番外編38〔さようなら異世界〕その2
番外編38〔さようなら異世界〕その2
僕が試合場に目をやると、そこには50…いや、100人はいるであろう、衛兵の精鋭達が真ん中をグルリと囲うように立っていた。
「ハア~…、やっぱりやらなくちゃいけないのか…。」
僕は、タメ息混じりに呟き、恨めしそうにオリアンを睨んだ。
それを見たオリアンは、白い牙を覗かせ、微笑んだかと思うと、手で「シッシッ」と追い払うような仕草をして、早く試合場に行くよう急かした。
僕は試合場の真ん中に立つと、グルリと回りを見回した。
「あ~、やっぱりエフィスタさんも居るよ。」
そこには、僕とミウをここまで運んでくれたエフィスタさんの姿もあった。
他の衛兵達が、緊張でこわばっている顔をしているのに、エフィスタさんだけは、笑みを浮かべて、僕を見つめていた。
きっと僕の教えた『ハッタリ』を実践するのだろう。
さらに見渡すと、
「お~!タロウ!!今度は子供達が居ないからな!真剣勝負だ!覚悟しろ!!」
声の主はセオシルだった。さっきは不意をつかれ、まともに勝負が出来なかったので、今度こそはと両手に剣を構え気合いをいれていた。
さらに、
「タロウ兄ちゃ~ん!!」
そこにはラクも居た。ラクもそれなりに対策を考えていたのだ。
「これだけ居れば、どさくさに紛れて近付けるハズ…」
そんなみんなの『やる気MAX』とは裏腹に、僕はどうやってこの状況を乗り切ろうかと頭を悩ませていた。
さすがにこの状況では、審判が真ん中に居ると危ないので、会場の隅から号令をかけてもらった。
僕は衛兵達に、かすめる程度の体当たりをしながら一周し、吹き飛ばされず立っていた衛兵に再度体当たりを繰り返すという作戦を頭に描いていた。
「うん、これなら大きなケガをさせることはないだろう。」
そして、
「これより!衛兵達対タロウによる試合を行います!!!それでは!始…」
と、審判が試合の開始を告げようとした時、黒い大きな影が、会場の上を横切った。
「ん?なんだ?」
全員が空を見上げた瞬間、『黒い塊』が僕の立っている試合場の真ん中に落ちてきた。
「ドッガッ~~~~~~ン!!!!……」
その大きな塊は、僕の立っていた試合場をぺしゃんこにしてしまった。
そして土煙の中、何かが「もぞもぞ」と動いたかと思うと、ムクリと立ち上がり、空に向かって一言吠えた。
「ガオォ~~~~!!!!」
その姿を見た観客達は、
「黒龍だ!」
「本物の黒龍様だ…」
「ホントに居たんだ!」
「お…大きい…」
いつもは、黒龍の子供達が飛んでいるので、母親はあまりの人前には出て来なくなっていたのだ。それゆえ本物の黒龍を見た人は数少くなっていた。
たまに用がある時は、オリアンの口笛で呼ぶようになっていたのだ。
しかし、今日は僕が『鏡』を使った事で、地上からのキラキラと光る『光』に誘われ、興味本意で飛んできたのだ。
黒龍は僕をみつけると、懐かしそうに微笑んだ。そんな黒龍に、
「やあ、黒龍、久しぶり。」
と言いながら僕は近付いて行った。するとその瞬間、黒龍の目が「ギラリ!」と光り、凄まじい声で吠えたかと思うと、いきなり体を反転させ、僕に向かって物凄い勢いで尻尾を振り回し攻撃して来た。
その物凄い風圧で、回りに立っていた衛兵達が尻もちをつく程だ。
「ガオ~~!!!!!!」
「ブン!!!」
「バシィ!!!!」
物凄い衝撃波が会場を包み込んだ。誰もがタロウは粉々になったか、会場の外まで吹っ飛んだに違いない。と思ったはずだ。しかし、
