君を全裸にはさせない
クライトカイ
第1話
「ああ……暑いわ。暑い暑いあつい……」
荒野のど真ん中。
赤いローブを着た、全身汗まみれの女がブツブツと呟いている。
彼女の手には火の点いたライターが握られており、前方には大量の炎が舞っている。
そしてその渦中には、明らかに人間ではない異形の者が多数。
それらは必死で逃げ惑っているが、炎はまるで生きているかのようにうねうねと動き回り、決して逃がそうとはしない。
「我慢だ。まだ我慢しろよ、フレア」
フレアと呼ばれた女のやや後方に立っている男が、たしなめるように声をかける。
「も、もう限界……ああ……もうだめ」
女はとうとう、着ている服を脱ぎ始めた。
「あ! こら!……ったく、またかよ」
男はそうボヤくと、女に向けて両手をかざした。
すると、既に半分脱がされかけていた女の服が、突然意志でも持ったかのように抵抗を始める。
「わ! ちょっと! やめて、脱がせてよ、リップ!」
「やめるわけないだろう……これが俺の役目なんだから」
二人がお決まりのやり取りをしている間に、異形の者達は次々と燃やされていく。
フレアとリップがコンビを組んで三ヶ月ほど経つが、毎回戦闘の度に同じようなやり取りを繰り返している。
いい加減、少しは我慢できるようになってほしいものだと思うリップだったが、それ以上に彼は、フレアに対して多大なる感謝の念を抱いている。フレアの体質があるからこそ、彼は己の存在価値を見出すことができたのだ。
この世界には、遥か昔から『能力者』と呼ばれる者達が存在している。
彼ら能力者は、念じるだけで、『対象物』を『無から生み出す』、『際限なく増やす』、『自在に操る』ことができる。三つの力を全て体得している者もいれば、どれか一つしか扱えない者もいるが、基本的に扱える『対象物』は一人につき一種類のみである。また、『対象物』は物質だったり生物だったりと多種多様である。とは言え、能力者はいつの世も極小数しか存在しておらず、世間からの認知度もそれほど高くなかった。
しかし、今から二十年前、世界はある一人の能力者によって大混乱に陥った。
その男は、『自分が想像した異形の生物――いわゆるモンスターを生み出し、増やし、操る』という凶悪な能力の持ち主である上に、邪悪な精神の持ち主であった。男はこの能力を利用して蛮行の限りを尽くし、いつしか『魔王』と呼ばれるようになった。
だが、世界が魔王とモンスターに支配されてからおよそ十年後、人類は反撃の契機を得る。
きっかけは、世界最大級の国家である、ラゼント王国の王子が持って生まれた能力だった。
彼は『能力者を生み出す』ことができた。他人の頭に触れるだけで、いとも簡単にその者を能力に目覚めさせることができるのだ。彼は物心がついた頃から、その力を国のため、ひいては世界のために使うことになった。
結果として、ラゼント王国は一挙に大量の能力者を配下に置くことに成功した。
能力を授かった者は、他能力者とパーティを組むなりして、モンスターの殲滅および魔王討伐のために、その力を国に捧げなければならない。その代わり、貢献度に応じて報酬を国が提供する。つまりは傭兵である。この取引に応じるような人間が、数え切れないほどに存在したのだ。
フレアとリップもその一員である。
フレアが目覚めた能力は、『炎を増幅させ、自在に操る能力』であった。
単純だがそれ故、非常に強力だ。しかも一度発動すると、敵を殲滅させるまで自動で追撃する事ができる。恐らく攻撃力に限れば、全能力者の中でも最強クラスであろう。
一方、リップの能力は、『衣類を自在に操る能力』であった。
能力に目覚めた当初、リップはそのあまりの使えなさにふてくされていた。
彼は元来、正義感の強い男である。大学を卒業したと同時に傭兵に志願したのも、純粋に世界平和のために貢献したいという思いからであった。それなのに、自分の能力はせいぜいスケベ目的くらいにしか使えない。どうしようもないクズ能力だ。それに関しては王国側も異存なく、『無能な能力者』であるリップは解雇寸前のところまで追い込まれていた。
しかし彼が傭兵入りして二ヶ月後、大きな転機が訪れた。
出会いは行きつけのバーだった。
その日も特に何もせず、無為に過ごしてしまったリップだったが、酒だけは欠かすことがなかった。いつものようにダラダラと飲み続けていると、隣に座ったばかりの女がいきなり話しかけてきた。
