番外編36〔頂上決戦!〕


番外編36〔頂上決戦!〕




「ええええええ~~~~~~!!!!!!!!!????エミナーさんに赤ちゃん??!!」



会場中が驚く中、当の本人エミナーは、試合場の真ん中で「キョトン」としながら突っ立っていた。


そして会場が落ち着きを取り戻すと、今度は静寂が会場を包み込み、全員がエミナーの動向を見守った。


僕は、そんなエミナーさんを見ながら、ミウにもう一度尋ねた。


「本当にエミナーさんのお腹に赤ちゃんが居るの?」


するとミウは小さく頷き、


「うん、本当だよ。近くに行った時、小さいけど、エミナーさんとは別の心臓の音が聴こえたから。」


僕はミウの言葉を聞いて、改めて思った。


「そうだ…ヤモリとはいえ、ミウは『獣族』なんだ…、本能的に命の存在を感じたのかも。それに、今のミウは普段より何十倍もの力がある。本能的な力が何十倍になっててもおかしくはないはず。」


そして、僕は再びエミナーさんに目をやった。


するとエミナーさんは、自分のお腹に手を当て、静かに何かを確かめようとしていた。



そんな静寂を1人の男が突き破った!もちろん、あの男である。



その少し前、僕が大声で叫んだ瞬間、驚いたオリアンとラウクンは、スラインに真意を確かめようと、


「おい!?スライン!本当なのか!?」

「本当に赤ちゃんが出来たのか??」


と、オリアンとラウクンは同時にスラインが座っていた場所を見た。

が、そこにスラインの姿は無く、その体はすでに宙を舞っていた。



「エ~~~ミ~~~ナ~~~~~!!!!」


それを見たラウクンは、


「あ!バカ!ここは5階だぞ!?」


ラウクン専用の観覧席は、見晴らしの良い闘技場の中腹に作られていた。

しかし、何万人も収容出来る大きな建物だ、中腹とはいえ、5階の高さに位置していた。スラインはそこから直接、エミナーの処に向かって飛んだのだ。


しかし、すり鉢状の観客席のため、いくらスラインとはいえ、闘技場の真ん中まで届くハズもなく、観客席の間にある通路に落下した。


「ドッガ~ン!!」


が、スラインは「ムクリ…」と起き上がり、


「ドドドドドドドドドドドド!!!!」


「エ~~!!ミ~~!!ナ~~~~~!!!」


と、叫びながら、エミナー向かって一直線に走った。


そして、エミナーの処まで来ると、


「ハ…ハア…ハア…、エ…エミナー、ほ…本当なのか?赤ん坊が出来たって…?」


するとエミナーは、少しうつむきながら、


「そ…そうみたい…、そうなのかも…とは思っていたんだけど…」


と、手を当てているお腹を見ながら言った。するとスラインは、


「なぜ、教えてくれなかった!?」


するとエミナーは、


「だって…恥ずかしいじゃない…、この歳になって赤ちゃんて…」


と、赤くなり下を向いた。


そんなエミナーをスラインは「ヒョイ」と両手で、頭の上まで持ち上げると、


「何が恥ずかしい事があるか!よくやった!でかしたぞ、エミナー!!さすがは俺の妻だ!!」


と、スラインはさらに観客に向かって、


「みんな!聞いてくれ!エミナーに!この俺に

2人目の子供が出来た!!喜んでくれ!祝ってくれ!!」


と、エミナーを持ち上げたまま、クルクルと回り始めた。


観客席からは、そんなスラインとエミナーに祝福の声がたくさん届いていた。



祝福ムードの中、ただ1人複雑な表情をして、困っている人物か居た。審判だ。


確かに妊娠は、おめでたい。しかし、今は試合の真っ最中、さらに試合に関係の無い人物が試合場に入って来る事はルール違反で負けになる。


意を決した審判は、スラインに声をかけた。


「スライン将軍?」


その声に気が付いたスラインは、クルクルと回るのを止め、今度はエミナーを『お姫様抱っこ』に持ち変えた。そして、


