番外編35〔未知の怪物『クノン』〕


番外編35〔未知の怪物『クノン』〕



ニーサとティンセスの試合も終わり、次はいよいよ1回戦最終試合のクノンミウの出番となった。


対戦相手は隣国『ルアスティ』の選手『イスミーラ』だ。

青空のような水色のショートカットが印象的で、背も低く、お世辞にも強そうには見えなかった。



『ルアスティ』は他の国に比べると、闘いにおいては強い国と言えなかった。

何故なら、『ルアスティ』は小さな国で、『ユーリセンチ』と百年以上前から同盟国の関係であり、ルアスティに危機が訪れると、ユーリセンチの衛兵が助けに行っていたのだ。


そして、ラウクン王子の代になると、『ユーリセンチ』は世界でも1番を誇る武力を持つようになった。

そんな同盟国のいる『ルアスティ』が、武力を持つわけがない。持つ必要が無いのだ。

一応、自警団みたいな軍はいるものの、ユーリセンチの衛兵から見れば、素人の集まりに過ぎなかった。


そんなルアスティの代表である『イスミーラ』が強いハズがない。

とりあえず、同盟国のユーリセンチで行われる大会とあって、毎回欠かさず出場だけはしていたのだ。


たしかにイスミーラにとって、チェスハやエミナーは憧れの存在だ。しかしそれは、他の選手とは違い、越えたい壁ではなく、カリスマ的な憧れだった。


イスミーラの回りには、同郷の者が囲んで何やらヒソヒソと話をしていた。


まあ、対戦相手がクノンミウだから、仕方のない事なのだが…



僕の頭の中は、イスミーラの試合の事より、その次の試合、つまりエミナーさんとの試合を考えていた。


今のクノンミウなら、イスミーラは秒殺だろう。何せ練習とはいえ、あのセオシルを手玉にとるのだから。

しかし、エミナーさんには何処まで通用するかわからない。

スピードとパワーは上でも、クノンミウは闘いにおいて全くの素人だからだ。


だから、クノンミウの実力は出来る事なら1回戦では見せたくなかった。エミナーさんは一度見ると、必ず対策を考えると思ったからだ。



僕はその事について、他の試合を見ながらミウと話をしていた。


「ミウ、ミウとイスミーラの試合の事なんだけど、『ハッタリ』を使おうと思うんだ。」


するとミウは、両手を合わせ人差し指を立てると、


「ハットリ?ニンニン。」


と、僕を見ながら言った。


僕は「く~!可愛い~!!」と抱き締めたくなる衝動を押さえ、


「うんうん、可愛いけど違うよミウ。『ハッタリ』、ほら、ここに来る途中、乗せてもらった馬車のエフィスタさんに教えてあげたやつ。

ここにいるみんなは、僕の世界から来たミウを怖がっているみたいだからね。上手く行けば、闘わなくても勝てるかもしれないから。」


今の力をチェスハに見せたいミウにとっては、『闘わない』というのは少し不満そうではあったが、次の相手がエミナーさん。そして最終目的はチェスハを驚かす事。と説明すると、ミウは「コクン」と首を縦に振った。



僕はミウと一緒に、試合場の入口まで行った。

そこに試合を終えた『ニーサ』と『ティンセス』がやって来た。


僕はニーサに、


「おめでとう、ニーサ。」


と、言いながら、右手を上げると、


「ありがとう、タロウお兄ちゃん!」


と、ニーサも右手を上げ、僕の手の平に「パチン」と当てた。

が、僕の隣には、これから闘うかもしれない、初めて見るクノンミウが居たことで、少し複雑な表情をしていた。


僕は、そんなことはお構いもせず、ニーサに抱えられながら歩いていたティンセスにも手を差し出し、健闘を称えた。


「ティンセスさんも凄かった。三節棍がまるで生きているみたいだったよ。」


と、素直な感想を述べた。


最初は、初めて見る『悪魔のような破壊者タロウ』と目の前にいる『ただの少年タロウ』のギャップに、戸惑っていたティンセスだったが、自分の三節棍を誉められ、ニーサにも笑顔を向けられ安心したのか、僕の手を握り、


