番外編28〔第1回、美しき女性達による剣技大会〕


番外編28〔第1回、美しき女性達による剣技大会〕



『闘技場』とは思えない『白』を基調とした円形の外観、ちょっしたホテルのような控え室

とても『戦う場』とはかけ離れていたが、

いざ外に出てみると、その思いは一変する。

壁のあちこちには無数の傷やシミがあり、戦いの激しさを物語っていた。


一旦、選手達は専用の控え室に待機させられ、時間が来たら、選手のみ闘技場の真ん中に集められた。


ユーリセンチの女性達は当然のように固まり、談笑していた。


他の国から来た者は少し離れて、1人で居る者、顔見知りは集まり、回りを見渡している者、それぞれだった。


ミウは、よそ者のフリをしてるので、さらに離れて1人で居た。


そして、当然の事ながら、談笑しつつも、視線はミウに集まっていた。


まあ、『伝説の勇者』がお供として連れて来たのだから、「弱いハズがない」みんなそう思っているのだろう。


そして、ここに居る誰もが『打倒エミナー』を目標に特訓を重ねて来たのだから、ミウという『未知の不安』に誰もが戸惑っていた。


それは前回の王者でもある「エミナー」も同じだった。


その不安を少しでも払拭しようと、エミナーはチェスハに話しかけた。


「ねえ?チェスハ、あの娘の事、何か知らない?あなたタロウと仲が良かったんでしょ?」


するとチェスハも、困ったような顔をして、


「さあ?タロウってば、自分の国の事は話しても、女の子の事なんて、全然話さなかったから…」


「オリアンからも、何も聞いてないの?」


「うん、オリアンも、いきなり「タロウの仲間が大会に出るようになった」としか…

あ!でも「気を抜くんじゃねえぞ!」とも言ってたわ!それから「俺はタロウに必ず勝つ!だからお前も絶対優勝しろ!」って。キャッ!」


「はいはい…ノロケはいいから、でもオリアンがそこまで言うなら、弱くはないって事よね?」


そこにエミナーの娘のニーサが入ってきた。


「あたしのお父さんが言ってたんだけど、『タロウの護衛の者』じゃないかって?」


さらにイブレドの娘で、エミナーの妹でもあるダシールも話に入ってきた。


「『護衛』って事は、つまりタロウよりも『強い』って事~!?」


「うん、そうみたい。実はこの話は、お父さんとオリアンさんしか知らない事なんだけど、タロウって、この国のから居なくなる時は『普通の子供』に戻っていたんだって。」


するとチェスハが、


「普通の子供って?あいつは見た目は普通の子供でしょ?」


するとニーサは、大きく首を横に振り、


「ううん、見た目は普通でも『勇者の力』があったでしょ?それが全く無くなっていたんだって。チェスハさんが軽く1発殴れば気絶するような…」


「ハア?そんなバカな?!」


チェスハ同様、その場にいた全員が驚いていた。そしてダシールは話を続けた。


「だから、今回はそうなってもいいように、自分より強いお供を連れて来たんじゃないかって?」


するとチェスハはさらに驚き、


「ち、ちょっと待ってよ!?タロウがこの国に来た時のムチャクチャぶりを知ってるでしょ?!」


が、他の女性たちは、タロウが暴れている所を直接見たものは誰も居なかった。


ニーサにとってタロウは『ジャム』をくれた『お父さんの友達の優しいお兄ちゃん』


ダシールにとっては、『自分の店を手伝って、大きくしてくれた優しくて頼もしいお兄ちゃん』


ナカリーにとっては、『親友のミウに会うために、よくお城に来る男の子』


エミナーにとっては、『自分の夫である『豪剣スライン』を何らかの方法でビビらせた不思議な男の子』


それぞれ『タロウ』の話は聞いていたが、その容姿からは想像出来ず、話が大きくなっただけだろうと思っていたのだ。


が、チェスハだけは、タロウがこの国に来た時から1番近くで見ていたのである。

この国に来てすぐの時に『ドラゴン』に拐われてから聖戦が終わるまで、行動を共にしてきたチェスハは、その目で何度もタロウの信じられない行動を見てきていたのである。


