王位継承編1〔新たなる危機〕


王位継承編1〔新たなる危機〕




ここは『ユーリセンチ王国』…と呼ばれる前の二千年程前の場所。


緑豊かな大地の一角で、鎧を着た大勢の男達が、1人の女性を連れ去ろうとしていた。



「さあ、姫様。お父上の元に帰りましょう。とても心配しておられました。」



男達の中でも一番体の大きな男が、片膝をつきその女性に手を伸ばしながら優しく話しかけた。


女性の隣には、二本足で立ってはいるが、明らかにオオカミの姿をした獣人が男を睨むような目つきで立っていた。

しかも、右手には小さな男の子と手を繋ぎ、もう一方の片手にはもう1人幼い男の子を抱き抱えていた。


女性は1歩前に歩み出ると、



「私が帰れば、本当に子供達や、この人達には何もしないのでしょうね。」



と、男に念をおした。すると男は頭を下げ、



「はい、約束通り何も致しません。そして、この辺りにも我々が来ることがないでしょう。」



その言葉を聞いた女性は、



「わかりました…。」



と、一言だけ呟き、さらに振り返り子供達の近くに行くと、



「一緒に居てあげられなくてごめんね…」



と2人の子供を抱いた。そして、



「あなた…ごめんなさい…これしか方法が無いの…子供達をお願いね…愛してるわ…」



と、オオカミの口にキスをした。



「クマル…」



オオカミは女性の名前を呟くと、きつく抱き締めた。

物心もついて無い子供達は、キョトンとしながら両親を見ていた。



「さあ、姫様。こちらに。」



大きな男は、女性を馬車に誘導した。そして、女性が馬車に乗り込むと、隣にいた仲間に回りに聞こえないように耳打ちをした。



「わかっているな。馬車が見えなくなったら、この村を焼き払え、そして、オオカミどもを皆殺しにしろ。もちろんガキどももな。」



話を聞いた仲間は無言で頷き、男を見送った。


動き出した馬車を見て、オオカミは叫んだ。



「クマル~!!いつか、必ず迎えに行くからな~!!!」



すると馬車の窓から女性が顔を出し、



「あなた~!!子供達の事を~!!クウ!ラン!元気に生きるのですよ~!!」



女性は、オオカミの姿が見えなくなるまで、馬車の窓から体を乗り出していた。



馬車が見えなくなると、残っていた男達の表情が一変した。


そして、その禍々まがまがしい殺意はオオカミ達も察した。


すると、男から耳打ちをされた男が口を開いた。



「悪く思うなよな。姫様を助けてもらった事は感謝する。だかな、子供はダメだ。王族の血は王族だけの物なんだよ。やれ!」



男の合図と共に、火の着いた矢が次々と放たれた。



「みんな!!逃げろ!!」



子供達を抱いていたオオカミが叫ぶと、若い雄のオオカミを残し、散り散りに散らばった。


そして、子供を抱いていたオオカミは、近くに居たオオカミを呼び寄せた。



「いいか!ルーサン!この子達をお前にあすげる。死んでも守れ!俺達は残ってここを守る!早く行け!!」



「し!しかし!イヤルロ兄さん!これだけの数を相手に…」



「大丈夫だ!ここは俺達の生まれた場所だ。地の利は俺達にある。足止めぐらいは出きる。早く行け!!」



「わかったよ!兄さん!必ず子供達は

守るから!兄さんも死なないで!!」



そして、子供を預けられた金色のオオカミは、子供達を背に乗せ、物凄いスピードでその場から離れて行った。



「いいか!てめぇら!ここは俺達の縄張りだ!!縄張りを荒らすヤツは誰であろうと容赦はしねえ!野生のオオカミの力見せてやれ!!」



「ウオオオオ~~!!!!!!」



激を飛ばし、オオカミ族の中心に居たイヤルロの体は太陽の光を浴びて白銀プラチナのように輝いていた。




それから長い年月が経ち、そこは『ユーリセンチ王国』と呼ばれるようになった。


何度か危機に陥ったが、そのつど『勇者タロウ』が現れ、国を救ってくれた。



