番外編25〔くノ一(くのいち)〕



番外編25〔くノ一(くのいち)〕



僕は城に戻ると、ミウの待つ部屋に向かった。

と、同時にセオシルに武器を作るのに必要なナイフ、ヤスリなどの道具を揃えて貰った。


さらに、ミウが大会で着る服も紙に書いて渡した。

似たような服を捜してもらうためだ。


ミウが、大会で着る服の『コンセプト』は決まっていた。

僕の国で最強の女剣士…それは…

女忍者『くノ一』!



『くノ一』を選んだ理由は他にもあった。

ミウのイメージカラー『白』とは全く逆だからだ。

黒い衣装に身を包み、口元を隠せば、誰もあの『ミウ』だと気付く人は居ないだろうと思ったのだ。


あとは『武器』だったが、これも考えている物があった。

今はわからないが、前にこの国に居た時は、チェスハの店に無かった武器だ。


あの『聖戦』が終わった後、城の庭で祝いの宴が行われた。

その時、獣族の人達が躍りを踊っていたのを思い出したのだ。


十字架のような2本の棒を両手で持ち、クルクルと回したり、叩いたり、合わせたりして音を出しながら踊っていた。


ミウに尋ねると、「豊作の年に自然に感謝の意味を込めて踊るの。」そう言っていた。


今では、豊作の時だけでなく、祝いの席でも踊るようになったとも言っていた。


もちろん、ミウも踊れるそうだ。


その事を思い出した僕は、ミウが使う武器を『トンファー』に決めたのだった。


『トンファー』とは中国武術に使われる武器で、ちょうど、腕の肘までの長さの棒に、直角の握りを付けた接近戦に優れている武器だ。両手に1本づつ持っているから、片方の手で、攻撃を防御しながら、もう片方の手で攻撃を加える事の出来る優れものなのだ。


今のミウなら、一気に距離を縮め、一撃を当てる事が出来ると考えたのだ。

それに、戦いに対して素人のミウは試合が長引けば、不利になるのは当然の結果だ。



僕は早速、ミウに『くノ一』や『トンファー』の事を話した。


すると、ミウから思いもよらない言葉が帰ってきたのだ。


「その『トンファー』?っていう武器はいいけど、女のコの忍者は嫌だな~。」


僕は、ミウが『くノ一』を知っていた事と、さらに『くノ一』を嫌っている事に驚き、


「え?!ど、どうして?『くノ一』ってカッコイイと思うんだけど…」


と、聞いてみた。するとミウは僕の顔を見ながら、少し恥ずかしそうに


「だって…女のコの忍者って、エッチな技を使ったり、相手に捕まったら、ふ…服を脱がされ…て…へ…変な…事……」


もうミウの顔は真っ赤だ。僕は慌てて、


「ち、ちょっとミウ…、だ、誰がそんな事を!?」


するとミウは、上目使いに僕を見ると、


「タ…タロウのパソコンの中に、アニメがあったから、見たの…、その中に女のコの忍者が…」


僕の頭の中を、いくつものホルダーがよぎった。


確かにある!その手のアニメもパソコンの中に入っている。

しかし、母さんや妹に見られないよう、何重にもホルダーを重ね、偽のタイトルを付け、本人でなければたどり着けないはずなのに…なぜ!?


