王位継承篇6〔龍母の湖〕


王位継承編6〔龍母の湖〕




「さあ、みんなが待ってる、早く帰ろう!」



シンタローとリムカを乗せたマルクは、みんなの待つ小屋に向かって飛んで行った。




その頃、小屋ではオリアンとシンタローが飲み散らかした酒樽を、ファンやアイガ達が片付けをしていた。



「よいしょ!」



空になった樽を運びながら、ファンが、



「しかし、よくこれだけ飲んだな。」



そしてアイガも、



「ああ、オリアンが飲み潰れるなんてほとんどないぞ、俺たちが先に酔いつぶれてしまうからな。」



「シンタローはオリアン以上に飲んでいなかったか?」



「オリアンが注ぎまくっていたからな、それで全然平気みたいなんだから、今度のタロウはかなりヤバいぞ…」



そこにチェスハの怒鳴り声が響いた、



「あんた達!口を動かさずに手を動かしなさい!」



しかし、ファンは怒られたにもかかわらず笑顔になり、



「へっ、やっぱりチェスハはああでなくっちゃな、あんな憔悴しきったチェスハは見ていられなかったぜ。」



アイガも頷きながら、



「そうそう、あの調子だとオリアンも後で説教されるだろうよ。娘が行方不明だってのに、飲んで酔いつぶれているんだからよ。」



それを聞いたファンの顔が突然曇った。



「でもよう、シンタローはリムカちゃんを本当に探し出せるのか?この世界は初めてだって言うし、あの『西の森』だぜ。死の森とも呼ばれていて、俺達でされ入る事が出来ない…リムカちゃんだって…もしかした…」



「大丈夫だ!」



アイガはファンの言葉を遮るように声を出した。そして続けた、



「大丈夫だ、チェスハもストリアも…他のみんなも、そんなことはわかってる。

でも、信じているんだよ、シンタローを。『タロウ』の伝説は伊達じゃない。そのタロウの名前を持つ者が現れたんだ。きっとリムカちゃんを連れて帰って来るに違いない!」



「そ、そうだよな!タロウの無茶苦茶ぶりは俺達が1番わかってるはずだよな。なんたって最初に闘ったのは、この俺様なんだからよ!それよりスゲータロウが来たんだ、言うことなしだぜ!」



「そうだとも!でもあの時は、お前自慢の金棒をコナゴナにされていたけどな、アハハハハハ!」



「それを言うなって…お前だって、巻き添えを食らって吹っ飛んでいたじゃないか!」



「アハハ、ちげぇねえ!アハハハ…」



その笑い声に気付いたチェスハは、鬼の形相になり、



「あんの2人!また!! コラ!ファン!アイガ!あんた達……」



怒鳴りながら2人に近付いて行ったチェスハだったが、言葉に詰まると目線が1点に集中され、立ち止まってしまった。


目線の先は、ファンの肩を通り越し、薄くオレンジ色になりつつある空に固定されていた。


それに気が付いたアイガが、



「ん?どうした?チェスハ、空に何かあるのか?」



と、振り向き、チェスハが見ているであろう方向に顔を向けた。



「ん?どうした?アイガ?」



と、ファンも同じような行動を取ったのは言うまでもない。


3人が見上げた方向には、オレンジ色に染まる中、黒い点のような物がユラユラと飛んでいた。


その点が近付くにつれ、さらに背中に2つの棒が揺れているのが見えてきた。



「リムカ!!」



その黒い点が黒龍だとわかる距離まで来たとたん、チェスハは涙声で叫んだ。


その声は小屋の外に居た人の耳にも届き、小屋の中からも、ゾロゾロと人が溢れるように外に飛び出して来た。



「黒龍だ!黒龍が帰って来た。」


「シンタローとリムカちゃんも一緒だ!」


「よかった!よかったよ~!」


「お姉ちゃ~ん!!」



その場に居た人達は手を取り合ったり、抱き合ったりして、涙ながらにリムカの無事を喜んだ。


その時!