「ありがとうございます。クノンさんも頑張って下さい。」


と、笑顔で答えてくれた。


そして、クノンミウは試合場に、ニーサとティンセスは、エミナーとチェスハの待つ場所にそれぞれ向かった。



ゆっくりと審判の所まで歩いていたクノンだったが、初めて上る試合場に緊張しているのか、辺りをキョロキョロしながら歩いていた。


かたや対戦相手のイスミーラは、キョロキョロしながらも、堂々としているクノンを見て、それが余計に不気味にうつり、さらに恐怖が増した。


そして、2人が真ん中に集まると、



「これより!第1回戦!第6試合を始めます!!!」



と、再び審判の掛け声が響き渡った。


そして、クノンが握手をしようと、ニコやかに右手を差し出すも、イスミーラは恐る恐る手に触れるだけだった。



握手?を交わした2人は開始線まで歩き、試合開始の合図を待った。


チェスハやニーサの時とは違い、初めて見る異世界から来た『女戦士』に、誰1人言葉を発する事もなく、全員の目がクノンに集中していた。


そして、注目の一戦が始まった。



「第6試合!1本目!始め!!!」


審判の声と同時に、イスミーラは剣を構えた。


一方クノンとはいうと、試合が始まったにもかかわらず、両手はだらりと下げ、武器であるトンファーも、腰に着けたまままだった。


それを見たイスミーラは、


「か、構えもしないの?!」


と、なんだかバカにされたような気がして、


「勝てないのはわかっているけど…せめて一撃くらいは!」


そう思ったイスミーラは、剣を構え直し一歩を踏み出そうとした。


しかし、その体はまたもや「ピタリ」と止まってしまった。


「え?!」


イスミーラは目を疑った。誰もがそう思ったに違いない。


クノンは武器を持たない両手を少し広げ、「私は何もしないから、好きな所から攻撃してきなさい。」と言わんばかりに歩き始めた。


しかも、顔には笑みを浮かべ、一歩一歩少しずつながらも、確実にイスミーラに近付いて来たのだった。



クノンの行動は、すべて僕の指示だった。もし、イスミーラが恐怖で降参してくれればそれでよし、もし攻撃をして来ても、大きく一歩後退して、昨日、練習した攻撃をさせるつもりだったのだ。


