第1話 “美”←ここ大事。少女が空から降ってきた。


 話は大体、二週間ほど前に遡るーーーー。


 さて、形骸的で儀礼的で、限定的な始まり方をしようと思う。惰性的だが、過去の先人方に則ったやり方?綴り方?ーーだ。これはあくまで実際問題俺の身に起きた出来事で、(世界に起きた出来事に比べたらほんの少しの影響かもしれないが)それでも、琵琶湖ほどの湖に一石を投じただけの影響力はあると思う。少なくともそう思う。ーー思いたい。

 まずはそうだな、本編へと至る前に自己紹介をしようか。能力の名前と面構えはちょっと上に行って貰えば分かるので、名前と年齢、あと家族構成……かな?出血大サービスだ。


 と、言う訳で(どう言う訳だ)俺の名前は糸田いとだ一詞かずし、花も恥じらう16歳。5歳の時に異能の力、新たな生命……モンスターを陣より生み出す事の出来る能力、【生命巣贈ライフ・オブ・ツリー】に目覚め、それ以来貧乏の一途を辿る。と言うのも、【生命巣贈ライフ・オブ・ツリー】…………に限らず、古来より新たに生命を生み出す術には少なからず《代償》が必要とされる。

 それは《MP》と呼ばれるものだったり《生命力》だったり《記憶》だったりするのだがーー俺の【ギフト】に必要な代償はお金だった。

 マネーだった。ライフ・イズ・マネー。周りはファンタジー色が強い中一人だけシビアだったのをよく覚えている。因みにこの異能、生み出す際カタログ?のようなものが頭の中で展開され、新たに生み出す生命モンスターについての情報が箇条書きで書いてある。そう、書いているのだが、描かれていない。イラストが無いので完全に手探りだ。その癖、生み出す対価としての金額だけは1円もまけずに書いているのだ。ナニコレ?本当にコレ異能の力……?終いには、銀行にて振り落としである。多分、5歳でこの力に目覚めたのではなく、5歳で親に銀行通帳を作って貰ったからだと思う。

 一人夕日に燃える中泣きそうになったのはいい思い出だ。


 次に、俺の今現在住んでいる町、六花町。四方を山と海とに囲まれたそれなりに巨大な町……いや、都市といっても差し支えない程。と言うのも、世界で、日本で初めて能力者が発見された町としてそのまま大規模な区画整理を行い、世界に向けての『能力者と非能力者が共存する町』としてのモデル都市として機能する事に。


 六花町の特徴は二つ。一つは六の区画エリアに分かれている事。それぞれ、一地かづち二種ふたね三芽さんが四葉しば五蕾ごらい六花ろっか区域エリアに分かれている。各々が国といっても差し支えない程個性にあふれていて、やはり特色もあり、その分苦労がある。また、六花町自体が中立都市的な機能を有しており、国家間の【ギフト】を使った大規模な争いこそ起きてはいないがーー六花町はこれに首を一切突っ込まないことは公認の事実だ。


 もう一つは先程も言った通り、能力者と非能力者が大体8:2での割合で在住している事。当然、大きい力を持てば、それだけつけあがる奴もいるというもの。故に、各区域エリアには1〜5人程、戦闘員アタッカー、それをサポートする補助員サポーター、そして区長が一名存在する。補助員サポーターの人数は区域によってまちまちで、3桁を越すところもあれば、戦闘員アタッカー補助員サポーターを兼任している所もある。

 そして、掃除屋クリーナー。ご都合主義を体現した、存在はするものの、その内情の一切を誰も知らないという半ば都市伝説じみたただのお掃除屋さん。ただし、この町において『お掃除』とは、そのまま証拠隠滅を指す言葉であり、そもそも殺人こそ起きてはいないがーー小さないざこざ一つで、家が吹き飛ぶこともままある。戦闘員アタッカーの中には加減の出来ない人物もいるからだ。

 そんな時、漫画でいう『ページをめくる』が如く、次の日には何故か跡形もなく戦闘の痕跡一つ残らず『お掃除』するのが掃除屋クリーナーである。

 それぞれがそれぞれに重要な役目と立場があり、何一つ欠けても機能しないのがこの六花町である。身も蓋もない言い方をすると非常に脆いに尽きるのだがーーやはり、役目と言うものに選ばれる人物はただの例外もなく強者なのだ。そこに、失敗も後退も許されない。



