王位継承編5〔リムカを探せ〕
王位継承編5〔リムカを探せ〕
「シンタロー!ユーリセンチを助けに来てくれた、新しいタロウだよ!」
警備員の腕の中で、ツヴァイが叫んだ。
それを聞いたオリアンは、
「あ~~?新しいタロウだぁ~?」
さっきまでへたり込んでいたオリアンは、「タロウ」の名が出た途端、再び厳しい目付きになり立ち上がった。
そして再び警備員に近付き、
「テメェ、ホントにタロウなのか?」
すると、警備員は、
「い、いや、倉…」
と、自分の名前を言おうとたが、だんだん説明し直すのが面倒になってきて、しかもツヴァイの自分を見る目がキラキラと輝いていたので、
「まあ、違う世界だし、違う名前でもいいかもな。」と思い、
「はい。シンタローです。そのタロウの国から来たかはどうか解りませんが…」
すると、オリアンはチェスハに向かって、
「なあ、チェスハ、タロウの国の名前ってなんだっけかな?10年も経っちまったから忘れちまったぜ。」
「たしか『ニホン』て言ってなかったっけ?短い名前だから覚えているわ。」
その言葉を聞いたシンタローは、驚きながらチェスハを見つめ、
「日本だって?!」
すると、オリアンが、
「そうそう、ニホンだ。俺も1度行ったが、山も森もねえ、鉄の箱があちこち走って、変な匂いもしやがるから、すぐに帰って来たぜ。」
するとシンタローは、今度はオリアンの方を振り向き、
「日本に来た。だって!?確かに俺…いや、僕の居たのは日本です。
ということは、その太郎って人も日本からこの国に来たってことなんですね?」
するとオリアンは、タロウと同じニホンから来たシンタローに警戒心を解き、少し穏やかな表情になりながら、
「ああ、そうだ。そして、そのタロウのお陰でこの国は救われたんだ。聞きてぇか?その話。」
シンタローは少しでもこの国の事と、今の状況がわかるかもしれないと思い、
「はい、出来ればぜひ。」
「まあ、立ち話もなんだ、こっち来て座れ!」
オリアンは椅子に座ると、シンタローを手招きした。
シンタローが隣に座ると、オリアンは、
「シンタローとか言ったっけ?お前、オサケは飲めるか?」
「え?はい?お酒ですか?」
シンタローはいきなり日本の言葉が出て来たのでビックリながらも、
「ええ、まあ。飲めますけど…」
するとオリアンは、
「ファン!オサケ持って来い!オサケが無きゃタロウの話が出来ねぇ!」
オリアンの命令に逆らえるわけもなく、ファンは瓶に入ったオサケとコップを2つ持って来た。
オリアンは2つのコップにオサケを注ぐと、コップを持ちながら、
「このオサケはな、タロウが作ってくれたんだよ。」
と懐かしそうに話し始めた。
「その太郎さんもお酒を飲まれたんですか?」
するとオリアンは、片手を左右に振りながら、
「いいや、まったく。見た目もお前さんよりガキで、オサケも少し浴びただけでぶっ倒れた。」
シンタローは不思議に思った。
「俺より若い?でも、この国を救い、お酒も作った?」
シンタローは太郎に少し興味が出てきた。そしてコップを手に取り、中を覗き込んだ。
確かにお酒の匂いがする。
「日本酒?でも少し濁っているような…」
シンタローはそのオサケを一口飲むと、
「少しフルーティー?清酒とは違うみたいだな?」そして、
「その太郎って人は、何をされたんですか?」
と、オリアンに尋ねた。するとオリアンは、
「俺がタロウに初めて出会ったのはな、…」
と、初めての出会いから、帰るまでの事をオサケを飲みながら話した。
そして話が終わる頃には酔っぱらってしまい、イビキをかきながら眠ってしまった。
聞いたこともないタロウの話もあったので、興味津々で聞いていたツヴァイだったが、ふと、姉の事を思い出し、
「あ!お姉ちゃん!!」
そこに居た全員がタロウの話を夢中で聞いていたので、リムカの事をすっかり忘れていたのであった。