「バシッ!」「このバカ!!」



チェスハがリムカの頬を叩く音が響き、喜びの声を上げていた人達も一瞬で静かになり、森の静寂だけがその場を包んだ。


その静寂を破るかのように、チェスハが口を開いた。



「リムカ!あれほど『西の森』には行くなって言ったでしょ!ここにいる人達全員が、あんたの事を心配して捜しに来てくれたんだよ!ほら!ちゃんと謝ってお礼を言いな。」


そして、チェスハはリムカの隣に立ち直すと、深々と頭を下げた。



「皆さん、本当にご迷惑をお掛けしました。」



そんなチェスハを見て、リムカも、



「…心配かけてごめんなさい。…」



と、涙声で謝った。と同時に隣に立っていたチェスハが大きく深呼吸をした。



「ふ~ぅ…」



そして…、



「リムカ!リムカ!本当によかった!無事でよかった!!!大丈夫?痛い所はない?ケガはしてない?お腹減ってない?」



さっきまでの毅然とした態度とは真逆に、泣きながらリムカにしがみついて行ったのである。



「お姉ちゃ~ん!!」



さらにツヴァイも2人に飛び込んで行き、3人で再会を再び喜んだ。


ストリアもチェスハの肩を抱き、リムカの無事を喜んだ。


もちろん、回りの人達も涙ながらに3人の再会を喜んだ。ただ1人オリアン(まだ寝ている)を除いては…


そして、ストリアはチェスハの気持ちが落ち着いたのを確認すると、



「リムカちゃん、泥だらけじゃない、昨日から何も食べていないんでしょ?お風呂に入ってご飯にしましょ?ね?チェスハ。」



と、チェスハに勧めた。そしてチェスハも涙を拭きながら、



「…ええ…そうね、シンタローも本当にありがと…ん?え?…」



と、リムカと一緒に来た黒龍の方に顔を向けた。

が、そこに黒龍の姿はすでに無く、さらにはシンタローの姿も、どこにも無かったのである。



チェスハは、辺りをキョロキョロと見回し、



「え?!あれ?シンタローは?」



すると、空をボ~ッと見つめている、ファンとアイガに気が付いた。



「ちょっと、あんた達、シンタローしらない?」



すると、ファンが黙ったまま空を指差した。


そこには遠ざかって行く黒い点がふわふわと浮いていた。わけがわからないチェスハは、



「アイガ!シンタローは?」



と、今度はアイガに尋ねた。


すると、アイガは、



「あ…いや…なんか黒龍がくわえて持ってった…」



「は?持ってった?」



チェスハは驚きながら答えた。しかし、さらに驚いた人物が隣に居た。リムカだ、



「え?は?!シンタローって?!彼、タロウなの?」



リムカは、まだシンタローが日本から来た事を知らない。しかしタロウという名前、さらにはあの跳躍力、タロウ本人、もしくはニホンから違うタロウということは安易に予想出来た。


そして、



「うん!シンタローだよ。あたしが連れて来たの!」



と、手を繋いで立っていたツヴァイが自慢気に言った。すると、リムカが、



「シンタロー?あのタロウとは違うの?」



「あのタロウ?」



ツヴァイはタロウを見たことが無い。とはいえリムカも10年前に1度見ただけだった。

2人とも親やオリアンの仲間達からは何回も話は聞かされていたが…


リムカの問いにツヴァイは、



「違うよ。シンタローはシンタロー。スッゴク優しいの。」



『優しい』リムカはその言葉に反応した。



自分を助けに『死の森』とも言われる場所に、たった1人で来てくれた。自分を軽々と持ち上げ『羽のように軽い』と言ってくれた。さりげなく上着も着せてくれた。

何より空から降ってきた。リムカの頭に『未来の旦那様』の文字が浮かんだ。



「もしかしたら、あの人が私の…」



が!



