番外編32〔憧れと幻の新素材〕


番外編32〔憧れと幻の新素材〕



チェスハは『絶対領域』(本人はまったく知らないだろうが…)を見せつけながら、中央に立っていた。

それはもはや『女王』の風格さえかもし出していたのである。


とは言っても、今現在での『剣技大会』における『絶対的女王』は、エミナーである。


チェスハの姿が『女王』に見えて来たということは、エミナーに限りなく近付いて来たからに違いない。


チェスハは、小さい頃からエミナーに憧れ続けて来た。

エミナーを本当の姉のように慕い、いつも一緒に居た。

チェスハにとって、エミナーは、姉であり、師匠であり、人生においての先生でもあった。

強いだけではなく、女としての武器を使う事も学んだ。


エミナーを超える事がチェスハの目標であったが、エミナーが居なくなり、さらには病気で死んだと聞かされた時は、どんなに辛く悲しかった事であろう。


そして、2代目『猿姫』としてエミナーの後を継ぎ、闘ってきたチェスハだったが、エミナーを超えたと感じた日は1日も無かった。


エミナーとの再開後、再び剣を交えたチェスハは、勝てなかった事が嬉しかった。

超えたいが、超えられないという事が、チェスハをさらに強くしていたのだ。



そして、ここにも同じ思いでチェスハを見ている人物が居た。


対戦相手の『スタルカ』である。

スタルカの家は、チェスハと同じく『鍛冶屋』をやっている。

代々続いてるため、他国でありながら、『ティージーの店』は、よく知っていた。


スタルカは、憧れのチェスハと試合が出来ると緊張していたが、思いきって声をかけた。


「あ…あの!…」


するとチェスハは、いつものようなぶっきらぼうな調子で、


「ん?なんだ?」


と、スタルカの顔を見た。

まともに目が合ったスタルカは、1度目を反らしたが、再びチェスハの顔を見ると、


「あ、あたしの家も『鍛冶屋』をやっていて!…」


するとチェスハは、ニコリと笑い、


「知ってるよ。『セボル』の娘だろ?親父さんと『パラン』は元気か?」


チェスハは、スタルカの家の事を知っていた。もちろんスタルカ本人の事もだ。


チェスハの作った『髪飾り手裏剣』などの新しい武器は全国の『武具屋』から問い合わせが相次いた。

そしてチェスハ本人が『その見本』を持って、それぞれの店を飛び回っていたのだった。


まあ、そのおかげで『リムカ』がオリアンに預けっぱなしになってしまったのだが…


もちろんチェスハは、スタルカの家にも行っていた。

ただその時、スタルカは家には居らず、会うことは出来なかったが、セボルの作った『道具』を見て、間違いなくスクエードで1番の腕と確信していた。


今、セボルの店は、セボルとスタルカの兄のパランとでやっていた。

スタルカは小さい頃、チェスハの噂を耳にした。

『強くて綺麗な鍛冶屋の娘が国を救った』と。


それからというもの、スタルカはチェスハに憧れ続け、鍛練を続けていたのだ。


チェスハは、スタルカの頭に着いている『髪飾り』に目が止まった。


「それは…」


スタルカは、猿姫の色を意識したのか『朱色』のドレスのような衣装を身に纏い、それに合わせたようなオレンジ色のショートカットの髪の毛、その髪の横には『花びら型』の髪飾りが着いていたのだ。