タロウVSオリアンの試合が終わり、タロウが自分の国に帰ってからユーリセンチでは、さらに10年の時が過ぎようとしていた。



タロウのおかげで『一大王国』になったユーリセンチであったが、ラウクン国王に笑顔は無かった。



そして、その国王を心配そうに見つめる側近のセオシルの姿もあった。ラウクンはセオシルに尋ねた。



「セオシル…イサーチェの具合はどうだ?」



「はい…ナカリーによると、相変わらず元気も無く、食欲も無いみたいです。」



「そうか…、私が会いに行っても「ごめんなさい」と泣くばかりだからな…イサーチェのせいでは無いのに…」



今現在、城は重い空気に包まれていた。いや、ユーリセンチ王国全体と言っていいのかもしれない。


イサーチェが帰って来て、ラウクン国王が誕生し、順風満帆と思われていた、確かに国は更に潤った。人々も増え、世界中にユーリセンチの名は響き渡った。


しかし…ラウクン国王が子供を授かる事は無かった。

真面目なイサーチェは、年齢を重ねる毎に自分を責め、遂には体を壊してしまったのだった。


ユーリセンチには『時期国王は国王の血を引く血縁のみ』という掟がある。


確かにラウクン国王みたいに子供が出来ない事もあるだろうが、血縁者が居ない場合に限り国王の推薦が許される。


しかし、ラウクン国王の父親、つまり前国王があちこちの国々に子種を撒き散らしたため、ラウクン国王の兄弟達もあちこちに居るのであった。

もし、ラウクン国王に子供が出来なければ、それら全ての子供が時期国王の権利を持つ事になってくるのである。


中にはラウクン国王に子供が出来ないという噂を聞きつけた、前国王の子供を持つ母親はユーリセンチに引っ越してきて、虎視眈々と王族の座を狙っているものまで現れてきた。


仮に本人達にその気が無くとも、回りの大人達が放っては置かない。世界中に名の知れた大国の王族に加わるかもしれないからだ。


国王の座を狙っていたのは何も国外だけではなかった。これだけ大きな国にもなると国内に派閥が出来てもおかしくはない。

現に、イサーチェが帰って来るまでは、自分の娘を妃にと紹介してくる者が後を経たなかったのである。


イサーチェが帰って来て、派閥争いも落ち着いたに見えたが、今回の事でまた慌ただしくなってきているのも事実であった。


ラウクン国王の回りも黙って見ている訳ではなかった。

第二夫人、第三夫人を持つように勧めてはみたが、イサーチェが全てのラウクンにとっては、他の女性を抱く事など全く頭に無かった。



ラウクンをよく知るチェスハやオリアンも、こればかりはどうしようも無いと諦めていたのだった。


両親の話を聞いていた『リムカ』の妹『ツヴァイ』が、



「お母さん。この国の危機なんでしょ?またタロウに頼めば何とかしてくれるんじゃない?」



ツヴァイは10年前、チェスハがみんなの前で子作り宣言をして出来た子供だ。


ツヴァイは事あるごとに『タロウ』の話をリムカから聞かされ、是非会いたいと思っていたのだった。


リムカはリムカでタロウの強さを目の当たりにした為、他の男が格下にしか見えず、チェスハ譲りの美しい美貌にもかかわらず、彼氏どころか気になる異性すら居なかった。


ツヴァイの問い掛けにチェスハは、



「あのねツヴァイ、こればかりは勇者タロウでもどうにもならないのよ。」



するとリムカも、



「そうよね、タロウが子供を作ってもなんの意味もないんだもんね。

でも、タロウとの子供なら欲しいかも。」



「ちょっ!リムカ!何言ってんの!」



「だって、他にいい男居ないんだもん。お母さんはいいよね、お父さんみたいにかっこ良くて強い人捕まえたんだから。」



それを聞いたチェスハは、タメ息まじりに、



「ハア~…、最初は、そうだったんだけどね…タロウが帰ってからは、「俺の役目は終わった!山に籠って最高のオサケを作る!」とかなんとか言って、たまにしか街に来なくなったしさ…」