僕は、その凄まじい尻尾の攻撃を、何事も無かったかのように片手で受け止めると、
「また、あれやるの?」
と、黒龍に向かって尋ねた。
黒龍は、「ガオ、ガオ、ガオ。」
としか言わなかったが、僕には「早くしろ」と聞こえたような気がした。
「仕方ないな~、1回だけだよ。」
僕は尻尾を両手に持ち変えると、僕を中心に、黒龍をグルグルと振り回し始めた。
実は『聖戦』の後、黒龍と遊んでいた時、ふざけて振り回した事があったのだ。
黒龍はそれまで、そんな事をされた経験は無く(当たり前なのだが…)
その振り回された感覚がクセになり、僕と会う度にせがんで来ていたのだ。
しかし、しばらくすると僕の力が弱くなっているのに、本能的に気が付いていたのか、『振り回し』をせがむ事も無く、逆に僕を背中に乗せて飛んでくれていた。
しかし、今の僕を見た黒龍は、また振り回してくれると思い、楽しくて仕方なかった。
「ガオ、ガオ、ガオ、ガオ~!」
と、嬉しそうに振り回される黒龍に僕も、
「いつもより多く回してま~す!!」
と、ハンマー投げの選手のように回転を上げ、さらに振り回した。
すると、黒龍は満足したのか、目を回して気を失ったのか、声が聞こえなくなった。
そこで、
「そ~ら!飛んでいけ~!!!」
と、僕が尻尾を放すと、黒龍は空の彼方に消えて行った。
「ふう…、さて、続きを…ん?」
僕が一息つき、さっきの続きをしようと、辺りを見回したが、明らかに状況が一変していた。
さっきまで僕を囲んでいた衛兵達の姿が無かったのだ。
「あれ?セオシル達は?」
と、探していると、壁際で「もぞもぞ」と動いている物がいくつかあった。
よく見ると、それはさっきまでぐるりと 囲んで立っていた衛兵達だった。そのほとんどが壁に打ちつけられ気絶をしていた。
どうやら僕が、黒龍を振り回したおかげで、小さな竜巻が発生し、衛兵達を吹き飛ばしたらしい。よく見ると、被害は衛兵達だけではなかった。
観客席の前の方に座っていた人達は、何列か後ろに飛ばされた者、帽子や持っていた鞄が飛ばされた者と、何かしらの被害を受けていた。
そして試合はというと、一番体力のあるセオシルでさえ、壁に打ちつけられた衝撃で、立っているのがやっとの状態の為、僕の不戦勝となってしまった。
また闘ってもいない終わり方に、観客からヤジが飛ぶかと思いきや、黒龍を振り回すという、前代未聞の光景を見れたという満足感からか、ヤジどころか、お礼や驚きの言葉が飛び交った。
そんな中、次の対戦相手のファンが、倒れた衛兵を掻き分けるように歩いてきた。
しかも、何か大きな物を引きずっているようだ。
「ハ…ハア、ハア…ま、待たせたな…タ…タロウ…」
ファンは、もうすでにかなり疲れているようだった。
「いや…別に待っていた訳じゃ…
そよりファンさん、なんですか?それは?電柱?」
ファンの引きずっていたものはまさに『電柱』だった。いや、電気の無いこの世界にそんなものなどあるはずか無い。
すると、会場の隅に居たチェスハの声が僕の耳に届いた。
「どうだ!タロウ!これがあたしの最高傑作だ!!
これならいくらお前でもペシャンコ間違いなしだ!ハッハッハッ!!」
確かに、あの大きな体のファンが小さく見える。長さは7~8メートルぐらいか、まさにトゲトゲの付いた真っ黒い電信柱だ。
しかし、いくら怪力のファンでもアレを振り回せる事が出来るのか?いや、そもそも持ち上げる事すら出来ないのでは?
