第5話

「ふあ~ああ」

 フレアは豪快な欠伸をしながら、宿の廊下を一人歩いていた。

 昨夜は疲れていた割にあまり眠れなかった。多分、サムの変態疑惑のせいだ。

 流石にもう部屋には戻っているだろう。ちょっと嫌だけど、顔を合わせないわけにもいかない。

「サム~起きてる? ってあれ?」

 遠慮無くドアを開けると、サムの姿はなかった。

 それどころか、部屋の中は昨夜見たままの状態だった。

「まだ戻っていないの……?」

 夜中にちょっとだけならともかく、一晩中全裸で街を徘徊していると考えるのは、いくら何でも無理がある。そしてよく見たら、ドアの鍵が壊れている。

 もしやサムの身に何かあったのだろうか。

 自分のズレた考え方には自覚のないフレアだったが、それでもようやく危機感を覚え始めた。

「とりあえず、サムを探さなきゃ」

 廊下を走りながら、フレアは妙な違和感に気がついた。

 昨夜から静か過ぎる。そういえば他の客を見かけていない。

「あの、すみません。チェックアウトしたいんですけど! すみません!」

 それどころか宿の店主すら出てこない。

 仕方なく黙って外に出たが、すぐに『何かとてつもなくヤバイこと』が起きていることを確信し、

「ひっっ……!?」

 フレアは絶句した。

 宿と違い、人はいた。が、老若男女、一人の例外なく、全員が、服を着ていない。

 つまり全裸だった。

 しかも、よく見ると、全員目が虚ろである。まるでゾンビのように、ノロノロと彷徨っている。

「な……なに、よ、これ……」

 あまりに異様な光景を前にして、フレアは全身から血の気が引くのを感じた。

 そして、思わず駆け出していた。


 走り疲れたフレアは、中央広場にぼんやりと立ち尽くしていた。

 途中で覗いた服屋や飲食店の中にも人は沢山いたのだが、一人の例外もなく全裸だった。

「もう! 誰かマトモな人はいないの……サムもどこにもいないし……」

「……やあ、フレア。久しぶり」

 不意に懐かしい声が聞こえてきた。

「え……」

 振り返ると、そこには

「リップ!! 何でここに…………あ」

 一瞬、街の異常事態を忘れるほどに歓喜したフレアだったが、目の前の現実に更なる絶望を与えられてしまった。

 一年ぶりに再会したかつてのパートナーは、ご多分に漏れず、全裸だったのだ。

「あああああ……」

 フレアは膝から崩れ落ちた。



 フレアの元を去ったリップは、賞金稼ぎをしながら細々と暮らしていた。

 魔王に支配された世界とはいえ、犯罪者がいなくなったわけではないのだ。

 ある日リップは、自分の能力が人間相手だとそれなりに使えることに気づいた。

 人は男女問わず、突然全裸にされると、大体の場合パニックを起こす。

 タイミング良く相手のズボンを降ろせば、派手に転んでくれる。

 上着を顔の位置までずらすことで、視界を奪うことができる。

 つまり、リップの能力は、相手の隙を生むことに長けていたのだ。

 しかし、それだけでは勝てない。

 リップは能力の訓練と同時に格闘技も学び始めた。

 元々体術の才能があったのか、今では相手に隙さえできれば、一撃で意識を奪えるほどまで成長した。

 フレアと一緒だった頃は完全に無力で、彼女の能力に頼りっぱなしだったリップだが、皮肉にも独りになることで、賞金首を倒せるほどの力を手に入れることができたのである。

 それでも、モンスター相手に格闘技は通用しない。一度、挑戦してみたリップだったが、危うく殺されかけた。

 だからリップは今日も、人間相手に能力を使う。己の生活のために。


 半月かけて探し当てた賞金首をようやく倒し、僅かな生活費を受け取ったリップは、馴染みのバーで仕事あとの一杯を楽しんでいた。仕事と鍛錬の他には、酒を飲むくらいしかやることがない。

「……それにしても、そろそろ一人では限界があるな」

 リップは暗然たる気持ちを抱えていた。

 賞金稼ぎとしてそれなりの成果を挙げてきた自負はあるが、如何せん一人では効率が悪い。今日だって時間をかけた割には実りが少なかった。せめてパートナーがいれば……

 一瞬、フレアの顔を思い浮かべたリップだったが、慌てて首を横に振る。

「そうじゃないだろう。いい加減に忘れろよ、俺……」

 グラスの酒を一気に飲み干したところで、隣の席に座っていた客から声をかけられた。

「ねえ。あなた、賞金稼ぎのリップじゃない?」 

 美人だった。それもフレアとはまるで違うタイプだ。

 どことなく怪しげな色気を醸し出しており、目を合わせると吸い込まれてしまいそうな迫力も備わっていた。やたらと胸元が目立つ服を着ているのも、その一因だろうか。

 というか、その前に何処かで見たことあるような……

 リップは脳みそをフル回転させるが、どうしても思い出せない。

「……そうだけど。あんたは?」

 仕方なく、出来るだけ平静を装ってリップは答えた。

「あなた……運命って信じるかしら?」


「……はい?」

 突然、訳の分からないことを言う目の前の美女相手に、リップの警戒心が急激に高まった。

「あなたの能力はもうすっかり有名よ。衣服を自在に操るんですってね……素敵よ、実に素敵」

「おい、さっきから何を言って……」

「私と組まない?」

「え……」 

 驚くと同時に、リップは強烈な懐かしさを感じていた。

 女はゆっくりと脚を組み替え、含み笑いを浮かべて言った。

「実はね、私も能力者なの」

「じゃあ、国の?」

「ううん、あなたと同じよ……とっくに除名された」

 リップの中に、僅かな同情心が芽生えた。

「私の能力、聞いてくれる?」

「あ、ああ」

「私ね、『全裸の人間を自由に操ること』が出来るの」

「……なんじゃそりゃ!」

 リップは自分の能力を棚に上げて思わず突っ込んでしまった。

 が、瞬時に後悔する。見ると、彼女はとても悲しげな表情をしていた。

「そう、よね。おかしいわよねこんな能力。除名されて当然……」

「わ、悪い!」

「いいのよ。でもね、少し考えてみて……あなたと私が組めばどうなるかを」

「え……俺と、あんたが…………あ!!」

 既に女の表情から悲しみの色は消えており、代わりに妖艶な笑みを浮かべていた。

「私の名はカイラ……もう一度聞くわ。あなた、運命って信じるかしら?」

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