第6話

 とある街の外れにある路地裏で、男の着ていた服が突然飛び散った。

「う、うわあ! なんだあ!?」

「今だ、カイラ!」

「まっかせて~」

 のんびりとした口調で答えたカイラが、全裸になった男に向けて手をかざすと、それまで奇声をあげて暴れまわっていた男が一瞬で大人しくなる。

「はい、終了。相変わらず楽な仕事だったわね」

「…………」

 リップとカイラがパートナーを組んで、早二ヶ月。

 彼らは絶好調だった。

 リップが脱がせて、カイラが操る。

 たったこれだけで、どんな屈強な相手でも無力化できた。

 ハッキリ言って、今の二人は無敵だ――ただし相手が人間であるならば。

 リップは賞金稼ぎが軌道に乗ったことで、逆にどんどん別の欲求が高まっていた。

――モンスターと戦いたい。

 リップは元々、そのために能力者に志願したのだ。

 賞金稼ぎとなった今でも、世界のために役立ちたいという気持ちは失っていなかった。

 しかし、彼らの能力はモンスターを相手にすると、とたんに無力化してしまう。

 カイラは賞金が稼げればそれでいいようだが、リップはどうにかして状況を変えたかった。


 この日の夜、二人は街の外れにある小さな宿に泊まった。

 リップは、カイラを自分の部屋に呼んだ。改めて今後のことを話す腹積もりだ。

「なあ、カイラ」

「なあに、真剣な顔で部屋になんて呼びだしちゃって」

 カイラはまんざらでもなさそうに言う。

 その妖しげな雰囲気にたじろぎながらもリップは思いの丈をぶつけてみた。

「ああ、いや、その……俺らもそろそろ、対モンスター戦の策を練ってもいいんじゃないかと思って」

「…………」

「もちろん、賞金稼ぎは続けていこうと思っているけどさ。折角与えてもらった能力なんだから、もっとこう、なんというか……」

「ふふ。とりあえず落ち着きないよ。お茶でも淹れてくるわね」

「あ、ありがとう」

 カイラが淹れたほうじ茶をすすり、一息つくと、リップは改めて口を開いた。

「……とにかく俺は今のままじゃ駄目だと思うんだ」

「……人間相手じゃ満足できなくなっちゃった?」

「いやいや、そうじゃなくて! 」

「世の中のために使いたいってわけね」

「そう! そういうこと!」

「賞金稼ぎだって立派な社会貢献だと思うわよ」

「うっ……それはまあ、そうなんだけどさ」

 沈黙が二人を包む。

 やがて、カイラが優しげな声色で話し始めた。

「……ねえ、リップ。私の能力は本来、モンスターどころか人間相手でさえ無力なものなの。悔しかった、ずっと。何でこんな意味の分からない能力を授かっちゃったんだろうって」

「……うん」

 自ら進んで全裸になるような敵などいない。

「でもね。あなたと巡り会えたおかげで、私は救われた……私みたいなのでも、世の中の役にたてるんだって」

「カイラ……」

「リップにはすごく感謝してる」

 目を潤ませ、上目遣いで見つめてくるカイラ相手に、リップは戸惑いを隠せなかった。

「ねえ……リップになら私……」

 カイラが顔を近づけてくる。

「え、あ……いや、ちょっと!」

 リップはパニックになりかけながらも、何とか彼女押しのけた。

「痛い……!」

「ご、ごめん………でも俺、好きな人が……」

「…………はっ。やっぱり根性なしだったのね、あなた」 

「…………へ?」

 カイラは先ほどまでとは打って変わって、氷のような目をしている。

「まあ、いいわ。どっちにしろ、もうじきクスリが効いてくるでしょうし」

「お前、何を言って……うっ」

 リップは急にフラフラとし始めた。

「本当は自分から服を脱がせてやりたかったんだけれど」

「お、お前……お茶に……」

「だってその方が興奮するじゃない? 自らの意志で脱いだ男を意のままに操れる、なんて。あーあ、ようやくあなたからお誘いが来たと思ったのに……」

「ふざ……けるな……」

 掴みかかろうとしたリップだったが、すんでの所で意識を失ってしまった。

「おやすみなさい、リップ。次に目が覚めた時には、私の奴隷よ……」


 カイラは、舌なめずりをしながらリップの着ている服を脱がし始めた。

「これでよし、と。さて、これからどうしましょう」

 一糸纏わぬ状態となったリップを見下ろしながら考える。まずは手駒を増やさなければ。

「……そういえば、さっき好きな人がどうとか言ってたわね。前のパートナーのことかしら。起きたら聞いてみなければいけないわ」

 カイラの能力の前では隠し事など不可能だ。リップは目覚め次第、全てを洗いざらい話してしまうことになるだろう。

 カイラは久々に胸が高まっていた。

 彼女とって、賞金首などはどうでもよかった。傭兵を解雇されたというのも嘘だ。そもそも彼女の能力は生まれつきだ。

 本当なのは、リップの存在を運命だと感じたことだけ。

 彼女の野望を達成するためには、リップの能力が必要不可欠だった。

 長年待ち望んだ能力者。それがようやく手に入ったのだ。

 リップの能力を初めて知ったのは、彼女が働いていた服屋に彼が買い物に来た時。

 その時から、何とかしてリップに近づこうと画策していたが、幸運にもチャンスはすぐに訪れた。

 パートナーとの仲違い。

 それから暫くの間、彼女はリップを監視した。

 そして彼が新たなパートナーを欲し始めていると思しきタイミングで接触を試みたのだ。

「もしも好きな人とやらが能力者だとしたら……ああ……そうだったら最高ね。早く起きないかしら」

 止めどなく溢れ続ける涎を啜りながら、奴隷の目覚めを待つカイラであった。

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