 ーーでは、改めて暫定的で古典的な始まり方をしようーーーー。

 そうだな、やっぱり書き出しとして相応しいのは……



 美少女が、空から降ってきた。



「はああああぁぁぁぁっ!?」


 買い物の帰り道、銀の粒子をはためかせ、宇宙人と呼んでも差支えないほど人間離れした美貌の少女が、空高くから降ってきた。

 ーー割と普通の速度で。


 よく考えてみる。ここは現実。確かに、些かファンタジーに傾向しているっちゃあしているが、あくまで現実である。能力で空を飛んでいて失敗したとか、重力を操る能力で失敗しとか、はたまた誰かに吹き飛ばされたか。ーーとか、どう考えてもファンタジーよりだわ、うん。でもまあ、これらの理由で仮に降ってきたとしたら、彼女は空中で減速する術を持っていない事になる。このままではアスファルトに叩きつけられて石榴の完成である。「おい!」なんて叫んで見るものの、返事どころか叫び声の一つも上げていないところを見ると、どうやら気絶なりしているようだ。

 ーーーーと、そこまで考えて、思考は少女を助ける方へとチェンジする。晴天の中、陽光を反射させながら落下する少女のスピードは以前変わらぬまま。寧ろ、何故にうつ伏せの状態で落ちているにも関わらず空気抵抗で手足とか首とか曲がっていないのかが不思議になったが、瞬間、頭の中はモンスターのカタログにより塗り潰された。

 優に1000を超えるくらい膨大なモンスターの情報の中、ほぼ秒とかからないうちに的確な部下を生み出す!


「来い!【深淵の魔手】!」


【深淵の魔手】

 ・地の遥か最奥。深淵に連なるその場所で今も尚動き続ける名を持たない手。悠久を生きる邪神の眷属。ーーーー固定型。1500円。


 突き出す右手。俺を囲むように不自然な木枯らしが風吹き、次いで重力を持った群青色の怪しい光が、アスファルトよりドロドロと溢れる。

 世界が闇に包まれる。星々の無い、孤独な夜。どちらかと言うと上ではなく下ーー深海を思わせる光景。ーー人は“そこ”を深淵と呼ぶ。


 ドックン!ドックン!ドックン!


 ドックン!!ドックン!!ドックン!!


 ドックンッ!!ドックンッ!!ドックンッ!!


 普段 (ポムポム)より倍近く大きく禍々しい鼓動。まるで巨大な心の臓が目の前にあると錯覚してしまうような、一生命としては歪で、だが正しいもの。


「あの少女を助けろーーーっ!」


 瞬間、「『ーーーーーッ!!』」それは人類が声と認識出来ない声。原初の言葉にして神へと最も近づく事象。故に俺の耳にはただの雑音だけが鳴り響き、思わず顔を顰めてしまう。

 酷いBGMが辺りに鳴り響く中で、突然目の前のアスファルトが大きく捲れーー!


 深淵の魔手ーーまあ恐ろしく簡潔に言ってしまえば巨大で禍々しいイソギンチャクモドキは、出てきたのはいいが一向に少女の元へと向かおうとしはしない。

 恐らく後数秒で地面に少女と言う名の花が咲く。誰が見ても多分そう言うだろう。そんな中、少女を助けようとした俺の行いは寧ろ立派と言うか人類の鏡と言うか、まあノリノリで助けろーーーっ!!なんて言っておいて意思疎通出来ないんだけどね。だが此奴には範囲内の動く物体を無条件で掴む習性がある。故に大丈夫かな?と楽観視したのだが………



 固定型。1500円。



 出すとこ間違えた!

