第2話 妹モノってあれ義妹だから成立するのであって実妹だとウンタラカンタラ。
「ただいまー……」
そこそこいいマンションーーもとい玄関に入り、右見て左見て、もう一度右見て……「ふぅ」息を吐く。別にここが自分の家じゃないとか家族間の仲が氷河期とかそう言う訳ではない。理由としては……落し物?拾い物?が全ての元凶である。
「いや、拾ってきたのは俺なんだけど、さ」
シン、とした室内で独りごちる。「兄さん」「うおぉうっ!」心臓が跳ねる。比喩でなく、割と冗談抜きに。
「あなんだ二葉さんじゃないですかただいま☆」
「はい、お帰りなさいませです、兄さん」
台所から顔を覗かせたのは俺の実妹にして清涼剤、糸田家の天使にしてマイエンジェル、空気に溶けるような自然な銀髪に、無条件に親しみを感じる茶色い、リスを思わせる瞳。丸みのある、年相応の感情を露わにした笑顔が今日も癒しです。人としての完成形。どころか進化形?天上世界にいつか行ってしまうのだろうか。それだけが兄ちゃん、今気掛かりです。
「ところでですね」
「うん」
「その、背中のナマモノはなんですか、兄さん」
「うん」
なんだろう。すっごい温度差を感じる。ここと向こうとの距離は数メートルもない。いいマンションとは言え、兄妹二人暮らしの部屋はさして広くなく、かと言って狭い訳でもないがーー言葉に出来ない寒気を感じるのだ。未だ俺は玄関にて靴を脱いでいる。動く度に耳元でぬちゃぬちゃ煩いのだが、それすらも我慢して。対して妹は現在リビングに隣接してあるキッチンで料理中かな?何を作るのかは分からないが、すぐさまやめさせないとーー☆
「兄さん」
「うん」
「私言いましたよね」
「うん?」
「この部屋に類人猿を持ち込んではダメだと」
「それは範囲広くないか「兄さん」「うん」
「私、言いましたよね?」
「うん」
「この部屋に加工前のナマモノを持ち込んではいけないと」
「えいや、料理してるの俺「兄さん」「うん」
「なんです、そのカエルの卵から生まれたような口に出すのも憚られる生理的嫌悪感のカタマリは」
「ひ、」
「ひ?」
「拾っちゃったかなー?なんて……ハハ」
「兄さん」
「うん」
「私、言いましたよね☆」
「うん」
「拾って来ていいのは妹の下着くらいだ「それは流石に聞いた事ないかな!うん!」
このまま妹専用の「うん」製造マシーンになってたまるか。いやでもそれもありじゃないか?ーーいやダメだろ。
ーー考えてみろ。
ーー何を?
ーー【妹専用の】が付くんだぞ。
ーープレミアどころかシークレットが付くじゃねえか!
ーーだろう!
ーーさっすが兄弟!目の付け所が違うぜ!
ーーへへ!だろう!
「取り敢えず」
「あはい」
「その子は、私に任せて下さい」
「と、言いますと?」
「兄さんが、その女の子の身体を洗うのですか?ーー童貞の癖に」
ボソッと呟かれた言葉に、俺の心の中の悪魔的な奴が吹き飛ぶのが見えた。
ーーアニキイイイイイイィィィッッ!!
天使的な、背中に羽を生やした奴が火花散る虚空に手を伸ばし、涙ながらに訴えるがあゝ無情。無くなったものは蘇らない。戻らない。故に、これが無駄な行為だと知っていてそれでも、“それ”に縋り付こうと尚手を伸ばす。愚直に、一直線に、真っ直ぐに。その魂の在り方、なんと高貴たるや。傲慢に、強欲に、されど確かに掴もうとする姿勢はいかな強靭な覚悟を持ってしても崩れない。
「疲れてんのかな、俺」
なんで頭の中の三文芝居に解説入れたんだろ、俺。
「それとも……一緒に入りますか?」
「イエエンリョウサセテイタダキマス」
「……むー」
「ぶーたれないの」
妹のふくれっ面につい苦笑が溢れる。それを見てどう感じ取ったのかは分からないが、さらに膨れる妹様の頬袋。取り敢えずついたら「ふしゅー」なんて気の抜けた音を出して縮んだ。
丸みのある、可愛らしい顔を撫でる。幼い頃から頭ではなく顔を撫でられるのがいいのだとか。それからすべすべの肌感触を堪能する事数秒、数分………妹ーー二葉が口を開いた。
「兄さん」
「うん?」
「よく分からない分泌液の付いた手で人の顔を撫でるのはどうかと思います」
「ごめんね!」
「せめて白濁液の付いた手で……」
「クリームぶつけてやろうか?」
「きゃー」
ててて……体重を感じさせない、柔らかなステップで風呂へと直行する二葉。もしかしてわざと自分から汚れてくれたのか?大義名分とか大事にする子だし……と、考えたが、まあそこらへん兄妹間で必要かどうかと脳内議論と言う名の茶番劇がまた始まりそうだったので、二葉の指示を聞きながら、背中のナマモノを風呂場まで運んだ。
「二葉」
「なんです?」
「着替える服はハンガーに掛けとけよ」
「はいです」
「洗濯は兄ちゃんがやっておくから、適当に放り込んでおいてくれ」
「了解です」
「ああ後、いつも飯作ってくれて悪いな」
「ガッテンです」
「……………ありがとな」
「…………なにがです?」
「色々だよ」
「色々ですか」
「色々なんだよ」
「さいですか……」
「さいです」
なんやかんや言ったが、結局のところいつもの会話だった。
☆
洗面台……は風呂場と隣接しているので台所で髪についたポムポム汁を洗い流す。シャツを脱ぎ、ラフなパーカーに着替え、二葉の作っていた料理に手を加え(改変し)ながら風呂場から出てくるのを待つ事にする。
「うげっ」