「でもな~、顔がよく見えなかったし(頭の先まで泥にはまれば真っ黒になる)

髪型もいまいちだったし(頭の先まで泥…)

体型もずんぐりむっくり(ただでさえゴテゴテした服装に泥や葉っぱがへばりつけば)

あ~あ、もう少しカッコ良かったらな。国王様みたいに。」



リムカにとって、ラウクン国王は憧れだった。父親とは違い、優しく物腰も柔らかい、誰からも尊敬され、それでいて最恐と言われた父親とも対等に話が出来る。何より顔が好みだったのだ。


ボ~ッとしている姉を見てツヴァイが、



「お姉ちゃん?大丈夫?」



と、ツヴァイが心配そうに声をかけてきた。


「ハッ」と我に帰ったその時、



「あんた達、なにやってるの?早くお風呂に入りなさい。」



と、小屋の窓からチェスハが顔を出し2人に叫んだ。



「は~い!」

「は~い!」



2人は返事をすると、小屋の中に入って行った。




その頃、シンタローはマルクに襟を咥えられ、空を飛んでいた。



「あの~、マルクさん?何処に行くんですか?」



シンタローは洗濯物のように、ユラユラと揺れながらマルクに尋ねた。するとマルクは、



「ひや、はに、ははくふるふる…」



「え?なんだって?よく聞こえない?」



シンタローがそう言うと、



「早く、グルグルをだな…」



と、マルクが喋った瞬間、口が開き、咥えられていたシンタローは真っ逆さまに落ちて行った。



「おい!おい!おい!お~い!!」



と、シンタローが叫んだ瞬間!