「審判!試合は中止だ!エミナーは棄権する!」


ビックリしたのはエミナーの方だった。妊娠がわかったのはビックリしたが、試合をめる気は無かったからだ。


「ち!ちょっとあなた!何言ってるの?私はまだ…」


スラインは、すぐにエミナーの言葉を遮ると、


「たのむ!この通りだ!!お前とお腹の赤ちゃんに何かあったら俺は生きて行けない!一生に一度の頼みだ!試合を棄権してくれ!!」


今にも泣き出しそうな顔で懇願してくるスラインを見たエミナーは、


「もう…あなた、これで何度目の『一生に一度の』なのよ…」


それを聞いたスラインは、


「あ…いや…」


困り果てるスラインを見ながら、エミナーは、


「フフフ、いいわ。私と赤ちゃんの事を心配してくれるあなたに免じて、今回は棄権してあげる。」


そして、エミナーは審判に試合を棄権することを告げた。


そして、



「2回戦第1試合は!エミナー選手の棄権により!クノン選手の勝利といましたます!!!」


と、高らかにクノンの勝利が宣言された。



「うおおおおおおおお~~~~!」

「クノンが勝った!!」

「絶対王者のエミナーが消えた!」

「見たか?クノンの攻撃!」

「いや!速すぎて見えなかった!!」


会場が大盛り上がりの中、スラインはラウクンに向かって、


「すまない!ラウクン国王!こういう事だ!俺達はジプレトデンに帰る!!」


それを聞いたラウクンは、


「『帰る』って、お前…試合は見て帰らないのか?」


「試合なんか見ている場合か!帰って祝いだ!祭りだ!宴会だ!ラウクンも落ち着いたら来い!」



と、スラインは言い残し、エミナーを抱っこしたまま試合場を降りて行った。


そして、歩きながら、


「エミナー、お腹の赤ちゃんは、男の子かな?女の子かな?」


と、聞くと、エミナーは、


「バカね、まだわからないわよ。あ!それから、チェスハとタロウに挨拶するから、寄ってくれる?」


と、エミナーは先ず試合をしていた、クノンと僕の所に来た。


僕は、エミナーに、


「エミナーさん、おめでとうございます。」


と、頭を下げた。負けて「おめでとう」も、何だか変な気分だったが…、するとエミナーは、


「ありがとう。でもごめんね、せっかく帰って来たのにこんな中途半端で。

クノンさんも、ごめんなさい。最後まで試合をしたかったんだけど…」


するとクノンミウは、


「とんでも御座いません、エミナー様。

どうかお体を大切にしてください。」


とスカートの裾を掴み、軽く頭を下げた。


ミウは話し掛けられた事によって、思わずお城でメイドをしていた時のように対応してしまった。


それを見たエミナーは、「あ!」と何かに気付いた様子で、


「フフフ、なるほど、そういう事ね。」


と、クノンを見ながら笑みを浮かべた。そして、


「ありがとうね。クノンちゃん。チェスハによろしく言っといて。」


それを聞いた、僕とスラインは、


『クノンちゃん?』と思ったが、僕にはすぐにエミナーさんがクノンの正体を見抜いた事に気が付いた。


スライン将軍は、全く気が付いていないようだだったが。


そんなスラインが、僕に向かって、


「タロウ!次に帰って来るときは、必ず『ジプレトデン』に来いよ。国を挙げて歓迎してやる。じゃあな!」


と、手を振りながら、スラインとエミナーは、僕の元を去り、チェスハの所に向かった。



そこに居る全員がエミナーの妊娠を祝福する中、チェスハだけは憮然とした顔をしていた。


エミナーはチェスハに近付くと、


「ごめんね、チェスハ。こういう事だから、今回の優勝は、あなたに譲るわ。」


するとチェスハは、


「そんなもん!譲られて「はい、そうですか。」って貰えないわよ!あたしはあなたに勝たないと意味が無いんだから!