などと、僕が思っていると、目の前に顔を真っ赤にしながらその『電柱』を持ち上げようとしているファンの姿があった。
「フン!ぬ~!!!」
ファンは渾身の力を込めて、その電柱を持ち上げようとした。しかし、電柱はピクリとも動かない。それを見ていたチェスハは、
「コラ!どうした?ファン!それでも男か!せっかくの武器も使えなくちゃただの飾りだ!ほら!男気を見せてみろ!!」
すると、ファンは電柱の端をお腹に当てると、さらに腰を落とし、まるで応援団が団旗を上げるような格好をした。
「ぬおおおおおおお~~~~!!!!」
ファンはさらに顔を真っ赤にしながら、全身に力を込めた。
それを見ていたチェスハも、同じく全身に力を込め、電柱が持ち上がるのを待っていた。
すると、なかなか持ち上げる事の出来ないファンに対して、観客からヤジが飛び始めた。
「お~い!ファン!それでも男か~!?」
「早くしないと日が暮れるぞ~!」
「それでもこの国一番の怪力か~!」
が、そんなヤジもすぐに静かになった。
「……~~!!!!!!!!!!!!!!!!」
ファンが声にならない叫び声を挙げたかと思うと、踏ん張っている足元が少し沈み、電柱の先が地面から離れて行った。
それを見ていたチェスハは、
「よし!その調子だ!踏ん張れ!上げろ!上げろ!!」
と、両の手を握りしめ、ファンに気合いを送った。
ファンの体は、全身の血管が膨張し、今にも破裂しそうなぐらい膨れていた。
そして、少しずつ金棒が上がり、45度ぐらいまで上がるとな動きが止まった。
と、同時にファンの口が動き、何かを呟いているように見えた。
「……ウ………こ…………ち……こ………は……こ………」
僕はファンが何を言っているのか、全く聞き取れず、
「え?ファンさん、何か言ったの?」
と、2、3歩ファンに近付いた。
すると、ファンは、
「…し…勝負…だ……タ…ロウ。こ…この金棒…の…下…下まで…来い…ハアハア…」
と、絞り出すような声で僕に話し掛けて来た。それを聞いた僕は、
「え~!?嫌ですよ、そんなの。ファンさんが手を離したら危ないじゃないですか?」
「…フ……あ…悪魔…とよ…呼ばれた…タ…タロウ…も…こ…この…金…金棒……の…前…前…で…では……」
僕を挑発しようとしているファンだったが、金棒を支え続けて、もはや虫の息だ。
そして、僕がなかなか近付いて来ない事に対して、ついにファンの表情が変わった。
目には大粒の涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情で、
「た…頼む……おね…お願い…しま…す。も…もう…手が……」
本当に体力の限界だろう。挑発が懇願に変わっていた。
その姿を見ていたチェスハも、
「おい!タロウ!!大の大人のファンが泣きながら頼んでいるんだぞ!男なら正々堂々と勝負してやれ!!」
僕は『正々堂々』?って思いながらも、
「これ以上、ファンさんに辛い思いをさせてもな。」
と思い、
「わかりましたよ。金棒の下まで行きますから、絶対手を離さないで下さいよ。危ないですから。」
と言いながら、僕は金棒の下まで歩いて行った。
そして、僕が金棒の真下まで行き足を止めると、ファンは安堵の表情を浮かべ、
「ありがとう…タロウ…」
と、呟きながら、気を失ったように金棒と共に僕に向かって倒れて来た。
僕は自分に向かって来る金棒を目で追いながら、頭に当たる直前に、難なく金棒を両手で受け止めた…ハズだった。
「ドッカ~ッン!!!!!!!!」
ファンの倒した金棒は、僕が確かに支えたはずなのに、なぜか地面に到達していた。
土煙りが舞い、
そして、土煙りが晴れると、誰もが自分の目を疑った。
そこに『勇者タロウ』の姿が何処にも無かったからだ。
皆の目に映ったのは、地面にめり込む金棒と、その金棒に乗るように倒れかかるファンの姿だけだった。