そのクノンの仕草を見た、イスミーラの応援の者達からは、


「イスミーラ!ビビるんじゃない!」

「チャンスだ!イスミーラ!!」

「なめられているぞ!ルアスティの意地を見せてやれ!」


と、応援の声が飛んだが、イスミーラの耳には届いて無いようだった。


それもそのハズだ。試合に関係の無い安全な場所に居る者と、すぐ目の前に相手が立っているのとでは、まったくの別世界に居るからだ。

この時のクノンの姿が、イスミーラの目には、どんな風に映っていたのかは本人にしか知りえない。



そして、もう1人おかしな感覚を感じていた人物が居た。

ラウクンやオリアンと一緒に見ていたスラインだ。


スライン程の戦士ともなると、オリアン同様、闘いの場に立っている人物の闘気が見えるようになる。それは弱い人間でも、試合をする以上少なからず見えるハズだ。

現にイスミーラでさえ、小さな闘気を纏っていた。今にも消えそうではあるが。


しかし、クノンの回りにはそれがまったく無かった。

まるで散歩の途中に友達を見つけて、お茶にでも誘っている。そんな日常的な印象さえ覚えた。


それはオリアンも同じであった。だがクノンの正体を知っているオリアンは、その感じている感覚が正解だということも知っていた。



一方、クノンの癖を少しでも見抜こうと、クノンの行動を凝視していたエミナーだったが、

構えもせず、ゆっくりとゆっくりとイスミーラに迫るクノンに困惑していた。



意図的にゆっくりと歩いているのは僕の指示だった。

「笑顔を絶やさず、ゆっくりと歩いてね。」と言った僕の指示を、クノンミウは忠実に守っているだけであった。


『ゆっくりと歩く』というのは、恐怖を倍増させる事が出来ると思ったからだ。



そして、僕の作戦は見事に的中をした。最初は剣を構えてクノンを迎え打とうとしていたイスミーラだったが、クノンが近付くにつれ、少しずつ後に下がり、さらにクノンが近付き、目の前まで来ると、その足はピタリと止まり、剣を地面に落とした。


そして…



「し!審判!!!降参!降参します!!」



と、両手を上げながら、審判にすがり付いた。


呆気に取られていた審判であったが、すがり付くイスミーラの気持ちが、わからないでも無かった。


毎回審判をしている彼にとっても、武器も取らず、無防備に相手に近付くなど、見たことがないからだ。そしてその人物が、あの『タロウ』の仲間…恐怖は計り知れない。



審判は少し涙目になってる、イスミーラをチラッと見ると、



「イスミーラの試合放棄により!クノン選手の勝利!!!」


審判が大声で、試合終了の合図を告げた。



その瞬間、それまで静かだった会場が、どよめきと歓声に包まれた。



「おおおおおお~!!」

「一体何をしたんだ?」

「何もしてなかったよな?」

「歩いただけで…?」

「いや、睨んだだけだ!」

「すげ~!目だけで倒した?!」

「さすがタロウの国の人間だ!」



会場中がざわめく中、スラインも訳がわからず困惑していた。特に2回戦でエミナーと当たる事もあり、思わずオリアンに尋ねた。



「オリアンよ!あのむすめは一体何をしたんだ?」


オリアンは、あわてふためくスラインの顔を見る事もなく、落ち着いた様子で、


「ん?見ての通りだ。何もしちゃいねえよ。」


それを聞いたスラインは驚きながら、


「そ?そんなハズ無いだろ!何もせずにイスミーラが降参するわけが…」


すると、オリアンは「ふう~」っと、ため息をつくと、



「スラインよ、『ドラゴン』と闘った事があるか?」


スラインは、いきなりの質問に戸惑いながらも、


「な?何をいきなり?ドラゴンだと?」


するとオリアンは、思い出すように、


「ああ、ドラゴンだ。俺は闘った事は無いが、対峙したことはある。

怖ええぞ、勝てる気なんかこれっぽっちもしねえんだ。今でこそ仲間だが、闘いたくもねえ。」


「ま、まあ、そうだろうな…」


するとオリアンは、いきなりスラインに顔を近付け、


「それでだ、そのドラゴンをも一発でぶっ飛ばす怪物が、お前の目の前に現れたらどうする?一歩一歩近付いて来たら?」


それを聞いたスラインは、顔を近付けたまま、


「そ、そんな怪物に勝てるわけねえ!隙をみて逃げ出すか、最悪「死」を覚悟するだろうな。」


それを聞いたオリアンは、スラインから目を離し、先程まで試合をしていた試合場を見ながら、


「つまりはそういう事だ。」


スラインは、オリアンの言葉が理解出来ず、オリアンの向いている方向を見た。


「何が「つまりはそういう…」あ!」


スラインが試合場を見た時、先程の試合と、今、自分が想像していた光景が重なった。


「ま!まさか?イスミーラには、クノンがとんでもない怪物に見えていたということか?!」


「そのまさかだろうよ。ただイスミーラにはクノンが怪物に見えていたわけじゃねえ。

勝手に『怪物の幻』を作っちまったんだろうよ。」


「怪物の幻?」


「ああ、ドラゴンを一発でぶっ飛ばし、3万の軍勢に素手で暴れまくる。これだけでも化け物じみてるのに、さらにそいつより強いと聞くとどうなる?」


するとスラインは、「ハッ」と何かを思い出したように、


「その化け物というのは、タロウの事だな?