「アハハハ、じゃあ、私から言っておく。お母さんが寂しがってたって。」



「あたしも言う!」



と、リムカの言葉にツヴァイも賛同した。



「こら!大人をからかうもんじゃありません!それからツヴァイは、1人でお父さんの所に行っちゃダメよ。お姉ちゃんと一緒にね。」



「わかったよ、お母さん。」



素直に返事をするツヴァイの隣で、考え込むような仕草をしながらリムカが、



「なんとかならないかなぁ。私、この国好きなんだけどな~。」



と、リムカがポツリと呟いていた頃、お城ではセオシルが全衛兵に集合をかけていた。



衛兵達が整列すると、セオシルが壇上に上がり、



「国王の言葉を伝える!『白き女神が現れた。この国のどこかに居る始まりの血を持つ者を探し出せ。さすればこのユーリセンチは揺るぎ無いものになるであろう』との事だ!」



「始まりの血…?」



衛兵達はざわついた。よく意味がわからなかったからだ。



「つまり…前国王以外の王族の血を引く者がこの地に居ると?」



衛兵の1人がセオシルに尋ねた。



「つまりはそういう事だ。」



「しかし、どうやって確かめれば…」



「その人物は『白銀』の髪をしているそうだ。いいか!一刻も早く白銀の者を捜せ!国民にも伝えろ!連れて来た者には願いを叶えてやると言え!!」



セオシルの言葉は、瞬く間に国中に広がった。そして、国内どころか国外からも人が集まり、大騒動となってしまった。


当然というか必然というか、まず人々が集まったのは『勇者タロウ』が出て来たとされる『聖なる洞窟』であった。


大混乱になりながらも何百人、何千人が洞窟に入ろうとするが、誰1人として中に入れる者は居なかった。

試しに一度入った事のあるオリアンが挑戦してみたが、オリアンさえも入る事は出来なかった。


しかし自分ならという者が後を経たず、洞窟の前には連日長い行列が出来ていた。



中には頭を染めて現れる者も居たが、灰色にしか見えず、国王を侮辱した罪として、投獄もしくはジプリトデンでの強制労働が課せられた。



街には人が溢れ、チェスハの店も大繁盛で人を捜しに行くどころではなかった。

そんな中、チェスハはリムカとツヴァイにオリアンへのお使いを頼んだ。



「リムカ、ツヴァイ、お父さんの所まで行って手紙を渡してくれる?」



それを聞いたリムカは、



「え~!これから~?私、未来の旦那様を捜すのに忙しいんだけど…」



「『未来の旦那様』って白銀の人の事?」



「そう!きっとタロウみたいに強くてカッコいい人!」



すると、チェスハはタメ息をつき、



「ハア~…、アンタね、旦那様って、まだ男か女かもわからないのよ。それにタロウを連れて来たミウだって、見つけるまで一年近く掛かったんだから。

それにね、もし、その人が運命の人をだったら捜さなくても目の前に現れるわよ。」



すると、リムカが、



「お母さんも、現れたの?」



それを聞いたチェスハは、聖戦の時『シクサード』に殺られそうになった時、空からオリアンが降って来た時の事を思い出した。



「そうね、お母さんが絶体絶命の時、お父さんが空から降って来たわ。フフフ。」



「降って来た~?それでお父さんが相手をやっつけて、お母さんを守ったの?」



「それがね、あまりにも高い所から飛び降りたものだから、衝撃で立つのがやっとだったのよ。」



「それじゃ、意味ないじゃん。」



「結局、相手は黒龍がやっつけたんだけど、後少しお父さんが降って来るのが遅かったら、私もあなたもここには居ないかもね。

その時思ったの、この人になら命を預ける事が出来るってね。

あなたにもいつか現れるわよ。気長に待つ事ね。」



「気長にって…私も適齢期なんだけどな~。」



「とにかく頼んだわよ。ツヴァイの事もよろしくね。」



リムカは諦めのタメ息をつくと、



「ツヴァイ、ほら行くよ。お母さん、行って来ます。」



リムカはチェスハに別れを告げると、ツヴァイと共に、オリアンの居る山小屋に向かって行った。



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