「んん!…」


僕はひとつ咳払いをすると、


「ミウ?よく聞いて。あの『くノ一』は特別なんだ。女のコの忍者が、全員あんな事になるんじゃないんだよ。

ちゃんと強い『くノ一』もいるし、もちろんエッチな技も使わない『くノ一』もいるんだよ。わかったかな?」


と、優しい口調で話しかけた。するとミウは、


「でも、パソコンの中には、他に『忍者』のアニメはなかったよ?」


「し、しまった~!!!『くノ一』=『エッチ』しか思っていなかった~!!!」


とは口が裂けても言えず、


「で、でもミウ、凄いね!よく『くノ一』のアニメを見つけたね。」


と、なんとなく話をそらした。するとミウは、また少し顔を赤らめ、


「だ…だって…タロウの事…いっぱい知りたかったから…パソコンの中を見たらわかるかなって…」


「も、もしかして、全部のホルダーを開いた?」


「ホルダー?」


「パソコンの画面に出てくる黄色い四角いやつ」


「うん!」


あ…見られた…『くノ一』以外も見られた…


ミウは困ったような顔をして、


「見たらダメだった?」


「ううん!ううん!全然!むしろミウがそんなに僕の事を知りたがっていたなんて、嬉しいよ!」


と、僕は首を左右に振り答えた。そして、


「で…でも、ミウは嫌じゃなかった?僕があんなアニメを見てるって知って…」


すると今度はミウが首を左右に振り、


「全然!だってアニメなんだもん。アニメには触れられないでしょ、タロウは私の事、抱きしめてくれるけど、アニメは抱きしめるどころか、触ることも出来ないから。いいの!」


