私、逃げてもいいの?

ガシャン。



一瞬、私には何が起こったのか理解できなかった。

私の周りにはばらばらになった檻の残骸。


驚いた表情のマーチンが私を見下ろしている。

マーチン、あなた手を滑らせたのね。

そして私の檻を壊してしまったのね。

本当にあなたは不器用で愚直で、憎めない人。


「おい、早くそいつを捕まえろ!」


肉塊、もとい肉屋の店主が叫んだ。

マーチンはそっと私の体を包み込むように持ち上げた。

ああ、最期にあなたの手の温もりを感じられて私は幸せよ。


「ごめんよ驚かせてしまったね」


「ピュッピュルゥー(気にしないでいいのよ)」


私達は見つめ合って最期の別れをした。

しかし――


「檻が無くなっちまったならこの鳥はこの場でシメるしかねぇーな」


肉屋の店主が私の首を掴もうとした。

それがあまりにも急だったので、驚いた私は羽を広げた。

バサバサと羽ばたくと、すこし先の地面まで飛べた。


私、生まれて初めて空を飛んだわ。

マーチンは見てくれたかしら。


私は振り向く。


マーチンは目をまん丸に開けて驚いている。

肉屋の店主は口をあんぐりと開けている。


「くそぉー、逃がすかよぉー!!」と店主が。


「ピッピ、逃げろぉぉぉー!!」とマーチン。


「ピュロローッ(ええーッ)!?」


迫り来る肉塊に恐怖を感じた私は逃げ出した。

マーチン、あなた馬鹿なの?

私がここで逃げたら代金はどうなるの?


「ピュロピュロピィィー(本当に逃げていいの)?」


私はもう一度振り向いて確かめた。


「逃げろ!」


マーチンの指示は変わらなかった。


私は一目散に逃げる。

市場を行き交う人々の足の間をすり抜ける。

市場はもう大騒ぎ。


あと少しで市場を抜けられる。

そう思った時に、男のぶよぶよした手に捕まってしまった。


「ピキピキピキィー(痛い痛い強く握らないでぇー)!」


肉屋の店主の手の中で私は暴れる。

黄色い羽根が沢山抜け落ちていく。


こんな終わり方は嫌よ。

痛いのは嫌なの。

誰か……助けて……




「お待ちなさいッ!」




男の人の声がした。

近くに黒塗りの馬車が止まった。

御者台に乗った黒い服を着た人が近づいてきた。


布袋を肉屋の店主に渡して、


「我が主人がその鳥を買い取りたいとおっしゃっている。これで足りるか?」


「へ、へい! ありがとうございます。これで充分です」


私の体は肉屋の店主から黒い服を着た人に渡った。

私が見上げると男は目を細めた。

白い口ひげを生やした優しそうな老人だった。

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