気がした。

 宇佐美と自分は同じだと思っていたのだが、それは違う。自分が途中で諦めてドロップアウトした道の先を、宇佐美はどんどん前へと進んで自分を置き去りにしていく。

 対する健二は自分から動こうとせず、また少しでも上手くいかないと不貞腐れて諦めてしまう。その理由も外に無理矢理見出してるあたり質が悪い。


 そう思うと、本当に自分が矮小に見えて仕方ない。

 

「なあ武尊」

「なんや?」

「俺って情けなくて恥ずかしい奴だよな」

「めっちゃ知ってる」


 身も蓋もない。

 

「……明日から教習所戻るわ」 

「さよか」

「これ以上、差ぁつけられたくねぇしな」

 

 その宣言通り、翌日から枝垂健二が教習所に復帰した。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 キック……ボールを蹴ること。基本的に誰が蹴ってもいいが、蹴ってもいいタイミングは決められている。

 

 

 一部の反則はペナルティがキックとなっている。

 キックゲームの時。

 

 の2パターンである。

 

 どうでもいいが、美少女がハイキックした時に見せる太腿って素敵じゃない?

 

 

 

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