と、言うやいなや、僕に抱き着いて来た。


「ミウ…」


僕もミウを抱き締め、天を仰ぎ神に神に感謝した。


「おお!神よ…こんな素晴らしい女性と逢わせてくれた事に感謝いたします…」


1分程、抱き合ったままだったろうか、ふいにミウが口を開いた。


「ねえ?タロウ?その『トンファー』っていう武器はチェスハのお店にあるのかしら?」


僕はミウから離れると、


「う~ん、どうだろう?前に居たときは無かったし、こっちでは見たこと無いから、チェスハの店にも無いと思うよ。

でも、大丈夫!これから僕が作るよ。2本の棒を組み合わせるだけだから。セオシルにも作る為の道具を借りたし。」


「すご~い!タロウ!なんでも出来るんだね!」


「ハハ…この世界だけなんだけどね…」


僕は少し謙遜しながらも、前に映画で見た記憶をたどりながら、『トンファー』を作った。


どんなに固い木材であろうと、鋼鉄でさえ発泡スチロールに思える今の僕には、木を加工するのは朝飯前だった。


ものの5分も経たないうち『トンファー』は完成をした。


ミウは『トンファー』を持つと、クルクルと回し始め、そのうち豊作の舞を躍り始めた。

どうやら手にも馴染んでいるようだ。


僕は少しの間、ミウの舞を見ていた。


躍りが一段落すると、ミウは服の裾をつまみ、軽くお辞儀をした。


「パチパチパチ!!」


僕は拍手をしながら、


「どうかな?ミウ、持った感じは。」


と、尋ねてみた。

するとミウは『トンファー』を眺めながら、


「うん!凄くいい!いつも使っている棒よりも、はるかに躍りやすい。」


と、満足そうな顔で『トンファー』をクルクルと回した。



まあ、当たり前といえば当たり前だ。踊り用のただ2本の棒を組み合わせた物とは違い、ミウの腕の長さ、手の平の大きさに合わせた持ち手など、細かく調整をしたからだ。


「さて、武器はこれでいいとして、ちょっと練習をしてみる?」


僕はミウに実際の練習を促してみた。

『トンファー』を使えるといっても、それは『舞』であって『武』ではないからだ。それにミウの今の力を把握しておきたかったのもあった。


もしミウが、力の加減を間違えると『試合』が『死合』になってしまいそうだったからだ。


僕はセオシルに頼み、城の中にある練習場を貸してもらった。もちろん他の衛兵達には内緒で。


とはいえ、どこで見られているかわからないので、ミウには黒いマスクで口元を隠してもらった。


練習場に着くと、ミウに軽くジャンプを試してもらった。


「ミウ?軽くジャンプをしてみて。軽くだよ軽く。ホンの少しだけ浮くようにね。」


僕が、ただの『ジャンプ』に細かく指示を出したのを聞いたミウは、


「フフフ、タロウったら、ただのジャンプなんだから、そんなに心配しなくても。見てて。

エイッ!?」


「ビュン!」


ミウはいつものように、階段を1段飛び上がるくらいの気持ちでジャンプしたのだが、その体は10メートルは飛び上がっていた。


「キャ~~!!!」


ミウの悲鳴がこだまする中、練習場の隅から、「オー!」っという、どよめきの声があちこちから聞こえた。


内緒にしてたとはいえ、僕達の動向が気になる衛兵達が、隠れて見ていたのだ。


「ボスン!」


僕が、落ちてきたをミウを受け止めると、


「うわ~ん!タロウ!怖かった~!!」


と、泣きながら僕の胸に顔を埋めた。


僕はこうなる事が、ある程度予想が出来ていたので、慌てることもなく、


「ヨシヨシ…大丈夫、大丈夫。もう怖くないよ。」


と、優しく頭を撫でた。


そしてミウの爪先を床につけると、


「ね?だから言ったでしょ?『軽く』って。」


と言いながら、ミウを立たせた。


するとミウは、僕の胸に埋めていた顔を少し上げると、頬を膨らませながら、


「だ、だって…あんなに高く飛び上がれるなんて、思ってもみなかったんだもん!」


上目使いで頬を膨らませるミウも可愛い…


などと思いながら、


「実は僕もね、初めてジャンプした時は、かなり高くまで飛んじゃって、死ぬかと思ったんだ。ハハハ…

でも、そのおかげで『オリアン』や『黒龍』と仲良くなれたんだけどね。」


「もう!タロウったら!私が飛びすぎる事、知ってたんでしょ?」


「え?ま、まあ…ね…でも、こういった事って、口で説明するより、実際に経験した方がいいかなって…。」


するとミウは僕から離れると、


「タロウったら、意地悪なんだから…」


と、「プイッ」と背を向けてしまった。


僕が慌てて、


「いや…ち、ちがうんだよ!ミウ……」


と弁解しようとしていると、

再び「クルッ」とこっちを向いたかと思うと、


「エヘヘ、ウソだよ。これでおあいこ、それからタロウ、受け止めてくれてありがとうね。」


と、いつものように可愛らしい笑顔で言ってきた。


「う…うん…」