するとスタルカは、その髪飾りに手を当てると、


「はい、これはチェスハさんが、あの時持って来てくれた『髪飾り型手裏剣』の見本です。父に言って譲って貰いました。」


するとチェスハは、


「どうだ?着け心地は?」


と、スタルカに聞いた。するとスタルカは「ニコリ」と笑い、


「はい、最高です。狙った所にも、寸分違わず当たります。

兄には、まだ作る事が出来ません。」


さらりと兄に対して厳しい意見を言うスタルカを見てチェスハは、


「アハハハハ、まだパランには無理か。ハハハ…

だろうな、花びらの寸法、重さ、形、1つでも狂えば真っ直ぐにさえ飛ばない。

でも、親父さんなら、それを超える物だって作れるはずだ。

そのお前が持っている『棍棒』を見ればわかる。さすが親父さんだ、良い仕事をする。」


『鍛冶屋』といえど、金属ばかり扱っているわけではない。金属と木製品合わせて『道具』になるのだ。


だから、本当に腕の良い鍛冶屋は『柄』にもこだわる。

材料を吟味し、加工し、細部にまでこだわる。そう、チェスハの父親『ティージー』のように。

それと同じようよな雰囲気を、スタルカの持っている『棍棒』に感じたのだ。


そして、その棍棒を見たチェスハの目付きが変わった。


「あのセボルの親父さんが作った『棍棒』だ、ただの『棍棒』じゃないよな…」


するとスタルカは、


「フフフ、さすがはチェスハさんです。あたしの考えた物と父との合作です!」


年が一回り以上離れているとはいえ、スタルカも国内予選を勝ち抜いて来た強者だ。

最初は緊張していたが、この頃になると、1人の戦士の顔になっていた。


チェスハは、少しでも情報を得ようと、カマかけてみた。


「2本繋ぎか?3本繋ぎか?それとも、分かれたりするのかな?」


それを聞いたスタルカは、


「チェスハさん!あたしは、まだまだあなたに勝つだけの剣の腕はありません。でも、この父の作った『棍棒』であなたに勝ちます!」


するとチェスハは、


「チェッ、教えてくれたっていいじゃねえか。

でも、まあ、単なる消化試合だと思っていたが、面白くなりそうだな!」


と、チェスハの顔も本気モードになっていた。


チェスハとスタルカが、距離を取り、向き合うと、


「1回戦!第4試合!チェスハ対スタルカ!1本目!始め!!!」


審判の号令が響き渡った。


さっきまで、チェスハに笑いなからヤジを飛ばしていた観客も、この時ばかりは、静かになっていた。


それはオリアン達も同じであった。


チェスハの楽勝と思っていた、オリアンとスラインは、チェスハの『戦場』にでも居るような『気配』を感じ、相手のスタルカが、ただ者ではないと思い直していたのだ。


そんな異様な雰囲気の2人にラウクンが、


「オリアン?どうしたのだ?そんな真剣な顔をして…」


するとオリアンは、チェスハを見つめたまま、


「いやな、チェスハがエミナー以外に、あそこまで本気になるのを見たことが無くてな…」


それを聞いたスラインも、


「オリアンもか、俺もここまで真剣なチェスハは、エミナー以外で見たことが無い!」


2人の言葉を聞いたラウクンは驚きながら、


「何!?それではあの『スタルカ』という選手は『エミナー』ほどの実力者ということなのか?!」


するとオリアンは、スタルカに目をやると、


「いや…実力はチェスハの方が上だろうな…アイツからは何も感じねえ。

強さだけで言うなら、ダシールやナカリーの方が上だ。ただ…」


「『ただ…』なんだ?」


スラインが、オリアンに尋ねた。


「ただ、スタルカは嬉しくてしょうがないって顔してやがる。」


と、オリアンが答えると、ラウクンが、


「嬉しくてしょうがない?あの顔が?」


ラウクンは改めてスタルカの顔を見たが、その表情はこわばりひきつっているように見えた。


するとオリアンが、


「オレにはわかるんだよ、本当に闘いたい相手の前に立つと、あんな顔になるんだろうなって…」


それはオリアンもスタルカと同じ思いであるが為に、わかった事なのであろう。

女性の大会が終わった後、僕と試合をする事を何年も待ちに待っていた、オリアンだからこそなのである。


その時、オリアンの耳が「ピクリ」と動き、


「動くぞ…」


と、ひと言呟いた。


そして、3人が試合場の2人に目をやった瞬間、チェスハが動いた。



スタルカと対峙したチェスハは、


「どんな仕掛けがあろうが、『剣』と『棍棒』じゃ『間合い』が違い過ぎる…

棍棒をかわして、懐に入るしかないか…」


『猿姫』の武器といえば『赤い棍棒』である。しかし、チェスハはあえて棍棒を使わず『剣』(木刀)を選んでいる。


その理由は、最初にエミナーから習ったのが『剣』だからである。そしてもう1つ、そのエミナーが『剣技大会』においては『剣』しか使わないからであった。


同じ武器でエミナーに勝ちたい思いから、チェスハは剣にこだわっていた。


チェスハは、まず棍棒の間合いに入った瞬間、攻撃してくるであろう、何パターンかの攻撃を予想し、それを弾いて後ろに回り込もうと考えていた。


しかし!