まさか、クノンはタロウより強いというのか!?」


「本当かどうかは知らないが、そんな噂が流れているのも事実だ。そんなヤツと対峙してお前は立っていられるのか?」


「…………」


スラインは黙ったまま考え込んでいたが、


「ん!、ち、ちょっと待て!クノンの次の対戦相手はエミナーだぞ!?

そんな化け物相手に怪我でもしたら…」


クノンが怪物だと聞いて、さらにあわてふためくスラインだったが、オリアンは落ち着いた様子で、


「心配要らねえよ、タロウの事だ、相手に怪我をさせるような闘い方はしねえだろうからな。

まあ、エミナーが降参するとは思えねえから、擦り傷の1つや2つは覚悟してた方がいいかもしれねえがな。」


スラインもその事は、よくわかっていた。

エミナーが闘いにおいて、降参するはずは無いと思っていた。



スラインが頭を抱えていると、


「コンコン…」


「失礼します。」


ラウクン達が見ていた部屋に、副審の『アアク』がやって来た。


それを見たラウクンは、


「ん?どうした?アアク。」


アアクは、部屋の入り口に立ったまま、


「はい、実はタロウ様から、次の試合について、ご要望がございまして。」


ラウクンは驚きながら、


「何!?タロウから要望だと?」





副審のアアクが、ラウクン国王の部屋に行く少し前、僕はクノンミウの試合が終わった時に、審判にある提案をしに行ったのだ。



クノン対イスミーラの試合が終わり、クノンミウが僕の所まで小走りに走って来た。


僕は小声で、


「完ぺきだったよ、ミウ。よく出来ました。」


と、ミウの頭を撫でた。


ミウは誉められるのが好きなのか、僕の家にいる時から、よく頭を撫でていたのだ。


そしてミウが闘わずして勝った事で、エミナーさん対策の第2弾を発動する事が出来たのだ。


僕はすぐに審判の所に行き、ある提案をした。


すると審判は、ラウクン国王に了解を得る事が出来れば、その提案を受け入れてもよいということになったのだ。




「タロウからの要望とは何だ?」


部屋ではラウクンが、アアクから話を聞いていた。


「はい、タロウ様が言うには、2回戦の最初の試合は、クノン選手対エミナー選手にしたらどうか?ということです。」


するとラウクンは、


「ほう…、クノン対エミナーか。理由はあるのか?」


「はい。タロウ様が言うには、エミナー選手をこれ以上待たせるのは申し訳ないと。」


するとオリアンが対戦表を見ながら、


「なる程な、これで行くと、さらに2試合は見物になるな。

そして万が一、エミナーがクノンに勝ったとしても、すぐに準決勝か…」


「それともう1つ、第1試合からかなり白熱した試合が続き、エミナー選手も、ウズウズしているのではないかと…」


それを聞いたオリアンは、大声で笑いながら、


「アッハハハハ!ちげえねえ!こんな面白い試合が続けば、いても立ってもいられなくなるわな!」


するとスラインも、


「まあな、この俺でさえ体の奥から、熱いものが込み上げて来るようだからな。女の試合でここまで熱くなるとは、自分でも信じられない。」


するとラウクンは、呆れたように、


「まったくお前達は…タロウがお前達の事を

『筋肉バカ』と言っていた意味がよくわかったよ。」


それを聞いたオリアンは、


「何!あの野郎!そんなこと言ってやがったのか!?後でとっちめてやらねえと!」


それを部屋の隅で聞いていたイサーチェは、恩人であるタロウに、キケンが迫ってると思い込み、


「コホン…」


と、わざとらしくオリアンに向かって咳払いをした。


それに気付いたオリアンは、イサーチェがこの部屋に居ることを思い出し、


「い、いや…冗談ですから、妃。し、親友のタロウにそんなことしませんよ…」


それを聞いたイサーチェは、


「はい。」


と、一言だけ答え、ニコリと微笑んだ。


その時オリアンは、先程のイスミーラの気持ちが、少しわかったような気がした。



「まったく…何をやっているのだ、お主達は…」


と、ラウクンは呆れたように答えると、続けて、


「エミナーには、その事を伝えたのか?」


と、アアクに尋ねた。するとアアクは、


「はい。エミナー選手に、この事をお伝えしたところ、「もちろんいいわよ!私は誰の挑戦でも受ける!」と。」


それを聞いたスラインは、


「まあ、そうだろう。あいつならそう言うだろうな…」


するとラウクンは、アアクに向かって、


「よし!タロウの要望を許可しようではないか!すぐに知らせて来るがよい。」


アアクはシャン!と背筋を伸ばし、


「は!かしこまりました!すぐに主審に伝えて参ります!」


と言い残し、部屋から飛び出して行った。

その後ろ姿は、なんだか楽しそうでもあった。



そしてアアクが主審に駆け寄り、耳打ちしたかと思うと、



「え~!皆様!!先程、タロウ様より、「これ以上エミナー選手を待たせるのはどうか?皆様も絶対王者のエミナー選手を早く見たいのではないか?」と言うご要望がありました!