僕は、からかわれたのと、お礼を同時にいきなり言われたので、言葉が出てこず、ただ頷く事しか出来なかった。


ミウは、そんな僕に近付くと、


「ほらほら、練習するんでしょ?次は何をすればいい?先生。」


「え?!せ、先生…って…」


「だって、タロウが教えてくれるんだから、タロウは先生。フフフ…ね、タロウ先生?」


「も、もう!ミウったら…」


僕は、ミウに『先生』と呼ばれた事が恥ずかしくなり、それを誤魔化すように、練習を再開した。


「よ、よし、それじゃ次は、前に飛んでみようか。

う~ん、飛ぶというより、『1歩で何処まで行けるか』って事かな?」


「わ、わかったわ。やってみるね。」


ミウは不安そうな表情を浮かべ、大きく頷いた。


「とりあえず、部屋の真ん中ぐらいまで行ってみよう。」


「う…うん…」


さっきの事もあるせいか、かなり慎重なミウであった。


「せ~の!」


「ポ~ン、ポ~ン、ポ~ン…」


それは飛ぶというより、フワリと浮いたというような3歩だった。

しかしミウは目を大きく開き、


「凄い凄~い!3歩でこんな所まで来た~!!」


と、部屋の中央で、ピョンピョンと跳び跳ねていた。


部屋の隅々からも、ザワザワと声が漏れて、中には驚きのあまり、隠れていたのを忘れ、姿を見せる者までいた。


ミウは僕の方に振り返ると、満面の笑みで、


「どう!?タロウ!3歩で来れたよ!」


と、叫んできた。


僕が思い描いていたイメージとは全く違っていたが、喜ぶミウを見てダメ出しする気にはならなかった。


僕は口で説明するよりやって見せた方が早いと思い、


「それじゃ、これから僕がそこまで行くから、よく見ててね~!」


「わかった~!」


ミウが手を上げ、僕の言葉を理解したのを確かめると、一気にミウの隣まで一直線に跳んだ。


「ビュン!!」


「え!?」


「おっとっとっと…、とまあこんな感じ。」


僕の体は、ミウが目を丸くしている横を、通りすぎる寸前、足を踏ん張りどうにか止まった。


「凄い、凄い。全然見えなかった。やっぱりタロウって凄い!」


僕は興奮するミウの肩をポンと叩き、


「そんなに驚く事じゃないよ、今のミウなら同じような事が出来るから。」


「え!?本当に?私もあんなに早く動けるの?」


「うん!僕が保障するよ。

じゃあ、僕に向かって跳んでみて。」


「え?でも…ぶつからないかな?」


「跳びすぎたら僕が受け止めてあげるよ。

さあ!思いきって来い!」


僕は元居た場所に戻り、両手を広げミウを待ち構えた。


「ふう…それじゃ行くよ…」


ミウは呼吸を整え、体を低くし、一気に跳んだ。


「ビュン!」


僕にはミウの体が一気に近付くのが見え、受け止める体勢のまま両手に力を入れた。


しかし、その両手の力はすぐに抜けた。


ミウの体は、僕の1歩手前で見事に止まったのだ。


片膝をつきながら止まったミウは、顔を上げながら、


「こ、こんな感じ?」


と、僕に上目使いで尋ねて来た。


僕はそんなミウが、むちゃくちゃ可愛く見え、思わずミウの頭を抱き抱えると、


「ヨ~シヨシ、ヨ~シヨシ…」


と、まるで子犬と戯れるように頭を撫でた。


「タ、タロウったら、みんなが見てる…」


ミウは顔を赤らめ、上げた視線を再び下に下げた。


もともと物覚えのいいミウだ。コツさえ掴めばあとは楽だった。

トンファー扱いも、似たような道具を持って踊っていたこともあって、すぐに使いこなせるようになっていた。


僕は回りの目もあり、この辺りで練習を打ち切ろうと思ったのが、ふと、ミウの実力を試したい衝動にかられ、軽く模擬戦をさせてみる事にした。


ミウがその提案を二つ返事で承諾したことは言うまでもない。


僕は練習場の中をグルリと見渡した。

セオシルが隠れて見に来てると思ったからだ。

妻のナカリーも出場するのだ、対戦するかもしれないミウの実力を知りたいと思うのは当然の事のはずだ。


しかし、僕の視界の中にセオシルの姿は無かった。

チラホラ衛兵の姿は見えるものの、それらしき人物は見当たらなかった。


しかし、僕はそんなことはお構いなしに、


「あ~、誰か『くノ一』さんと模擬戦をしてくれないかなぁ~。

来たばかりで、上手く感じが掴めてないんだよな~。」


と、誰に向かってともなく場内全体に聞こえるように、大きな声で呟いた。

すると、


「お、俺…やってみようかな…」


「おい…タロウの仲間と『手合わせ』をしたなんて自慢出来るんじゃないか?」


「じ、じゃあ俺も…」


と、場内の至るところからざわめきが起こり始めた。


その言葉が耳に入った僕は、さらに大きな声で、


「でもな~、この国に来たばかりだから、力の加減が難しいんだよな~、『くノ一』さん強いから、ケガだけじゃ済まないかもな~、下手をしたら死んじゃうかもな~、オリアンぐらいの実力がないと大ケガだろうな~。