そんなことより!いつの間に、赤ちゃん作ったのよ!しかもあたしに内緒で!「作ってる」って言わなかったでしょ!」


するとエミナーは、呆れ顔で、


「「言わなかった」って…、そんな事、他人に言うわけ無いでしょ!」



チェスハにとって『エミナー』は特別な存在だ。

チェスハが生まれた時から、仲の良い姉妹のようであり、その反面、人生全てにおいてライバルであると、チェスハは勝手に思っていた。


そして、エミナーはチェスハにとって、一度も越えたことの無い『大きな壁で』もあったのだ。


知り合ってすぐに仲良くなった2人は、よく剣術で遊んでいた。が、年上のエミナーに勝てるハズもなく、負けてばかりいた。


そして、エミナーは猿姫となり、獣族と戦った。無敗伝説も作り上げた。その戦いは前国王に利用された無益な戦いだったとも知らずに…


それから間もなく、エミナーが国王軍と一緒に遠征に行き、命を落としたと聞いた時は、チェスハの心にポッカリと大きな穴が空いた。


チェスハは、その穴を埋めるべく『二代目猿姫』を名乗り、獣族と戦った。

もちろん、国王からの頼みもあったのだが、猿姫として戦い、獣族を倒す事でエミナー越えを証明したかったのかもしれない。


が、『打倒猿姫』に燃えるオリアンが、狼族のリーダーになった事で、チェスハはオリアンを避けるようにして、戦うようになった。


それはエミナーでさえ、勝てるかもわからない、『最凶』と言われたオリアンに、自分では勝てないとわかっていた事、

そして、猿姫の『無敗伝説』を汚してはならないと、一度もオリアンと戦う事は無かった。



それから『タロウ』が現れ、あの『聖戦』が起こった。

聖戦が終わり、死んでいたと思っていたエミナーが生きていたと知り、エミナーの元気な顔を見て、心に空いていた『穴』はすっかり塞がった。

と、同時に消えていた『ライバル心』が甦って来たのだ。

それは『強さ』だけではなく、『女の幸せ』にまで及んだ。


聖戦終了後、オリアンといい雰囲気なったチェスハだったが、まだ独身だった。

かたやエミナーは、結婚をし、ニーサという可愛い女の子まで居た。

しかも相手は、当時『武の大国』と呼ばれていた『ジプレトデン』の大将軍『剛剣スライン』

チェスハは「やはり届かないのか…」と、エミナーとの再会を喜ぶも、少し落ち込んでいた。


それから何年か過ぎ、『ユーリセンチ』は世界に名を轟かせた大国となった。そして、『世界最強』『勇者』とまで言われたオリアンの妻になり、娘のリムカも生まれた。


やっと肩を並べ、大会でエミナーに勝てる事が出来れば、初めてエミナーを越える事が出来る!この大会は「必ず勝つ!」そう心に決めて挑んだ大会でもあったのだ。


しかし、まさかのエミナーの妊娠発覚により、やっと追い付いた『差』がまた開いてしまったのだ。



「それじゃあね、チェスハ。クノンは強いわよ。頑張ってね。フフフ。」


と、エミナーは、含み笑いをしながら、チェスハに別れを告げた。



エミナーの妊娠を知ってしまったチェスハに、そんな別れの言葉など耳に入るハズもなく、最後の『フフフ』だけが聞こえて来た。


エミナーは『クノンの正体はミウちゃんなのよ。』の『フフフ』であったが、今のチェスハには『2人目が出来ちゃた…フフフ』に聞こえてしまった。


チェスハはエミナーが近くに来てから、ずっと下を向いていた。両の手は握り締められ、肩も小刻みに震えていた。


僕は、急に帰って行く親友と別れるのが辛いのだろうと思っていた。

僕だけじゃない、回りもそう思っていたに違いない。


しかし、エミナーが別れを告げ、去って行こうとした時、エミナーの背中に向かってチェスハがとんでもない事を叫び始めた。



「……ってやる!…作ってやる!あたしも赤ちゃんを作ってやる~!!!」


と、大声で叫んだのである。さらに、オリアンに向かって、


「オリアン!!今日から赤ちゃんを作るからな!!出来るまで作るからな!!」


と、さらに大きな声で叫んだ。一斉に注目されたオリアンは、


「あ!あいつ、人前で何を言ってやがるんだ?!」


と、みんなの前で子作り宣言をされ、赤くなり部屋の隅に隠れた。


すると、観客からオリアンに向かってヤジが飛んできた。


「よ!この色男!」

「羨ましすぎるぜ!!この野郎!!」

「精の付くもの食っとけよ~!!」


と、そんなヤジの中にも、こんな会話が聞こえて来た。


「ねえ、あなた。私達もそろそろ2人目どう?」

