第12話
「ああああああああ!!!!」
突然、己の右腕が吹き飛んだリップは、その激痛に耐え切れず、ひたすら叫ぶしかなかった。
「人間の悲鳴というのは、いつ聞いても良いのお。これだから『魔王』はやめられない」
リップの近くには、先程まで魔王が手にしていた剣型のモンスターがいた。
「そいつは宙に浮かんで移動するんじゃ。ワシ直々に手を下したかったんじゃが、やっぱ自分で戦わせた方が強いの」
「くっそがああああ」
リップが苦悶の表情で魔王を睨みつける。
「ふん。ワシが弱くてガッカリしたか? だがの、貴様よりも強いモンスターを生み出したのはワシじゃ。つまり結局は」
剣型のモンスターがリップ目がけて飛びかかる。
「ワシが最強ってことじゃろう?……じゃあの」
フレアは、街の人々を避難させつつ、上空での戦いを見守っていた。
遠くて声は聞こえないものの、何とか視認できる程度の距離だった。
彼女は思う。
リップは自分と組んでいた頃、いつもこんな気分を味わっていたのだろうか。
大切な人が命をかけて戦っているのに、助けることができない。無力な自分。
でも、これからはきっと、お互い助けあっていくことが出来るはず……だから負けないで、リップ。
フレアが心の中でそう願った瞬間、戦況が大きく動いたのが分かった。
剣型のモンスターがリップの右腕を切り落とすやいなや、今度は心臓を突き刺そうとしたのだ。
「……リップ!!」
思わず叫んだフレアの声が、上空からの絶叫にかき消された。
「ぬぐううううううあああああああ!?!?!?」
魔王の股間に、切り落とされたリップの右腕がめり込んでいた。
「っはあ……はあ……右腕落とされんのと、金玉潰されんの、どっちの方が痛いんだろうな?」
右腕は当然、衣服ごと切り落とされていた。つまりは自在に操れる。
リップは出来うる限りの勢いをつけて、魔王の股間目がけて、右拳を叩きつけたのだ。
「俺の身体能力を舐めんじゃねーぞ……はあ……はあ……こんなモンスター、避けるくらいわけねーんだよ……さっきはお前のあまりの弱さに腹が立ちすぎて、油断しただけだ……はあ……痛ってえなぁちくしょう……」
そう言う彼の左手には、剣型のモンスターが握られている。
「ぬっうっっううーっ……!!」
魔王は何も答えられずに悶絶し続けている。
「ケエエエエ!!」
鷲型のモンスターが魔王を連れて逃げようとする。
が、あと一歩遅かった。
「じゃあな、魔王。お前はそのまま、無様に死んでゆけ」
魔王の首が飛び、悪行の限りを尽くしたその生涯が幕を閉じた。
鷲型モンスターに剣型モンスターを突き刺し、その隙に何とか地上へと降り立った途端、リップは力尽き地面へ倒れてしまった。
「リップ!! 大丈夫!?」
フレアが悲痛な表情を浮かべながら駆けつけてきた。
「おう……フレア……俺さ、やったぜ……魔王のクソ野郎を……」
「うん……うん……すごいよリップ……でも……その腕……」
耐え切れず、フレアの目から涙がこぼれた。
「フレア、俺、お前と、握手を……」
「え? 握手……?」
「もう一度、俺とパートナーに……」
そう言うと、リップは残った左腕をフレアに向けて差し出した。
「…………」
「フレアさん! モンスターはほぼ片付けましたよ! リップの奴はどうなって……」
駆けつけてきたサムが数秒固まり、すぐに大きなため息を付いた。
「……はーあ。まあ、こうなることは分かってましたけどね」
サムの視界の先には、左腕を突き出したまま気を失っているリップがいた。
そして彼は、号泣するフレアに、きつく抱きしめられていた。
――そして、それから一年が過ぎた。
「ああ、もう……暑い……脱ぎたい……」
荒野のど真ん中。
赤いローブを着た、全身汗まみれの女がブツブツと呟いている。
彼女の手には火の点いたライターが握られており、前方には大量の炎が舞っている。
そしてその渦中には、明らかに人間ではない異形の者が多数――モンスターの群れである。
それらは必死で逃げ惑っているが、炎はまるで生きているかのようにうねうねと動き回り、決して逃がそうとはしない。
「我慢だ、フレア……危ないっ!」
フレアのやや後方に立っていた男が叫ぶと、彼女の身体が宙に浮き、背後から近づいてきていたモンスターの攻撃を間一髪でかわした。
「ありがとう、リップ……」
「よし、よく頑張った! 残りは俺がやる!」
リップが右手の手袋を外すと、鉄のような指先が現れた。
「いくぜっ! ロケットパンチ!!」
そう叫ぶと、リップの右腕が高速回転を始め、分離し、物凄い勢いで飛んでいった。
そしてモンスター達を次々と串刺しにした後、彼の右肩へと帰ってきた。
「よしっ全滅だ!」
「お疲れ、リップ……やっぱその義手、凄いわね」
フレアは相変わらず汗だくで、やや虚ろな目をしている。
魔王討伐後、リップ、フレア、サムの三人は、英雄として讃えられることとなり、王国からも多額の報酬が支払われた。
しかし、魔王が死んでもモンスターが消えることはなく、世界が真の平和を手にすることはなかった。
サムは報酬を受け取った直後、姿をくらました。
時折、『英雄・氷王子』の噂が聞こえてくるので、傭兵は続けているらしい。
リップとフレアは、報酬の一部のみを手元に残し、残りの大半をモンスター被害が大きい街々に寄付した。
そして、二人は現在、改めてパーティを組み、モンスター全滅を目標に世界中を旅していた。
「……俺さ、強くなったか?」
「なによそれ。魔王を討伐した男が言うセリフ?」
「だから、魔王自体はめちゃめちゃ弱かったんだって。でも、それでも、俺、最近は割とよくやってるっつーか」
リップは何やら思いつめたような顔をしている。
「いや、その、俺さ、お前のこと、一応、守ることはできている、よ、な?」
「…………」
フレアは何も言わずにニヤけている。
「……あのな、フレア。俺と、その、正式に付き合ってはもらえないか」
「ぷっ」
「な、何で笑うんだよ!」
「あははは! だって、その顔!!」
「そ、そんなに変だったか?」
「ていうか今更過ぎて……私はもう、とっくに、あんたしかいないって思っているわよ」
「…………はあ。かなわねえなぁ、全く」
フレアの笑い声につられて、リップも笑った。
やっぱり彼女の笑顔は最高だな。そう思いながら。
「フレア。臭いのは承知だが敢えて言わせてくれ」
「ははは……なによ?」
「君を一生守る。そして、君を全裸にはさせない……俺の前以外では」
「……なんか、サイテー」
「うそっ!! ずっと温めていた決め台詞だったのに!?」
二人の旅は、まだまだ続く。
君を全裸にはさせない クライトカイ @gama20
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