すぐに焦った様子でチェスハはオリアンの体をを揺さぶりながら、
「ちょ!ちょっと!あんた!起きて!まだリムカが見つかってないのよ!早く起きて!」
体を揺さぶるもオリアンはピクリともせず、
「ん~~~~~ん、もう…のめ…ねぇ~…」
「しっかりしなさい!シンタローさんなんか全然平気じゃない!」
そう、オリアンと同量、いやそれ以上の量のオサケを飲んだはずなのに、まったく変わっていなかったのである。
そしてシンタローは席を立つと、
「俺も探すの手伝います。何処か心当たりはありますか?」
するとファンがアイガと顔を会わせ、
「この辺り一帯は探し尽くした…後は『西の森』しか…」
ファンが『西の森』と言った瞬間、部屋の空気が一気に重くなった。
シンタローはその状況を見て、『西の森』がヤバい所なのだとは理解したが、顔色一つ変えず、
「俺が『西の森』に行って来ますよ。」
と、笑顔で答えた。
するとチェスハが、
「危ないよ!あんた!」
心配そうなチェスハに、シンタローは、
「たぶん大丈夫です。オリアンさんの話が本当なら、いまの俺は無敵みたいですから。」
シンタローはタロウより年上で頭も良い。タロウがなぜ無敵だったのかをすでに理解していた。
シンタローはすぐに外に出た。それにつられてオリアン以外の全員も外に出てきた。
シンタローは、何度か軽くジャンプをしてみた。が、シンタローは軽いつもりでも、その高さは半端ではなかった。
それを見ていた他のみんなも、開いた口がふさがらなかった。
そしてシンタローは、足首をクルクルとほぐし、ファンに向かって、
「『西の森』はこっちでいいんですか?」
と尋ねた。するとファンは、口を開けたまま二度三度頷いた。
「それじゃ!行ってきます!」
と言ったかと思うと、シンタローの姿は一飛びで西の空に消えて行った。
消えてゆくシンタローの背中に、ツヴァイが、
「シンタロー!!お願い!お姉ちゃんを見つけてね~!!!」
と、叫んでいた。
シンタローはジャンプをし、着地をするという動作を繰り返していた。
上空から安全な場所を見つけては降りていたのだ。
何度かそれを繰り返すうち、ドラゴンが空を飛んでいるのに気が付いた。
「黒いドラゴン?あれがオリアンさんの言っていた『黒龍』なのか?」
シンタローはドラゴンを見るのは初めてである。自分が無敵だとはわかっていてもやはり怖い。
シンタローはジャンプすると、高い木の上に降りた。
よく見ると、黒龍は一定の場所をグルグルと旋回してるようだった。
「黒龍もオリアンさん達の仲間だって言ってたな。もしかするとあの辺りが『西の森』なのかも。」
シンタローは一度地上に降りると、黒龍が旋回していた方向にジャンプした。
「わっ!!」
シンタローは上空に出るやいなや、思わず叫び声を上げた。
それもそのはずである、すぐ目の前に黒龍の顔があったからだ。
黒龍はシンタローの顔をジッと見つめ、
「乗れ…」
「え!?」
シンタローは不思議に思った。黒龍が喋れることなど一言も聞いていないからだ。
しかし、シンタローの体が降下を始めると、乗れと言わんばかりに黒龍がシンタローの下に回り込んで来たのである。
「トン!」
シンタローの体は絶妙なタイミングで黒龍の背中に着地をした。
「ありがとう!黒龍。君もリムカちゃんを探しているのかい?」
すると、黒龍は、
「ふん!貴様がタロウと同じ匂いがしなければ背中になんぞ乗せんわ!」
それを聞いたシンタローは、
「そうなんだ、同じ匂いか。日本の匂いかな?でも助かったよ、空から見た方が探しやすいからな。太郎と黒龍は仲が良かったんだね。話は聞いているよ。」
それを聞いた黒龍は自慢気に、
「
「グルグル?」
シンタローは不思議そうに聞いた。
「グルグルとはの、我の尻尾を掴んでグルグルと振り回すことじゃ。あんな事が出来るのはタロウ…?え?!