「ポスッ」



素早くマルクが回り込み、シンタローを背中に乗せた。

マルクの背中に乗ったシンタローは、



「ふ~、急に離すやつがあるか!最初からこうすればよかったんだ。

じゃ、なくて!俺はまだ仕事の途中なんだよ!早く帰らないと、日が暮れちまう。弟も待ってるんだよ!」



すると、マルクは飛びながら首を後ろに向けると、



「その事なら大丈夫だ。前にタロウが言っておった。時間の流れが違うからナントカカントカと。」



「ナントカカントカじゃ、わかんね~よ!」



すると、マルクは少し考え、



「どうやら、この国にいる間はシンタローの世界の時間は止まっていると皆は言っておったぞ。シンタローの国に行くと年を取らないとも言っておったな。」



シンタローは驚いて、



「うそだろ?そんなことがあってたまる…」



シンタローは、自分の言った事に疑問を生じた。


今、自分の居る世界は確実に日本ではない。空想上の生き物であるドラコンの背中に乗って飛んでいる。そんな事を言って、誰が信じてくれよう。


ドラコンが飛び交い、二足歩行の喋るオオカミ達。ここは間違いなく異世界なのだ。

ならば、マルクの言っている事もあながち嘘ではないのかもしれない。


シンタローが、座ったまま腕組みをして考えをまとめていると、マルクが、



「安心せい、シンタローがこっちの世界に来てまだ1日も経っていないのじゃろ?」



すると、シンタローは、



「ん?ああ、まだ半日も経っていないかな?2、3時間てところか?」



それを聞いたマルクはニヤリと笑みを浮かべ、



「それならまだ大丈夫じゃろ、もう少し我に付き合え。」



それを聞いたシンタローは、



「本当だろうな?用が済んだら帰るからな!ちゃんとさっきの小屋まで運んでくれよ。」



「わかった、わかった。うるさいの~、飛ばすからしっかり掴まっておれ!」



マルクは一気にスピードをあげ、目的地を目指した。



しばらくすると、一際高い山が見えてきた。


すると、マルクはスピードをさらに上げ、



「あの山の向こう側じゃ。」



と、言いながら一気に山を越えた。



「おお~~!」



シンタローは思わず声が出た。



目の前に広がっていたのは、とてつもなく大きな湖だった。


マルクは自慢気に、



「ここが我の生まれた場所じゃ。『龍母りゅうぼの湖』じゃ!」



その広大な湖は夕日を浴びて、まるで黄金のように輝いていた。


シンタローは驚きながら、



「え?これは海じゃないのか?」



シンタローが海と勘違いするのは当然だった。見渡す限りの水平線、もちろん対岸など見当たらない。


その言葉を聞いたマルクは少し驚き、



「ほお~、シンタローにはそんなに大きく見えるのか…」



シンタローはマルクの言葉が理解出来なかった。



「大きいなんてもんじゃないぞ。絶対に海だろ?」



するとマルクは、



「入ってみればわかるじゃろて。」



と言いながら、水面に近付くと、クルリと背中を下に向け、シンタローを振り落とした。



「あ!こら!なにを!…」



「ドッボ~ン!!」



シンタローは、マルクに文句を言うひまもなく、湖に頭から落ちた。


湖に落ちた瞬間、ここは海ではないことをシンタローは肌で感じた。


水の中に居るというのに、とてつもない安心感。さらには無数の小さな泡がシンタローの体を包み込み、体を動かさなくても、どんどん水面に上がって行ったのである。


そして上がっている途中に、泡のおかげか、服や体に付いていた、泥や汚れも水面に付く頃にはきれいさっぱり取れていたのである。



「ぷはぁー!」



シンタローが水面に顔を出したと同時に、回りで小さな泡がパチパチと弾けて消えていた。


その泡を見たシンタローは、



「ん?これって…」



シンタローは、ある光景を思い出していた。このような大きな湖ではなく、小さなコップに注がれたサイダーの光景だ。


そのサイダーの泡と湖の泡がとてもよくにていたのである。


シンタローは少し湖の水をなめてみた。



「確かに海の水じゃないな。」



海の水のようにしょっぱくなかったからだ。

さらには、舌の上で弾ける感覚がまるでサイダーだった。と、そこに、



「ザバ~~!!」