確かにファンの持って来た金棒は、常人ならまともに当たれば、ペシャンコになるのは間違いがない。
が、初めて『タロウ』を見るとはいえ、『勇者タロウ』がウワサ通りならば、どんな武器でも粉々に壊してしまうのではないかと、試合を見ていた観客達は思っていたのだ。
それは巨大な金棒を作ったチェスハもおなじであった。これ以上無い金棒を作ったとはいえ、こんなに簡単にタロウがペシャンコになるとは思ってもいなかったからだ。
ふいにチェスハは空を見上げた。金棒が当たる瞬間、凄まじい速さで避けて空に飛んだのではないかと思ったのだ。そして、
「あ!!」
チェスハが、空に何かを見つけ叫んだ。
それにつられて、会場の人々が一斉に空を見上げた。
「なんだ…黒龍の子供か…」
ふいにチェスハが落胆の声をもらした。
それはミウも例外ではなかった。絶対僕が負けるはすがないと思っていたミウだったが、姿が見えなくなった僕に、不安を
ミウは思わず、僕を心配して試合場に上がろうとした。
「タロ…!」
「まあ、待て。」
そんなミウの肩に手を置き、ミウを制止した者が居た。
ミウやチェスハと一緒に試合を見ていたオリアンだ。
そこに居た全員が、「もしかして…」と思っているなかで、オリアンだけは僕の存在を確信していた。
オリアンは、その研ぎ澄まされた感覚で、僕の居場所を鮮明に捉えていた。
「ったっく、チェスハもミウも心配しすぎなんだよ。アイツがそんなに簡単にやられるタマかよ、ケガどころか、かすり傷ひとつ負わずにあそこにいるぜ。」
と、ミウを止めたオリアンは、地面にめり込んだ金棒の先を指差しながら呟いた。
そのころ僕はというと、直立したまま地面に突き刺さっていた。
どうやら黒龍が降り立った衝撃で、地面が
ファンの倒した金棒を受け止めたまでは良かったが、そのまま亀裂の中にスッポリと入ってしまったのだ。
「まったく…釘じゃないんだから…」
僕は足元を動かし足場を固めると、金棒を持ったまま軽くジャンプをした。
ちょうどその時、オリアンが指差した方向を見ていたチェスハが、
「ん?あれを見ろ!何かモゾモゾ動いているぞ?」
と、その時!
「ボコン!!」
僕が金棒を支えたまま、地面から飛び出して来た。
「あ~あ、制服が泥だらけだよ…、洗わなくちゃ学校に行けないよ…」
「タロウ!!!!」
真っ先に声を上げたのはミウだった。それにつられて観客達からも、
「あれを食らってピンピンしてる?」
「やっぱり本物だ!本物のタロウだ!」
「本物だ~!!本物だ~!!」
そしていつの間にか、『タロウ』コールが巻き起こっていた。
「タロウ!!タロウ!!タロウ!!タロウ!!!」
そんな中、予想はしてたとはいえ、渾身の金棒をいとも容易く受け止めているタロウを見たチェスハは絶句した。
「あの金棒でも無キズなんて…あれ以上大きな武器なんて作れないぞ…」
それを聞いたオリアンは、
「バ~カ、アイツには武器の大きさなんて関係ねえんだよ。全部オモチャみたいなもんだからよ。なあ、ミウ。」
いきなり話を振られたミウは、戸惑いがらも小さく頷いた。
するとチェスハは、
「か~!やっぱりタロウは正真正銘のバケモノだ…アイツを倒せる武器なんてこの世には無いぞ~…」
と、タメ息混じりに大きく呟いた。すると、同時に何かを思い出したように、オリアンに向かって、
「そういえばアンタ、「タロウに勝つ!」って言ってなかった?何か凄い武器を考えたの?」
それを聞いたオリアンは、
「武器?俺の武器はこれだけだ。」
オリアンが取り出したのは、鈍く黒光りする『木刀』だった。
それは何年も前から使っているもので、オリアンが言うには「滑り止めにオサケを吹き掛けるとちょうどいい感じなんだ!」
という名目で、オサケを持ち込み、衛兵達の習練を行っていたのだ。
が、本当に滑り止めなのか、ただオサケを飲みたいだけなのかは定かではなかった。
何年もオサケを吹き付けられた木刀は、どす黒くなっていたのだ。