「そうだな。俺もそろそろ欲しいと…」


「イムとサプも兄弟が欲しいって言ってたし…どうかしら?あなた…」

「ストリア…、そうだな。オリアンの子供と同じ歳っていうのもいいかもな、友達にもなれるし。それに…今日のお前は綺麗に見えるぞ…」


と、チェスハの言葉に火が着いたのか、あちこちで愛の言葉が飛び交った。

中には、早々に闘技場を後にするカップルも現れた。


そんな中、一番困惑していたのは、当の本人オリアンだった。


「アイツら好き勝手言いやがって!チェスハの性欲を知らねえから言えるんだ!」


そう!チェスハは、人の何倍…いや何十倍も性欲が強かった。

それは獣族のリーダーであるオリアンでさえも舌を巻くほどに…。


オリアンとチェスハが結婚して、すぐにリムカが生まれたのだが、その頃のオリアンの姿を、アイガとファンは、こう語る。


「あの時のオリアンは、凄かったな。」

「そうそう!日に日に毛艶が無くなったと思ったら、徐々に痩せ細って来たからな。」

「何か、悪い病気にでもかかったのかと思ったぜ!アハハハ…!」



どうにかしないと、また精気を吸われると思ったオリアンは、ある事を思い付いた。


部屋の隅に隠れていたオリアンは、会場全体の見渡せる部屋の端まで行くと、



「よっし!わかった!作ってやろうじゃないか!ただし!優勝しろ!チェスハ!!

俺はタロウとの試合で、必ず勝つ!だから、お前もこの大会に優勝しろ!お互い勝って最強カップルの子供を作ってやる!チェスハが望むなら、何十人だって作ってやる!!」


と、オリアンは男らしく宣言をした。ただし条件付きではあるが…


もちろん、オリアンはチェスハがクノンには絶対勝てないと思っていたから宣言したのであった。

しかし、次の年は『ユーリセンチ』の歴史に残るベビーラッシュになったそうだ。




そして、スライン、エミナーが『ユーリセンチ』を去った後、ラウクンは大会をどうするか考えた。

エミナーの娘であるニーサも、もちろん両親と共に帰ってしまったのだ。


出場選手が減ってしまったので、とりあえず2回戦に勝ち抜いた選手に話を聞いた。


すると、ナカリーとダシールは、1回戦で奥の手を出し尽くしたので、チェスハには勝てる気がしないと、棄権を申し出て来た。

リムカに勝ったサーランは、2人の猿姫が居なくなり、テンションが下がったということで、

これも棄権を申し出た。


と、3人共、もっともらしい言い訳だったが、本当の理由は、『クノン』だった。


1回戦、2回戦と、クノンの闘いぶりを見てきた者にとっては、クノンと闘って勝てる要素が1つも無い事は、本人達が一番自覚していたのだ。


しかし、チェスハだけは違っていた。幾つもの戦いを経験してきたチェスハにとって、クノンの存在は、恐ろしいものではあったが、怖くは無かった。


エミナーも同じ事を考えていたのだろう。だから、クノンと対峙をしても平気だったのだ。

しかし、クノンのスピードが自分の予想を遥かに上回っていた。ただそれだけの事だった。


たった一度とはいえ、クノンの闘いを見たチェスハは『ある違和感』を覚えた。


というのも、クノン対エミナーの試合は、一見クノンが圧倒していたように見えたが、それはクノンが想像以上のスピードでエミナーに近付いたからだけであった。


チェスハはクノンの『構え』に違和感を覚えたのだ。


エミナーから剣技を教わり、さらにその教えを若い者達に教えているチェスハは、あることを重要視している。それは『構え』だ。

『構え』も攻撃の一部と、エミナーから散々教え込まれていたからだ。


しかし、クノンの構えは全くのデタラメだった。最初は、初めて見る『トンファー』の正式な構えとも思っていたが、一瞬で近付き、すれ違いざまに胴を凪払うあの闘い方なら、クノンのとっていた構えは、全くの無意味であったのだ。



協議の結果、30分後にチェスハとクノンで『決勝戦』が行われる事が決まった。


チェスハの回りには、ダシールや、ナカリー、リムカといった、ユーリセンチの選手の外に、サーランやトッフィといった、他の国の選手も集まっていた。


他の選手が、各々クノン対策を考える中、チェスハだけは『あの構え』の事を考えていた。



「一瞬にして相手に近付くのが目的なら、あの構えは全くの無意味…それどころか、初動が遅れて逆効果のハズ…

もし、それを知らずにやってるのであれば、クノンは武術のド素人?!

