第4話
一年後。とある草原。
「敵ですよ、フレアさん!」
「見りゃ分かるわよ!」
モンスターは全部で五体。この数ならフレアたちの敵ではない。
「はあ!」
フレアは、手にしたライターから大量の炎を噴出し、モンスター目がけてそれをぶつける。
それと同時に、サムは手のひらから巨大な氷の塊を次々と生み出し、フレアの周りに配置する。
今やすっかり定着した、お決まりの連携だ。
「……ふう。どうやら片付いたようね」
「お疲れ様です。フレアさん」
「ん」
フレアの顔にはどこか物足りなさがにじみ出ている。
そのことにサムも気づいているが、何も言わない。
『暑がりの炎使いを冷やす仕事』と聞いた時は、正直、バカにするなと憤った。氷使いを舐めるな、と。
しかし、国の者にフレアの写真を見せられた瞬間に、そんなチンケなプライドは吹っ飛んでしまった。サムにとって、彼女はあまりにタイプど真ん中だった。特に、気の強そうな目元がたまらない。ゾクゾクする。彼はどちらかと言うとドM気質なのだ。こんな美しい女性と共に過ごせるのならば、自分の能力が冷房扱いを受けることなど何でもなかった。むしろ喜んでやらせていただきましょうとすら思えた。そしてその気持ちは今も変わらない。
しかし、一年経ってもフレアは、心を完全には許してくれない。
「……何、しているんですか?」
「……あ、な、何でもない」
急に地面に寝転び始めたフレアだったが、サムに突っ込まれると慌てて起き上がった。
「全く、寝るのはまだ早いですよ」
「うるさいわね……」
フレアは首に巻いているチョーカーをいじりながら、恥ずかしそうに目をそらす。
たまにフレアはよく分からない行動を取る。恐らくあいつとの思い出的な何かなのだろう。
そう、あいつだ。あの男。
半年前、フレアのパートナーを首になった前任者。
カス同然の能力者だったが、あんな男の何に惹かれたのか、フレアの心の中心には未だにあいつが居座っているのだ。
サムは、暗澹たる気持ちを胸に抱えながらも、いつものように笑顔を作った。
「さあ、バカやってないで、行きますよ。今日中に街へたどり着かないと、野宿する羽目になってしまいます」
「……分かってるっての」
その日の夜。
「はあ……ようやく着いたわね」
「思ったよりも遠かったですね」
フレアとサムは、メッションタウンへとたどり着いた。
食とファッションの街を謳うこの地は、規模こそ小さいものの、ラゼント王国有数の観光地となっていた。
街は大まかに四つのエリアに分断されている。
まず中央には広場が開放されており、主に人々の休憩エリアとして利用されている。
そこから北へ向かうと、宿や人々の住む家がひしめき合っている。住宅街エリアだ。
逆に南へ向かうと、右手エリアには飲食店、左手エリアには服屋がズラッと並んでいる。こちらが自慢の繁華街であり、旅行者や住人達で昼夜問わず賑わっている。
だが、二人がやって来たのは観光のためなどではなく、この街に凶暴なモンスターが出没するという情報を手に入れたからである。相手が強ければ強いほど、王国からの報酬もはずむのだ。
「私、この街は初めて。サムは?」
「私は一度だけ来たことがあります……まだモンスターのいない、平和な時代の話ですが」
「へえ……それにしても、凶暴なモンスターが出たって割には何だか平和そうね」
現在、二人は繁華街を歩いているのだが、人々は何の問題もないかのように活気に溢れていた。
「まあ、あくまで間接的に得た情報ですからね。大げさに吹聴されている可能性もあります」
「そうね……ふあああ」
フレアは大きな欠伸をした。
「はあ、流石に疲れたわ。今日はもう休みたい」
「ああ、はい。そうですね。では宿を探しましょうか」
真夜中。サムの部屋にて。
『コン、コン』
サムがフレアを思いながら自らを慰めようとした途端、部屋のドアがノックされた。
「フ、フレアさんですか?? ちょ、ちょっと待ってもらっても……」
サムは慌ててズボンをずり上げた。
『コン、コン、コン、コン』
いや、違う。
彼女なら、『ちょっと、開けなさいよ!』とか言ってドアノブをガチャガチャとやる筈だ……
「……おい、名を名乗れ」
用心深いサムが戦闘態勢に入った瞬間、ドアが勢い良く蹴破られた。
「やはり敵か!!」
両手を突き出し、瞬時に氷の塊を作り出したサムだったが、目の前に現れた相手の正体とその格好に驚愕し、動きが止まる。
「え、お前……」
その一瞬の隙を、相手は見逃さなかった。
フレアは、サムの部屋に向かっていた。
明日の予定について相談することを忘れていたのだ。
別に明日の朝すればいいのだが、一度思い立つとすぐ行動しないと気が済まないのが彼女の性格だった。
「あれ? ドアが開いてる」
しっかり者のサムらしくもない。
「ちょっと、サム?……入るわよ?」
フレアがサムの部屋にズカズカと入ると、そこにサムの姿はなかった。
代わりにあったのは、乱雑に脱ぎ捨てられた、彼の衣服のみ。
「え、なに、これ……」
この宿の部屋に風呂はついていない。
そして、着替えは綺麗に畳まれて机に置かれていた。
つまりサムは今、裸で外をうろついているということになる。
「も、もしかして……」
フレアは背中が寒くなるのを感じた。
「もしかして、あいつって、実は変態だったの……?」
脱ぎ癖のある自分のことは棚に上げ、ドン引きしたフレアは、そそくさと自分の部屋に戻った。
街は静まり返っている。
いつもは朝方までどんちゃん騒ぎが繰り広げられている繁華街までもが、まるで時が止まってしまったかのような静寂ぶりだ。
「はあ疲れた。ようやく完了ね」
「……お疲れ様です」
「あなたもよく頑張ったわ」
中央広場に、三人の男女が立っている。
会話をしているのは彼女ら以外にいなかった。
他の人々はというと、虚ろな表情で辺りをウロウロと彷徨っている。
「これで残りは、あなたの元恋人だけってわけね」
「……恋人ではありません」
「まあ、どっちでもいいわ。パートナーであったことに変わりはないのだし……ああ朝が楽しみだわ。本当は今すぐやっちゃいたいのだけれど、明るいほうが断然興奮するものね。ガマンガマン!」
女は嫌らしい笑みを浮かべながら言う。欲望が抑え切れないといった様子だ。
「……そうですね」
一方で男は、一貫して無表情だ。街の人々同様、どこか虚ろですらある。横に立っているもう一人の男も例外ではない。表情が豊かなのは、女ただ一人だ。
「それにしても、この光景、素晴らしいとは思わない? これこそが真の平和。私の理想とする世界……!」
「……最高です」
相変わらず、会話をしているのは彼女ら以外にいなかった。
そして、彼女らを含めた全員が、異様な格好をしていた。
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