台所の端、二葉の作ったであろうものが目に付き、思わず驚きと恐怖と嫌悪の混じった声が漏れる。
【ギフト】や【異能】なんて言う中々に混沌とした日常が我が物顔で蔓延しているような時代。数十年前の常識はもはや通じず、(交通手段や電子機器などは比較的想像しやすい進化を遂げたが)生態系と言う、自然を体現した分野において、人類が想像した未来を大きく
より具体的に言うと、なんかモンスター的な奴らが世界各地で目撃されるようになった。
世界的に有名で最も多く出現するのはスライム。と言っても、俺の召喚するスライムモドキなどではなく、粘度がある上に水っぽい、物理攻撃のほぼ効かないちゃんとしたスライムである。うちの?うちのはあれだよ。粘度はあるものの、ゲル状を謳ってるくせにハンマーで殴られても死ぬ。もうホントすぐ死ぬ。断末魔もあげないまま死ぬ。唯一助かる部分と言えば、何と叫んで死んでいるかどうかわからないと言う点のみ。
ーー話を戻そう。
兎に角、生態系が狂い、モンスター的な奴らが現れ初めて幾数年……のうちに、普通に狩られて、普通に食卓に出るようになった。
呆気ないものだったと周りの大人達は言う。確かに最初こそ恐怖や嫌悪と言った悪感情が渦巻いていたものの、いやはや慣れとは恐ろしいもので、どんなゲテモノだろうと大概のモンスターはハズレが無いらしく、既存の食材より安価で、寧ろ下手すれば田舎をうろついていたりするので、主婦からすれば『結構助かる』との事。
この場合、逞しいと言うのか恐れ知らずと言うのかは分からないが、多分今、宇宙人が侵略して来ても勝てる気がする。なんとなく。ツチノコっぽいやつやチュパカブラっぽいやつも続々と発見されてるし。
さて、モンスター料理本を発行すれば売り上げが右肩上がりになる今世。当然、六花町にもモンスター食材は入ってくる。試験的なものも兼ねているので初見の食材もだ(勿論、毒の有無は各自の責任)。
改めて、二葉の作った?創った?料理と周りの惨状を見る。
それは、一言で言えば【予算の少ないB級エイリアン映画のラストシーン】だった。
蓬莱人参を思わせる、マンドラゴラ的な目と口の辺りに窪みのある二股の植物の根が呻きを上げ、その横でそいつの足らしきものがコトコトと、身体に害悪を齎しそうな紫色の汁に入れられていた。正確には、『紫と緑とが混じり合ったヘドロにも似た液体』なのだが、まあこれはどうでもいい。
その汁の一部が膨れ、泡沫が弾ける。飛沫は何故か霧状となり、2メートルの範囲内をユラユラと漂う。その中でも霧が多量に掛かった場所ーーキッチンの隅には、出来れば視認したくはないが、鉢植えらしきものが置かれ、『きぃーきぃー』とかやっぱ聞こえない。いけ、ポムポム、喰え。
「『¥÷々<°\kcm♪→もぇpto!!!??』」
本当の断末魔とやらをBGMに、巨大なコウモリが干しダコの如くハンガーに吊るされていた。そのハンガーに見覚えがあったが、その下に置かれているアダルティーな黒のシルク100パーセントとか、何と無く目を逸らしたい気分になったので気付かないフリをする。で、コウモリだ。豚鼻に小さいツノの生えたどう見ても地球産じゃないコウモリはしかし、存外しぶとかったらしくまだか細く息をしていた。ふと、コウモリの細目と目が合う。バチコン☆!強烈なウインクをされたので、取り敢えず窓からハンガーごと捨ててやった。明日、ゴミ置場辺りにいないことを祈る。
『キュウ〜………』
………コウモリに冥福を捧げていると、ふと聞こえた声に、今までない程の目を逸らしたい衝動に駆られたが、自制心的なアレを働かせ、ギギ、ギ……と、錆びついたブリキ人形の如く、二葉の作っていたであろう最後のゲテモノの方を見る。
それはスライムだった。………てか、ポムポムだった。恐らく、消し損ねた奴だろう……が、なんでこんな所に………
一般的なスライムの食べ方は大体クラゲと似ている。と言うのも、スライム自体がクラゲと似たようなものなのだ。体の殆どが胃で出来ており、構成する物質の裕に80パーセント以上を水分が占める。自ずと、食べ方も似通ってくる。(普通は食べないけど←ここ大事)
しかし妹様。何を血迷ったのかスライム(ポムポム)を焼こうとしてらっしゃる。確かにクラゲステーキってあるけども。よく映画とかで下がマグマ。上に囚われのお姫様。で、そのお姫様が入ってる檻。大体今の状況はこんな感じ。3メートルもあるかないかの空間で、これ程の劇場を生み出せる二葉はひょっとしたら天才かもしれない。
「うんまあ、後味悪いし」
パチン。今度は上手くいった。ポムポムが檻に吸収されるが如く消えていく。
「……よく考えたら、全部生きてたな」
ポムポムは果たして生きたまま焼かれていたのだろうか。そこら辺ちょっと気になっ……
「あ」
食材が……全部消えた……。
それから数分後、なんとか近所のスーパーで普通の蓬莱人参と干しダコとクラゲとを買い、時に着色し、時に豚の鼻とかよく分からない魚の歯で細工し、時に抉って目と口とを作ったりし、オマケで大幅に料理を改変しておいたのだが……
「うん、やっぱり二葉の料理は美味しいな」
「そうでしょう、兄さん」
二葉はひょっとしなくてもおバカなのかもしれない。
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