王位継承編2〔森の中の酒蔵〕

王位継承編2〔森の中の酒蔵〕



リムカとツヴァイはそれぞれ地竜ちりゅうに乗り、オリアンの居る山小屋に向かった。


地竜というのはオリアンが山で見つけた飛べない竜だ。

文字通り『地上の竜』ということで、オリアンが『地竜』と名付けた。尻尾は短く見た目は二足歩行のトカゲといったところか。


それまでユーリセンチには居なかった種族で、他の国と国交や貿易が広まった為、持ち込まれた品物の中に卵が交ざっていたか、乗り物として連れて来た個体が逃げ出し、山で繁殖したのかは定かではなかった。


しかし、地竜は丈夫で賢く、力もあり足も早い。何より人によく懐く。

オリアンが山で見つけたのを皮切りに次々と地竜がいろいろな場所で見つかった。


そして今では馬の代わりに地竜を飼っている者も多く居た。


リムカとツヴァイはオリアンの見つけた地竜に、それぞれ『アイ』と『キュウ』という名前をつけ可愛り育てた。


そして今では家族の一員として、欠かせない存在になっていたのだった。



オリアンの小屋は、オオカミ族の村のさらに奥にある。

森の奥の方が気温も安定し、オサケを作るのに一番いい環境だそうだ。


リムカとツヴァイは、アイの背中に乗ると森に向かって走り出した。



オリアンの小屋に行く途中にはオオカミ族の村がある。

しかし、今や『村』と言うより1つの『街』だ。


ファンは『ファンタ』等の飲み物店を開き、アイガの店は大きなレストランに改装された。

少し離れた小高い丘の『ドラゴンフルーツ』の木の回りには一年中出店が並び、たまに黒龍が現れると言われ、黒龍に触れる事が出来ると、幸せが訪れるという有名なパワースポットになっていたのだ。



リムカ達は途中、ファンの店に立ち寄った。

オリアンに届け物がないか聞くためだ。


リムカはツヴァイをアイの上に残したまま、ファンの店に入って行った。



「ファンのおじさん~ん!居る~?」



すると奥から出てきたのは、ファンの妻である『ピ・クシス』だった。



「あら!リムカさん。いらっしゃい。」



「こんにちは、クシスさん。ファンおじさんは居る?」



するとクシスは首を傾け、



「今、ちょうどお城の方に配達に行ってるのよ。途中ですれ違ったのかもね。」



「そうなんだ。アタシ達は近道してきたらから…」



地龍は水面以外なら何処でも走る事が出来る。その為、リムカは整備された道を走らず、草原を突っ切って来たのだ。



「お父さんの所に行くの?」



クシスはリムカに尋ねた。



「うん!お母さんに届け物を頼まれて。ついでにファンおじさんからも何かあったら届けよかなって。」



クシスは少し考え、



「うちは大丈夫かな。またあったらお願いするわね。

今日はツヴァイちゃんも来てるの?だったらこれあげるわ。」



ペルトはガラスケースから、冷えたファンタを2本取り出した。



「少し休憩して行きなさい。」



「いつもありがとう!ペルトさん!」



リムカはお礼を言うと、一旦店を出てツヴァイを連れて戻って来た。



「ほら、ツヴァイもお礼を言いなさい。」



リムカに手を引かれてやって来たツヴァイは、ペコリと頭を下げ、



「ありがとう!クシスおばさん!」



それを聞いたリムカは、



「こ!こら!クシスお姉さんでしょ!」



するとクシスは笑いながら、



「アハハハハハハ!いいのよ、リムカさん、ツヴァイちゃん。この子もあなた達みたいに可愛らしい女の子だといいんだけどね~。」



ペルトは自分のお腹に手を当てながら言った。


するとリムカが、



「クシスさん、お腹触ってもいい?」



するとツヴァイも、



「わたしも触りたい!」



クシスは妊娠していた。まだ目立たないが、少しお腹周りがふっくらしている。



リムカはクシスのお腹を触りながら、



「赤ちゃんかぁ~…」



と、ポツリと呟いた。クシスは、そんなリムカに、



「リムカさんは、そういった人は居ないの?綺麗だしスタイルも良いのに。」



「『そういった人』?ああ、男の事?

