番外編9〔|強運《ラク》〕



番外編9〔強運ラク



僕とミウを乗せた馬車は、あっという間に街の近くまで来た。


ミプレオは、「街には入らず迂回する」と言う。

街には人が溢れていて、ただ通るだけでもなかなか進めないみたいなのだ。


街を迂回するも、街の外にも大勢の人が居た。


少し進むと、もともと湖だった場所に、大きな円形状の建物が見えてきたた。


屋根は無くコロシアムみたいな感じだ。

あの中で大会をやっているという。コロシアムに近づくにつれ、屋台の量も、人の数も増えてきた。

どうやら、この「『お祭り』の為に、他の国からも店を出す者もいると言う。

この国には無いものが手に入るので、ユーリセンチの国民はもちろん、さらに他の国からも人が集まるので、年に1度の大イベントになっているのだ。


コロシアムの近くに来ると、もはや馬車では身動きがとれない状態になっていた。


「僕が案内出来るのはここまでみたいだ。帰る時には、また送って行くよ。」


と、ミプレオは馬車を止めた。

僕とミウは、馬車を降りると、


「ありがとうございました。ミプレオさん、本当に助かりましたよ。ロコナのおじいさんにも、よろしく伝えておいて下さい。」


ミウも、


「ありがとうございました。」


と、お礼を言いながら握手をした。その時ミプレオはミウに、


「僕もラク君を応援してるよ。」


と、握手をしたまま答えた。そして、


「じゃあ、またな!」


と、手を振りながら、ミプレオの馬車は、人混みの中に消えていった。

僕は大声で、


「ありがとう~!ミプレオさ~ん!!」


と、もう姿の見えなくなった人混みに向かって叫んだ。そして振り返り、



「さあ、ミウ!早くラク君の応援に行こう!!」


僕はミウの手を取り、大声援の渦巻く、コロシアムの中に入って行った。


中に入ると、ひときわ大きな声援がこだましていた。


コロシアムの中心では、2人の戦士が戦っている最中だったのだ。


僕が回りの大声援に圧倒されていると、ミウが突然叫んだ。


「ラク!!?」


「え!?」


僕が驚いて、ミウを見ると、ミウは戦っている戦士の1人を指差し、


「あれ!ラクだわ!ほら、あの小さい方!!」


僕は改めてコロシアムの中心を見た。

確かに小さな体で動き回っている衛兵と、その3倍はあるであろう、大きな体で木刀を振り回しているオオカミ族らしき人物がいた。


「ん?あれは…もしかして…ファン?」


なんとラクと戦っていたのは、オオカミ族のファンだった。



そして、ミウの声に反応した人物が、もう1人居た。


たまたま僕達の前の席に座っていた、おじいさんだ。


おじいさんは、振り返り僕達を見ると、


「お前さん達も、あの「ちっこい」方の応援か?」


「え?あ…ま、まあ…」


僕は、ミウが姉だとは言えず、適当にごまかした。


「わしは予選会から、あのちっこいのを見てるんじゃが、良いのあの子は…」


おじいさんがラクの事を誉めたので、ミウは嬉しくなり、


「そ、そんなに凄いんですか?ラクは。」


「ああ、なんと言うかな?センスがある。それにとにかく運の強さは、ずば抜けておるわい。あんな強運の持ち主は、生まれてこのかた見たことがない。ハハハハ。」


僕は、思わず、


「も、もしかしてラクは、『運』だけで勝ち上がって来たとか?」


「まあ、そうじゃろうな、お前さん達にも予選会を見せたかったわい。

去年の大会はちっこいのは、まだ見習いじゃったから、出られなかったみたいなんじゃがの、衛兵達の予選会は全員参加の『生き残り戦』なんじゃよ。」


「生き残り戦?」


ミウが僕に尋ねて来た。


「全員が一斉に戦って、最後までやられなかった人の勝ち。ってやつですよね?おじいさん。」


僕もおじいさんに確認をした。


「そうじゃ、100人近い衛兵達が一斉に戦うんじゃから、それはもう勇壮なものじゃった。」


「そんな中で、よくラクが生き残れましたね?」


僕の問いに、おじいさんは、


「そこが、あのちっこいのの強運よ。

始めての戦いに、あのちっこいのは隅っこで震えておった。そして予選会が始まると同時に、全員がセオシルに向かって行ったんじゃ。」


「え?ラク以外、全員が?」


「おお、そうじゃ。全員じゃ、セオシルの強さは皆が知っておったからな。まず全員でセシオルを倒して、それから個々で戦うと決めておったんじゃろ。

それでも、セオシルの強さは半端では無かった、伊達に『側近』を名乗る事だけはある。一瞬じゃったよ。ほんの数分で、全員が立ち上がれなくなったわい。

そして、そこに立っていたのが、セオシルと、隅っこで震えていた、あのちっこいのだけじゃ。衛兵からは2人が選ばれるからの、あのちっこいのも本線に出てこられたってわけじゃな。」