でもな~、この国にはオリアンと対等に戦える人は居ないんだよな~。」


僕はあえて『オリアン』の名前を口にした。

案の定、さっきまで耳に入っていた『ざわめき』はピタリと止んだ。1人を除いては…



「ハッハッハッハ!なんだなんだ、タロウ!練習相手が欲しいのなら、このセオシルが相手になってやろうではないか!」


セオシルだ。いつの間にか腕組みをして、場内の壁にもたれ掛かかっていた。


僕の狙い通りだった。今やこの国No.2のセオシルにとって、オリアンに勝つことは生涯をかけた夢だった。

その『オリアン』と同等?の実力を持つ?『ミウ』と模擬戦を出来るのはセオシルにとっても、またとないチャンスのはず、セオシルが姿を現すに違いないと思ったのだ。


セオシルは僕達に近付きながら、


「『ミ…』いや『くノ一』さん、いや…なんか言いづらいな『クノン』でいいか?」


「へ?『クノン』?」


僕は呆気にとられながらも、ふと思い出した。


「そうだ!この国の人は、名前を略して読むことが多かったんだ…」


僕はミウの方をチラッと見た。


するとミウはニコリと笑い、


「『クノン』カッコイイ~。」


と、新たに付けられた名前に満足そうだった。


セオシルは僕に近寄ると、


「ルールはどうする?『寸止め』でいいか?」


「う~ん、まあ、今のミウがケガをすることはないと思うけど、とりあえず『寸止め』で。

あ!でもミウは寸止め出来ないかもしれないから、ちゃんと避けてね。」


「お?おお…」


僕はさらりと言ったつもりだったが、セオシルにとっては、大きな意味があった。さっき目の前で『黄金の鎧』を粉々にした相手と模擬戦とはいえ戦うのだ。しかもその相手は手加減出来ないという…まともに当たれば…


セオシルは少しビビりながも場内のまん中辺りまで歩いて行った。


僕はミウに、


「ミウ。これは模擬戦だから、攻撃は無しね。まあ、軽く触れるぐらいはいいけど、力一杯殴っちゃダメだからね。」


「うん、わかった。」


ミウも初めての試合形式という事もあってか、少し緊張していた。


僕は2~3、攻撃の仕方を教えた。今のミウのスピードなら有効と思える作戦だった。


「うん、わかった!やってみるね。」


ミウは大きく頷き、セオシルとは反対側に歩いて行った。


僕は、ミウとセオシルが対峙して立つと、


「セオシル~!用意はいい~?」


と尋ねた。すると、


「おお!いつでもいいぜ!」


と、セオシルは木刀を構え、ミウを睨んでいた。


僕はミウにも目をやった。するとミウも僕を見て、『コクン』と小さく頷いた。


僕は右手を上げ、


「それでは、これからミウとセオシルの模擬戦を行います。始め!」


と、試合開始の合図を送った。


セオシルは合図と同時には動かなかった。ミウの出方を探っていたのだ。


セオシルは神経を集中させていた、それこそオリアンと戦っていた以上にだ。


「こうして対峙しても、あの頃のミウとなんら変わらないんだがな…」


と、思っていた矢先の事だった。ミウの体がユラリと揺れると、もうそこにミウの姿は無かった。


「な!?消えた?!」


セオシルがそう思った瞬間、ミウは物凄いスピードでセオシルの横を通り過ぎ、背後に回った。


セオシルが、ミウが横を通り過ぎたのに気付いた頃には、


「ポカッ」


「い″!!」


「勝負あり!ミ…クノン!」


するとセオシルは、頭をさすりながら、


「まだまだ!二本目だ!!」


するとミウは、ペコリとセオシルに頭を下げると、もといた場所にトコトコと戻った。


ミウが僕を見ると、僕は親指を立て、「よくやった」とばかりに大きく頷いた。


その頃セオシルは、大きく深呼吸をし、さらに集中力高めていた。


「なんだ?あのスピード?オリアンと同等、もしくはそれ以上か?

