3秒ルール

俺の頬には大きなモミジがきれいに浮かび上がっていた。

正直めっちゃ痛い。

更に言ってしまえば、別につけたくてつけたわけじゃない。

これは、ほんの数十秒前の事故によるものだ。


「何てことしてくれんのよ!」


まるで般若のごとき形相で尊慈さんは俺を睨みつけてくる。

そう、彼女こそが俺の頬にできたアートの製作者本人様だ。


「うわー、ぶちゅっと行っちゃったね……。ごめんね、冥ちゃん」


「いえ、ももさんに非は無いわ。事故だもの」


そうだよな、事故だよ、事故。

尊慈さん、性格はきついけど顔は可愛らしいと思う。

街中で10人いたら8人は思わず振り返って見てしまうのではないだろうか。

そんな可愛らしい女の子とキスしたのだ。

事故とはいえラッキーだ。

でも、事故だし仕方ないよなー。

彼女もそう言っていることだし、お互い今の事は水に流そうではないか。


「悪いのは、よけきれなかったあの愚図よ」


あれー?

おかしくないか?

態度に差がありすぎる。

てか、俺どちらかといえば被害者だと思うんですけどっ。


「そんなに、嫌なら自分の能力の時間跳躍でも使って過去をやり直せばいいだろ」


「……ないのよ」


「ん?」


「……できないのよ」


「へ?今なんて?」


「だから、って言ってるのよ」


「はあー!?なんでだよ?」


「私の能力は3秒前にしか戻れないの。そして10秒間は再使用出来ないわ」


なんだその使えない能力。

新手の3秒ルールだな。

しかも、10秒は再使用出来ないと来た。

その時間跳躍になんの意味があるのか俺は知りたい。

3秒で何ができるっていうんだよ。


「でも、ぶつかった瞬間に能力使えばよかったんじゃ……」


「魔法少女の状態じゃなかったから一瞬遅れたわ。そのせいであなたとのキスを2回も体験することになったじゃない」


そりゃ怒りも2倍ですね……って、ますます俺関係ないじゃん。

むしろ完全に被害者じゃねえか。


「ってか、そんなくだらない能力を俺はコピーしちゃったのかよ」


魔法少女にならなくても能力はコピーしてしまう。

触る時は俺の意志でオンオフ出来るのだが、キスは本当に無条件でコピーしてしまう。

実に困った能力だ。

因みに、俺は常に3つまで能力をコピーしておけるのだが、あらかじめその優先順位のようなものを自分の中で決めておける。

コピーした4つ目の能力はその中で一番低いものと置き換えられる。


「ちょっと待ちなさい。なんで、私の能力を知りもしないのに私の力をコピーできるのよ」


あ。

口が滑ってた。

これはもう誤魔化せないよなー。

自白するしかない。


「実は、キスをすればさっきの条件は飛ばしてコピーできるんです……」


怒る彼女に思わず敬語になってしまう。

当の本人はよほど驚いたのか、はたまた怒っているのか魚の様に口をパクパクさせて固まっている。


「ま、まあそういう日もあるよね」


「ちょっと待ちなさい。今すぐ消しなさい。消せないなんて言わせないわよ」


「消せなくはないけど、他に何か能力をコピーする必要が……」


「わかったわ。ももさんをあげるわ。それなら文句ないでしょう?」


「ちょっ、冥ちゃん!?」


「ももさん、私のためにありがとう」


「私も恥ずかしいから嫌だよっ!」


二人とも、拒むのは良いんだけど頑なに拒まれる側の気持ちにもなってくれないかな?

せめて俺の見えないところでやってくれ。


♢♦♢


気を取り直して、スライム討伐。

スライムという魔物は魔法少女関係に疎い俺でもよく知っている。

所謂、雑魚キャラというやつだ。

ちなみに、服だけを溶かす酸とかは出さない。


スライム討伐の為に郊外にやってきた俺たちは魔法少女に変身する。

夏目さんはピンク色と黄色のツートンカラーのミニスカドレス。

対して尊慈さんは紫色の燕尾服だ。


「そういえば、レオ君の衣装ってコピー対象と一緒の衣装になるの?」


「そうだよ」


「ペアルックにはならなかったんだ」


「「当たり前だ(よ)」」


絶対に嫌だよ。

今着てるドレスなんかよりも燕尾服の方が絶対かっこいいけど。


「そうだ、作戦の前に一つあなたには言っておくことがあるわ」


なんだろう。

また罵詈雑言でも吐かれるのかな?


「今回は無いとは思うけど、今後の為に覚えておきなさい。もし私が急に左手をグーで突き上げたのを見たら、全力で注意すること」


「?」


「私が3秒先の世界から戻ってきたときの合図よ。気付いたら死ぬ気でなにかしなさい。せめて、最悪だけは避けられるように」


そうか、彼女は一応時間跳躍者だ。

そして一度その能力を使ってしまえば10秒間は再び能力を使うことが出来ない。

やり直せるのはたったの一度きりだ。


「!?」


そう思ったのもつかの間。

彼女の左手が高く突き上げられていた。


「伏せてっ」


彼女の言葉を理解するのが一瞬でも遅かったら。

彼女からサインの話を聞いていなかったら。

俺はきっと今頃消し炭になっていたのかもしれない。

地面に伏せている俺らをかすめる様に、何かが通り過ぎる。

背中に感じる熱い熱気からそれが炎系の何かだということが直感的にわかる。

その後、何かが羽ばたき降りてくる音が聞こえた。

ズシン。

地震でも起きているんじゃないか?


「嘘、だよね……」


「ええ、信じたくないわね」


二人は俺より先に頭をあげていたようだ。

当面の危機が過ぎ去ったと思い俺も頭をあげてみる。

すると、目の前には信じがたい光景が広がっていた。

ドラゴンだ。

少なくとも、スライムなんかの比にはならないであろう魔物がそこにいた。


「二人とも気を引き締めて。まずはあと5秒生き延びるわよ」


やり直し可能時間まであと5秒。

俺たちに2度目はない。

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