チェスハが動いたと同時に、スタルカも一歩踏み出し、そこからチェスハに向かって棍棒を降り下ろしたのだ。


「な!?」


チェスハが驚いたのはいうまでもない。棍棒の長さは約2メートル、そこから1歩踏み出しても、攻撃出来る範囲はせいぜい3メートルぐらいだ。

棍棒を得意としているチェスハなら当たり前の事だった。


しかし、スタルカは10メートル以上はあるであろう距離から攻撃しようとしていたのだ。


一瞬怯んだチェスハだったが、


「攻撃?…いや、攻撃の予備動作か…?ええい、ままよ!」


チェスハは、足を止める事なく、スタルカに向かって行った。


次の瞬間!


「ヒュン!」


チェスハのすぐ目の前に、スタルカの棍棒の先が迫って来たのだ。


「くっ!」


「カン!!」


チェスハは身をよじりながら、かろうじて剣で棍棒の先を弾き飛ばした。


弾かれた棍棒の先は、一瞬ユラユラと宙に舞ったが、すぐに一直線にスタルカの棍棒に戻って行った。


「なんだ?!今のは?棍棒の先が伸びて来た?!」


スタルカに対して真正面に居たチェスハは、スタルカの棍棒が伸びて来たように感じたのだ。


「いや…こんなに長くなる棍棒なんて、聞いたこともない…と、いうことは…」


チェスハは、「クルッ」と向きを変えると、審判に詰め寄った。


「おい!審判!あいつ今、何か投げたろ!飛び道具は禁止じゃねえのか!」


チェスハに胸ぐらを捕まれ、怯んだ審判だったが、両手を広げて揺らし、何も問題ないとジェスチャーしながら、


「いや、何か『紐』のような物で繋がっていたから違反では無い!」


と、チェスハに告げた。


審判の言葉を聞いたチェスハは、掴んでいた手を緩めると、今度は後ろを向き、口に手を当て何かを考え始めた。

それを見たオリアンは、


「何やってんだ?アイツは?」


チェスハ以外は全員知っていたのだ。棍棒の先が繋がっていたことを。

ナゼならチェスハだけ、スタルカの真正面に立っていたからだ。

横から見たオリアンや観客は、しっかり紐で繋がっているのを見ていた。


だからこそ、チェスハの取った行動が不思議に思えたのだ。


チェスハは考えながら、


「伸びる紐だと?あたしも何度か試したが、あそこまでは伸びないし、長くすればそれだけ紐が多くなる。棍棒の中に収まるはずがない…」


実はチェスハも噂を聞いた事があったのだ。伸びる紐があると。

『ノビルの木』という木の樹液を加工すれば、伸びたり縮んだりする紐が出来ると噂されていた。

が、誰も『ノビルの木』を見たことが無く、ただの噂と思っていたのだ。


しかしチェスハは、伸びる紐は魅力的な素材ということで、紐で輪を作り、それを繋げる事で『伸びる紐』を作った事があった。


しかし、それでは作りたい長さの『伸びる紐』に対して、数倍の紐が要ることに気付き、作るのを諦めていたのだった。


「まさか!?あのたぬき親父!『ノビルの木』を見つけたのか?!

前に会った時はなんにも言って無かったクセに…!あんのヤロ~…」


武器の材料の事になると、回りの事などまったく頭から無くなってしまうチェスハであった。


考え込み、微動だにしなくなったチェスハに対し、さすがにしびれを切らした審判は、チェスハの肩を「トントン」と叩きながら、


「チェスハ!おい!チェスハ!!試合中だぞ!」


するとチェスハは、審判を睨みながら、


「あ!!?」


と、ひと言だけ唸った。

すると審判は、今度は優しい口調で、


「チェスハさん?今は試合中だから、考え事は後にしてくれないかな?