と、チェスハは「ハッ」っとあることを思い出した。


「ねえ?ナカリー、タロウって、お城に泊まっているんでしょ?何か知らないの?セオシルもタロウに会ったんでしょ?」


「うん、お城には居たんだけど、タロウの部屋には近づくなって。それからね…」


ナカリーは少し口をつむんだ。


「どうしたの?ナカリー、セオシルに何か言われた?」


そしてナカリーは、再び口を開いた。


「夫が言うには、『あの娘と当たらないようにしろ、当たったらあきらめろ』って…」


「なにそれ!?そんなに強いの?」


ダシールと、ニーサが驚く中、エミナーとチェスハだけは、さらに闘志に火がついた。


「面白いじゃない!毎回、チェスハとだから、マンネリだったのよね。今回は面白くなりそう!」


と、エミナーが言えば、


「せいぜい、途中で、あの娘に負けないようにね。今年こそ必ず優勝するんだから!」


エミナーとチェスハがにらみ合い、火花が散る中、タロウの事を直接見たこともないリムカは、母親であるチェスハの後ろに隠れて話を聞いていた。


そして少し離れた所で、そのやり取りを聞いていた他の国の選手達は、


「ちょっと、ちょっと、聞いてないよ?!あの『悪魔的な化け物タロウ』より強い女の子ですって?!!」


「ま、まだわからないよ!勝ち抜き戦だから、くじで良い場所を引き当てれば、決勝まで行けるかも。」


「そ、そうよね…1回戦は他の国から来た者は、ユーリセンチの人と当たるはずだから…」


そんなそれぞれの思いを抱え、今、大会が始まろうとしていた。


選手達が、雑談していると、ひときわ大きな歓声が会場を包み込んだ。


ラウクン新国王とイサーチェが姿を見せたのだ。


ラウクン新国王は、闘技場の正面中腹に作られた国王専用のベランダに姿を現し、集まった選手に向かって、大会開始の宣言を叫んだ。


「よく集まってくれた!勇猛果敢なる…せ……」


「ギロッ!」


勢いよく話し始めたラウクン新国王だったが、いきなり途中で押し黙った。

というのも、ラウクン新国王が『勇猛果敢』と言ったとたん、全選手から睨まれ、特に『エミナー』と『チェスハ』の視線は、鋭くラウクン新国王に突き刺さった。


ラウクン新国王は、少しの沈黙のあと、ひとつ咳払いをし、再び叫んだ。


「…コホン……、よくぞ集まってくれた!美しき可憐な女性達よ!

今日まで磨いてきた技を、存分に見せて欲しい!

それではこれより!『第1回!美しき可憐な女性達による大剣技大会』を開催する!!!」


「うおおおお~~~!!!!!! 」


会場が割れんばかりの声援で溢れた。


「ん?題名が少し変わってない?」


と、思った人も少くないが、どうせ来年も変わるだろうと、誰も気に止めることはなかった。


抽選の結果、1回戦の第1試合は『ナカリー』VS『タメフォーレ』に決まった。

ミウはというと、1回戦最終試合の6試合目に『イミスーラ』という『ルアスティ王国』の選手と当たった。

しかも、勝てば2回戦では、人数の関係上、不戦勝だった『エミナー』さんと当たる事がすでに確定されていた。


試合が始まれば、選手達は闘技場内であれば、自由に行動ができ、控え室に帰っても、家族と合っても良かったのだが、全選手が試合場の外から、他の選手の武器や技を見て対策を考えようと、待ち構えていた。


試合場というのは、闘技場の真ん中にある、多角形の大きなスペースだ。2メートル近い『杭』が打ち付けられており、何本ものロープでグルリと囲まれている。

板の壁とは違い、ロープがクッションの役割を果たし、なおかつ周りから中がよく見えることであろうか。女性仕様の試合場である。

もちろん、この試合場から出たら、場外負けが決まっていまうのだ。


審判が登場し、選手コールが始まった。


「これより!第1試合を始めます!選手は中央へ!!」


審判の声と同時に、ナカリーとタメフォーレが、試合場の中に入り、中央で対峙した。


ナカリーはダシールと同じような装備を着けていた。胸にはシルバーのプロテクター、何枚もの鉄で出来たようなスカート。少しダシールのより丈が長いかな?