いやいや、弱気になるな俺…オリアンに勝つため、スピードの特訓はして来たはず、さっきは油断したが、目で追えないスピードじゃない。次は捕らえる!」


「セオシル~!二本目いくよ~!」


僕の問い掛けに、セオシルは言葉も発する事もなく、ただ、片手を上げて、準備OKだという事を僕に知らせた。


「それでは二本目!始め!!」



先に動いたのはミウだった。

『始め』の合図と同時にセオシルに向かって、一直線に飛び込んだのだ。


が、一本目と違い、今度はセオシルもミウの姿は捉えていた。一直線に間合いを詰めてくるミウに対して木刀を構え、対応していたのだ。


しかし、ミウはセオシルの目の前で、直角に右に飛んだ。


が、セオシルには通用しなかった、


「そんな目眩まし、通用するかよ!」


集中力を限界まで上げていたセオシルはミウが右に飛んだ瞬間、その行動にも対応し、ミウの姿を目で追った。しかし…


「な!?ミウが消えた??!」


確かに右に飛んだミウを捉えたはずのセオシルだったが、その視界の中にミウの姿は無かった。


慌てたセオシルが、辺りをキョロキョロとしていると、


「ポカッ」


「あいた!」


後頭部に棒で殴られたような痛みが走った。


後頭部を押さえながら、後ろを振り向くと、ニコニコしながらミウが立っていた。


「な!い、いつの間に?…」


驚くセオシルをよそに、ミウはさっきと同じように、『ペコリ』とお辞儀をすると、


僕に小さくガッツポーズを見せ、足早に元の位置に戻った。


僕はセオシルに、


「セオシル~!まだやる~?」


と、半分からかいながら聞いた。すると、


「当たり前だ~!!このまま終われるかよ!」


と、セオシルも半分意地になっていた。

無理もない、他の衛兵達が見ている前で、僕の仲間とはいえ、女の子に手も足も出ず、一方的にやられっぱなしだったのだから。


「ったく、何が起きたっていうんだ?確かに目で捉えていたはず、右に飛んだのもわかった、でも消えていつの間にか後ろに…?くそ!それなら、さっきよりさらに集中してやる!」



「じゃあ、これで最後ね!それでは三本目!始め!」



またもや先に動いたのはミウだった。


しかし、さっきとは違い、真っ直ぐではなく、右に左に、ジグザグにセオシルに近付いて行った。


「フン!今度はジグザグか!他の衛兵ならまだしも、オリアン対策してる俺にとっては、何の意味もない!

右…左…右…左…右…」


ミウとセオシルの距離が、あと1歩と迫った瞬間!


