新しい足を持って彼はフィールドに降り立つ
第2話 Preparation Start ①
走るのが大好きだ。
特にリレーやマラソンみたいに複数の人と競ったり肩を並べたりするのが好きだ。
なんで好きかって聞かれると、どう答えていいか困る。
長距離を走ってると肺が潰されそうになるし、呼吸を間違えると横っ腹が痛くなる。喉もすぐ乾くし割と辛いことばかりだ。
だけど走ってる間は頭の中がスッキリして、走る前に感じてた悪い事をどうでもいいと思えるようになる。
風と地面を直に感じて自分がここにいるんだってハッキリ自覚できるのも最高だ。
とにかくそんなこんなで、僕こと
昔の話だけど。
――――――――――――――――――――
市バスの窓の外に見える風景が前から後ろへと流れていく。
見慣れた街の風景は、冬から春に切り替わったとしても大して目新しくもなく、退屈を覚え眠気を誘う。
『次は美浜博覧会場前、美浜博覧会場前』
「降りないと」
目的地のアナウンスが流れるのを確認した宇佐美は、ポケットにパスがあるのを確認してから折り畳み式の杖を展開した。
それからバスが完全に停車するのを待ってから立ち上がり、杖をつき、空いた手で手摺を掴んで料金カウンターへと向かう。
パスをカウンターへ翳してからゆっくりとバスを下車していく。外へ出る直前に、「速く降りろよ、うぜぇ」という声が聞こえてきた。いつもの事なので慣れているが、言われて気分のいいものではない。
宇佐美はバスを降りてから、二動作歩行(杖を使った歩行法)でスライドするように歩きだす。
左手に持った杖と満足に膝を曲げられない右足を同時に前に出して、杖と右足の間に左足を入れる、それを繰り返して少しずつ前へと歩く。
上原宇佐美というこの少年は、右足不随である。
「うん、予定通り……うわっ」
カンッ、カンッとリズミカルに杖で地面を叩きながら、宇佐美は目的地である博覧会場に向かおうとした、会場が見えたその時、横合いから何者かにぶつかられてその場で尻餅をついてしまう。
「いったぁ、ちょっと何をボサっと立ち止まってんのよ」
溌剌とした少女の声。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
少女は、宇佐美の左隣でへたりこんで打ち付けたらしい腰をさすっていた。
やや吊り目で強気な印象、髪は肩より下のあたりまで伸びており、綺麗な茶色をしていた。
タートルネックセーターの上から白いポンディングステンカラーコートを羽織り、カットソープリーツスカートとブーツでカジュアルに決めたファッション。
全体的に細く小柄な彼女は間違いなく美少女の部類に入る可愛らしさだった。
「えっと、大丈夫ですか?」
先に立ち上がった宇佐美は手を差し伸べ、彼女はそれに応える。
「大丈夫よ、ちょっと汚れたけど。あんたの方こそ大丈夫なわけ……てあんた足が悪いの?」
「ええ、昔事故で右足不随になりまして」
「そう、それは悪い事したわね」
「全くっすよ、元はと言えばお嬢が余所見して歩いていたのが悪いんすから」
彼女がぶつかってきた方角から1人やってきた。もとい1台。
それは人型のロボットだった。「〜す」という独特な話し方をし、文字通りロボットアニメの世界からとびだしたような造形、どことなくバイクを人型にしたような印象のロボット。
大きさは2m程でエッジの効いた白い装甲で身を包んでいた。
「うっさいわね、あたしだってそれくらいわかってるわよ……その、ごめんなさい」
彼女はぺこりとお辞儀をする、一瞬舞い上がった髪から仄かに甘い香りが漂ってきた。
「いえ、僕の方こそ」
「フフ、別にあんたが謝んなくていいのよ」
そう言って微笑む彼女はとても美しかった。
「いや全くっすよ」
「ええい黙らっしゃい! スクラップにするわよ! あぁえと、あたし達はこれで失礼するわね」
「は、はい」
「じゃっ自分も失礼するっす」
そうして去って行く1人と1台の背中へ手を振る。
「嵐みたいだな〜……さて」