う~ん、どうだろう…お父さんを見ちゃっているからね。どの男を見ても『ひ弱』に見えちゃって…」



するとクシスは、



「確かにオリアンさんの噂は、私の国でも有名だったからね。」



クシスはもともとユーリセンチの住人ではなかった。移民としてやって来たところをファンに猛アタックされ結婚したのだ。



「お父さんより強い男って『タロウ』しか居ないけど、タロウも自分の国に帰っちゃったし、しかもミウさんまで居るし。

アタシ一生結婚出来ないかも~!!」



と、叫びながら、リムカはクシスのお腹に顔を埋めた。



クシスはなんとか話題を変えようと、



「そ、そういえば今、誰かを探しているんでしょ?ファンもたまに『聖なる洞窟』に行ってるみたいだし。」



「そ!そうだ!早くお使いを済ませて、アタシも『未来の旦那様』捜さなくちゃ!

ファンタありがとうクシスさん!ほら!ツヴァイ行くよ!!」



リムカはツヴァイの手を、なかば強引に引っ張り外に連れ出すと、アイに乗せ自分もすぐに飛び乗り、急いでその場から去った。


クシスは、そんなリムカを見送りながら、



「『未来の旦那様』?」



と、ポツリと呟いた。



リムカ達を乗せたアイは、ほとんど直線的にオリアンの小屋に向かった。


そして小屋に近付くにつれ、人の気配は無くなり、木々も険しくなっていった。


しかし、何度も来ているリムカとツヴァイは、全く怖くは無かった。


リムカにいたっては、オリアンと剣の修行でよく来ていた為、庭みたいな物だ。


それ故、まだ誰も知らない洞窟もいくつか知っていた。


リムカには確信があった。『白き女神』のお告げの本当の意味を。



『この国の何処かに居る、始まり血を持つ者を捜せ』



「つまり、『この国の何処かにある、『タロウ』の国と繋がる洞窟を探して、タロウとは違う勇者を連れて来いという事』」だよね。



リムカはそう考えていたのだ。


ただ『確証』は無いが、『確信』だけがあるだけだったが…



小屋の前に着くと同時に、リムカはアイを飛び下りツヴァイを下ろすと、手紙を持って小屋の扉を叩いた。



「お父さん!居る?お母さんから手紙を預かって来たよ~!」



しかし、中からは物音ひとつしなかった。



「ガチャ。」



リムカは扉を開くと、頭を中に突っ込み部屋の中を見渡した。



「オサケの小屋に行ってるのかな?カギが開いてるって事は、すぐに帰って来るでしょ。」



リムカは首を引っ込めると、持っていた手紙をツヴァイに渡し、



「お父さんはすぐに帰って来ると思うから、あなたはここで待っていなさい。わかった?」



ツヴァイは手紙を受け取ると、「コクリ」と頷いた。そして、



「リムカお姉ちゃんは、何処かに行くの?」



小屋に入らず、何処かに行こうとするリムカにツヴァイが尋ねた。



「うん、この辺りはまだ探してない所があるからね。心配しないで、すぐに帰ってくるから。お父さんにも、そう伝えておいて。」



「うん、わかった。」



リムカは扉を閉めると、アイに飛び乗り、さらに森の奥へと向かった。


1人になったリムカは、部屋の真ん中にあったテーブルに手紙を置き、自分は近くの長椅子に腰を下ろした。


ツヴァイはこの小屋にまだ数回しか来た事がない。まだ小さいのと、森の奥ということで迷子になるかもしれなかったからだ。


最近になって、リムカと一緒なら来てもいいとチェスハが許してくれたのだ。



ツヴァイは座ったまま、部屋の中を見渡した。

酒ビンや小さな樽、計りに見たことも無い道具、10才の女の子が喜びそうな物は1つも無かった。



ツヴァイが暇をもて余してる頃、リムカは洞窟を見つけては怯むことなく中に入って行った。


リムカは常に剣を持ち歩いている。小さい頃から剣と共に育って来たリムカにとっては、もはや剣は体の一部なのだ。


と、同時にリムカは最近もう1つ持ち歩くようになっていたものがあった。


それは『食べ物』だ。短い期間だが『タロウ』と一緒に過ごした時間のある、チェスハやオリアンから、『タロウ』の話をリムカは幾度となく聞かされた。


その中で食べ物がとても重要な役割を持っていると教えられたのだ。