ちょ、ちょっと待て?え?お主、何故我と話せる!?」
「え?何故って、君から話し掛けて来たんじゃないか。「背中に乗れ」って。」
すると、黒龍は飛びながら頭を背中に向け、
「いやいやいや、それはありえんて!何千年もの間、我と話が出来る人間なんぞ、そんなヤツは見た事も聞いた事も、ましてや会った事などもないわ!」
「その、前に居た太郎って人も?」
「ああ、あやつは我のして欲しい事を何となくわかってるみたいだったが、こんなにハッキリとは会話出来なんだわ。お主は一体…
まあ、よい。確かにお主からはタロウに無かった何かを感じる。
それから話のついでだ、我の本当の名を教えてやろう。」
「本当の名前?『黒龍』じゃないのか?」
「当たり前だ、黒い龍で『黒龍』そんな安直な名があるか!伝えようにも伝える手段が無いから我慢していただけじゃ。」
「そうなんだ、苦労してたんだな。俺は『シンタロー』って事になってる者だ。」
すると黒龍はタロウの名前が入っているのに驚き、
「なんと!タロウの名を持つ者だったか、どうりでな、我の本当の名は『マルク』じゃ。」
「へぇ、『マルク』か。カッコいい名前だな。」
「我も気に入っておる。そこでなシンタローに頼みがあるのじゃが…」
「頼み?」
「ああ、リムカを探し出してからでよいから、グルグル…」
その時、黒龍の話を遮るように、シンタローが地上に向かって指を指した。
「あそこ!あの大きな穴の近くに降ろしてくれないか?」
「何!見つけたのか?」
「いや、まだわからない。何となくツヴァイちゃんと同じ匂いがするんだ。」
「クンクン…匂いだと?我には死骸の匂いしかせんがな。まあよい、あの穴だな?」
マルクはシンタローを背中に乗せたまま静かに森に降りた。
その頃、リムカはというと案の定、深い落とし穴に落ちて途方にくれていた。
「お腹空いたな~、やっぱり来るんじゃなかった。足も痛い~…落ちた時、捻ったかも。」
リムカが落ちた穴は直径5メートルはあるであろう、
リムカは少し不安になっていた。
「…探しに来てくれるかな?…」
その不安というのは、ここが『西の森』ということだ。『西の森』に入ってはいけない。ということは、オリアンからもチェスハからも散々言われていた。
オオカミ族にとっては掟のようなものだ。
その掟を破り、『西の森』に入った自分を果たして探しに来るのか?というのがリムカの不安の種だったのだ。
「このまま探しに来て貰えなかったら、あたしこのままお婆ちゃんになっちゃうの?いやいや、お婆ちゃんになる前に死んじゃうんじない?…
イヤ~~~~!!!まだ結婚もしてないし、旦那様にも会ってないよ~!!」
リムカは座ったまま出口を入れる見つめた。
「はぁ~…旦那様かぁ~、そういえばお母さん行ってたっけ?
お父さんが空から降って来て好きになったって。旦那さん、降って来ないかな?…」
と、その時!
「おーい!誰か居るかー!」
リムカの耳に人の声が聞こえた。リムカは目を凝らし、穴の出口を見た。
すると出口の端に、黒い点のようなものが左右に動いてるのが見えた。
「助けて~!ここよ!」
リムカはありったけの声を出し、両手を目一杯振った。
すると、
「ちょっと待ってろ!すぐに助けに行くからな!」
そう言い残し、黒い点は居なくなった。
リムカは、
「良かった…探しに来てくれたんだ。あとはロープか何かを垂らしてもらえば…え!?」
と、安心して上を見上げると、黒い点がどんどん大きくなって、リムカに迫って来た。
「危ない!避けて避けて!」
その声を聞き、リムカはすぐに穴の端に実を屈めた。
すると、
「ズッボ~ン!!」
リムカの目の前に人のような物が降って来たかと思うと、ズッポリと底に埋まってしまった。リムカの目の前には、かろうじて手の平が出ており、助けてくれと言わんばかりに小刻みに動いていた。
リムカは、
「はぁ~…」
と、大きくタメ息をつき、シンタローの手を握ると、
「ん~!ヨイショ!!」
残り少ない体力を振り絞り、シンタローの顔が見える位まで引っ張り上げた。
「ふ~、ビックリした。」
シンタローが体を持ち上げ、付いた泥を落としながら言うと、リムカが、
「ビックリしたのはこっちよ!あなたまで落ちてどうするのよ!」
と詰めよって来た。
「ハハハ…、下がこんなに柔らかいとは…
君がリムカさん?」
と、笑いながらシンタローが尋ねると、
「そうよ。あたなは見た事の無い人ね。よその国の人かしら?」
明るい所で見ればラウクン王子に見間違えたかもしれないが、深い穴の底、暗くて体中泥だらけでは、男性だということぐらいしか分からなかった。
「え?ま、まあ。この国の人間じゃないな…ツヴァイちゃんが迷子になってたから、一緒に来たんだ。」
それを聞いたリムカは、
「え!?ツヴァイをここに連れて来たの?この森に?!」
「い、いやいや、ツヴァイちゃんは、小屋でお母さんと一緒にいるよ。ここに来たのは俺だけだ。」
「よかった。まあいいわ。早く上の人達に…って!え?あなた1人?!