宇佐美は気を取り直して博覧会場に足を向ける。今日はここでラフトボールの博覧会があるのだ。
ラフトボールとはアメフトやラグビーに似た球技であり、最大の特徴はラガーマシンと呼ばれるロボットに乗って行う事である。
宇佐美はこのラフトボールというスポーツが、大して好きではない。嫌いでもないが。
たまたまラフトボール好きの友達からこの博覧会のチケットを貰ったから来ただけである。
家から近かったし、暇つぶしに行くか……というノリである。
――――――――――――――――――――
会場は思ってたより人が少なかった。
といっても宇佐美がいるのは入口近くの展示会である。そこはラフトボールの歴史や、かつて活躍した選手の武勇伝などを紹介したコーナーで、おそらく最も人気のない所。
だが人がいない分ゆっくりまわる事ができるのはありがたかった。
杖をついていると後ろからせっつかれる事が多いからだ。
「ほぉー、昔のラガーマシンはほとんどフレームだったんだ」
それどころか有線式で金魚がフンをしているよう。
そこの紹介文では、いかにケーブルを絡ませずに走るかという事がもっとも大事であった。と書かれている。
現在のラガーマシンは小型バッテリーを内蔵しているためケーブルが絡む心配はない、技術の躍進は凄いなあと内心で関心してしまった。
ルートに従って歩き進める宇佐美、展示物だけでも意外と楽しめている事に驚きつつ、次の部屋へと向かう。
そこはさっきまでと打って変わって人がたくさんおり、ざわめきも段違いで店内BGMが聞こえないぐらい大きい。
それもその筈、そこは今回の展覧会の目玉、ラガーマシンの博覧会だからだ。
小さいのでは3m、大きいので8mもある様々なラガーマシンが肩を並べている様は圧巻としか言い様がない。
全部で20機あるらしく、更にここにある機体は全て試合で使われた経験のある歴戦の勇者達だ。
その中には先程写真でみた有線式でフレームばかりのラガーマシンもあった。
「はぁ〜、これは凄いなあ」
ラフトボールに詳しくない宇佐美でも、これだけ巨大ロボが並んでいると男の子の中のロマン魂が呼び覚まされる。
「……った」
「気をつけろ!」
やはり人通りが多いのは少々困る。先程から何度か肩をぶつけて転がりそうになっていた。
特に右側へ倒されると体勢を立て直しにくい。
少し休もう、そう思い宇佐美は人波から外れて近くの扉から部屋を出ることにする。
「ふぅ……やっと人心地つける」
壁に背中を預けてそのままズリズリと地面に座り込む。杖は近くに置いて手をマッサージする。杖をついていると掌が痛くなってくるのだ。
そうしてマッサージをしながらぼんやり辺りを眺める、あまり人はいないよう……というより全くいない。
もしやと思って入口で貰ったパンフレットに書かれた地図を見ると。
「あっちゃー、スタッフオンリーだよここ」
どうやら間違って関係者以外立ち入り禁止の区間に入ってしまったらしい。めんどうな事になる前に早く戻ろう、立ち上がって杖をついて入ってきたドアに向かおうとしたその時、視界にソレが映りこんだ。
視線をそっちにやる、ソレはラガーマシンだった。
全長4m半程で、肩と胸部が異様に盛り上がっており、また加速のためかブースターと思われるパーツが背中と両足、それに両腕の5箇所ついている。
明らかに速く走るために設計された機体だ。
走るため、そう走るために作られた機体。
どうしてそれがここにあるのか、果てしない好奇心に突き動かされた宇佐美はカツカツと杖を鳴らしながらそのラガーマシンに近付いた。
――――――――――――――――――――
用語解説
ラガーマシン……ラフトボールで使われる人型ロボット、大会規定では4m〜6mの大きさであるべきであり、重量は問わない。
ポジションによって必要とされるラガーマシンの作りが違っており、また個人に合わせて様々なバリエーションが用意されている。
ぶっちゃけ4m〜6m以内なら何でもアリのロボットである。
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