スタルカも待っているみたいなんで…」


するとチェスハは、「ハッ」と我に返り、今は試合の真っ最中だということを思い出した。


「あ!アハハハハ…悪い悪い…、ちょっと忘れてた…。よし!始めるか!!

いいぜ、審判!いつでも来い!!」


チェスハは、自分の頬を「パンパン」と両手で叩き、気合いを入れ直した。


そんなチェスハを見たスタルカは、次の攻撃方法を考えていた。


「さすがはチェスハさん。お父さんは『ノビル』の事をチェスハさんには言って無いと言った。

『ノビル』は初めて見るハズなのに、あれを弾くとは…

もう、同じ攻撃は通用しそうにないか。」


するとスタルカは、棍棒の先を「ポンッ」と引き抜くと、

繋がっているノビルを持って「クルクル」と回し始めた。


「ヒュンヒュンヒュンヒュン…」


それを見たチェスハは、


「今度は何をする気だ?」


と、考えていると、2人の体勢が整ったのを確認した審判が、


「改めて!1本目、始め!!!」


と、試合開始の合図を叫んだ。


と、同時に!


「ヒュン!」


チェスハに向かって、棍棒の先が飛んで来た。


そのスタルカの攻撃は、さっきの棍棒の遠心力を利用したものとは違い、『奇』を狙ったものではなく、確実に当てる為の素早い攻撃だった。


その証拠に、さっきより早くチェスハに届こうとしていた。


しかし、


「カン!」


チェスハは、軽々と飛んで来た棍棒の先を弾き飛ばした。


いくら速かろうが、回している手を見ていれば、回避することなど、チェスハには朝飯前だったのだ。


「ザッ!!」


チェスハは、弾き飛ばした瞬間、距離を縮めようと前に出た。


が、その瞬間!後ろに気配を感じ、思わず頭を下げた。


「ヒュン!!」


すると、下げた頭の上を、さっき弾き飛ばした棍棒の先が、通り過ぎて行ったのだ。


「あっぶね~…」


チェスハは体勢を立て直し、スタルカを見た。すると間髪入れずに、再び棍棒の先が飛んで来た。


「くっ!」


右に左に、かわしながら距離を縮めようと少しずつ近付いて行くチェスハだったが、近付けば近付くほど、スタルカからの攻撃回数が多くなり、なかなか懐には入る事が出来なかった。