「そ、それじゃ、ほとんど『運』だけじゃ…」


「ハハハハ、まあそういう事じゃ。今回はセオシルも、相当気合いが入ってるみたいじゃよ。「師匠を越える!」って息巻いていたみたいじゃから。」


「師匠?」


「ほれ、あそこにいる『オリオンタロウ』じゃ。」


おじいさんは観客席の上にある特別な席を指差し答えた。


そこには、オリオンの他に、ラウクン王子とスライン将軍の姿もあった。


「スライン将軍!?」


僕は驚いて叫んだ。するとおじいさんが、


「ハハハハ、あの男も大の闘い好きじゃからな。

今年も最終的には、セオシルとオリオンタロウの戦いになると思って、ラウクン王子が呼び寄せたらしい。

まあ、もともとスライン将軍も来たがってたみたいじゃがな。」


「でも、スライン将軍って、今やジプレトデンの王様でしょ?国を空けていいんですかね?」


「ハハハ、それは問題がなかろうて、あそこにはスラインよりも強いと言われるエミナー様が居られる。それに今日はオリオンタロウの嫁さんチェスハもジプレトデンに行っとるはずじゃ。

本当はスライン将軍も、この大会に参加したかったみたいなんじゃが、『この国の民』との決まりがあるからの。


でも、今回はスライン将軍とオリオンタロウの戦いが見られるかもしれん。」


「え?どういう事ですか?おじいさん。」


「結果のわかりきった戦いなんぞ、面白くもなかろう?

皆、今年もセオシルが優勝して、オリオンタロウと戦うと思っておるからな。戦うと言っても公開演習みたいなもんじゃ。

セオシルがいくら強くても、まだまだオリオンタロウには敵わん。

そこで、観客に満足してもらう為に、スライン将軍とオリオンタロウの模擬戦を計画したって事じゃな。」


「確かに、オリオンとスライン将軍の戦いは見たことがありません。」


僕は2人の戦いがどんなものか見てみたいと思った。しかし、そこにミウが割って入った。


「まだラクが居ます!」


すると、おじいさんが、


「おお、そうじゃったな。嬢ちゃんの言う通りじゃ。あのちっこいのの強運もそれこそ半端ではない。それにオリオンタロウは、衛兵達全員に剣技の指導をしてるから、あのちっこいののセンスの良さも見抜いておろうて。」


すると、ミウは少し興奮して、


「じ、じゃあ、ラクが優勝するかも?」


「ああ、もちろんありえる事じゃ。特に勝負の世界では番狂わせが1番面白い。

たぶん、ここに居る観客のほとんどが、あのちっこいのを応援してるじゃろうな。ハハハハ。

まずは、あの大男をどう料理するか見ものじゃて。」


「ラク…」


僕とミウは、固唾をのんで、ラクとファンの戦いを見守った…



ファンは、相変わらず体の大きさを利用して、力任せに木刀を振り回していた。


「オラオラ!どうした!逃げてばかりじゃ試合になんねえぞ!!」


「ハァ…ハァ…ハァ……」


ファンの攻撃をかろうじてかわしていたラクにも、体力の限界が訪れていた。


「ど、どうせ負けるなら、正々堂々と負けてやる!」


ラクは意を決して、ファンの前で木刀を構えた。


「ふん!やっと負ける覚悟が出来たか!」


ファンは木刀を振りかざし、ラクに襲いかかった。


「オラ~!!!!」


「ガキッ!」


「ゴン!カラカラカラ~ン…」


「ドスン!」


ファンの攻撃は、一撃目でラクの持っていた『盾』を吹き飛ばし、二撃目でラクの『木刀』を叩き落とした。


その衝撃で、ラクは後ろに飛ばされ、しりもちをついてしまった。


ラクは丸腰の状態で、じわじわ迫り来るファンに対して、しりもちをついたまま後ずさりをする事しか出来なかった。


「さあ~て、どう料理をしてやろうか?ハハハ!」


ファンは、すぐには攻撃をせず、木刀でつついては、ラクをもて遊んでいた。


と、その時、観客の1人が、


「ファン!それでも男か~!!」


すると、それを皮切りに、あちこちからファンを罵倒する声と、ラクを応援する声が響いた。


「ラ~ク!ラ~ク!ラ~ク!ラ~ク!!」


いつしか会場全体から『ラクコール』がこだましていた。するとファンは、


「ええ~い!やかましい!!黙りやがれ!」


と、ラクから目を離し、観客席をぐるりと見回しながら、木刀を振り回した。


するとその時、ラクはファンの足下に転がっている木刀に気が付いた。


ファンはまだ観客とやりあっていて、ラクを見ていない。


ラクはファンに気付かれないように、ゆっくりと四つん這いのまま、木刀に近付いた。


手を伸ばせば届く所まで来ると、1度小さく深呼吸をし、木刀に手を伸ばした。


「ガシッ!!」


ラクの手が木刀に届くと思われた瞬間、ファンの足が木刀を踏みつけた。


ラクは恐る恐る、上を見上げたが、ファンの顔は観客席を向いたままだった。しかし、


「残念だったな小僧、オオカミ族を舐めるんじゃねえぞ。」


と、言いながら恐ろしい形相で振り向いた。


そして、


「これで終わりだ~!!!」


ファンは渾身の一撃をラクに向かって放った。


「ラク!!!」


ずっと弟の試合を見ていたミウは、思わず目を覆った。


「ゴキッ!」「ブン!」「ガン!!」「ゴン!!!」


ファンの攻撃を最後に、会場が一瞬静まりかえった。しかし、その直後…



「うおあおおおお~~!!!!!!!!!!