これがユーリセンチの女性の標準装備なのかと僕は思った。


試合場の脇には、やはりセオシルが居て、大きな声をかけていた。


対する『タメフォーレ』は、『サップレイン王国』の選手で、白色を基調とした鎧に身を纏い、髪は後ろで束ね上げ、カモシカのような長い足は白のパンツで覆われていた。

女性ながら、どこか男性をイメージさせる出立ちだ。武器はナカリーと同じ『棍棒』だった。

そして、やはり近くには同郷の者だろうか、何人かの人が声をかけていた。


もちろん、僕もミウの隣で、この試合を観戦する予定だ。


ちょうどその頃、ラウクン新国王が居る部屋に、オリアンとスライン将軍がやって来た。


「新国王、邪魔するぜ。」


「ん?どうした?オリアン。チェスハの側に居なくてもよいのか?

お?スライン将軍も一緒なのか?」


するとオリアンは、


「アドハイスでもしてやろうと思ったんだがな、「近くにいると、気が散るから来るな!」だとよ。」


それを聞いた、ラウクン新国王は、高笑いをし、


「ハハハハ、そうかそうか、と、いうことは、スライン御主もか?」


するとスラインは納得がいかない様子で、


「ま、まあ、そんなところだ。ニーサは側に居るのに、なんで俺だけ…」


するとラウクン新国王は、スライン将軍の肩を「ポンポン」と叩き、


「まあ、ニーサとリムカも選手だからな。母親の戦いを近くで見たいものさ。アドハイスも貰えるからな。」


「そうだぜ、スラインよ。お前のアドハイスは、あてにならねえんだとよ。ハハハハ。」


「なんだと!この老いぼれオオカミが!お前だって似たようなもんだろうが!」


「なんだと!もういっぺん言ってみやがれ!」


オリアンとスラインはお互いの胸ぐらを掴み、顔を引き寄せた。


そんな2人を見た、ラウクン新国王は、大きくタメ息をつき、


「フゥ~、まったく御主達は…、仲が良いのはいいことだが、ここで暴れるようなら、イサーチェが黙っておらぬぞ?」


いきなり自分の名を出されたイサーチェは、


「へ?!わたくしで御座いますか?」


するとオリアンは、掴んでいた手をすぐに離し、


「それは勘弁だぜ、新国王。王妃様、騒がせて申し訳ねえ。」


と、方膝をつきイサーチェに対して、頭を下げた。

それに対し、イサーチェの力の事を知らないスラインは、いきなりのオリアンの行動に、ただ立ちすくんでいた。


それを見たオリアンは、


「おい、スライン。まだちゃんと挨拶してねえだろうが、王妃様と握手しやがれ。」


と、イサーチェと握手をするようにけしかけた。


するとスラインは素直に、


「お~、そうであった。イサーチェ王妃、この度はおめでとう御座います。新国王を支えてやって下さい。」


と、オリアン同様、方膝をつき、頭を下げた。


するとイサーチェは、スラインのすぐ側まで近付くと、


「とんでも御座いませぬ、十数年もの間、ラウクン新国王を支えて下さったのは、あなた様ではいらっしゃいませんか。

これからも、良き友として新国王をよろしくお願い致します。」


と、右手を差し出した。


スラインがその右手を取った瞬間、オリアンが強く握るよう、イサーチェに拳を握る仕草を見せた。

それを見たイサーチェは、不安そうに、ラウクン新国王の顔を「チラリ」と見た。


するとラウクン新国王は、「やれやれ…」というような表情で、「ほんの少しだけ」の意味を込めて、親指と人差指で『C』の文字を作った。」


そんなやり取りがされている事を知らないスラインは、

イサーチェの手を取り、立ち上がろうとした。その瞬間、


「ギュッ!」


「???!!!!い″!??!」


「ドッテ~ン!!」


言葉にならない痛みが、右手に走り、スラインは起こそうとした体を、再び床に叩きつけ、もんどりうって、転げ回った。

そんなスラインを見たオリアンは、


「アハハハハハハ!ア~ッハハハハハハ!!