「どうだシンタロー、これでも海と申すか?」



と、マルクが水中から頭を出した。すると、シンタローは、



「ああ、確かに海じゃないな、海じゃないが、なんだ?この水は?まるで炭酸水じゃないか?!」



「『たんさんすい』?なんじゃそれは?」



マルクは不思議そうに聞いてきた。



「こう、泡がたくさん出る水の事だよ。」



どう説明していいのかわからないシンタローは、水面を叩きながら答えた。


マルクはシンタローを咥えると、背中にポンッと乗せ、岸に向かって泳いだ。


泳ぎながらマルクは、



「その『たんさんすい』が何なのかよくわからんが、この湖は面白い湖での、見る者によって大きさが変わるんじゃよ。」



「大きさが変わる?」



シンタローは意味がわからなかった。



「そうじゃの~、わかりやすく言うと、この湖はその者の『器』の大きさを表しているという事じゃの。

その者の器が大きければ、広く広大な湖に見えるし、器が小さければ、小さな湖に見えるということじゃ。

さらに言うなら、我はこの湖から生まれたのじゃ。」



「この湖から生まれた?」



シンタローは驚いて聞き直した。



「そうじゃ、我等龍族は母親というものを知らん。しいて言えば、この湖が母じゃな。

我等が生まれたのは何万年も前の事じゃ。その時にはもうこの湖はあったからの。」



「何万年だって!?」



「ああ、そうじゃ。この湖に棲んでいれば死ぬことはない。この湖が命そのものなんじゃよ。

我が生まれた時は、不毛の大地が延々と広がる世界じゃった。森も植物も、生き物すらさえも。もちろんシンタローのような人族もな。



シンタローは思った。



「まだ地球が出来て間もない頃みたいな感じか?」



そして、



「何も無いって、食べ物はどうしたんだ?伝説の生き物だから、何も食べなくても生きて行けるとか?」



それを聞いたマルクは、大声で笑い、



「アハハハ!我とて生き物よ、生きる為に食べるし糞もする。伝説の黒龍とか言われておるが、元々は緑色のただのドラゴンじゃったわ。」



「でも、何も無かったんだよな?」



「ああ、この湖以外はな。だから我は湖の水を飲んで生きたのじゃ。」



シンタローはまた驚き、



「水だけで何万年も?さすがにそれは無いだろ?」



すると、マルクはニヤリと笑い、



「まあ、試しに飲んでみるとよい。そうじゃの、自分が食べたい物を頭に浮かべるとなおいいじゃろな。」



「食べたい物を頭に浮かべて飲む?」



シンタローは不思議に思ったが、



「じゃあ、とりあえずアレにするか。」



と、片手を湖につけ、水を掬うと口に含んだ。



「あ?アレ?」



シンタローは不思議な感覚に襲われた。水を口に入れたハズなのに、固形物が口に入っている、しかもその味は『牛丼』そのものだったのだ。


あまりのギャップに、シンタローは思わず吐き出した。



「うえっ!ペッペッ!」



シンタローの吐き出した、牛丼のような物は湖に入った瞬間、泡に包まれ一瞬で消えてしまった。


それを見たマルクは、



「どうした?シンタロー、水が不味かったのか?我は不味いなんと思った事は一度もないがの。」



すると、シンタローは、



「い、いや、不味とかそういうのじゃなくて、なんで水が牛丼になるんだよ?」



「ぎゅうどん?それがシンタローの欲した食べ物か?いきなり食べ物は難しかったかの、ならば飲み物ではどうじゃ?」



すると、シンタローは少し考え、



「飲み物か?じゃあ『コーラ』にしよう。」



そう言うと、シンタローは再び水を掬い口に含んだ。



「ん!?」



「ゴクリ!」



「う、旨い!コーラだ!しかも冷えている!」



その様子を見て、マルクは得意気に、



「どうじゃ?旨いか?旨いであろう!この湖の水は、どんな食べ物にも飲み物にも変わる水なのじゃ!」



「なるほどな、湖の水を飲めば生きて行けるってわけか。」



マルクは大きく頷き、



「そういう事じゃ、湖の水は常に綺麗に保たれておる。先程みたいに汚れが入っても泡が瞬時に綺麗にしてくれるからの。その証拠にシンタローの服や体も綺麗になっておるじゃろ。さらには、どんなケガや病気も湖に入れば治ってしまうのじゃ!」