かといって、距離を取れば自身の攻撃が出来ない…


「さすが『ノビル』だな、戻るスピードが『紐』とは段違いだ…」


チェスハは、飛んで来た『棍棒の先』をかわした瞬間、懐に入るつもりだったが、引いて戻る紐とは違い、収縮して戻るノビルのスピードに苦戦していた。


そんな防戦一方のチェスハをみた観客達は、


「チェスハが、攻めきれてない?」

「チェスハがエミナー以外のヤツに苦戦してる?」

「あの『スタルカ』って選手すげえじゃん!」

「もしかしたら…」


新しい女王の予感に、会場は湧いた。


「スッタルカ!スッタルカ!スッタルカ!…」


と、どこからともくスタルカコールが巻き起こった。


しかし、チェスハのファンもこの会場には大勢居る。『スタルカコール』に負けまいと『チェスハコール』も巻き起こった。


そんな『コール合戦』が行われている中、この試合に違和感を感じている3人が居た。

エミナー、スライン、オリアン達だ。


スラインは、その違和感をオリアンにぶつけてみた。


「なあ、オリアン。あの紐…」


するとオリアンは、スラインの言葉を全部聞く前に、


「ありゃあ、もしかして『ノビル』なのか?」


普通、紐で繋がっていれば、戻って来た時に『たるみ』が出来るはずだが、スタルカの紐には『たるみ』がほとんど無かった。

それは『紐』自体が伸び縮みしているという証拠でもあったのだ。


『紐自体が収縮する』そんな紐は存在しない。それが3人の違和感の正体であった。

しかし、その3人はあの『噂』も耳にしていた。


するとオリアンが、


「あの『スタルカ』ってヤツの親父は、腕のいい職人って聞いた事がある。もしかしたら、本当に『ノビル』を作っちまったのかもしれねえ…」


「な、なに!『ノビル』が実在するだと!」


驚くスラインをよそに、オリアンは、


「今度ばかりは、チェスハに分が悪いかもな…」


と、タメ息混じりに言った。



オリアン達が、そんな深刻な話をしているとは夢にも思っていない僕は、


「へ~、この国にも『ゴム』があるんだ。」


「『ゴム』?」


「ほら、茶色い輪で出来た、伸び縮みするやつ。」


「あ~、タロウが家に出てくる『ゴキブリ』?を退治する時に使うあれ?」


そう!実は僕は、輪ゴム射撃の名手でもあったのだ!


と、僕とミウが雑談しているその時!事態は動いた!


てか、止まった?


「クルクルクル、ガシッ!」


故意か偶然か、スタルカの放ったノビルは、チェスハの剣に巻き付き、離れなくなった。その為、双方動きがとれなくなったのだ。


チェスハは、この時をチャンスと捉えた。


「力比べなら負けっこ無い!」


とばかりに、思いきり剣に力を込めて引っ張った。

延びきったノビルは、非常に細い、あわよくば引き千切ろうと思っていたのだ。


確かに、純粋な綱引きなら力の強いチェスハの勝ちだ。

しかし、チェスハはわかって無かった、ノビルの戻ろうとする力の強さを。

さらに両手で均等に棍棒を持ち、両足で踏ん張るスタルカに対して、チェスハは剣の柄、つまり剣の端を持っている。

さらに、チェスハは片手を離し、ノビルを直接掴もうとした。


その時!


「えい!」


スタルカは、その時を見逃さなかった。

チェスハが片手を離した瞬間、思いきり棍棒を引っ張ったのだ。


「スポッ!」


「あっ…」


「ヒュルヒュルヒュル~!」


「ガシッ!」


スタルカが引っ張った瞬間、チェスハの手から剣が抜け、大きな弧を描きながら、スタルカの手に収まった。


一瞬、会場が沈黙に包まれた。

そしてすぐにざわつき始めた。


「チェスハの剣が取られちまったぞ?」

「これはどうなるんだ?」

「確か、武器を取られたら負けじゃなかったか?」


など、あちこちから聞こえ始めたのだ。


試合を見ていたラウクンも、


「オリアン。この場合は、どうなるのだ?」


するとオリアン、ポリポリと頭をかきながら、


「これは『武術大会』じゃねえ、あくまで『剣技大会』だ。武器が壊れた場合を除いては、武器の補充は出来ねえ。

弾かれて手から離れる事はあるだろうが、その選手が拾って攻撃出来きるかどうかを決めるのは審判の判断に任されている。だが、今回は…」


するとスラインも、


「チェスハの剣が、完全にスタルカに取られちまったからな…」


と、2人の懸念を確定するかのように、


「『決まり』により!1本目!スタルカ選手の勝利と致します!!」


と、審判が高らかにスタルカの勝利を宣言した。


その瞬間、会場から驚きの声が上がった!


「おお~!!!チェスハがエミナー以外に1本取られたぞ!!!」

「スタルカすげ~!!!」



確かにここが戦場であれば、武器を失おうが、素手で相手に向かって行くチェスハだか、あくまでこれは大会である。


ボーゼンとしていたチェスハだったが、すぐに気持ちを切り替えた。


ちょうどその時、エミナーの声が届いた。


「こら~!!チェスハ~!そんなんじゃ、私と勝負なんて、十万年早いわよ~~!!!」


それを聞いたチェスハは、


「わかってるわよ~!!見ててらっしゃい!もう負けないから~~!!」


と、拳を上げて答えた。


チェスハは、スタルカに向かって歩きながら、


「まったく、セボルの親父もトンでもない物作りやがって…」


と、その時、ふと頭によぎったものがあった。


「まてよ、もしかしてタロウの国にも、同じような物があるんじゃないか?」


と、チェスハは足を止め、エミナーやオリアン達を見渡した。


すると、やはりというか、当然というか、初めて見る『ノビル』を相手にしている自分を心配そうに見つめていたのである。

そして、その目線は僕に移った。


僕は、今まで散々無視をしていたチェスハさんが、僕の方を見ている事に少し驚いたが、また前みたいに話が出来ると思い、手を振った。

そして小さいガッツポーズを作り、エールを送った。


その行動を見て、チェスハは確信した。


「タロウのヤツは『ノビル』を知っている!今までの闘いを見て、普通にしていられるって事は『ノビル』を見たことがあるって事だ!

後で洗いざらい吐いて貰うとしよう。フフフ…」


その瞬間、僕の背中に悪寒が走ったのは言うまでもない…


再びスタルカに向かって歩き始めたチェスハだったが、さっきまでの表情とはあきらかに違い、あからさまに金儲けを考えているニヤケ顔だった。


もう、こうなると、チェスハは早く試合を終わらせたくてたまらない。


チェスハは早歩きでスタルカの所まで行くと、剣を受け取ると同時に、


「後で『ノビル』の事を教えろよ!」


と、指を差しながら言った。


すると、スタルカは、


「お父さんから、チェスハさんには「絶対話すな!」と言われているんですけど…」


と、言いながら少し考え、


「わかりました。この試合で、あたしに勝てたら教えます。」


「お!言ったな!このヤロ~。その言葉忘れるんじゃねえぞ!!」


と、さっきまでの重たそうな足取りとは違い、スキップしながら、開始線まで戻って行った。


スタルカの言葉は、1本目を取った『余裕』であり、そして『慢心』でもあった。

スタルカは知らなかったのだ。お金の絡んだチェスハの怖さを…



2人が開始線に並ぶと、審判の声が響いた。


「2本目!始め!!!」


すると、1本目と同じように、


「ヒュン!」


チェスハに向かって、棍棒の先が飛んで来た。


しかし、チェスハは、


「クルクルクル…ガシッ!」


避けもせず、弾きもせず、わざとノビルを剣に巻き付けたのだ。


そして、また力比べが始まると、みんなが思った瞬間、


「スッ…」


チェスハは剣を持っていた手を離し、真っ直ぐスタルカに向かって突っ込んだ。


もちろん、何も持っていないチェスハは、攻撃が出来ないのだが、ノビルに絡まった剣は、スタルカが引く前に、チェスハが手を離したので、ノビルの収縮だけで、スタルカの所に戻ろうとしていた。


まるでチェスハのスピードに合わせるか合わせるかように…


しかも、ノビルの性質上、必ずスタルカの所に戻って行くのである。


スタルカは、戻ってくる巻き付いた『剣』と向かって来る『チェスハ』を同時に見なければならなかった。

しかし、それは無理な話だ。空を飛んで来る『剣』と地上を走る『人』を同時に見ることなど出来ない。

スタルカは、チェスハから目線を外した。


何も持たないチェスハには攻撃が出来ないと踏んだからだ。


もし、チェスハに気を取られ、剣が体に当たってしまったら『負け』になってしまう。

まだ、剣はチェスハが投げた物として扱われるからだ。


チェスハから目を離した事、それがスタルカの過ちだった。


チェスハは棍棒の間合いに入る直前、飛んでいた剣を手に取り、少し「クルッ」とねじったと思うと、「スポッ」っと絡められていたノビルを外した。


こうなればチェスハの独壇場だ、スタルカが棍棒の扱いが優れていても、チェスハには到底敵わない。

接近戦で互角に闘えるのはエミナーぐらいであろう。


チェスハはスタルカの攻撃をかわし、頭に「コツン!」と剣を当てた。



「1本!!チェスハ!!」


審判の声が会場に響いた。


「おおおお~~!!!」

「やっぱりチェスハだ~~!!」


「それでは、3本目を始めます!両選手は開始線に…戻っ…?」


「お~い!審判~!!さっさと始めようぜ~!!!」


チェスハは、審判が言い終わらないうちに、開始線まで戻り構えていた。



そんなチェスハを見たオリアンは、


「いつものアイツに戻ったな。まったく心配させやがって…」


すると、スラインが、


「なんだ?なんだ?もう『ノビル』の攻略法を見付けたのか?

さすがは職人の娘だ。大したものだな。

それにしても、さっきは何で簡単にノビルがほどけたんだ?

1本目の時は、試合が終わってもなかなか取れなかったみたいだが…」


すると、ラウクンも、


「私にも教えてくれ、お前達の言っている事は、さっぱりわからん。」


「まあ、だいたい見たまんまんだがな。

1本目は、剣にノビルが巻き付いた時、お互いが引っ張りあったから、巻き付いたノビルがさらに締め付けられ、剣が離れなくなったんだ。

そして、剣が飛んでいった時に、チェスハはそのスピードの違いに気が付いたのさ。

何も付いてないノビルは、素早く戻るが、剣が絡み付いていると、その重さで戻るスピードが遅くなるってな。


だからチェスハは、2本目の開始と同時に、ノビルを剣に巻き付けた、さらに相手が引き寄せる前に手を離し、ノビルが締め付けられるの防いだ。

後は見ての通りだ、飛んでいる剣にスピードを合わせ、掴むと同時に剣を引き抜く。

ノビルは必ず持ち主の所に戻るからな。

近付いてしまえば、長い棍棒は不利なる。

とまあ、こんなところだな。」


「なるほどな、ノビルの性質を利用したって事か。いやはやまったくとんでもない女だな、お前の嫁さんは。」


戦闘経験の豊富なスラインは、オリアンの説明がよくわかったが、ノビルの事を知らないラウクンは、よくわからなかった。しかし、ラウクンは、


「なるほどな、それじゃ3本目も楽勝だな、ハハハハ!」


と、わかっているフリをした。


すると、オリアンが、


「それはどうだろうな…今のがチェスハの全力疾走なら、同じ手は使えない。」


「何!?どういう事だ?オリアン!」


ラウクンがオリアンに尋ねた。


「確かに、スタルカはノビルを使って来るだろうな、まともにやり合って勝てるわけねえからよ。

しかし、もしチェスハが同じように剣にノビルを絡めたら、チェスハが手を離す前に、スタルカは引っ張るはずだ。

さっきはスタルカが、引っ張る前にチェスハが手を離したから、ノビルの縮む力だけで戻ろうとした。

だから、スピードが落ちてチェスハが先回り出来たんだ。

もし、ノビルの縮む力にスタルカの引っ張る力が加わったら…

そのスピードにチェスハがついて行けなかったら…

1本目と同じ結果になる。」


「チェスハが負ける?…エミナー以外のヤツに…」


オリアンの説明は、スラインに衝撃を与えた。


エミナーからよくチェスハの事を聞かされていたのだ。

「自分を倒せるのはチェスハしか居ない」とか、「チェスハが他の人に負けるのは嫌だ」とか、エミナーがチェスハの事を大好きなのも知っていた。


そんなスラインだからこそチェスハの敗北はショックだった。


するとオリアンは、そんなスラインを見て、


「なんて顔してやがる?まだ負けた訳じゃねえだろ?あの顔見てみろ、早く試合をしたくてウズウズしてやがる。

勝つつもりのねえヤツが、あんな楽しそうな顔を出来るわけがねえ。

アイツはスタルカに勝つつもりなんだよ。」


その言葉通り、チェスハはピョンピョンと小躍りしながら、


「はっやっく!はっやっく!はっやっく!」


と、審判を急かすように踊っていた。


すると審判は、


「チェスハ、まず落ち着いて。構えなければ試合を始められない。」


と、チェスハに注意をした。するとチェスハは、


「は~い…」


と、素直に答え、


「よっし!待ってろエミナー!」


と、気合いを入れ、構えた瞬間!


「3本目!!始め!!!」


と、審判の声が大空に響き渡った。









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