第13話 Obtaining License ④


 教習所のフィールドを5m前後のラガーマシンが走っている。あるものは壁沿いにひたすら走り、あるものは時々ジャンプしたりして、あるものは牛歩で歩いている。

 

 最初の実機演習はまず歩く事から始まった。

 

 祭やクイゾウ、武尊と漣理はすぐにコツを掴んだらしく既に走る段階にきている。

 宇佐美は片足でのペダリングが難しいのか歩くのみ、しかし転ばずに安定した歩行が出来ていることに教官が満足の意を示した。

 他の生徒達も徐々に歩行ができてきている。

 

 しかし1人だけ何度も転ぶ者がいた。

 

「くそっ! 何でまともに進まねぇんだよ」

 

 健二である。

 地面に手を着いて、膝立ちから直立の姿勢に持っていく。

 そして足を前にだそうと持ち上げたその時、上半身がグラッと傾いて後ろへ倒れてしまう。尻餅をついた体勢のまま再び毒づく。

 

「上手くいかねえ」

「無様ですねぇ」

 

 健二のラガーマシンを何者かの影が覆った。教習所のラガーマシンはどれも見た目が同じなのでスピーカーから聞こえる声か、胸の番号で判断するしかない。健二の前に立つラガーマシンの番号は20番、漣理のものである。

 

「エセ貴族が何のようだ」

「下等市民を嘲笑いにきたのですよ。何ですかそれは、まともに歩けないとは赤ちゃんですか?

 あの障害者は立派に歩いてるというのに、あなたはまだあんよが下手ときた」

「うるせぇ! あっちへ行きやがれ!」

 

 手で追い払うと、漣理は「やれやれ」とだけ残して走り去って行く。その走りに無駄はなく滑らかなものであった。

 

「クソったれ!」

 

 もう一度立ち上がって、転ぶ。

 何度もそれを繰り返し、教習が終わるギリギリになってようやく上半身の固定が甘い事に気づいてそこを直す。すると驚く程簡単に歩行が成功した。

 冷静になってみると簡単な事だった。

 

 こんな事にも気付かない程自分の思考は凝り固まっていたらしい。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 8日目、2回目の実機演習は初日と同じく歩行訓練だった。

 祭とクイゾウ、漣理は既にものにしたらしく、3人でミニゲームを行っている。

 他のメンツも徐々に走る事に慣れてきており、どんどん色々なアクションを試す者が増えてきた。

 

 宇佐美は変わらず歩行のまま、というよりはひたすら歩行を繰り返しているようだ。走る前に片足ペダリングをモノにしたいのだろう。

 

 そして健二は、未だ走る段階にはきていない。

 周りが自由にアクションを繰り返しているのを見て胸の中がザワザワと喚き立つ。自分が笑われているように感じる。

 走ろうとすると上半身の固定が疎かになって前に突っ伏してしまう。

 

 何かヒントはないかと教官の講習を思い出そうとするも、何一つ頭に浮かばない。それもそうだ、何故なら健二は講習のほとんどを寝て過ごしていたからだ。

 ゲームでは説明書を読まずに体で覚えるタイプ、今までそうしてきたから今回もそれで大丈夫とタカをくくっていたらこの様である。

 

 その日は何とか走る事に成功したが、他のアクションはできなかった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 9日目、授業が終わってから宇佐美が校門まで行くと、そこには武尊しかいなかった。

 

 学校がある日は武尊と健二が校門で宇佐美を待ってから、3人で教習所へ行くのが日課となっていた。

 しかしその日は武尊だけだった。

 

「あれ? 健二は?」

「HR終わるなり予定あるからつって帰りおったわ」

「そうなんだ」

 

 宇佐美は健二と武尊とは別のクラスである。宇佐美だけは障害者用の特別クラスに通っていた。

 

「嘘……だよね?」

「多分な、教習所も嫌々行っとったみたいやし」

「だよね、大丈夫かな」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 


 10日目、この日も健二はこなかった。

 

「ねえ、宇佐美。アイツこないのかしら?」

 

 宇佐美が片足ペダリングでの走りに慣れて、ひたすらランニングで体に覚えさせていた時の事、祭のラガーマシンが宇佐美と並走してそのような事を尋ねる。

 

「ああ、うん。予定あるみたい」

「ふぅん……見所あると思ったんだけどな。まあいいわ、ところで片足ペダリングじゃ限界あるでしょ? プログラムを覚えたらどうかしら? 確か試乗会ではほとんどの動きをプログラムで動かしてたんでしょ?」

「そっか、その手があったか」

 

 試乗会では、ハミルトン以外のラガーマシンは特定の行動をプログラムで動かしていた。そうでなければマニュアル操作でボールを取ったり投げたりなどできようもない。

 祭はそれを応用する用に勧めたのだ。

 

 早速宇佐美は教官に頼んでプログラミングを教えて貰う事になった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 11日目、12日目と健二は現れず。

 13日目からゴールデンウィークが始まった。

 

 この日から、希望者は教習所での寝泊まりが許可される事となった。元から覚える事の多い宇佐美は当然参加、祭とクイゾウも同じで他の生徒も合宿を希望する者が多かった。

 

 武尊は家の手伝いがあるらしく今まで通り午後からの参加。

 漣理は「ハッ、下等市民共と一緒に暮らせませんよ」と言って不参加、替わりに朝早くに来てから夜遅くに帰るというご苦労な選択肢を選んだ。

 

 尚、祭が参加すると知った時。

 

「な、なんですと!! 九重祭さんほどの上級貴族……いえ王族ともあろうお方が下賎な下々と屋根を共にするなど正気ですか!!」


 と漣理は目をひん剥いて叫んだ。

 

「はぁ? ウザイ」

「ッッッ!!!!」

 

 そのたった一言を受けた漣理はショックのあまり泡を吹いたとか吹かなかったとか。  

 

 ――――――――――――――――――――

 


 14日目を通り過ぎて、15日目。

 ゴールデンウィーク3日目、武尊は昼頃に教官へ「少し遅れます」というメッセージを残してある場所へ向かった。

 

 武尊が向かったのは美浜市に幾つかあるゲームセンターの1つ、そこの格ゲーコーナーである。

 目当ての人物が格ゲーで対戦しているのを見るとその後ろに立って声を掛ける。

 

「よお、相変わらずイライラしとると格ゲーやねんな」

「武尊か」

 

 目当ての人物とは健二の事である。

 健二は画面から目を離さずに淡々とレバー操作を行う。程なく「YOU-LOSE」の文字が出て健二の敗北が決まる。

 画面右横では重量級のキャラが倒れていた。

 

「そして相変わらずイライラしとる時ほど負けやすい」

「今のはお前が話しかけるから気が散ってだな」

「そうやって言い訳しおって、いつもそうやな」

 

 ブチっと健二の中で何かがキレた。

 そして立ち上がって武尊の胸倉を掴んだ。

 

「お前に何がわかんだよ!!」

「わからんわ! せやからわからせたる! 場所変えようや」

 

 言葉の意味を悟った健二は黙って了承してゲームセンターを後にする。

 そして人気のない路地へ移動すると、どちらからともなくお互いの顔面を狙って拳を突き出した。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 クォーターバック……QBとも略される。バックスポジションの1つでありチームの司令塔。

 許されない前方へのパスを唯一許されたポジション。

 

 しかし前方へのパスはハーフラインより自陣側でないといけない。それゆえクォーターバックは基本的にハーフラインを超えることはない。

 

 またキックゲームにおいて最初にボールを持つのもクォーターバックである。

 

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