まるでコロシアム自身が雄叫びを挙げているような声が会場中から沸き上がった。


目を覆っていたミウが、その声に気付き、ゆっくりとラクの方を見てみると、ファンが大の字で倒れ、ラクが木刀を杖がわりに立ち上がっている所だった。


ミウは僕に、


「な、何?何があったの?なんでファンが…」


すると審判らしき人物が、ファンの様子を見たかと思うと、ラクの手を上げ、


「ファンは試合続行不能!ラクの勝ち!!」


と、大声で叫んだ。すると再び、


「うおあおおおおおおお~~~~~!!!!!!!!!」


と、会場中が叫んだ。


「ははは…勝っちゃったよ…」


僕があっけにとられていると、おじいさんが、


「ほらな、強運の持ち主じゃろ…?」


と、自分で言ったにもかかわらず、半分信じられないような顔をして言った。


「ね、ねえ…一体何があったの?」


ミウは訳がわからないようすだ。


そして、僕が事の次第を説明した。


「ファンが、ラクの木刀を踏みつけたでしょ。で、そのまま渾身の一撃を放とうとしたから、踏みつけた足に力が入って、木刀が転がり、足が「グキッ!」ってなったわけ、捻挫してるだろうなあれは。下手をすれば折れてるかも…ファンの体重は重いから。

それで体制を崩したまま、木刀を振ったから、ラクの頭の上スレスレを通り、勢い余って自分の頭を叩いたわけ。

さらに、そのまま後ろに倒れ混み、後頭部を地面に落ちていた鉄の盾で強打…結果、失神してラクの勝ち。と、いうわけ。」


ミウは興奮して、


「じ、じゃあ、もしかして、この『強運』が続けば、セオシルにも勝てたりする?」


僕は少し考え、


「う~ん、どうだろう?ファンは明らかにラクを舐めてかかってたからな。

セオシルは、どんな相手にも細心の注意を払うんだ。さすがの『強運 』もセオシルには通用しないかも。」


ミウはガックリと肩を落とした。


と、その時、また会場が湧いた。セオシルが登場したのだ。


セオシルの相手はよその国から移住してきた名のある剣豪らしい。

オリアンタロウと腕比べが出来ると、わざわざこの大会の為に移住したみたいだ。


が、その剣豪の目論みはあえなくセオシルが叩き壊した。


試合開始から数分、セオシルの木刀は止まる事がなかった。

剣豪は1度も木刀を振ることもなく、敗北を認めたのだ。


会場からは、どよめきと、今年もセオシルとオリオンタロウの戦いか…というような、あきらめのため息が聞こえるようだった。


そして、審判員が、


「これから30分後に、決勝戦を行います!!」


と、大声で叫んだ。


僕はセオシルの戦いで、ひとつ気が付いた事があった。


「ねえ、ミウ。ラクを優勝させちゃってもいいかな?」


ミウは物凄く驚いて、


「え!?え!?え?そんな事が出来るの?セオシルはあんなに強いのよ…」


「たぶん大丈夫だと思う、ラクのセンスに賭けてみよう。おじいさんも、大判狂わせが見たいでしょ?」


「なんと!あのちっこいのがセオシルに勝つというのか?そんな面白いものが見れるのなら、わしはいつ死んでもかまわん!ハハハハ!」


「それじゃ、ミウ。ラクの所に行こう。」


僕はミウの手を取り、その場を後にしようとした。すると、おじいさんが、


「ダメダメ、控え室には家族しか入れんよ。」


と、手を左右に振りながら言ったので、


「大丈夫ですよ。彼女はラクのお姉さんですから。」


と、少し被っていたローブをずらし、白い髪を見せた。

すると、おじいさんは、口をパクパクさせ、


「あ、あ、あんたは…」


僕はおじいさんに、「し~…」と、喋るのを止めさせた。

すると、さらにおじいさんは、


「と、いうことは、あんたが『あのタ…」


「し~~~!」


僕はさらにおじいさんの喋りを止めた。


「おじいさん、面白いものをみせますから、期待してて下さいね。」


僕は、おじいさんにそう告げると、ミウと一緒にラクの所に向かった。


少し方針状態のおじいさんは、


「ハハハ…あのちっこいの、あの『タロウ』までも呼び寄せおった…なんという『強運』の持ち主じゃ…

これは、ひょっとしたらひょっとするかも…」


おじいさんは、期待に胸を膨らませ、決勝戦の開始をまった。





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