どうした?どうした?天下の『豪剣スライン』が床の掃除か?アハハハハハハ!」


軽く握ったつもりのイサーチェだったが、思った以上に痛がるスラインに、


「だ、大丈夫で御座いますか?スライン将軍様!」


イサーチェは、すぐにスラインに近寄り声をかけた。


何が起こったのか、まったくわからないスラインは、

ただ、痛みが走る右手を見たあと、心配そうに見つめるイサーチェを見て、再び右手に目をやった。


そして、隣で大笑いをしているオリアンに向かって、


「オ、オリアン!ど、どうしたんだ俺は?!

一体何が起こったっていうんだ!?」


と、必死の形相で問いただした。

そんなスラインの姿を見たオリアンは、あまりにも予想外のリアクションだったので、少し戸惑いながら、


「お、おう…まあ、そうなるわな…」


答えになっていない回答が戻って来たスラインは、今度はラウクン新国王に尋ねた。


「ラ、ラウクン新国王?こ、これは一体?…」


するとラウクンは、頭をポリポリとかきながら、


「ん?…いや…それがな、どうやらタロウの国で暮らしていると、自然に力が強くなるみたいなんだ…」


「な!なんだと!?自然に力が強くなるだと?!」


あまりの答えに、驚きを隠せなかったスラインだったが、オリアンの言葉を聞き、落ち着きを取り戻した。


「まあまあ、スライン、そんなに驚くことはねえだろ、初めて『タロウ』に会った時の事を思い出してみろ。」


「初めて『タロウ』に会った時の事?」


スラインは、初めてタロウに会った『聖戦』の事を思い出した。


「あっ!」


スラインが思い出したのは、タロウが3万の大軍に1人で突っこみ、次々に武器を壊していった時の事だった。

スラインが思い出したのを確認したオリアンは、


「まあ、今の王妃はそこまでいかなくても、それに近い力は持ってるんじゃねえか?なんせ10年もタロウの国で一緒に暮らしてたんだ。なんも不思議なことはねえ。」


オリアンの話が終わると、スラインは再びイサーチェを見て、


「ま、本当まことで御座いますか?王妃様。」


するとイサーチェは、深く頭を下げ、


「本当に申し訳御座いませんでした、スライン将軍様。

思った以上に力が入ったみたいで…お怪我はござませんか?」


と、床に這いつくばっているスラインに再び手を差し伸べた。


スラインは、おそるおそるイサーチェの手を掴むと、


「大丈夫で御座います、王妃様、少しビックリしただけですから。

このスライン、少々の事ではビクともしませぬわ!ハハハハ!」


するとイサーチェは、ホッとした表情をすると、今度はスラインの手を握ることなく、スラインが握っている手をそのまま上に挙げた。


「おお~?!」


すると、大きな体のスライン宙に浮いたかと思うと、自分の意志とは関係なく立ち上がっていた。


「ハハ…これは凄い…これなら『タロウ』が居なくてもよいのでは?ハハハ…」


するとオリアンが、


「なに、ビビってやがる、この『力』は一時的な物だ。

数週間もすれば、元のイサーチェに戻るんだよ。」


「なんと!そうなのか?」


「ああ、そうだ。タロウのヤツだって、そうだったんだぜ。アイツが自分の国に帰った時は、ただのガキに戻っていたからな。」


スラインは再び驚き、


「なんだと!?あのタロウが、ただの子供に?!」


「そうだぜ、スライン。あの頃のタロウと試合をしてたら、タロウのヤツをボロボロに出来たかもな。名前を売るチャンスを逃したな。

まあ、『第2回タロウ杯』で、逃げ帰ったお前には、どのみちムリなんだかな。ハハハハ!」


するとスラインは、「ムッ」っとなり、


「ああ~!確かお前が負けた『あの大会』か!

残念だったな、無敗伝説を作れなくて!」


すると今度は、オリアンが「ムッ」っなり、


「なんだと!このヤロウ!やんのか!!?」


と、再び、お互いの胸ぐらを掴み顔を引き寄せた。


すると、とうとう堪忍袋の緒が切れたラウクン新国王が席を立ち、


「コラ!お前達!いい加減にしろ!!

落ち着いて試合が見えないではないか!!」


と、ラウクン新国王が2人に一喝した瞬間、


「1本!!勝者、タスフォーレ!!」


「おおおお~~~!!」


と、審判の声と、観客の歓声が聞こえてきた。

それを聞いた、オリアン達3人は、


「あ………」


と、同時に、ラウクン新国王が、


「ほら見ろ!いいところを見逃してしまったではないか!」


それを聞いたオリアンとスラインは、


「す、すまねえ国王…」


「わ、悪かった新国王…」


と、2人ともシュンとなり、ラウクン新国王に謝った。


それを聞いたラウクン新国王は、


「ふぅ~…やれやれ…チェスハとエミナー殿が、お前達を側に置きたくないのがよくわかった。

でもな、私はお前達がここに来てくれて、本当に嬉しく思っているんだぞ。

私もイサーチェも『闘い』の事に関しては素人同然だ。お前達の解説を聞きたいと思っていたんだよ。

それにその『新国王』は止めてくれ、『ラウクン』でよい。付き合いの長い『友』ではないか。」


「ラウクン新国王…」


2人は改めて、頭を深く下げた。


「ほら、2本目が始まるぞ!こっちに座れ。」


ラウクン新国王は、2人を自分の隣に座らせ、タスフォーレの事を聞いた。


「あのタスフォーレと言う選手は、どうなのだ?ナカリーから1本取ったようだが。」


すると、スラインが、


「聞いたこと無い名だが、『サップレイン』の者だよな。

あの国は野山で行う『野戦』が得意と聞いておる。

見たところ、武器はお互い『棍棒』だな。長さが少し違うか、ナカリーの方が長いな。」


すると、オリアンも口を開いた。


「それだけじゃねえ、あのタスフォーレってえのが持っている『棍棒』は、前と後ろで『太さ』が違う。

あれを真っ直ぐ向けられたら、実際の長さより、短く感じてしまうかもしれん。

たぶん1本目は、それでナカリーは目測を誤ったんだろうな。」


「なんと!そのような事までしておるのか?!」


と、ラウクン新国王は、『ただの祭りと思っていた『剣技大会』に、そこまでの細かな心理戦を絡めて来るとは思ってもみなかったのである。


するとスラインは、


「『ユーリセンチ』は全世界から注目されているからな、ここで開催される大会で名を上げれば、一気に世界中に名を広げられるって事だ。

特に『女性の戦士』にとっては、この大会ほど好都合な事はない。

ここにいる『オリアン』や『タロウ』みたいなバケモノもいないし、チェスハやエミナーが強いといっても、雲の上の存在じゃないしな。」


「ほう、スラインよ…、よくわかってるじゃねえか、俺には勝てねえって事がよ。」


オリアンは腕組みをして、頷きながら答えた。


「バ、バカヤロウ!そんなんじゃねえ!命のやり取りならまだしも、ルールのある試合じゃ、どうしたって『人』じゃ『獣人』には勝てないんだよ。体の作りが元から違うからな。」


スラインの説明を聞いたラウクン新国王は、


「そうなのか?オリアン。」


と、オリアンに聞いた。するとオリアンは、


「まあ、そうだったんだがな…」


「ん?「そうだった」?…どういうことだ?オリアン。」


オリアンの要領を得ない答えに、スラインは不思議に思い、聞き返した。

するとオリアンは、闘っている2人を見ながら、


「俺もそう思ってた…、実際、俺のスピードについて来れるヤツも居なかったしな。誰にも負ける気がしなかった。

ただな…あの、俺が唯一負けた試合…あの負けが、根本的に考えを変えるきっかけになったんだ。」


するとスラインが、


「ハハハハ!タロウの事か?!あれは仕方ない、アイツは『規格外』だからな、気にしてもしょうがない!」


と、慰めにもとれるスラインの発言に、


「いや…俺が負けたのは、タロウじゃねえ、ラクだ。タロウが入れ知恵したとはいえ、俺はラクに負けた。

セオシルなんか、身をもってわかったはずだ。

元々、ただの門番だったセオシルが、ここまで強くなったのも、元はといえば、タロウの知識の賜物だからな。」


おおざっぱな性格のスラインは、オリアンが何を言いたいのか、よく理解出来なかったが、頭の良いラウクン新国王は、オリアンの言っていることを理解していた。


「なるほどな、つまり『ただ強いだけでは勝てない』と言いたいのだろう。」


するとオリアンは、アゴに手をやり、考えるようなしぐさで、


「ああ、そうだ。直感や本能といった類いは、俺達『獣人』の方が優れているが、『人』は頭を使う事に長けている。

頭を使えば、ラクみたいな弱いヤツでも俺やセオシルにも勝てるって証明しやがったからな、タロウのヤツは。

その証拠にあれを見てみろ!」


と、オリアンは闘っている2人を指差し、スラインとラウクン新国王に見るよう促した。


「ん?あの2人が、どうかしたか?どちらもいい動きをしてるじゃないか。」


と、スラインが2人を誉めると、オリアンは、


「ああ、よく訓練されてる動きだ。だが、まだまだチェスハやエミナーには遠く及ばない。

ただ、その差を少しでも埋めようと、考えたのが『あの武器』だ。」


「『武器』?2人とも『ただの棍棒』だぞ?」


と、スラインが言うと、


「だから、てめえは俺に勝てないんだよ!

