第3話

 街の外れにある森のなかで、リップとフレアは大量のモンスターに囲まれていた。

「なんだよ、この数は……。こんなの聞いてねーぞ」

「街の人達は、居着いているモンスターは数体だって言ってたけど」

「こりゃ軽く五十体はいるぞ……あいつら、本当のこと話したら断られると思って嘘つきやがったな」

「でもまあ、何とかなるでしょ」

 そう言うとフレアは、新調したばかりのローブのポケットから、愛用のライターを取り出した。

「いくわよ、リップ!」

「おう!」

 フレアが灯した火は、瞬く間に巨大な炎へと変化した。そして同時に、フレアの全身から汗が吹き出す。

「今回は長期戦になるだろうから、辛いだろうけどがんばれよ」

 まるで人ごとだな。リップは戦闘が始まると、毎回少し自虐的な気分に陥る。しかしそれにもすっかり慣れてしまった。

「燃えろ燃えろ! 燃え尽きてしまいなさい!」

 炎はどんどん増殖され、今や山火事一歩手前であったが、器用にも植物は全て避けていた。攻撃力といい、操作性といい、一級品だ。やはりフレアは最強の能力者に違いないだろう。

 そんな彼女でも、今回は流石に苦労している。ここまでいっぺんに相手をするのは初めてだった。

「はあ……はあ……燃やしても燃やしても全然減った気がしない……そして暑い……もう駄目」

「我慢しろよ、フレア」

「あんたは……はあ……はあ……いつもそればっかり……ってリップ! 危ない!」

 突然、フレアがリップ目がけて飛びかかった。

「うわっなんだ!? 痛っ」

「きゃっ!」

 思い切り地面に叩きつけられたリップが顔を上げると、いつの間にか回りこんできていた剣のような形をしたモンスターがフレアに襲いかかっていた。切られてしまったのか、肩から血が出ている。

「フレア!」

 呼びかけても彼女は倒れたまま動かない。炎も消えてしまっている。そして、モンスターはまだ十数体残っていた。しかしもう攻撃手段は残されていない。

 リップは己の無力さと不甲斐なさを嘆く。

 脱ぐのを阻止するのも大変だ? 本当は裸を見たい? パートナーの女性が命を懸けて戦っているというのに、なんてふざけたことを考えていたのだろう。自分はいざという時、彼女を守ることすらできないのだ。そんな体たらくで、何が半年記念だ。

「うがああああ!」

 近づいてきたモンスターたちの、爪や、拳や、剣が、リップ目がけて振り下ろされる。

 リップは死を覚悟した。


 が、突如モンスターたちが一斉に動きを止めた。

 いや、正確には『凍りついた』

「やれやれ。危ないところでしたね」

 後方から声がする。

 振り返ると、そこには若い男がいた。恐らくリップと同年代だろう。銀色の長髪をなびかせながら、笑みを浮かべている。

「……助かった。あんたも能力者か」

「いかにも。見ての通り、氷の使い手です」

「氷……」

「私の名はサム。あなた方は、リップさんとフレアさんですね?」

「知っているのか」

「ええ。街の人々から、あなた方だけでは不安だからと言われて来てみたら、正に危機一髪でした」

「そうか……。そうだ、フレアは!?」

 慌てて振り向くと、フレアが憮然とした表情をしながら起き上がっているところだった。

「大丈夫なのか、フレア」

「ちょっと驚いただけよ。怪我は大したことないわ」

「……良かった」

「初めましてフレアさん。私はサムといいます」

 サムがやや強引に割って入ってきた。

「私はフレア……助けてくれてありがとう」

「とんでもない……ただ、一つ疑問なのですが、あなたが倒れたあと、あなたのパートナーであるリップさんは全く攻撃しようとはしませんでした」

 あくまで柔和な笑みは崩さず、サムは続ける。

「リップさんは攻撃要員ではないのですか? それならば防御? いやしかし見ている限り、特に何もしていないように思えた……なにやら両手は広げていましたが」

「ちょっと、何いきなり失礼なこと言ってんのよ!……あなたには分からないでしょうけど、リップは立派な役目を担っているの!」

「役目、ですか。戦闘以外で」

「そ、そうよ……」

「良ければ、具体的にどんな役目を担っているのか教えて頂けませんか?」

「べ、別になんだっていいでしょ」

 サムは一層、笑顔を深めて言った。

「……脱衣を防いでいるのでしょう?」


 やはり知っていたのか。

 それまで黙って二人の会話を聞いていたリップだったが、サムがわざわざこんな森まで助けに来てくれた本当の目的が自分の予想と違っていなかったことを確信し、口を挟むことにした。

「お前、俺のポジションを奪いに来たんだな」

「……正確には、王国から要請されてきました。あなたの代わりにフレアさんのパートナーになってくれ、とね」

「え、ちょっと、どういうことよ! なんであんたが?」

 この場でただ一人、フレアだけが状況を掴めていないようだ。

「こいつの能力は氷だってことだ」

「…………あ」

 サムは改めて一礼し、フレアと向き合った。

「その通りです。私は氷使い。つまり、あなたをいつ何時でも冷やして差し上げることが可能です……無理やり脱ぐのを遮られるなんて不快な思いをしなくても済むのですよ」

 こいつ、やっぱり全部知ってたんじゃねーか。素知らぬ素振りなんかしやがって。

 リップはそう憤りつつも、一方で既に心を決めていた。

「おい、テメエ」

「おや。タイマンでもしますか?」

「ちょっと、あんた達、何勝手に話を進めて……」

「いや……フレアをよろしく頼む」

「…………え?」

「…………ほう」

 フレアの顔から表情が消えると同時に、サムは今日一番の笑顔を見せた。

「あんた……自分が何を言ってるか分かってんの……?」

「さっきの一戦で分かっただろう……俺はどうしようもない役立たずだ。何も出来ない。守ることすらな」

「…………」

「こいつは、俺と違って、戦闘要員としても優秀だ。そして戦闘中も快適な環境を提供してくれるだろう。正に完璧、お前にとってのベストパートナーだ」

「リップ、あんた悔しくないの?」

「まあまあ。本人の言う通りじゃありませんか。それに、国の要請を拒否することは難しいと思いますが」

「あんたは黙ってなさい!」

「……もう、いいだろ、フレア」

「……!」

 リップは、フレアが一度も見たことのないような顔をしていた。それは、諦観と絶望と、僅かな開放感が綯い交ぜになったような表情だった。

「リップ……」

 リップは思う。自分がサムに勝てる要素など、何一つ見つからない。だから自分が食い下がる意味など、何一つない……その資格すら、ない。

「じゃあな、フレア……今までありがとう」

 それだけ言うと、リップは二人に背を向け、去っていった。

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