シンタローはまたまた驚き、



「ケガや病気まで?!」



さらに服をぐるりと見回し、



「確かに、新品みたいに綺麗になってる。」



そしてマルクは再び話を戻した。



「おっと、話が反れたな。我が生まれたと同時に何百という仲間も生まれたのじゃ。そして年が経つにつれ、何も無かった湖の回りに草が生え、木々が立ち、森になった。

湖からも何千何万という川が流れ出し、下流で新たな生き物が生まれ育った。人族もその一つなんじゃ。

よく下流に出掛けては、森の様子を見守ったもんじゃ。ケガや病気をした動物を湖に連れてきたりしての。」



「連れて来たって?下流の水もここの水だろ?飲んだり浸かったりしたら治るんじゃないのか?」



するとマルクは首を横に振り、



「確かにこの湖の水じゃが、この湖を出ると、ただの水なるのじゃよ。だから我も定期的に帰って来るようにしておる。」



シンタローはふと疑問を抱いた。何百と生まれた、マルクの仲間は何処にいるのだろうと。

ここに来る途中も、ここに来ても、ドラゴンはマルクしか見てないからだ。シンタローはその事をマルクに聞いてみた。



「なあ、マルクの仲間は何処にいるんだ?世界中に散らばっているのか?」



マルクは少し間を置き、



「シンタローは『毒水』の事を知っておるか?」



「ん?毒水?」



シンタローはオリアンから聞いた話を思い出した。



「ああ、確か『赤い水』の事か?飲むと酔っぱらうっていう。ワインみたいな物だったっけ?」



「シンタローの国では『わいん』と言うのか。確かにあれは我等龍族にとっては毒水じゃった。

この湖の水はどんな飲み物にも変わると言ったが、一つだけ変わらない物があった。

それは『オサケ』じゃよ。我がいくら考えてもオサケに変わることは無かった。

『毒水』を飲んだドラゴンは狂暴化し、体が真っ赤になった赤龍ともなれば、もはや誰も止める事は出来なんだ。

それを人族は逆手に取り、我等を利用しおった。一度毒水の味を覚えたドラゴンは、毒水の無いこの湖には帰って来ない。

恥ずかしい話じゃが、我も毒水欲しさに人族の言いなりになり、獣族を拐ってさらおったからの。


しかし毒水の湖では人族や動物が何十、何百と溺れ死んでおる。

いくら長生きすると言われる龍族とて、それはここの湖の水があっての事じゃ、

そんな汚れた水を飲み続ければ弱って行くのは当たり前の事じゃろて。

その事に気付き、この湖に帰ろうとした者もおったのじゃが、この湖は、幾つもの険しい山に囲まれておってな、弱ったドラゴンでは到底たどり着けん。

我は運良く『タロウ』に出会い」正気を取り戻した。『オサケ』という素晴らしい飲み物にも出会えたしの。

『タロウ』のお陰で人族と獣族の争いも無くなり、毒水も無くなった、我一人であった龍族も、今は少しだけ増えて来たとこじゃ。」



「そうか、仲間が居れば寂しくないな。ところでさマルク、いつになったら岸に付くんだ?」



するとマルクは再び大声で笑い、



「アハハハハ!まさかこれ程とはの!シンタローよ、お主は一体何者なのじゃ?」



シンタローは質問の答えになってない答えに少し「ムッ!」とし、



「何だよ!何が可笑しいんだよ!」



と、怒鳴った。するとマルクは、



「いや、すまんすまん。シンタローよ、もう岸に着いておるぞ。一度目を閉じるがよい。」



「え!?そんなバカな?だってまだ岸は向こうに…」



しかし、マルクが嘘が言うハズもないと、疑いつつも目を閉じた。するとマルクが、



「シンタローよ、目を開けて見ろ。」



その言葉を聞き、シンタローは少しずつ目を開けた。すると、



「あ?アレ?」



目の前には広い砂浜と更に奥には深い森が広がっていたのだ。



「いつの間に…」



ポカ~ンとするシンタローに、マルクは、



「シンタローよ、自分の目に映る物が全て本当だとは限らんのじゃ。他人の言葉を信じるのも必要ということじゃの。」



シンタローは頷きながら、



「なるほどな、それを教える為に、わざわざこの湖に俺を連れて来たのか。」



するとマルクは真剣な眼差しで、



「違うぞシンタローよ、ここからが本題じゃ。」



と言ったかと思うと、マルクはシンタローを浜辺に降ろし、クルリと回転をして背中をシンタローに向けた。

そして、尻尾を左右にブンブンと振り回し始めた。



「ホレ、早く我を振り回しておくれ。あの快感をもう一度味わえるとは夢のようじゃ。ここなら広いから、本気を出しても大丈夫じゃぞ。

ホレホレ、早く早く。」



マルクの尻尾は、ワクワクするようにシンタローの目の前で、左右に振られ続けた。


シンタローは呆れたように、



「ふう~…」とひとつため息をつき、



「これが終わったら、小屋に返してくれるんだろうな?」



と、マルクに念を押した。するとマルクは、



「もちろんだ!我は約束は必ず守るドラゴンじゃからの。」



それを聞いたシンタローは、マルクの尻尾を両手で掴み、



「いくぞ!せ~の!」



と、掛け声をかけ、マルクを振り回し始めた。



「お、おお~!!!これじゃ!これじゃ!」



と、喜びの声を上げた。その嬉しそうな声を聞いて、シンタローは更に回転のスピードを上げた。すると、



「お~!!!お~?お?…ちょ、ちょっとシンタ…」



「ん?なんだ?もっと早いスピードがいいのか?そりゃ~!!!」



シンタローは更に回転スピードを上げた。すると、



「!!!シ…ン……タ…ロ………」



さっきまで喜んで回っていたマルクは、グッタリとし、口から泡を吹きピクリとも動かなくなっていた。


それに気が付いたシンタローは、マルクを浜辺に寝かせ、大声で名前を呼びながら頬を叩いた。



「おい?!マルク!しっかりしろ!大丈夫か?!」



息を確認すると、どうやら気絶しているだけみたいだった。

シンタローは少し安心すると、



「どうすんだよ、今日中に帰れないじゃないか?今の俺なら1人で帰る事も出来ないことはないかもしれないが、方角がまったくわからないからな。マルクを放っておくのも可愛そうだし、仕方がない、今日はここに泊まるか。」



覚悟を決めたシンタローは、何故か湖に向かって歩いて行った。



「よし!今日は牛丼水をたらふく食ってやる!」



そう言うと、着ている物を全て脱ぎ、湖の中に飛び込んだ。



きっとシンタローの頭の中では、牛丼のどんぶりの中で泳いでいる、自分の姿が写ったであろう。


牛丼水をたらふく飲んだシンタローはマルクの腕を枕代わりにし、湖のほとりで一夜を明かした。





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〔「ただの太郎」でも、この世界を救えますか?〕 じんべい @invoke

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