そこで、ラウクン国王にお伺いをしたところ、「構わない」とご了承を頂きました。

よって!2回戦!第1試合は!クノン選手対エミナー選手と致します!!!」


その瞬間!地鳴りのような歓声が会場を包み込んだ。



「うおおおおおおおおお!!!!!!!」

「絶対王者のエミナーと、目だけで相手を倒したクノン!どうなるんだ?!」

「こんな対決!二度と見られねえぞ!」

「エミナーなら、もしかしたらクノンにだって…」



会場が大盛り上がりの中、その盛り上がりとは裏腹に、オリアンだけは冷静だった。そしてそのオリアンだけが、僕の真意を見抜いていた。


「なる程な…まんまとタロウに乗せられたぜ。」


そのつぶやきにすぐさま反応したのがスラインだった。


自分の妻が大変な事になるかもしれないのだ。どんな小さな呟きでも、試合に関する事なら聞き逃さなかった。


「何だ?どういう事だ?オリアン!?」


するとラウクンも、


「どうした?この試合順の変更に、何か意図でもあると言うのか?」


するとオリアンは、「ふう~」っと大きく息を吐くと、


「意図どころか、タロウの思い通りだ…」


と、解説しようとしたオリアン自らも、


「あ!まさか!さっきの試合も?!」


と、また何かに気付いた。そんなオリアンにスラインが、


「オリアン!自分だけ納得してんじゃねえ!俺達にも教えろ!」


と、詰め寄った。


オリアンは少し上を向き、椅子に深く座り直すと、


「タロウのヤツめ、エミナーに対して万全の策を取りやがった。」


「『万全の策』だと?」


スラインはオリアンの言おうとしてる事が、全くわからなかった。


そんなスラインに、オリアンは丁寧に説明を始めた。


「スラインよ、エミナーの強さの秘密は何だ?」


「強さの秘密?それは常に相手の動きを読み、一歩先を行く攻撃と防御だろうな。」


「そうだ…エミナーの持っている『観察眼』の力だろうな。

エミナーは、相手の動きや仕草で、相手の能力を計る事が出来るハズだ。そして剣を合わせる事でさらにそれを完ぺきな物にする。

たが、相手が今日初めて会ったヤツならどうだ?試合を見て観察しようにも、そいつは闘うどころか、武器も持たずに、ただ歩いただけだ。

そして、試合が始まるまで、普段の仕草から、何か掴もうと考えたが、その時間までもタロウのヤツは無くしやがった。

これでエミナーは、闘いながらクノンの弱点を探すしかなくなった。

だか、クノンがタロウと同等の速さの持ち主だったら?」


するとラウクンが、オリアンの説明を聞いて、


「全く何もわからない、未知の相手だとエミナーは手も足も出ない…」


オリアンは椅子に深く座ったまま、


「そういう事だ。タロウのヤツは、クノンを勝たせる為に、完ぺきな策を講じやがった。」


「そ、そんな…エミナーが負けるだと?」


初めてエミナーが負けるかもしれないと考えたスラインの、落胆は大きかった。