その木刀を見たチェスハは、
「その小汚い木刀で?確かにその木刀には、芯に鋼が入っているけど、そんな細い木刀じゃ、直ぐに粉々にされちゃうわよ?」
「へっ!俺様がそんなヘマをするかよ、粉々になる前に勝負はついてるさ。」
オリアンは、チェスハの心配を軽くあしらうように言った。
そんなやり取りが行われていたとは知らなかった僕は、まだファンとの勝負?をしていた。
倒れた金棒に乗り掛かり、せわしなく呼吸をしているファンに僕は、
「もう!手を離したら危ないって言ったでしょ!」
と、少し怒り気味に金棒を片手で支えたまま言った。
すると、ぐったりと目を閉じていたファンが、少しは息が整ってきたのか、薄目を開け金棒を片手で支えている僕の姿を見るなり、
「へ?は?あ?な…に?」
と、言葉にならない驚きの声を上げたかと思うと、
「い…いや、ちょっと待て…タロウ…お、俺は手を離してないだろ?ほ…ほら…な。」
確かにファンは手を離していなかった。金棒の上に乗るようにして、体ごと金棒と共に僕に向かって倒れて来たのだから。
必死に言い訳をするファンに、
「じゃあ、今度は絶対に手を離さないで下さいね。本当に危ないですから。」
と、僕はまだ立ち上がる事さえ出来ないファンに向かって言った。
ファンは、僕の言っている意味がよくわかっていなかったが、次の瞬間、すぐにその意味を理解した。
「よいしょ!」
僕は掛け声と共に、金棒を真っ直ぐになりように持ち上げた。
もちろん、金棒の先にはファンを乗せたままだ。
「ヒッ!ちょ…!タ…ロ…!!」
ファンの体は金棒と共に持ち上がり、それと共にファンの顔色もみるみる青ざめて行った。
ファンの高所恐怖症は僕も知っていた。あの表情を見る限り、まだ克服は出来ていないようだ。
そんなファンに対して僕は、
「ファンさ~ん!今度は手を離さないで下さいね~!手を離すと落ちちゃいますよ~!」
と、言いながらも、少し金棒を揺らしてファンをからかった。するとファンは、
「ばっ…タロ…やめ!…も…もう力が…残って…」
そう言葉を発したかと思うと、ファンは白目をむき気を失ってしまった。と、同時にしがみついていた手が離れ、金棒から落ちそうになった。
僕はすぐさま金棒を水平にし、ファンの体を金棒に乗せるように持ち変えた。そして、ファンの体を乗せたまま、静かに金棒を地面に降ろした。
するとファンは気を失ったまま、地面に転がった。
そんな僕を見ていたチェスハは呆気にとられ、開いた口が閉じずにいた。チェスハだけではない、近くで見ていたリムカやダシール、さらにはサーラン、タスフォーレといった腕のたつ戦士までもが言葉を失くしていた。
それは観客も同じであった。黒龍を軽々と振り回し、10メートルもある金棒を爪楊枝の如く扱う僕に、ただただ驚いていた。
しかし、そんな中、僕の一連の行動が当たり前だと言うように、大声で笑った者が居た。
「アッハハハハハハハ!!やっぱりタロウはこうでなくっちゃな!」
声の主は、もちろんオリアンだ。さらにオリアンは、
「おい!タロウ!そんなデカイ金棒はあっても邪魔くさいだけだ!へし折って粉々にしてしまえ!」
その言葉を聞いたチェスハは、一気表情がこわばり、
「ち!ちょっと待てオリアン!!お…お前は何てことを言ってんだ!あたしがあの金棒を作るのにどれだけ金と時間を掛けたか知ってるだろ…」
「ああ、よく知ってるぜ。よその国の鍛冶屋まで呼び寄せていたよな。」
2人の会話を聞いていた僕は、チェスハに向かって、
「へ~、そんなに僕を『ぺしゃんこ』にしたかったんだ。」
するとチェスハは慌てて、
「バ…バカだな~タロウは…。タ…タロウがそんな金棒でぺしゃんこになるわけないだろ~。冗談だよ、冗談。だ、だからへ、へし折ったりしないよな…?」
「でも、もし誰かが振り回したりしたら、あぶないよね。」
「バ!バカかお前は!そんなもの軽々振り回すのはお前しかいないだろうが!