よく見ろ!ナカリーの持っている棍棒は、やけにしなってやがる。普通あそこまではしならねえ、

それにタスフォーレの棍棒、長さが有利な棍棒で、あえて短くしてやがる。2人とも何か隠してやがる。

その証拠に、あのセオシルの顔を見てみろ、ナカリーが1本取られてるのに、余裕の表情をしてやがる。」


「なるほど、では2人は、まだ本気を出してないと?」


「そういうこった新国王、さすがだな。どこかの筋肉将軍とは頭の回転が違う。」


スラインは、からかわれた事にすら気付かないほど、オリアンの言った棍棒の違いに目をやっていた。


「オ、オリアンよ。じゃあ、あの2人は、本気でエミナーに勝とうとしてるわけか!?」


「ああ、実力の差をどうにかして縮めようと、考えに考えたに違いねえ。

しかし、負けたら終わりの勝ち抜き戦、ここで負けたら、元も子もないからな。

特にナカリーは、1本取られて後がないから、そろそろ動くぞ…」


オリアンの言ったことは、すべて的を射ていた。


ナカリーはチェスハかエミナーと当たるまでは『奥の手』を温存しておきたがったが、後がない今となっては、そうも言ってられなかった。


それはセオシルも同じだ。セオシルはナカリーの名前を叫ぶと、目が合ったナカリーに大きく頷いた。


ナカリーも、セオシルの頷きを見て、覚悟を決めた。


ナカリーは、一旦距離を取ると、体勢を低く構え、大きく深呼吸をすると、タスフォーレに向かって、突っ込んで行った。


長い棍棒には不利な、接近戦をあえて挑んで行ったのだ。


しかし、ナカリーは、ただ真っ直ぐに突っ込んで行くのではなく、左右に方向を変えながら、走って行った。

それを見た僕は、


「あの動きは!」


そう、それはまさに昨日、ミウがセオシルと練習した時の動きと同じだったのだ。

たぶん、セオシルが自分がやられた動きが使えると、ナカリーに教えたのであろう。


ミウほどのスピードは無いにせよ、相手を誘導するには、十分のスピードだった。


対するタスフォーレ、距離感を間違わせようと、左右に飛ぶナカリーに対して棍棒の先をナカリーに向けて、どちらからでも対処出来るよう、待ち構えていた。


ナカリーは、自分の棍棒の間合いに入った瞬間、右から、左に飛び、棍棒を振りかざし、右へ…


と、思ったタスフォーレは、次はここに来るであろう、まだ見えぬナカリーに向かって棍棒を貫いた。


「バレバレなんだよ!ヤーー!!!」


が、次はそこに来るはずのナカリーの姿はなく、貫いた棍棒は空を斬った。


その瞬間、タスフォーレの背筋に『ゾクッ』っとした悪寒が走り、無我夢中で貫いた棍棒を引き戻し後ろを向いた。


「たぁーーーー!!!」


タスフォーレが向いた先には、左から、さらに左に飛び、タスフォーレの背後に回っていた、ナカリーの棍棒が目の前まで迫って来ていた。


タスフォーレは少しでも『ヒットポイント』を遅らせようと、体勢を低くしながら棍棒を頭の上に掲げた。


「ガッ!!!ン…」


スラインの解説にもあったように、サップレインの戦士は野戦が得意である。故に、ナカリーが取った奇襲のような攻撃にも対処出来たのだった。


ナカリーの攻撃は、タスフォーレの頭数センチの所で止められた。


が、次の瞬間、


「ドガッ!!!!」


「グハッ!!?」


確かに数センチでかわしたはずの、ナカリーの棍棒が、タスフォーレの背中を直撃したのだった。


「1本!!ナカリー!!!」


審判の声と同時に、スラインが席から立ち上り、


「棍棒が折れただと?!」


と、次にオリアンが、


「いや違う!よく見ろ繋がっている!」


スラインとラウクン新国王が、ナカリーの持っている棍棒の折れた部分をよく見てみると、確かに『紐』のような物で繋がっていた。


ナカリーは、紐で繋がっている棒をクルクルと回すと、掴んで元の場所に差し込んだ。


「ありゃあ、『繋ぎ棒』か?」


と、オリアンが言うと、

すかさずスラインが、


「なんだ?『繋ぎ棒』とは?」


「他所の国の武器だ。2本の棒を紐やクサリで繋げた物だが、1本から2本になるなんて見たこともねえ…」


「最初から2本とわかっていれば、対処も出来るが、かわしたと思った瞬間、2本なるんじゃ、かわしようが無い…

もし、知らずに闘っていたら、エミナーも危なかったな。」


スラインは、ホッと胸を撫で下ろした。


すると、オリアンは


「くそ!セオシルのやつ、俺やチェスハには内緒であんな『武器』を作りやがって…」


「ハハハハハ、オリアンよ、そう言うなって、セオシルも考えに考えたんだろう。あの武器を使えば、お主にも勝てたかも知れないのに、ナカリーの為に使ったんだ。許してやれ。ハハハ。」


そう言って、ラウクン新国王は、オリアンの苛立ちを一蹴した。


「これで1対1か…、お互いの手の内がわかった以上、同じ手は通用しないな、て事は先に1本取られたナカリーが不利なのか?」


スラインが、ナカリーが不利なのを指摘すると、オリアンは、


「いや、あの曲がって攻撃してくる『繋ぎ棒』は、1本の棍棒じゃ止められねえ、盾でも持ってりゃ別なんだけどよ。

短い棍棒にするなら、盾と長剣を持てばいいのによ…

それにタスフォーレのやつ、あの表情は、まだ諦めてねえ…」


「え!?まだあの『棍棒』に秘密があるというのか?!」


スラインは、さらに何かあると言うオリアンに、驚きを隠せなかった。


「ふう…やれやれ…」


ラウクン新国王は、大きなタメ息をつきながら、椅子に座り直した。

そして、


「1回戦の第1試合で、この闘いだと、2回戦、3回戦は、どのような闘いになるのだ?想像もつかない。

しかも、決勝戦の後は、『オリアンVSタロウ』が待っている。私の体力が持つのか?ハハハ…」


「安心してくれ新国王、俺とタロウの試合は、数分で終わらせてやるるからよ。」


「お前のその自信はどこから来るんだ?」


オリアンの根拠の無い自信に呆れ返るスラインであった。


そんな3人をよそに、白熱する1回戦の第1試合は、決着の3本目を迎えようとしていた。


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