 そうだよ此奴、確か固定型なんだよなぁ….…1500円も無駄にした。

 以前、ひょんな事から魔法少女っぽいのと戦った際、「魔法少女相手ならば触手だろ」と、触手っぽい名前の奴……つまり魔手を出したのだが……

 ギャラリー(男)が大歓声を上げる中現れたのは、確かに薄い本でオラオラ系のクトゥルフに出てきそうな触手だ。これで服を剥ぐなり、ヤルなりすれば恐らく勝てるだろうーー多分。いや、薄い本はみんなそれで勝ってたし。

 んで、いざ出撃命令を出したところ……此奴、射程範囲内ならば攻撃するんじゃなくて、射程範囲内でしか攻撃出来ないからずっとそのチャンスを伺っているだけだったと言うね。多分ずっと起きてんの。下手すりゃ1000年くらい寝てないの。ただでさえ“深淵”なんて意味わかんないーーそれこそ捕食出来る対象がいるのかよく分かんないところに生息しているという謎生態なので当然っちゃあ当然だろうけれど!

 その後?その後は大きく迂回して来た魔法少女から逃げ延びるため右往左往してたら魔手に捕まって、魔法少女に助けてもらった。んで、友達になった。

 人生ってままならないね。後、友達ってラインを交換した奴らの事を指すらしい。初めて知った。


 なんて事言ってたら、結構不味い状況だ。ーーので、あっさりとスタンダードに助ける事にした。や、第一話だし、そこそこラスボスっぽいグラフィックの奴も必要かなーって要らないよね、うん。


「【ポムポム】!」


 もう何百、何千、何万と叫んだ四文字を叫ぶ。俺の相棒にして部下……そして友達。ラインこそ交換していないが、意思疎通もままならないが、俺は此奴ら友達だと思っている。


 ーーその友達をクッションに使った。


 ゲル状の…….いやゼリー状の軟体生物だ。黒曜石のような瞳が気になるところではあるが、まあ問題ないだろう。数十メートルにも及ぶ巨大な陣。翡翠色の輝きを放ち、ポコポコと新たな生命を機械的に産み落として行く。

 そして出来たポムポムタワー。多分恐らく5、6人は飲み込めそうな………あれ、これ強くね?今まで個々として兵隊として生み出してたけど、軍隊として、群体として扱った方が強くね?あれ、間違えた?友達の扱い。


「『ーーギュム!』」


 ゲリョリ。と、いや多分違うんだろうけどそんな感じで飲み込まれた銀髪の少女。カエルの卵を思わせるような、形容しがたい生理的な嫌悪感を醸し出しながら「褒めて褒めて!」って感じで此方へと振り返るポムポムタワー。見極める場所は黒曜石の瞳が動いたかどうか。


「いやそれよりも」銀髪の少女を引っ張り出す事の方が大事では?どう見てもその中空気無さそうだし。まあ、ポムポムタワーを消した方が早いか……

 ペチンッ。或いはポチンッ。早い話指を鳴らすのに失敗した。が、別にそんな動作必要ないので、空気に溶けるようにポムポムタワーは消えさった。


「う……+々\=%5・」


 ベドンッって少女が落ちて来た。さして長くもない人生で初めて聞いたわ、人が落ちて来てベドンッなんて言うの。

 落ちた衝撃で腰でも打ったのだろうか、小刻みにプルプルしているものの、呻き声のようなものを呟いて以来起き上がる気配さえない。そのまま数秒間観察していたが、ポムポムの体内分泌液?が乾いたらこれ、大変な事になるんじゃーー?


「…………」


 意を決して声をかける。「だ、大丈夫かー?」大丈夫ではない。分かってる。ネッチョネチョな少女を背負いーーうん、気持ち悪い。もうなんか、なんかヤダ。生理的に無理ってやつ。まあでも、ここで見逃すのもなぁ……なんて、常識的?な部分が意見する。


「仕方ない、か……」


 そう、仕方ないのだ。捲れたままのアスファルトや局地的に夜になった頭上を見上げ、一人呟く。因みに、地面が捲れたり天候が局地的に異常を訴えるのは何時もの事だーーので、どうせ数分後には御都合主義を体現したお掃除部隊がやってきて元通りの筈。いや、あれどうやって直してるのか未だ誰も知らないのだけれども。

 非日常が常々の都市、六花町。なんとなくハウルの一シーンを思い出しながら、ミント臭のするベトベトの少女を背負いながら帰路に着く。



 

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