「エミナーも相手が格下のヤツなら、初めてでも、攻撃を受けながら相手の能力を見極める事が出来るんだかな。娘のニーサの試合の時のようにな。」


そして、オリアンは少し微笑みながら、こう話を終わらせた。


「でもよ…一度くらいは負けてみるのも良いことだと思うぜ、俺はよ。

見たこともねえ、景色を見て、新しい自分になれるってもんさ。」


その清々しくも見える横顔を、見ていたラウクンが、


「フフフ、オリアンよ。それはお主の事か?」


と、にこやかな表情で言った。するとそれに気付いたオリアンは、


「バ…バカ!な!何言ってやがるラウクン!お、俺の事じゃねえ!」


と、顔を真っ赤にしながら、ラウクンに詰め寄った。


それを見たスラインは、


「そうそう、負けは大切だぞ、オリアン。

お前が羨ましい。私も一度は負けを経験してみたいものだ。ハハハ!」


それを聞いたオリアンは、今度は怒りで顔が真っ赤になり、


「なんだと!この野郎!お前は一度、タロウに負けてるだろうが!」


「あ、あれは負けじゃない!『友人』になっただけだ!」


「じゃあ!俺が負けを経験させてやるよ!」


「ガタッ!」


「上等だ!やれるもんならやってみな!!」


「ガタッ!!」


それを見たラウクンは、


「また…お前達は…」


すると部屋の隅から、


「コホン…そろそろ試合が始まるみたいで御座いますよ。」


と、笑顔のイサーチェが2人に呟いた。


その姿を見た2人は、


「はい…」

「はい…」


と2人仲良く小さく答え、静かに椅子に座った。


そして、オリアンが再び口を開いた。


「しかし、タロウのヤツ、こんな作戦を誰に教わったんだ?アイツが自分の国の事を話した時、「僕は剣も持ったこと無いし、戦った事も無いんです。そもそも戦いも無いし。」とか言ってたくせによ。

戦った事も無いヤツが、こんな作戦を思い付くか?今回だけじゃねえ、ラクの時だってそうだ…」


するとラウクンが、


「きっと良い師匠が居るに違いない。こんなことも言っておったぞ、「僕の国には、僕より強い人なんて、星の数程います。その人達に比べたら、僕なんて弱い方ですよ。ハハハ…」とな。」


それを聞いたスラインは、


「あのタロウが弱い方?!なんて国なんだ。タロウの国は…」


そして、オリアンも


「俺も一度はタロウの国に行ってみたいと思っていたが、今のを聞いて行きたく無くなったぜ。よくミウは生きて帰って来れたな。」


するとラウクンが、


「きっとタロウが、必死になって守ってくれたんだろうな。イサーチェも無キズで返してくれた。10年もの間…大変だっただろうに…」


するとイサーチェも、


「はい!タロウ様や御家族の方達に、大変お世話になりました。」


と、遠くを見ながら、懐かしそうにしていた。



オリアン達が、勝手に僕の株を上げているとは全く知らなかった。

僕の戦術、作戦、武器、セリフなど、全てはアニメやマンガの受け売りだったのだ!