ん?ちょっと待って?そういえば、タロウは「自分の国で戦った事はないんです。」って言ってたよな。ということはクノンも闘いの素人…

ハハ~ン、わかって来たぞ。タロウのヤツ、イサーチェを連れて帰るついでに、自分の国の女の子を連れて来やがったな。この国を見物させる為に…タロウに近しい女の子と言えば…」


その時、チェスハの頭に、1人の女性の名前が浮かんだ。



チェスハの鋭い勘が『クノンはド素人』と見破った事など夢にも思ってなかった僕とミウは、決勝戦をどうするかを話していた。



「しかし、エミナーさんとの試合、凄かったね。赤ちゃんはビックリしたけど。」


「私もビックリした。よく、あそこで止まってくれたわ。」


と、ミウはトンファーを見ながら話した。


「それにあのスピード。僕にも見えなかった位だから…………」


と、自分の言った言葉が、何だか頭に引っ掛かった。少し考え込んだ僕にミウは、


「どうしたの?タロウ?何かあった?」


「ん?いや…何でもない。それで、ミウは決勝戦で、どうやってチェスハを驚かせるか考えてるの?」


僕の問い掛けに、身振り手振りをしながら話をしていたミウだったが、僕の頭は『ある事』で一杯になり、ミウが何を話してるのかわからなかった。



「速すぎて見えなかった」僕の頭に、このフレーズがグルグルと回っていた。


確かに、僕の体は、この国では信じられない位のスピードで動く事が出来る。

が、相手の動きは?高速で動く相手を見る事は出来る?