頼むよタロウ…あたしとタロウの仲じゃないか…ほ、ほら、またいいことしてやるから。」
と、チェスハは胸を少しはだけさせながら言った。
と、次の瞬間、ミウの鋭い視線が僕に突き刺さった。
「違!…何もしてない!してないよミウ!」
僕はミウに向かって必死に潔白をアピールした。そして、
「わかったよ、チェスハ。僕はこの金棒を壊さない。約束をするよ。ただし、後はミウに任せるよ。」
「え!?」
チェスハは僕が金棒を壊さないと聞いて安心したのもつかの間、再び表情が固まった。
そして、ゆっくりと振り向きながらミウを見てみると、ミウはニコやかな表情で見つめ返して来た。
するとチェスハは、
「こ、壊したりしないよなミウ?あたし達は友達…いや親友……いや、姉妹みたいなもんだよな?お姉ちゃんが作った大切な物を壊したりしないよな?…」
その言葉を聞いたミウは、満面の笑みを浮かべながら、
「そうだよね、お姉ちゃんが一生懸命作った物を壊したりしたらダメだよね。」
するとチェスハは得意気に、
「ほ、ほらみろタロウ!ミウはなお姉さん想いの良い娘なんだよ!お、お前みたいな恩知らずとは違うんだよ!べ~だ!」
と、僕に向かって、舌を出しながら叫んできた。が、しかし
「ガシッ!」
誰かがチェスハの肩を力強く掴んだ。
「え?」
チェスハが恐る恐る振り向くと、先程と同じようにミウがニコやかに微笑んでいた。
「ミウ…?」
チェスハは、表情は同じだが明らかに力の入り具合が尋常ではないミウに少し恐怖した。
「ど…どうしたミウ?お姉ちゃん、ちょっと痛いかな…?」
するとミウは、
「でもね、チェスハお姉ちゃん、タロウを傷つけるような金棒はこの世の中に必要ないと思うの。」
と、笑顔のままチェスハに顔を近付けた。
チェスハはミウの笑顔に恐怖を覚えつつも、
「え~っと、どういう事かな?ま、まさかね…」
するとミウはクルッと反転し僕を見ると、
「タロウ!」
と一言だけ叫び、右手を僕に向かって差し出した。
僕はミウの意図を瞬時に理解し、金棒を壊すのだと悟った。
「行くよミウ!気を付けて!」
僕は金棒を振りかぶり、ミウに向かって投げた。
僕の投げた金棒は大きな弧を描き、日の光を浴びながら、ゆっくりと回転しながらミウに向かって行った。
その光景は、まるでスローモーションのようにチェスハの目には映っていた。
そして、あの力持ちのファンが持ち上げる事さえ出来なかった金棒が、ゆっくりと回転しながら宙を舞うという、信じられない光景に少し感動すら覚えていた。
しかし、だんだん目の前に迫って来る金棒に、思わず声をあげしゃがみこんだ。
「キャ~!!!!」
「ガシッ!!」
しかし、そんなチェスハを守るように、ミウが立ちはだかり、飛んで来た金棒を両手で掴むと、
「チェスハ…ゴメンね。」
と、頭を抱えしゃがみこんだチェスハに、すまなそうに謝った。と、同時に、
「えい!」
「バキッ!ドッカ~ン!!ベキッ!!ボキボキ!ドン!ベキベキベキ!ベキベキベキベキッ!!!!」
頭を抱えていたチェスハも、目の前に降って来る黒い破片と、聴いたこともない破壊音に思わず顔を上げた。
ミウは、金棒を受け取ると、いきなり膝蹴りで金棒を真っ二つにした。そして、片方を地面に転がすと、持っていた片方をさらに2つに、2つが4つに、その4つを重ねて両手で挟んだかと思うと、一気に潰した。
そして、残りの片方も同じように粉々に砕いてしまった。
チェスハはもちろん、その場に居た全員が驚きのあまり声も出ず、金棒が粉々になる音だけが会場に響き渡った。
チェスハの目の前には、粉々になった金棒の破片が、みるみる山のように積み重なって行った。
しばし、ボーゼンとしていたチェスハだったが、無意識のうちに変わり果てた金棒の破片を1つ手に取った。