特にオリアンは身を持って体験していた。タロウの世界では、誰もオリアンを認識しなかったのだ。


つまり、もし見たことも無い世界に行ってしまったら、その世界の物を食べ、ユーリセンチに帰って来たらすぐにユーリセンチの物を食べろと教えられていたのだった。


リムカは、その理由まではよくわかっていなかったが、とりあえず日持ちのする干し肉を、いつも腰に付いた小さな鞄に入れていた。



リムカは幾つかの洞窟を見て回ったが、どれも普通の洞窟で、洞窟の中にいたイノシシを捕まえ、オリアンの土産にと持ち帰ろうとしていた。



ちょうどその頃、オリアンを待っていたツヴァイは、トイレに行きたくなり、小屋から出た。


トイレは外に建ててあるからだ。オリアンの小屋の少し上には、湧き水から出来た小さな湖がある。


オリアンはそこから小屋の横を流れるように川を作り、その水をオサケ作りに使っていたのだ。

湧き水の為、水温も1年中一定しており、オサケ作りには最適な水温だった。



オリアンはもう1本、川を作っていた、それがトイレだ。トイレ小屋の下を川が流れ、まさに天然の水洗トイレになっていた。


ツヴァイは、トイレを済ませ小屋にもどろうとしたところ、小屋の奥にある『酒蔵』が目に入って来た。


小屋には何度か来た事のあるツヴァイだったが、酒蔵にはまだ入った事が無かった。


小屋に居ても暇だったツヴァイは、オリアンが居るかもしれない酒蔵に向かって歩いた。



酒蔵はオリアンの住んでいる小屋に比べ何倍もの大きさがあった。


酒蔵の前まで来たツヴァイは、その扉の大きさにも驚いた。

自分の背丈の何倍もある扉は、とても自分1人の力ではどうしようもない。

カギもかかっていたので、諦めて帰ろうと横を向くと、普通のサイズの扉が目に入った。



「ここから入るのかな?」



そう、さっき見た『大きな扉』は酒樽を運び出す用の扉だった。人の出入りは、こちらの普通サイズを使うのだった。



「ガチャ…」



カギはかかっていない。



「お父さ~ん…」



ツヴァイは、オリアンを呼びながら、ゆっくりと入って行った。



「ウッ……!」



「ツーン」とするオサケの匂いが、ツヴァイの鼻を刺激した。


ツヴァイは、顔をしかめ手で鼻を覆いながらも、オリアンを捜して建物の中に入った。


薄暗い建物の中には、見たこと無い大きな樽が数個と、街でよく見かける小さな樽がたくさん重ねられていた。



「お父~さ~ん…」



「………」




誰も居ないのか、中は静まり返り、ツヴァイの声と歩く足音だけが建物の中に響いた。



あまりの広さと静けさに、少し怖くなったツヴァイは、諦めて外に出ようと体を反転させた。


すると、ちょうど建物の真ん中辺りに、扉がある事に気が付いた。少し開いているらしく、中の灯りが一筋の線のように漏れていた。


ツヴァイは思わず走って、その扉の前まで行った。


部屋に灯りがあるということは、オリアンもそこに居ると思ったからだ。



ツヴァイは勢いよく扉をあけ、叫んだ。



「お父さ~~ん!!」



「うわっ!!!」



叫びながら部屋に入ったツヴァイは、思わず叫び声を挙げた。

扉を開けた瞬間、眩しい光がツヴァイの目に飛び込んで来たからだ。

あまりの眩しさに、ツヴァイは目を閉じ、床に伏せるのが精一杯だった。


少しの間、じっとしていたツヴァイだったが、回りの音に気付き、固く閉ざしていた目を少しづつ開いた。



すると、目の前には、さっきまでは立っていた『木の床』とは違い、つるつるになった『石のような床』が目の前にあった。


その床は白く、顔を近付けると、うっすらと自分の顔がわかるくらいだった。



「つるつる…キレイ…凄い……お父さん…凄い!」



ツヴァイはキレイな床をオリアンが作ったと思い、感動していた。そして、オリアンが居ると思われる物音のする方向に顔を向けた。すると、



「え?!!」



ツヴァイは自分の目が信じられなかった。


ツヴァイが向いた先にオリアンは居らず、見たことも無い『真っ白な服』を着た大勢の大人が、世話しなく動き回っていたのだ。





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