答えは「NO」だった。確かに同じスピードで同じ方向に動けば見えるかも知れないが、闘いにおいてそんな事はほとんど無いと思っていた。


僕は、初めてこの国に来た時の事を思い出していた。

イムとサプを助ける為、ドラゴンを殴った時も、ファンに襲われ殴られた時も、スライン将軍率いる3万の軍勢とやりあった時も、相手はほとんど動いていなかった。


そして、2度目にこの国を訪れた時、ラクの試合を見た。その試合を思い出した僕は愕然とした。

試合の決勝戦、オリアンとラクの対戦だ。1本目、超高速でラクの回りをオリアンはグルグルと回った。


「み、見えない…」


試合を思い出した僕は思わず呟いた。その試合を見ていた時は、ラクの事で頭が一杯で、盾を使った作戦が上手く行くよう、そればかり考えていたからだ。


もし、オリアンがこの事に気が付いているとすれば、僕との試合開始直後、超高速で動かれたら僕は手も足も出ずに負けるだろう。


とはいっても、今からはどうする事も出来ない。今は、オリアンがその事に気付いていない事を祈るしか無かった。




そんな中、いよいよ〔第1回、美しき女性達による剣技大会〕の決勝戦が始まろうとしていた。



「それでは!これより!決勝戦を行います!!!!」


「おおおおおおおおお~~~~~~~!!!!!!」


再び、観客から雪崩のような歓声が2人を襲った。


審判を挟み、握手をする2人であったが、クノンミウはまだ正体を知られたくないので、いつものように下を向いたままだった。


ところが、そんなクノンみうに対して、チェスハが一言呟いた。


「チエハちゃん…」


クノンミウは、なぜチェスハが智恵葉の名前を呟いたのかわからなかったが、知っている名前が出た事で、体がビクッと動いた。


握手を済ませたチェスハは、開始線まで歩きながら、


「あの反応、やっぱりタロウの妹『チエハ』ちゃんね。タロウの妹なら、あの速さも、ド素人なのも納得がいくわ。

多分回りくどい戦術はしないだろうから、さっきみたいに一直線に向かって来るハズ。すれ違いざまにかわして1本取ってやるわ!」



お互い開始線に行き対峙をすると、チェスハは先程のエミナーと、全く同じ構えをした。


対するクノンは、今度は構えもせず、両手にトンファーを持ってはいるものの、ダラリと下げたままだった。


それを見たチェスハは、


「性懲りもなく、またイスミーラみたいな事をするの?いや、あれはウソね。あたしを油断させて一気に距離を詰めて来るのね。タロウもなかなか考えたじゃない。」



そして、


「決勝戦!1本目!初め!!!!」


チェスハはさらに腰を落とし、クノンの攻撃に備えた。


その時、ついにクノンが正体を現した。


クノンは、持っていたトンファーを地面に投げ捨てると、口と鼻を覆っていた黒いマスクを外した。


そして、チェスハに向かって、大声で叫んだ。


「チェスハ~~~!!!!!!!!」


ミウの声をチェスハが忘れる訳がない。


「ミ?……ミウ?」


チェスハが自分に気が付いてくれた事を知ったミウは、チェスハに抱き着こうと全力でチェスハに…全力?全力はヤバイって…



「チェ~ス~~ハ~~!!!!」


クノンの正体が『チエハ』ではなく『ミウ』だった事に、ビックリしたチェスハだったが、物凄いスピードで迫り来るミウを本能的に間一髪でかわした。


「ヒュン!!」


ミウがチェスハの横を通り過ぎた瞬間!



「キャ~~!!!!」



「ドッカ~~~~ア~!!!!!!!!ン!!!!!!」



物凄い音がしたかと思うと、ミウは競技場の壁を突き破り、競技場の外まで飛び出していた。


「ミウ!!!!」


僕は驚き、大きな穴の空いた壁に向かって叫んだ。


すると、瓦礫がれきの向こうから、ホコリまみれになったミウが、「パンパン」と服をはたきながらやって来た。


「あ~、ビックリした。」


と、石で出来た壁を突き破りながらも、擦り傷1つしてないミウに、チェスハは、


「ビ!ビックリしたのはこっちよ!あなた一体何やってるの?!」


すると、ミウは照れ臭そうに、


「エヘヘ、タロウがイサーチェを返すって言うから、ついて来ちゃった。」


「「ついて来ちゃった」って…コラ!タロウ!これはどういう事だ?」



チェスハは僕が近付くと、腕で僕の頭を抱え、自分の胸に押し付けた。


僕は「「痛い、痛い…」といいながも、「あ、懐かしい感触…」と久しぶりのチェスハの胸を堪能していた。


すると、ミウが、


「ゴメンね、チェスハ。なんかタロウと一緒にいたら、力が強くなっちゃって…、驚かそうとタロウに頼んだの。」


チェスハは呆れ返って、


「一緒に居るだけで強くなるって…どんな世界よ…

でも、幸せなんだな。顔を見ればわかる。」


「ウン!私は幸せだよ。で…そろそろタロウを離してくれないかな?タロウもいつまでチェスハの胸に顔を入れているのかな?」


と、だんだん顔がマジになってきたミウを見たチェスハは、


「ほ、ほら返す!こんなヤツいらない!」


と、怯えながら言った。



そんなやり取りを一番間近で見ている男性が居た。


この国で大会が始まって以来、ずっと間近で試合を見てきた男だ。


その男は、「んん!」と自分の存在をアピールするかのように、咳払いをひとつした。


それに気付いた僕は、


「え~っと、この場合、試合はどうなるんでしょうか?」


と真面目なその男に聞いた。


すると、



「え~~、決勝戦のこの試合!クノン選手の場外負けという事で…、チェスハ選手の勝利とします!!!!!

よって!〔第1回!美しき女性達による剣技大会〕の優勝者は!チェスハ選手!!!

!!


と、いつの時も真面目な審判は、チェスハの手を取ると、高々と上げた。


観客からは、割れんばかりの拍手と声援が飛んだ。エミナーが棄権したとはいえ、初めて手にした優勝だったのだ。


その光景を見て、藍色の毛が、さらに青くなっている者が居た。


その人物の肩を「ポンポン」と叩きながら、ラウクンは、


「おめでとう、オリアン。それから、もう諦めろ、イサーチェに精のつくものを作って貰うからな。」


そしてオリアンは、



「くっそ~、このウップンをタロウの野郎に試合でぶちまけてやる!覚悟しとけよ!!」



と、その時、僕の背中に悪寒が走ったのは言うまでもない。




そしてついに、もうひとつの、メインイベント『勇者タロウ』対『世界最凶オリアン』の最後の闘いが始まろうとしていた。






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