「右…左…右…左…次は右かぁ~!!」


と、セオシルがミウの最後の動きを右に読んだ瞬間、ミウはさらに左に飛んだ。


「な!!左!!」


超高速で動いている人物を捉え、それに対応して動いているのだ、右に対応していたセオシルの体は、さらに左に飛んだミウには対応どころか、目で追うのがやっとだった。


ミウはそのままセオシルの後ろに回り込み、さっきと同様、


「ポカッ」


「……」


セオシルは言葉も無く、ただガックリと膝を突いた。


「やった~!セオシルに勝った~!!」


ミウは小さく飛び上がりながら喜び、僕に手を振った。


三本とも僕が立てた作戦だった。

ただ最後の作戦だけは少し不安があった。

もし、セオシルが本当にオリアンと互角なら通用しないと思っていたからだ。


と、いうのも、オリアンならミウがさらに左に飛んだ時点で、視線を外しそのまま右に回転しながらミウを迎え撃ったに違いない。

やはり、実践経験の差が出たのであろう。


まあ、目を閉じて気配だけで戦えるオリアンにミウが敵うはずがないのだが…


ミウが僕のところに駆け寄り、


「どうだった?タロウ、私、上手く出来たかな?」


と尋ねて来た。僕はミウに、


「もちろん!完璧……、いや…想像以上だったよ。」


と、頭を撫でながら言った。するとミウは、


「エヘヘ、でもセオシルが手加減してくれたから。じゃないとあんなに上手く出来なかったから…」


ミウは自分の攻撃に手も足も出なかったセオシルが、手を抜いていると思っていたのだった。


僕はここぞとばかりに、セオシルが手も足も出なかった事にざわつく衛兵達に聞こえるように、


「セオシル!ありがとう!手加減してくれて!!『ミ…クノンも自信がついたみたいだよ!これもセオシルが手を抜いて戦ってくれたおかげだな~!!!」


と、わざと大声をあげながらセオシルに近付いた。


すると衛兵達からは、


「そ、そうだよな…いくな『タロウ様』の仲間とはいえ、セオシル様が手も足も出ないなんてあり得ないもんな。」


「なんだ、そういう事だったのか。セオシル様も人が悪い。」


衛兵達のざわめきは、いつの間にか笑い声に変わっていた。


僕は膝を突き、セオシルの前にしゃがむと、


「本当にありがとうセオシル、良い練習になったよ。」


と、手を差し出すと、セオシルは伏せていた顔を上げ、


「おい、こらタロウ!あれは本当に『あの』ミウなのか!?まさか別人じゃないだろうな?」


「まさか~、あれはミウだよ。ただ、スピードだけじゃ負けちゃうかもしれないから、脳の錯覚を利用したんだよ。」


「脳の錯覚?だと?」


「人間の『脳』って結構バカなんだって。

目で見て、認識して、体が反応するまでにホンの少しの時間が掛かるんだ。

だから、二本目の時、ミウが右に飛んでセオシルの目が右に動いた瞬間、左に飛べば、セオシルの『脳』は「あれ!?右にいるはずのミウが居ない?なんだ消えたのか。」と、1番簡単で都合のいい答を出したってわけ。」


「た、確かに二本目の時、『消えた』と思ったからな。じゃあ三本目は?」


「あれも同じようなものかな?規則的動くものには、ついつい先入観が入って、脳が先読みしちゃうんだよ。『右』『左』『右』『左』って動くと、ついつい『右』の次は『左』って決めつけちゃうでしょ。最後の1歩ならなおさらね。まだ動いていないのに…」


「そ、そうなんだよ。三本目はミウが最後の1歩を動く前に、右に居るであろうミウに対応しようとしてたんだ、まだそこには居ないのに…」


「まあ、ミウの超高速があったから出来た作戦なんだけどね。ハハ…」


「なるほどな…勉強になったよ。これを応用すればオリアンに勝てるかもな。」


「あ~、それは無理だと思うな。だってオリアンは目を閉じて気配だけで戦えるからね。」


「あ…」


セオシルは、再びうな垂れながらも、僕の手を取り、


「まあ、勉強になったのは確かだ。ありがとう。」


と言いながら立ち上がった。僕も


「こっちこそ、これでミウがちゃんと戦えるってわかったから。明日はナカリーさんも出場するんでしょ?」


「ああ!もちろん出場するぞ!今年こそ優…勝…って、ナカリーが今のミウに勝てるわけがないだろ~!!!」


「まあまあ、くじ運さえ良ければ決勝まで当たらないんだし、それにいくらミウが早く動けても、試合に関したら素人なんだから、チェスハさんやエミナーさんに勝てるかどうか…それに今回はオリアンの娘さんも出場するんでしょ?」


「ああ、『リムカ』ちゃんか、彼女も強い、あの年で衛兵達より強いからな、血筋なんだろうな。なんたって『オリアン』と『チェスハ』さんの子供だからな。

おっと、そういえば、オリアンが言ってたぞ、「今度タロウとやるときは、俺が必ず勝つ!アイツは強いといってもまだまだガキだ。」

だってさ。」


「オリアンめ~。ケチョンケチョンにしてやる~。」


「ん?『ケチョンケチョン』?なんだそれ?


「あ…いや…僕の国のおまじない…?かな?」


「まあいい、勝てよ。オリアンも負けるって事を証明してくれ。」


「わかった。頑張るよ。」



次の日も僕とミウは、練習に明け暮れた。


そして、いよいよ『ラウクン王子』と『イサーチェ』の結婚式が行われようとしていた。



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