みんなと一緒にじゃなくて、1人!?」
「ああ、1人だけど…」
キョトンとしているシンタローに対して
「ハァ~…」
リムカはさらに大きなタメ息をついた。
「どうやってこの穴から出るのよ?あなたが上からロープを垂らしてくれたらよかったのに…」
その言葉を聞いて、シンタローは上を見上げながら、
「たぶん、大丈夫なんじゃないかな?」
と言うと、シンタローは足踏みを始め自分の回りの地面を踏み固めていった。
そしてある程度固まったのを確認すると、
「これぐらいでいいか。ところでリムカさん?ケガはしてない?」
すると、リムカは、
「落ちた時、足を捻ったみたい。立てるけど歩くのは無理みたいだわ。」
と、壁にもたれながら、シンタローに答えた。
「そう。じゃあ、ちょっとごめんよ。」
「ヒョイ!」
シンタローはリムカに近寄ると、いきなりお姫様抱っこをした。
ビックリしたのはリムカだった。オリアンが男性に対して厳しいのもあったが、リムカも自分より弱い男性には興味がなく、それゆえ男性に触られた事が殆ど無かったのである。
しかも見知らぬ男性にこれ程密着されたのは、もちろん初めてであった。
「な??!何するの!」
一度は驚きの声をあげたが、たった1人で助けに来てくれた事や、入ってはいけない森に入った罪悪感から、シンタローに体を預けるしかなかった。
と、同時に女性としての恥ずかしさも込み上げて来た。
「え?あたし、臭くないかな?昨日から穴の中出し、最近食べ過ぎて少し重くなったかも。筋肉も付いてきたし…」
リムカは真っ赤になった顔を見られたくないので目を閉じ下を向いていた。
すると、シンタローが、
「じゃあ、行くよ。」
その声を聞いたリムカは小さく頷きと同時に、
「ごめん、重いでしょ…」
と、シンタローに言った。すると、シンタローは、
「全然、羽のように軽いよ。」
と、言ったかと思うと、物凄い勢いで上に向かって飛び上がった。
「ビュン!!」
下を向いていたリムカの目に写ったのは、どんどん遠ざかっていく穴の底だった。
そして一瞬で景色が変わった。穴の外に出たのである。
しかし、上昇は止まらなかった。すると、シンタローが、
「あ!ヤベ!飛びすぎた。」
穴から出た事でホッとしていたリムカだったが、今度は地面に叩き付けられるかもという恐怖が襲った。
リムカかシンタローの体を力一杯抱き締めると、
「ヤダよー!まだ死にたくないよー!まだ旦那様にも会ってないよー!」
と、泣きながら叫びだした。
そんなリムカを見て、シンタローは
「だ、大丈夫、大丈夫だから。リムカさんは死なないよ。旦那様にも会えるよ。きっと。
ほら、あそこを見てごらん。」
シンタローは肩を抱いてる手の指を、空に浮いている黒い塊に向けた。そして、
「おーい!マルクー!」
と、大声で叫んだ。すると、黒い塊はどんどん近付き、シンタローとリムカを背中に乗せた。
「黒龍?あなたも来てくれてたんだ。ありがとう!」
リムカはマルクの背中に頬擦りをしてお礼を言った。すると、マルクが、
「良かったのシンタロー。リムカも無事だったようじゃの。」
すると、シンタローも、
「ああ、マルクのお陰で見つける事が出来たよ。ありがとう。」
すると、マルクは照れくさそうに、
「我は、大した事はしとらん。ただお礼がしたいということであれば、グルグルをな所望したいとな…思うのであるが…」
「アハハ、俺で良ければいつでもいいよ。俺が回せるかどうかわからないけど。」
その光景を見たリムカは不思議に思っていた。シンタローのやり取りが黒龍と会話をしているように思えたからだ。と、同時にリムカは体を震わせた。
「寒!」
穴の中は暖かったが、空の上となると流石に冷える。日も傾きかけていた。
そんなリムカを見たシンタローは、着ていた上着を脱ぎ、リムカにかけてあげた。
警備員の上着な丈夫に出来ていて少し重い。
「ありがとう…重!でも温かい…」
リムカは上着の両端をギュッと握りしめ、シンタローの温かさと優しさを感じていた。
「さあ!暗くなる前に帰ろう。みんなが待ってるから。」
シンタローとリムカを乗せたマルクは、なんだか嬉しそうに、オリアン達の待つ小屋に向かって飛んで行った。
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