そして試合場では、今まさにクノン対エミナーの世紀の一戦が始まろとしていた。


すでにクノンとエミナーは、中央で対峙しており、後は審判の号令を待つのみとなった。


エミナーは、ニコヤかな表情をしながらも、何か少しでも情報を掴もうと、目は真剣そのものだった。


一方クノンはというと、普段と全く違う表情のエミナーに困惑をしながらも、頭の中では、僕の言った事を繰り返し思い出していた。


僕の言った事はこうだ。


「エミナーさんは、最初攻撃をしてこないと思う。全力で防御に回るハズなんだ。

だから、1本目は、試合開始と同時にエミナーさんに近付いて、すれ違いざまに胴にトンファーを当てるんだ。くれぐれも思い切り当てちゃダメだよ。大ケガしちゃうからね。」




「それでは!これより2回戦第1試合を行います!!!!」


審判の声と共に、再び地割れのような歓声が会場を包み込んだ。


エミナーとクノンは握手を交わしたが、エミナーは試しに思い切りクノンの手を握った。


クノンは痛みは感じなかったが、思わず「ビクッ」とし、少しだけ自分の手に力が入った。


その瞬間、


「い"!!」


エミナーは小さな声を上げ、苦痛に顔が歪んだ。

しかし、それをクノンに悟られまいと、すぐに笑顔に戻した。


2人は手を離すと、開始線までゆっくりと歩いた。

クノンは、僕の言った事を、繰り返し呟きながら、


エミナーは、痛みの残る手を見ながら、


「確かに『力』はありそうね…でも『速さ』はどうかしら?まずは全力で守らせて貰うわ。

それにあの武器の長さなら接近戦用ね、剣の方が間合いは広い。中にさえ入れさせなければ…」


と、最初は全力で、防御に徹する事に決めた。



そして、試合開始直後、多くの『え?』の文字が飛び交う事になるのだった。



開始線まで行くと、2人は向き合い、お互い構えを取った。


エミナーは両手で剣を持ち、腰を落とし、突きを放つような格好で剣先をクノンに向けた。


これは試合の時、いつもエミナーがする構えだった。しかし、チェスハはいつもと少し違う事に気が付いた。


「いつもは剣先が地面スレスレなのに、今日は水平だわ…

なるほどね、防御に徹するってわけね。負けるんじゃないわよ!あなたを倒すのは、このあたしなんだから!」


と、チェスハは心の中で、エミナーにエールを送った。


一方クノンは、今度は両手にしっかりとトンファーを握っていた。

そして、構えてはいたのだが、僕にはその構えが『子供のかけっこ』でよく見る『用意』のポーズに見えて仕方なかった。

一瞬でも早くエミナーの所まで行きたいと思う為、そうなったのだと思うが、どこで覚えたのか、ちゃんと左手、左足も前に出すというところまで、完コピしていた。


そして、ついに!



「それでは!1本目!!はじ……」


「ヒュン!!!」


「め!…え?!」


「え?!」


「え?!!!!」


「え?」



最初の「え?」は審判の「え?」だ。「始め」と言った瞬間にはクノンがエミナーの所に居た驚きの「え?」だった。


次の「え?」はエミナーの「え?」だった。見たことも無い速さで目の前に来たのだから、驚くのも無理はない。


次の「え?」は観客達だ。遠目から見れば、クノンは消えたように見えただろう。一瞬のスピードなら、オリアンより上かもしれない。


そして、最後の「え?」は僕だった。クノンが一瞬にしてエミナーの所に行く事はわかっていた。

しかし、その後、僕は思わず声を挙げた。


と、いうのも、一瞬で近付き、胴にトンファーを当てながら横をすり抜けるという作戦だったのだが、クノンはエミナーの胴にトンファーを当てる寸前で、「ピタリ」と止まってしまったのだ。