「ねえ。あなたって、服を操ることができるんですって?」
リップは、すぐに返事をすることができなかった。
女が目を見張るほどの美人であったというのも理由の一つだが、それよりも目の前にいるのが、あの有名な『炎のフレア』らしいというのが大きかった。見た目は二十歳そこそこ。真っ赤なローブ。まるでライオンのようにモサモサとしていて、少し赤みがかった茶色い髪。強い意志を感じさせる大きなつり目。成人男性の平均程度はあるリップと同じくらいの身長。そして圧倒的巨乳。噂に聞いていた特徴と完全に合致している。
「あ……ああ。それがどうした。お前に何か関係あるのかよ」
ようやく返事ができたと思ったら、かなり卑屈な言い方になってしまった。
この二ヶ月間、散々他人にバカにされ、自分でも自分をバカにし続けた結果、リップの心は完全にひねくれてしまっていたのだ。
「なによ、その言い方! 関係あるから声をかけたんじゃないの」
キツイ口調ではあるものの、その声色や雰囲気に見下したような感じは全くない。リップは少しだけ反省した。
「……悪い。俺みたいなしょうもない能力者に、あの『炎のフレア』が声をかけてきたことに驚いてな」
「……私ってそんなに有名?」
「そりゃまあ。『美人過ぎる最強能力者』って触れ込みですでにアチコチで噂になってるし……魔王討伐の最有力候補、とも」
「最強、ね」
その言い方には、自虐的なニュアンスが含まれているように思えた。
「嫌なのか? そう呼ばれるのが」
「そうね……少なくとも今のままじゃ、とても最強なんて名乗れないから……」
どういうことだろう。リップは彼女の意外な発言に興味がわいた。
「とりあえず要件から先に言うわ。あのね、その……」
「なんだよ」
「あなた、私と組まない?」
「…………」
話が全然見えない。酔いのせいだろうか。
「順を追って説明するわ。ええと、私は知ってのとおり、炎を操ることができるんだけど……」
「ああ」
「私は、無から生み出すことはできないから、いつもライターの火を増幅させているのね。で、その炎を操るためには、半径五メートル以内にいないといけなくて……」
「ふーん」
「でもね……それが暑過ぎて我慢できないの」
「……ん?」
「私、生まれつき暑いのがすごく苦手で。暑くなると頭がボーっとしちゃって、何も考えられなくなってしまうのよ……だから戦闘中も、我を忘れて服を脱いじゃったり……」
「…………??」
やはり飲み過ぎてしまったのだろうか。彼女の言うことがよく分からない。リップは軽い目眩を覚えた。
「そのことが国にバレちゃってさ。次やったら解雇だって。いくら強くても、外で、ぜ、全裸になるような女を国の傭兵と認めるわけにはいかないって……」
「ぜん、ら……」
彼女は自分をおちょくっているのだろうか。リップは考える。だがしかし、この話が本当だったら、彼女が自分と組みたいなどと言ってきた理由が分かったかも知れない。
「つまり、あんたが脱ぎそうになったらとめてくれ、と。そういうことか?」
「そ、そうよ……話が早いわね」
いつの間にか、フレアは耳まで真っ赤になっていた。どうやらふざけているわけではないらしい。
「で、どうなのよ。組んでくれる……」
「いいぜ。組もう」
リップは少し食い気味にそう答えた。
馬鹿にするな。少しでも自分の能力に誇りを持っている者だったらそう言って断るかも知れない。しかしリップはそんなプライドなど微塵も持ちあわせてなどいなかった。どんな形であれ、自分の力を世のために役立たせることができるのなら、それでもう十分だ。
「あ、え、うん……それじゃ、改めて。フレアよ、これからよろしくね!」
あまりにもあっさりと交渉が上手くいったことに、一瞬戸惑いを見せたフレアだったが、切り替えが早いタイプなのか、すぐに笑顔を作り、リップに対して握手を求めた。
「ああ。俺はリップだ。こちらこそよろしく」
変なやつだけど、笑顔はいいな、とそんなことをボンヤリと思いながらも、リップは握手に応じた。
こうして少しイビツな関係性を持つパーティが誕生したのだった。
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