私、帰ります!
「旦那さまの大切な馬車をどうするつもりだ、セバス!」
「くっ……、大人しくしていれば死なずに済んだものを――」
セバスは服の内側に手を入れ、何かを取り出した。
それは月の光により鈍く照らされた、黒い金属の塊――
拳銃だ。
セバスは白髭の老人にそれを向ける。
次の瞬間、パンと乾いた音が鳴った。
森の動物たちがにわかに騒ぎ始める気配を感じる。
私も驚いて強く羽ばたく。
森の木の高さと同じぐらいに舞い上がる。
馬車から出ていたメイドは、腰を抜かして地面に尻をついた。
「ぐわっ……」
苦しそうな声を上げたのは、セバスだった。
白髭の老人は撃たれる瞬間に、革の鞭でセバスの手を叩いていた。
地面に落ちた銃口の先から白い煙がゆらりと立ち上っている。
「おまえは何を企んでいるのだ?」
セバスの背後から両腕を引っ張り、動きを封じ込めた白髭の老人。
見た目に反して老人は強い。
無駄のない動きでセバスを拘束したのだ。
「白状しろ! セバス!」
「いててて……言う、言うから離してくれ!」
白髪の老人は少し力を緩めてやった。
するとセバスは口の端を上げ、
「あんた、ただの老いぼれ御者だと思っていたが、油断したぜ。どうだ、あんたもガブリエル様の屋敷へ行こうぜ。紹介してやるから!」
「ガブリエル候だと……!?」
「そうさ。こんな小さな村の屋敷よりも高待遇だ! 悪い話ではないと思うがな、ヒッヒッヒ……」
セバスは気味の悪い声を出して笑い始めた。
「貴様、旦那さまのご恩を忘れたかセバス!」
「感謝はしているさ。一家の死を手土産にガブリエル様の元に迎えられるのだからな、ヒッヒッヒ……」
「なに!?」
白髭の老人が見上げる。
そこには窓から身を乗り出して見守る旦那さまと奥様、そしてジミーの姿が。
ジミーはハリーを抱きかかえている。
「な、なぜ生きている? クスリが効かなかったのか!?」
唖然とするセバス。
ほっと胸を撫で下ろす白髪の老人。
その背後にゆらりと揺れる黒い影。
「ピィィィー(危ない)!!」
私は急降下する。
つり目気味のメイドの手にはナイフ。
それを両手に構えて、老人の背後から突き刺しにいく。
私は彼女の顔面に体当たり。
「ぎゃあっ!」
メイドは悲鳴を上げる。
ナイフは宙を切る。
その隙に逃げ出そうとしたセバスを屋敷から駆けつけた白い服を着た男たちが取り押さえる。
つり目気味のメイドは、ほうきを持った他のメイドたちに取り囲まれた。
やがて皆が屋敷に入っていく。
しかし、御者である白髭の老人は馬車に戻ってきた。
馬車の屋根に止まって見ていた私に気付き、笑顔を向けてきた。
鳥は表情を作れないので、ピヨッと鳴いてみた。
「おまえは人に飼われていたことがあるな?」
「ピヨピヨ(そうよ、私はマーチンと一緒に住んでいたわ)……」
人間に鳥の言葉は通じない。
でも……
私にはやっぱり人間の言葉が分かるみたい。
勘違いなんかじゃない。
私のことは私が一番分かっている。
私が信じてあげなくちゃ、他の誰が私を信じてくれるというのか。
「元の家に帰るがいい、さあ行け!」
「ピヨ(でも)……」
「後のことは私に任せなさい。さあ、飛び立て!」
私はピッピ。
でも、この屋敷では三代目ギルチョッパーなの。
私がいなくなったらジミーが……
そのとき、私はハリーの言葉を思い出した。
『後のことはオレ様に任せておけ』
あの言葉は……そういう意味だったのだろうか。
窓を見上げる。
しかし、そこにはもう誰もいない。
閉められた窓から煌々と明かりが漏れているだけ。
答えは自分で見つけなくちゃ。
私の答えは私にしか決められないのだもの。
「ピヨ(私、行くわ)!」
「そうか、行くか。達者でな、黄色い鳥よ」
「ピヨ(あなたもお元気で)!」
夜空へ向かって羽ばたく。
「ありがとう、黄色い鳥よ――……」
老人の声が森の木々の隙間へと吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます