番外編30〔リムカVSサーラン〕
番外編30〔リムカVSサーラン〕
「シャキ~ン!!二刀流!!」
リムカは、2本の木刀を両手に持ち、羽を広げるように走って行った。
それを見ていたエミナーは、
「ねえ?チェスハ、リムカって二刀流だったの?」
するとチェスハは、首を何度も横に振り、
「ううん…今日が始めてだと思う。オリアンも何も言ってなかったし。」
店の事で忙しかったチェスハは、リムカの遊び相手にはなかなかなれず、
リムカの遊び相手は、ほとんどオリアンだった。
剣の技もオリアンから習ったものだった。
エミナーがチェスハに質問をした同時刻、まったく同じ質問をした人物が他にも居た。
「なあ、オリアン。あれがお前の娘だろ?二刀流なんだな?ていうか、お前の二刀流って聞いたこと無いんだが…」
スラインの問いに、オリアンは、
「ああ、俺も始めて見た…」
と、ポツリと呟いた。
「え??…」
驚くスラインをよそに、オリアンは椅子に深く座り直すと、
「リムカは、どうやら俺達『獣族』の血が濃いみたいなんだ。
直感タイプっていうか、俺と一緒に居た時間が長いっていうせいもあるんだろうが、この俺でさえ、たまにビックリさせられる事がある。」
「な、なに?!お前がビックリだと?!」
スラインも、かなりビックリしていた。
「たぶん、あの二刀流も、タスフォーレの試合を見て思い付いたんだろうな。」
「そんな…思い付きで2本の木刀を操られるのか?」
「さあな、リムカが出来ると思ったら、出来るんだろうな。というより、2本持った方が『カッコイイ』とか思ったんじゃないか?」
オリアンの投げやりな答えにラウクンも、
「ハハハハ、『最凶』と言われたオリアンをも呆れさせるとはな。
流石、世界最強夫婦の娘だ!」
「な!ちょっと待て!」
異論を唱えたのはスラインだった。
「『最強夫婦』は俺達だ!ニーサだって、リムカちゃんには、負けない実力があるはずだ!」
と、ここにも娘を溺愛する親バカがいた。
そんなスラインを無視するかのように、ラウクンは、
「ところで、オリアンはこの試合をどう見る?
あの『サーラン』という選手は、面白い武器を持っていたと思うが。」
「ああ、あの2本の繋ぎ棒の事か…ありゃあ確か、ヤツの母国『テアマンディ』では、『ナ…ナンチャク』…?い…いや『ナンチャラ』…?だったっけ?…」
『ヌンチャク』の事である。しかし…
「ほ~!!『ナンチャラ』と言うのか!あの変わった武器は!」
スラインが、『ナンチャラ』と命名してしまった。
「で、その『ナンチャラ』使いと、『即席二刀流』のリムカの闘いの勝敗は?」
と、再びラウクンが聞いてきた。
すると今度はスラインが、
「リムカちゃんの事は、よく知らないが、サーランの国の事は知っているぞ。『テアマンディ』もさっき出て来た、タスフォーレの『サップレイン』と似たような国だな。
お互い『野戦』を得意としている。
『模擬試合』も何度もしてるはずだ。
俺達みたいに大軍ではなく、少人数精鋭部隊を率いている。だから、個々の戦闘能力は高いはずだ。」
「なるほどな。しかし、その高い戦闘能力をもってしても、うちの『猿姫』達には敵わないのか。」
と、ラウクンは少し自慢気に答えた。するとオリアンは、
「エミナーは特別だ…、あの闘いのセンスは真似をしようとして出来るもんじゃねえ。生まれ持った独特のやつだ。
チェスハがいくら努力をしても追い付けっこねえ。」
するとスラインが、
「ふふん!よく分かってるじゃないか。女性最強は、私の妻「エミナー」だ!」
自慢をするスラインにたいして、オリアンは、
「バーカ、よく考えてみろ、もともとエミナーは、『ユーリセンチ』の人間なんだよ!」
「あ!あ…、ふ、ふん!い、今は『ジプレトデン』の人間だ!」
スラインは、負け惜しみをいうのが精一杯だった。するとラウクンが、
「ほらほらオリアンよ、無駄話をしてると、愛娘の試合を見逃すぞ。」
と、2人に試合が始まろうとしている事を教えた。
試合場の真ん中に戻ったリムカは、まるで友達にでも喋るように、
「ねえ!これカッコイイでしょ!?」
と、対戦相手のサーランに二刀流を見せながら話しかけた。
それを聞いたサーランは、表情ひとつ変えず、
「あなたがあの有名な『リムカ』ちゃんね!」
リムカの名前は、オリアン同様、世界中に広まっていた。
田舎の小国を、今や世界一の大国に成長させるキッカケとなった『聖戦』の立役者『オリアン』と 『チェスハ』
その2人の子供である『リムカ』の名を知らぬ者は、この世にほとんどいなかったのである。
「お姉ちゃん、あたしの事、知ってるの?」
「もちろん!あなたの事も、お母さんの事もね。」
サーランは、前回の大会で、チェスハに手も足も出ず、完敗していたのだった。
そして、打倒チェスハに燃え、更なる修行の末、今、この場に立っていたのだ。
そして、チェスハと戦う前の『仮想チェスハ』として、リムカと闘うつもりだったのである。
しかし、サーランはリムカと対峙してみて、奇妙な違和感を覚えた。チェスハの気質が殆んど感じられなかったのである。
チェスハといえば、闘いにおいては、『負けず嫌いの燃えるような闘志』を全面に押し出し、どんな敵にでも真っ正面から向かって行く『熱い女性』のイメージが定着していた。
サーランは、リムカもきっとチェスハの英才教育を受け、同じように『熱い闘気』を想像していたのだ。
しかし、目の前にいる少女からは、これから試合をするとはいえ、武器を持って闘う事など、これっぽっちも考えていないような表情で立っているのだ。
サーランは、わざとリムカを睨み付けるながら、
「あたしは相手が子供だろうが、容赦はしないよ!ケガをしたく無かったら、さっさとママの所に帰るんだな!」
と、凄みを増して威嚇した。
しかし、そんなサーランを「ジッ」と見つめていたリムカは、
「ねえ?お姉ちゃん。その腰に着けているのが、お姉ちゃんのエモノ?」
「????エモノ?…」
サーランは『エモノ』の意味が理解出来なかった。
しかし、『腰に着けている』のワードで、『エモノ』=『武器』ということを把握した。
オリアンは、武器の事をいつも『エモノ』と言って教えていたのだった。
「そうよ、これがあたしのエモノ!」
サーランは、腰からヌンチャクを取り外すと、右手で回したかと思うと、今度は左手に持ちかえ、だんだんそのスピードをあげ、体のあちこちを回し、ヌンチャクから完全に手を放しても、体からは離れず、最後には右手の脇に挟み、声を出しながらポーズを決め、さらにリムカを威嚇した。
「ハッ!!!!!」
そのデモンストレーションを見た観客からは、
「おおお~~~……」
と、どよめきが起こった。
そのヌンチャクさばきをみたエミナーは、
「確かあの娘、前にあなたと闘ったわよね?」
と、チェスハに尋ねた。
「うん、確か『ノンチャク』?『ナンチャク』って言ってたかしら、あの武器、面倒だから、『2本繋ぎ』にしたけど…
攻撃してくる軌道が読みにくいのよね、あれ…」
「でも、楽勝だったじゃない?」
「まあね、前に闘った時は、まだ『ぎこちなさ』っていうか、『ナンチャラ』?を使いこなせてなかった感じだったからね。相当な修練をしてきてるわよ、あの娘。」
「じゃあ、リムカちゃんは、勝てないんじゃ…」
エミナーの心配をよそに、チェスハは、少し「ホッ」とした表情を浮かべ、
「勝てないでしょうね。もともと無理なのよ、回を追う毎に、武器が進化して、技量も上がって来てるのに。10才の女の子が出る大会じゃないわ!なのにあの人ったら!…「俺の娘だから!」とか「可愛さも武器だ!」とかわけのわからない事を言って!あのバカオオカミは!!…」
「ま、まあまあ落ち着いて…」
エミナーに宥められ、落ち着きを取り戻したチェスハ、
「フ~…、まあ、あの娘なら、リムカをケガさせずに負けさせてくれるでしょう。
その後、キッチリ仇は取らせてもらうけどね!」
その頃、サーランの見事なヌンチャクさばきを見たリムカは、
「ぽかーん」としながらも、
「ねえ?お姉ちゃん、お尻に着けているエモノは使わないの?」
『お尻に着けているエモノ』それは、腰の後ろに、装備していた、もう1つのヌンチャクの事だった。
この会場にいる全員が、ヌンチャクさばきを見ている間、リムカだけは、後ろに隠し持っていた予備のヌンチャクに気が付いたのである。
それに気付いたサーランは、
「やっぱり、あの2人の子供だ…」
と、血筋のなせる技に、少し恐怖を感じた。
しかし、その事を悟られまいと、
「これか?これは予備のエモノだ!あんたを力一杯殴って、壊れた時の為のな!」
サーラン、さらに大きな声で答えた。
しかし、リムカは平然とし、
「ふ~ん、じゃあ、最初は使わないんだ…」
と、1人で納得をしていた。
サーランは、いくら自分が怖そうに喋ろうが、まったく態度の変わらないリムカに、
「なあ、あんた!あたしが恐くないのかい?!」
するとリムカは、首を傾け、
「なんで?お姉ちゃん、優しいもん。」
今度はサーランが「ぽかーん」としてしまった。が、すぐに、
「な!何言ってるのあなた!?ど、どこが優しいのよ!?
こ、これからあなたをボコボコにするのよ!」
と、必死に言ってるサーランだが、顔はみるみる赤くなっていった。
それを誤魔化すかのように、サーランは審判に向かって、
「おい!審判!さっさと始めろ!」
と、審判に詰め寄った。
審判は、サーランに圧倒されながも、
「こ、これより!1回戦、第2試合『リムカ』対『サーラン』の試合を行います!!
選手は開始線まで下がって!!」
するとリムカは、クルッと後ろを向くと、トコトコと開始線まで歩いて行った。
対するサーランは、「フゥ~」っ大きく息を吐くと、ユックリと開始線まで歩いて行った。
リムカとサーランが、向き合うのを確認した審判は、試合開始の号令を発した。
「第2試合!1本目!始め!!!!」
サーランは、どんな動きにも対応出来るよう、しっかりとリムカの動きを見ていた。
「さあ!どんな攻撃を仕掛けて来るんだ?」
先に動いたのはリムカだった。
号令開始直後、リムカは両手に持った木刀を、飛行機の羽のように構え、笑みを浮かべながら、頭からにサーランに向かって、突っ込んで行った。
「いっくよ~!!」
「ビュン!」
「は、速い…!」
その速さに驚きながらも、サーランは一気に近付いて来るリムカを迎え撃とうと、ヌンチャクを構えた。が、
リムカはサーランの手前で進路をずらし、サーランの横を凄いスピードで、何もせず駆け抜けて行った。
「え??…」
サーランは、通り過ぎたリムカを目で追うと、リムカは試合場のギリギリまで行き、「クルッ」っと向きを変え、さらに加速を付け、再びサーランにむかって突っ込んで来た。
「こ、今度は何を…」
リムカの意図がわからないサーランは、不安に駆られながらも、構えだけは崩すことは無かった。
と、その時!
「エイッ!」
「ブン!」
「カキン!!」
「ふん!そんな小細工が通用するか!」
リムカは走りながら、右手に持っていた木刀をサーランに向かって投げ付けたのだ。
しかし、サーランにそんな奇襲が通用するわけもなく、リムカの投げた木刀は、なんなく叩き落とされた。
しかし、リムカは残った木刀を両手に持ちかえ、水平に構えると、スピードを落とす事なく、そのままサーランに向かって突っ込んで行った。
「はん!せっかくの二刀流も、それじゃ無駄じゃないか!やっぱり子供だな!」
リムカとサーランの距離が数メートルに迫った時、サーランは自分の目を疑った。
「えいっ!!」
なんと、リムカは残った木刀もサーランに向かって投げてきたのだ。
サーランの頭は、一瞬パニックに陥った。
何度も実戦を経験し、頭の回転が良いサーランだからこそ、逆に訳がわからなかったのだ。
「え?なぜ?…他に武器が…?いや、あるはずがない…しかし、リムカはチェスハの娘…武具に関しては超一流のチェスハだ、あるいは…」
その時、サーラン同様、驚いている人物がすぐ近くに居た。
リムカの母親、チェスハである。
「あれって…」
チェスハは、『聖戦』の後、エミナーがユーリセンチに戻って来た時の事を思い出していた。
それは、チェスハとエミナーが久しぶりに剣を交えた時の事だ。
エミナーを逃げ場の無い場所に追い詰めた時、エミナーは、唯一持っていた武器の木刀を、チェスハに投げ付け、丸腰でチェスハに突進してきたのだ。
その時は、エミナーがチェスハから貰った『髪飾り型手裏剣』を投げ付け、チェスハが怯んだ隙に、落ちていた木刀を拾い上げ、チェスハに勝利したというものだったが、その時と同じような光景をチェスハは、今、見ているのだった。
「確かにあの子は、『髪飾り型手裏剣』をつけてるけど、この大会は『飛び道具』禁止、それに髪飾りは鉄で出来ているし、『木製の武器』以外ダメって事、あの子知らないのかしら…?」
そう、リムカも『髪飾り型手裏剣』をいつも着けていた。母親譲りの赤い髪を横ですべて束ね、その束ねた場所には、いつも星形の髪飾りがついていたのだ。
不意をつかれたサーラン、その間コンマ何秒だったが、頭はパニックになりながらも、鍛え上げられた体は、無意識のうちにちゃんと対応し、リムカの投げ付けた2本目の木刀も叩き落とされた。
「カン!」
「え!?い、居ない?!」
回転しながら飛んできた木刀を叩き落としたまではよかったが、その木刀の後ろには、リムカの姿が無かったのだ。
その時!サーランの背筋に「ゾクッ」と寒気を感じた。
「後ろ?!…」
サーランはすぐに振り向いたが、その目に写ったのは、武器を持っていないはずのリムカが、ヌンチャクを両手で持って、
自分の頭に振り下ろしてくる瞬間だった。
「タァ~~~!!!」
リムカはジャンプしながら、サーランに向かって、思い切りヌンチャクを振り下ろした。
「くっ…」
不意をつかれ、防御も間に合わないサーランは、目をつむり、下を向いて歯を食いしばった。
「ブン!!」
「ガキン!!!」
「痛ったぁ~~!!!」
声を出したのは、なんとリムカの方だった。
リムカの振り下ろしたヌンチャクは、サーランの頭を捉える事なく、数センチ先を通り過ぎ、地面を思い切り叩いてしまったのだ。
リムカの痛がる声を聞いたサーランは、固く閉じていた目を開いた。
するとそこには、しびれた両手を振りながら、ピョンピョンと跳び跳ねているリムカの姿があった。
「え~っと…」
サーランは、落ちていたヌンチャクを静かに拾うと、リムカの頭に「コツン…」と当てた。
すると、
「1本!!サーラン選手!!!」
審判がサーランの勝利を叫んだ。
「おおおお~~~!!」
会場から、どよめきとも取れる歓声が上がった。
リムカは、両手を振りながら、
「なにこれ!全然使えない!!」
と、ヌンチャクに怒りをぶちまけていた。さらに、
「お姉ちゃん!これ壊れてる!!」
と、サーランにまで怒りの矛先を向けた。
「そんなはずは無いんだけどな…」
サーランは、両手に1本づつヌンチャクを持つと、
「フン!」
「ビュンビュン!ビュンビュン!ブン!!ブン!!」
試合開始前に行っていたパフォーマンスを両手一度に行った。
それを見た観客からは、
「おおおおお~!すげえ~!」
と、どよめきと共に、拍手や歓声が上がった。
試合を見ていた、スラインは、
「おいおい、お前の娘、1本取られだぞ。大丈夫か?」
と、オリアンに問いかけるも、オリアンは、眉をピクリとも動かさずに、無言のまま試合会場にいるリムカを見つめていた。
一方では、エミナーが、先程の攻防の事をチェスハに聞いていた。
「なあ、チェスハ。私もあの『ナンチャラ』は見た事があるが、なぜリムカが攻撃した時は、『開かなかった』のだ?」
ここで言う『開く』とは、ヌンチャクが折り畳まれた状態から、1本の棒の様に真っ直ぐになる事だ。
すると、武器に詳しいチェスハが、説明を始めた。
「あの『ナンチャラ』は遠心力を利用してる武器の一種なんだ。
ただ、途中で繋がってるから、力任せに振り回してもダメなんだ。
一瞬『ため』を作って、先まで力を伝えないとね。
リムカは、その事を知らないから、力任せに振り抜いたんだ。だから、遠心力が先に伝わらず、開く前に地面を叩いたって訳。あの子のスピードは父親譲りだから…」
「そうなんだ…。じゃあ、それを両手で自由自在に操っているあの娘って…」
「そう…『ナンチャラ』の先まで神経を通わせている。腕の延長みたいな物ね…」
すると、エミナーは「フフフ」と笑い。
「私とやる前に、強敵が現れたわね。」
それを聞いたチェスハは、「フフフ」と笑い返し、
「あたしを誰だと思ってるの?どんな武器だろうと攻略してみせるわ。」
その頃、僕とミウはというと、みんなが試合を解りやすく解説してくれているので、出番も無く、静かに試合を観戦していた。
もちろん、手はしっかりと繋いでいた。
そして、そんなみんなの目が集まる中、2本目の試合が始まろうとしていた。
リムカは、自分の投げた木刀を2本とも拾うと、
「やっぱり、こっちの方がいい!!」
と、またまた二刀流で構えた。
リムカは、サーランのパフォーマンスを見て『ヌンチャク』に興味が沸いたのだ、自分も使ってみたいと。
それで、1本目の試合の時、サーランとのすれ違い様に、予備のヌンチャクの位置を確認し、2本目の木刀を投げた瞬間、サーランの腰から抜き取り攻撃を仕掛けたのだった。
しかし、サーランもその事には気付いていた。
「あんた…いや、リムカ!あなたの実力は解った。少々舐めてた、謝るわ。でもこれからは本気で行くわよ。」
と、今度は2本のヌンチャクを構えた。するとリムカも、
「あたしだって!まだ本気じゃないんだからね!!」
と、サーランに言い返した。
2人の気迫が、ちょうどピークに達したその時!
「2本目!始め!!!!」
と、審判の声が響き渡った。
「ヤーーー!!!」
先に動いたのは、またもやリムカだった。
両手の木刀を振り回しながら、サーランに襲いかかった。
「えい!えい!えい!えい!!」
「カン!カン!カン!カン!!」
次々と襲いかかる2本の木刀を、サーランは2本のヌンチャクでかわしていった。
ジリジリと、後ろに下がりながら、木刀をかわしていくサーランだったが、その足がピタリと止まると、大きく後ろに飛び、距離を取った。
その息をつかせぬ攻防を見ていた観客達は、サーランが距離を取ったということで、やっとひと息つけた。
「ふ~~~………」
まるで会場そのものが、ひと息ついたように思えた。
ここにも大きくひと息ついている人物が居た。スラインだ、
「ふ~…やるじゃないか、リムカちゃん。押しているんじゃないか?」
と、リムカを誉めたのにもかかわらず、オリアンは、
「うるせえ!いちいち喋るんじゃねえ!黙って見てやがれ!!」
と、スラインと目も合わさず、怒鳴り散らした。
その顔は、藍色の顔が真っ赤になるほどだった。
距離を取ったサーランは、リムカに尋ねた。
「なあ、リムカは『誰』に剣を教わったんだ?」
するとリムカは、
「お父さんだよ。」
と、キョトンとしながらも素直に答えた。
それを聞いたサーランは、
「チェスハ…お母さんからは、教えて貰わなかったのか?」
と、尋ねた。すると、
「だって、お母さん、すぐ怒るし、怖いし、剣だって、なかなか持たせてもらえないんだよ。」
と、チェスハには何も教えて貰っていないことを告げた。
チェスハは、基本を大切にする。一見デタラメな動きに見えても、基本を重ねに重ねた結果なのだ。
チェスハの強さもそこにあると言って過言でもない。もちろんエミナーも同じである。
リムカの答えを聞いたサーランは、最初に対峙した時、チェスハの気質が、まったく感じられない事に、今ここで納得をした。
「そうか…、お母さんに教わっていれば、もしかしたらあたしに勝てていたかもな。」
サーランの表情は、少し寂しそうだった。
するとリムカは、
「そんなことないもん!あたしの方が強いもん!!」
と、再び攻撃を仕掛けて来た。
「えい!えい!えい!えい!え~い!!」
「カン!カン!カン!カン!カ~ン!」
さっきより、スピードが上がっているように見えた。遠くの観客からは木刀もヌンチャクも見えないのではないか?というスピードだ。
しかし、音だけは途切れる事なく響き渡っていた。
足を止めて、リムカの攻撃を防いで来たサーランだったが、今度はジリジリとリムカに詰め寄りながら、攻撃をかわして行った。
必死に攻撃を続けるリムカだったが、少しづつ声が小さくなり、最後には『半べそ』になりながら、攻撃をしていた。
「え…い、えい…えい…」
「カン!カン!カン!!」
するとサーランは、
「これが、あたしとあなたの今の実力の差よ!」
と、言ったかと思うと
「カン!カン!」
「カララ~ン…」
リムカの持っていた木刀を2本とも弾き飛ばした。
そして、武器を持たないリムカに対して、ヌンチャクを向けると、
「さあ!どうする!?また、あたしのヌンチャクを奪うかい!!」
と詰め寄り、凄んで見せた。
するとリムカは、怯えた表情でサーランを見たかと思うと、クルッと向きを変え走り出してしまった。
と、同時に、
「エ~ン!エ~ン!お姉ちゃんなんか嫌いだ~!!エ~ン!エ~ン!お母さ~ん!!!」
と、泣き叫びながら、試合場の外で見ていたチェスハの所まで行き、抱き付いてしまった。
「…え?……」
サーランはもちろん、観客も審判でさえも、呆気にとられた。
ルールの1つに有るのだ。
『試合中に選手が試合場から出る事は、戦意喪失、試合放棄とみなし、即失格とする』と。
と、いうことで、
「リムカ選手!場外!!試合放棄により!サーラン選手の勝利とする!!」
審判の声が会場内に響き渡った。
その光景を見たスラインは、リムカが負けた事にショックを受けているであろう、隣に居るオリアンをチラッと見た。
するとオリアンは、両の拳を強く握りしめ、頭を下に向け、プルプルと小刻みに震えていた。
スラインは落ち込んでいるオリアンに、静かに声をかけた。
「ま、まあ、そんなに気を落とすな…リムカちゃんもよくやった方じゃないか。か、かなりの才能だと…」
と、スラインが慰めようと、肩に手をやった瞬間、オリアンの手がスラインの手を掴んだかと思うと、
「見たか?!スライン!!どうだ!あれがうちの娘!リムカだ!!どうだ!可愛いだろ!?!天使だろ!!!」
と、今までに見たことが無いような、満面のニヤケ顔のオリアンが目の前に現れた。
口元は緩み、目尻は下がり、だらしなくなった顔は、もはや別人だ。
さらに、
「どうだラウクン!!あの泣き顔見てみろ、サイコーに可愛いだろ!」
と、ラウクンの肩を「ポンポン」と叩きながら叫んだ。
そんなオリアンを見かねたスラインは、
「オ、オリアン、気をしっかり持て、負けたとはいえ…」
するとオリアンは食いぎみに、
「はぁ~?負けただと?よく見ろスライン!あの可愛さに勝てるヤツが他に居ると思うか?世界一可愛いのは『リムカ』だろうが!」
と、まったく聞く耳を持っていなかった。
すると、そのやり取りを聞いていたイサーチェが、
「もしかしてオリアン様は、可愛くなったリムカ様をみんなに見せたくて、この大会に出場させたのでは?」
それを聞いたオリアンは、「ポンッ」と膝を叩き、イサーチェを指差すと、
「そう!まさにそれ!さすが妃だ!あんなに可愛い天使を、みんなに見せないのは、それこそ『罪』ってもんだろ!」
と、今まで見たことのないオリアンに、どう接していいか、わからないスラインとラウクンであった。
そう!オリアンは、10才になったリムカが、あまりにも『可愛い』ため、みんなに見せびらかしたくて、この大会に出場させたのだった。
すなわち『ただの親バカ』だ。
もちろん、剣の技など1度も教えた事がない。ただ一緒に遊んでいただけであっのだ。
その頃、リムカに抱き着かれたチェスハは、泣き止む間、何も言わず頭を撫でていたが、リムカが落ち着いて来ると、
「さあ、試合が終わったんだから、お姉ちゃんの所に行って、挨拶して来なさい。」
リムカは涙を拭いながら、
「あいさつ?」
「そうよ、闘った後は、みんなお友達になるの。だから、「闘ってくれてありがとう」って言うのよ。それが試合の礼儀なの。」
するとリムカは、
「でも、お父さんは、「本当に強えヤツには、礼儀なんて必要ねえんだ!相手の方からひれ伏すからよ。」って言ってたよ。」
チェスハは呆れたような顔で、
「バカオオカミの言う事を本気にしちゃダメなのよ、それにリムカはお姉ちゃんに勝てなかったんでしょ。
だったらなおさら挨拶しなきゃ。
ね、ほら、お姉ちゃん待ってるよ。」
と、チェスハが指をさすと、そこには別人のように優しい顔をしたサーランが立っていた。
それを見たリムカは、
「うん!行ってくる。」
と、トコトコと、試合会場の中央に立っていたサーランの元に向かった。
リムカが来ると、サーランは膝を曲げ、しゃがみこみながら、リムカを迎えた。
するとリムカは、ペコリと頭を下げ、
「ありがとうございました。お姉ちゃん。」
てサーランに挨拶をした。するとサーランも、
「いい試合だったよ。またやろうな。それから、今度はちゃんとお母さんに教えてもらいなよ。
お姉ちゃんだって、教えてもらいたいぐらいなんだから。」
それを聞いたリムカは、
「こんなに強いお姉ちゃんが?!」
と、驚いた。すると、
「お姉ちゃんだけじゃないよ。世界中の人が教えてもらいたいって思っているんだから。そんな人が『お母さん』だなんて、リムカちゃんは幸せ者なんだよ。」
リムカは、ただの口うるさい母親が、世界中憧れだと思うと、誇らしくなってきた。
「ねえ、お姉ちゃん。あたしもお母さんに教えて貰ったら、お姉ちゃんみたいに強くなれる?」
一瞬ビックリした表情を見せたサーランだったが、すぐに笑顔に戻り
「リムカちゃんが、お母さんに教えて貰ったら、お姉ちゃん、勝てなくなっちゃうかも、ハハハハ」
「ホントに!?その時は、また試合しよ!」
「ああ、わかった。約束な。その前に、たぶん今日、あなたのお母さんと試合をすると思うから、よく見ておくんだよ。お姉ちゃんは、お母さんに勝つために特訓をしてきたんだから。」
「うん!負けないでお姉ちゃん。お姉ちゃんに勝つのはあたしなんだから。」
リムカの意外な答えにサーランは、
「アハハハ、頑張ってみるよ。」
とだけ答えた。そして、
「さあ、次の試合が始まる。そろそろ出ようか。よっと。」
サーランは立ち上がると、かけ声と共にリムカを持ち上げ、右肩の上に乗せた。
もちろん、リムカは大喜びだ。
「キャハハハハ!凄~い、お姉ちゃん!!」
ここにも大喜びしているオオカミが居た。
「見ろ見ろ!あれ見ろ!はやく見ろ!!サイコーだろ!可愛いだろ!リムカ~~~~!!!!」
オリアンの雄叫び?は会場中に響き渡った。
そんなオリアンを冷ややかな目で見ていた、チェスハとエミナーは、
「うちのスラインも、大概だけど、あなたのところも、相当なものね…」
「はぁ~、なんで私達の旦那ってバカばっかりなんだろ…」
「ハァ~…」
こうして、1回戦、第2試合は、サーランの勝利と共に、エミナーとチェスハの深いタメ息で終了するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます