第2話
敵モンスターを燃やし尽くすと、炎は満足したかのように消滅した。
「お疲れ、フレア。今回は数が多くて大変だったな」
「……死ぬかと思ったわよ、バカ」
フレアの目はうつろだ。足取りもフラフラしている。
「死ぬわけないだろ。ほら、氷かけるぞ」
リップは常に大きなクーラーボックスを背負っており、中には大量の氷が入っている。戦闘後のフレアの身体をできるだけ早く冷やしてやるためだ。
「……あんたはいいわよね。私が脱ぐのを阻止するだけの、簡単なお仕事で」
お決まりの嫌味を言いつつも、フレアは地面に寝転ぶ。
「うるせえよ。大体、お前から誘ってきたんだろうが」
リップは彼女の上から氷をぶちまける。
「あぁ~生き返るわぁ~」
恍惚の表情を浮かべる彼女の身体から、蒸気が舞い上がる。氷は次々と溶けていく。
――簡単なお仕事、か。リップは考える。
彼女の発言はもちろん本気ではない。いつもの軽口だ。
それでもリップは心の中で密かに反論する。俺が担った役目は、お前が言うほど簡単なものではないぞ、と。
全力で脱ごうとする相手の服を抑えるのは、実は相当骨が折れる作業である。服を操る力は己の筋力と同等なのだ。
そして、それより何より、本音を言うと、リップは脱ぐのを阻止したくなんてなかった。
町中での戦闘は人目も多いので、彼女の尊厳のために全力を尽くそうとも思えるが、今いる荒野のような場所での戦闘だと、誰も見てないし、フレアも怒るしで、止めるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。リップだって、一人の健全な男である。可愛い女の子の裸が見たくてたまらないのだ。
しかし、それでもリップは己の役目を全うしようとする。
自分のような役に立たない能力者に存在価値を与えてくれたフレアには、感謝してもしきれない。そんなフレアを前にして、一度でも性欲などに負けてしまったら、恐らく罪悪感に耐え切れず、もう二度と一緒にはいられなくなってしまうだろう……。
「ちょっと! さっきから手が止まっているわよ」
フレアが不機嫌そうな声で文句をつける。
「……はいはい。わがままなお嬢様だよ、全く」
大量にあったはずの氷は、既に半分以下になっていた。
「ねえリップ! 見てこれ、面白いわよ」
その日二人は、とある小さな街にある服屋に来ていた。
相次ぐ戦闘で汚れてしまったフレアのローブを新調するためである。
せめてもう少し薄着にすればいいのに、と常日頃思っているリップだが、赤いローブを着るのは彼女なりの拘りらしい。だったら少しは脱ぐのを我慢して欲しいものだ。
そんなフレアが差し出したのは、小さな赤いハートがついたチョーカーである。
「なになに……『このチョーカーは、願い事が叶うまで決して外れません』……? なんだそりゃ。願掛けってやつか?」
「店の前の看板に書いてたけど、ここの店長、能力者なんですって。不思議な衣服やアクセサリーを生み出せるとか」
「へえ。変わった能力者がいたもんだな」
「あんたが言うなっての」
「常に涼しくしてくれる上着とかないかな」
「あったらあんた、お役御免ね」
「うるせえよ。つーか、あってもどうせ着ないだろうが」
テンポよく軽口を叩きあいながらも二人は笑い合う。
彼らがパーティを組んでから、既に半年あまりが経過していた。
「ところでフレア。そのチョーカー、いつまで持っているんだ? ひょっとして欲しいのか?」
フレアは首を縦に振る。
「でもお金が足りないんだろう」
「…………」
「お前の愛用ローブ、滅茶苦茶高くて驚いたよ。どうせすぐ脱ぎたがるのに」
「その言い方やめなさい! 人が聞いたら誤解するでしょうが!」
本当のことだろうが。そう思いつつもリップは口に出さなかった。それよりもたった今閃いたアイデアの方が重要だった。少し迷いつつも勢いに任せて口に出してみる。
「……あーそういやフレア。俺らってパーティ組んで大体半年くらいだよな」
「……急になによ」
「いや、半年記念ってことで、そのチョーカー、買ってやらんことも、ない、ぞ」
言いながらリップは、どうにも恥ずかしくてたまらなくなってきた。やっぱり止めておけばよかった、と一瞬で後悔した。
「…………」
フレアは口を開けてポカンとしている。
「ああ、悪い! 今のは忘れて……」
「……買ってもらわないことも、ない」
「は?」
「確かに、あんたの言う通り、ちょうど半年くらいだし? 買ってもらってもおかしくはないわよね?」
「お……おう! そうだよ、なんらおかしくはない! パートナーとしてそういう節目は大事だと思うわけよ」
「そ、そうね! 節目は大事!」
「だろう? じゃあちょっくら買ってくるわ」
それ以上、この妙な雰囲気に耐えられず、リップはそそくさとフレアの元を去った。
「すいません、これ下さい」
「あら。彼女へのプレゼントかしら?」
女性店員が話しかけてきた。こういうの苦手なんだよな、と思いつつも、リップは笑顔を作る。
「いやいや、彼女ではなくて、ただの傭兵仲間っすよ」
「そうですの? それにしては妙にイチャイチャされていたようですが」
店員がニヤニヤしながら追求してくる。
「はは……なに言ってるんすか」
うるせえなあ、と心の中で密かに舌打ちをするリップだったが、その店員が美人だったので許した。
「じゃあ……ま、これからもよろしくってことで」
リップは買ったばかりのチョーカーを宙に浮かせ、フレアの首に巻こうとしたが、それをフレアが遮った。
「……あ、ごめんちょっと待って。願い事考えないと」
「ああ、そうか。じゃあこれは自分で巻いた方がいいのかな」
「そうね……よし決めた!」
フレアはリップからチョーカーを受け取り、自分の首に巻きつけた。
「何を願ったんだ?」
「……ナイショ」
「まあ、願い事なんて人に話すもんでもないか。叶うといいな」
「そうね……ありがとう」
そう言って笑顔を見せたフレアの頬には、赤みが差しているように見えた。
可愛いな、とリップは何十回目かの再確認をする。
「そういえば、あんた、アクセサリーも操れるのね」
「あ、ああ。まあな。人が身につけるものは衣類の一部ってことかな」
「ふーん……でもああいう時は、直接つけてくれる方が……そこらへんデリカシーが無いのよね」
「え、なんだって?」
「別に!」
「あらあら。お幸せに」
いつの間にか、先ほどの店員が近くで見物していた。
「!!……行きましょ、リップ」
ますます顔を赤くしたフレアが、早足で店を飛び出した。
「お、おい、まてよフレア!」
リップも慌てて後を追った。
「ふふ……」
残された店員が一人笑う。
「おい! 客にちょっかい出してねーで、こっち手伝え!」
店の奥で店長が怒鳴り散らす。
「ごめんなさ~い」
慌てて仕事に戻る店員だが、その表情は何故か多幸感に満ちているようだった。
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