私、お屋敷の食卓に上がるの。

馬車は市場の中心を通り過ぎていく。

窓からマーチンの姿がちらりと見えた。

でも、マーチンは馬車の中にいる私には気付かなかった。


さようならマーチン。

そそっかしくて、頼りなくて、愚直で――


私の大好きだった人。


市場を抜けるとのどかな草原。

広大な自然の中を馬車はのんびりと進む。


馬車の中には2人の男の人がいた。


一人は立派な身なりをした紳士。

この人がお屋敷のご主人だろう。

銀縁眼鏡の奥に見える優しそうな目をした人。

でも、どこか不安げな表情に見えるのは気のせいかな?


もう一人は目付きの鋭い男。

服装から察するに、彼は執事ね。


執事は私が入っている鳥かごを持ち上げ、鋭い目付きでのぞき込んできた。

怖い。

なんだかこの人は怖い。


「こんな得体の知れない鳥で宜しいのですか旦那様?」


執事は吐き捨てるように言った。

得体の知れない鳥?

それって私のこと?

失礼しちゃうわ。

私はマーチンが愛してくれたピッピよ!

得体の知れない鳥なんかじゃないのに。


でも、私の抗議は受け入れられなかった。

人間って不便ね。

私の言葉を理解しないんだもの。


「黄色い鳥、珍しいだろう? ジミーも喜んでくれるさ」


ご主人は目尻にシワをつくって笑った。

優しい笑顔。


馬車は草原を抜け、丘を越えて農村地帯に入る。

時々すれ違う農夫たちは、みな馬車を見ると頭を下げた。

ご主人はこの一帯の領主なんだわ。


そんな偉い人が私をどうしようと言うんだろうか?


ううん、分かっている。


私を食べるの。


私はピッピ。

これからご主人のお屋敷の食卓に上がるの。

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