その不可解な行動に、思わず出てしまった、僕の「え?」だった。


その瞬間、クノンが「ピタッ」と、止まった事で、時間そのものが止まってしまったかのような錯覚に陥った。



そんな中、真っ先に動いたのはエミナーだった。

目の前まで来て、止まってしまったクノンをゆっくりと見ると、クノンの体は小刻みに震えていた。

そして、全く動こうとしないクノンに、エミナーは構えていた剣を、静かに持ち上げると、すぐ目の前にある、クノンの頭に「コツン…」と当てた。


それを見た審判は、「ハッ」と、我に帰り、


「い、いいいい、1本!!!!エミナー選手!!」


と、必死に叫んだ。


観客達は、いまだに何が起こったのか理解出来ずにいた。


オリアン達もそうだった。唖然としていたスラインがやっとの思いで口を開いた。


「エミナーが1本取ったのか…?」


「え?…あ、ああ…そうみたいだな…」


オリアンもそれが精一杯だった。



1本目を取られたクノンだったが、審判と何やら話をした後、僕の所に小走りでやって来た。


試合場から出なければ、アドバイスを貰うのはOKなのだ。


しかし、クノンミウの走り方は、先程の試合の後の嬉しそうな小走りとは違い、うつむきながら困った表情に見えた。


クノンミウは僕の顔を見るなり、


「タロウ…どうしよう…」


と、明らかに困っている様子だった。


「ミウ?どうしたの?何かあったの?」


と僕が聞くと、


「あのね、タロウ。お腹にね、赤ちゃんがいるみたいなの…」


まさに衝撃の告白だった。


「え?!赤ちゃん?!お腹に?!」


本日2度目「え?」だった。


「うん…」


ミウは小さく頷いた。


た、確かに一度だけ、ミウとそのような行為をしたことがある。僕がこの世界から、初めて帰る前の夜の事だ。

確かに1ヶ月以上は経っている、いや、まてよ、あの時ミウは、3ヶ月以上はこの世界にいたはず…それから僕の家に1ヶ月…

などと、いろいろ考えていると、


「タロウ?どうしたの?」


と、ミウが顔を寄せて来た。


僕は、あの夜の事を思い出し、急に恥ずかしくなり、


「た、確かにミウと一度だけしたけど、まさかその時の…」


と、それを聞いたミウは、キョトンとして、


「え?「一度だけした」って?何を?」


「ほ、ほら、僕が帰る前の夜に、丘の上で…そ、その時の赤ちゃん…?」


するとミウもその日の事を思い出したのか、みるみる顔が真っ赤になり、


「バカ…違うよ。タロウのエッチ…」


と同時に僕を「ドンッ」と軽く突き飛ばした。


動揺していた僕は、足がもつれ、後ろに転んだ。


「いたたた…」


するとミウは手を差し出しながら、


「もう、早とちりなんだから、タロウは。」


僕は、その手を掴み、


「ゴメン、ゴメン。」


と言いながら立ち上がった。


そして、その一部始終を見ていた観客達は、


「おい!見たか今の、クノンがあのタロウを突き飛ばしたぞ。」

「あのタロウが、転んだ?いや、倒れた?」

「いや、俺は見たぞ、突き飛ばしたんじゃない!ぶっ飛ばしたんだ。」

「聞いたか?あのタロウがクノンに謝って許しをこうたぞ。」


そして、最終的には、


「あのタロウが、クノンに一発でぶっ飛ばされ、泣きながら謝っていたぞ!」


という物凄い尾ひれが付いてしまった。


僕は立ち上がると、再びミウに尋ねた。


「え?じゃあ、赤ちゃんて?」


僕の3回目の「え?」だった。するとミウは、


「うん、あのね。エミナーさんのお腹に赤ちゃんが居るみたいなの。」


それを聞いた僕は、本日4回目の「え?」を言った後、大声で叫んでしまった。


「え~~~~!!!!!!エミナーさんのお腹に赤ちゃん~~~~!!!!!??」


その声は、観客にはもちろん、オリアンやスライン、チェスハやニーサといった、この会場に居る全員に聞こえた。


そして、少しの間を置いて、オリアン、スライン、ラウクン。さらにはイサーチェ、チェスハ、ニーサにダシール、そして観客全員の「え?」が集まり。



「ええええええええ~~~~~~~!!!!!!!?!!!!!?」


と、本日最大の「え?」が地震のように国中に響き渡った。





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