すると、その破片はチェスハの手の平の上で2つに割れてしまった。
チェスハはその破片を両手で持つと、再び1つにしようと割れ目を合わし、1つにするが、割れた物は1つにならず、再び手の平で2つになるのだった。
チェスハは無表情で、その行為を繰り返しながら、何かを考えるようにブツブツと呟いていた。
そんなチェスハの姿を見たミウは、金棒を粉々にされたショックからおかしくなったのではないかと思い、責任を感じながらチェスハの肩に手を置きながら話しかけた。
「チェスハ…?大丈夫……?」
「ブツブツブツ…」
返事をしないチェスハに、ミウの声が大きくなった。
「チェスハ!チェスハってば!!」
ミウは今度は肩を揺すりながら声をかけた。すると、
「ガシッ!」
チェスハの手が肩に置いてあるミウの手を掴むと、
「これだよ!これ!!新しい商品だ!名前は…そうだな、『奇跡の破片』!てのはどうだ!?」
いきなり元気になったかと思うと、わけのわからない言葉を発し出したチェスハに、ミウだけでなく、隣にいたオリアンさえも戸惑った。
「お…おい、チェスハ…どうした?金棒を粉々にされて、頭がおかしくなったか?」
そんなオリアンに気付いたチェスハは、
「はぁ~?頭がおかしい~?おかしくもなるよ!これを見ろ!この破片の山が全部『お金』になるんだぞ!」
チェスハは、ミウが粉々にした『金棒の破片の山』を指差しながらオリアンに言った。
オリアンは、チェスハの言っている意味が全くわからず、
「はぁ~?なに言ってるんだ?お前は…やっぱり渾身の金棒を粉々にされて頭がおかしくなったんだろ?」
心配をするオリアンをよそに、チェスハは持っていた破片をオリアンに見せながら話し始めた。
「いいかオリアン、この破片はこの何万、何十万という破片の中の2つだ。そして、この2つは合わせるとピッタリと合わさって1つになる。これを奇跡と言わずしてなんと言おう!
さらにこの破片は、勇者『タロウ』と女神『ミウ』の共同作業だ。御利益の塊みたいな物だ!!カップルに売ったら儲かるぞ!
いや…カップルだけじゃない、単体で売っても、もしかしたら運命の相手が破片をもってるかもしれないと、バカ売れ間違いなしだ!
ミウも欲しいだろ!『奇跡の破片』この世にたった1つしかない
チェスハの話を聞いたミウは、目をキラキラ輝かせながら、
「うん!欲しい!私とタロウだけの一対の破片!」
盛り上がる2人をよそに、隣で聞いていたオリアンは、
「『奇跡の破片』ね~、ただの壊れた破片じゃね~か。」
と、足元に落ちていた破片を拾いながら呟いた。
するとチェスハは、
「は~…やだやだ、なんで男って夢が無いんだろ。」
そう言いながら、チェスハはグルリと辺りを見回し、いきなり腰を屈めると、
「いいか?あたしの回りに散らばっている破片の1つを無造作に拾うぞ。」
と、チェスハは1つの破片を拾いあげた。そして、その破片をオリアンに向けると、
「あたしは、こうしてあんたと一緒になれたのは運命だと思ってる。敵だと思っていたあんたを好きになって、一緒になれてリムカも生まれた。店も大繁盛だ!こんなに幸せな事はない!これもタロウとミウのおかげだ。そのタロウとミウが作った『奇跡の破片』あたしはその運命を信じる。だからほら!」
チェスハは更に破片を持った手を伸ばし、オリアンに自分の持っている破片と今、チェスハ自身が拾った破片を合わせるよう促した。
オリアンは少し震えながら、チェスハの差し出した破片を手に取り、
「八…ハハハ…ま、まさかな…これだけの数の中から一対の破片を見つけるなんて、それこそ奇跡だ…」
オリアンは自分の持っていた破片とチェスハから受け取った破片を目の前でゆっくりと近付けた。
そして、その光景をチェスハやミウだけではなく、近くで話を聞いていたリムカやダシール、ナカリー、タスフォーレといった独身の女性達が、その奇跡の瞬間を固唾を呑んで見守っていた。
そして…
「え~!ウソ~!!」
「ホントに~!!?」
「まさか?信じられない!!」
「奇跡!いや、運命なんだわ!」
と、女性達から驚きの声が次々とあがった。
オリアンが両手に持っていた破片は、目の前でピッタリと1つの破片に合わさったのだ。
しかも、継ぎ目が全くわからないぐらい完璧な1つの破片になった。
「マ…マジか…?」
驚きを隠せないオリアンは、2つの破片を引っ付けては離し、引っ付けて離しを繰り返していた。
そして、チェスハは最初に持っていた2つの破片をミウに渡し、
「これは、ミウとタロウにやるよ。お前達だけの破片だ。この破片みたいにいつまでもくっついているんだぞ。」
ミウは、両手で破片を握り締め、
「うん…ありがとうチェスハ。大切にするね。」
と、満面の笑みでチェスハにお礼を言った。
お礼を言われたチェスハは、運命だの奇跡だの自分の言った言葉に対し、急に恥ずかしくなり、いまだに破片を付けたり離したりしているオリアンに、
「ほ、ほら!いつまでやっているんだよ。あそこで主役が待ち呆けているよ。あんた、タロウに勝つんだろ。行ってあたしの仇を取ってきてくれ。」
と、チェスハは僕を指差したかと思うと、オリアンの両手をしっかりと握り締めた。
僕を倒す。そのワードを思い出したオリアンは、一気に顔つきが鋭くなり、持っていた破片をチェスハに渡し、頭を撫でた。
「見てろよチェスハ、お前の夫は世界最強、いや『伝説の勇者』より強いって事を見せてやるからよ。」
と、言い残し、ゆっくりと僕に向かって歩いて行った。
そんなオリアンの背中に向かって、チェスハは、
「オリア~ン!運命なんだからな~!これからもずっと一緒なんだからな~!!」
と、ここぞとばかりに、自分の想いをぶちまけた。するとオリアンは、手にしていた木刀を空に掲げ答えた。
そして、オリアンを見送ったチェスハは、
「ふう~…やれやれ…でも、これでまた一儲けが出来るぞ。ウフフ。」
と、舞い込んできた儲け話に顔がほころんだ。
と、その時、チェスハは背中にいくつもの熱い視線が注がれていることに気が付いた。
そして、ふと振り向くと、
「チェスハさん!」
「チェスハ様!」
「チェスハお姉さま。」
「チェスハさん!!」
「お母さん!」
と、話を聞いていた女性達が、先程のミウと同様、目をキラキラ輝かせながら、チェスハに詰め寄って来た。まだ子供のリムカでさえ、『運命の相手』という言葉に酔いしれていた。
そんな女性達にチェスハは、頭をポリポリとかきながら、
「わかってるよ。これが終わったら、どれでも好きな破片を持って行きな。単体で持って行くもよし、合わさる2つの破片を持って行って、片方を意中の男にやるもよし。お前達の好きにすればいい。」
チェスハの話を聞いた女性達は一気に恋バナに火が着いた。もう、僕とオリアンの試合など、どうでもいいみたいだ。
ファンとの試合の後、少し待ちぼうけを食らった僕だったが、歩いて来るオリアンを見て、一気に緊張感が高まった。
オリアンは途中で立ち止まり、腰に付けていたオサケの入っているであろうビンを口に付けると、グイグイと飲み始めた。
そして、口に残ったオサケを空に掲げた木刀向かって勢いよく吹き掛けた。
と、同時に今までに感じた事のない緊張感が僕の体を包み込んだ。
そして、ついに、
「待たせたな、タロウ。さあ、やろうか。」
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