第27話〔異変…〕



第27話〔異変…〕



今日も、いつものように『イブレドの宿』の手伝いをしていた。


最初、この宿に来たときは『お客』としてだったのだが、いろいろあって『ジャム』や『マヨネーズ』といった、大ヒット商品を生み出してしまった今、宿は人で溢れ帰り、大忙しの毎日だった。他の国からも、製造方法を探ろうと大勢の人が泊まりに来ていた。


建物自体も大きく増築し、従業員も雇った。


しかし、それでも人手がたりないので、僕も何かと手伝っていた。


その合間をぬっては、オオカミ族の村や、チェスハの店に行ったりと、多忙な日々を送っていた。


ミウとは、お互いの時間の許す限り会い、ミウの故郷やお気に入りの場所に連れて行ってくれ、この国の事をいろいろと教えてくれた。



僕が、イブレドの手伝いをしていると、ダシールが、ビンを持ってやって来た。


「お兄ちゃん、フタが固くて開かないの。」


よくあることだ、ジャムがフタの内側につき、固まってフタが開かなくなるのだ。

そんな時、いつもダシールは僕の所に持ってきた。

どんなに固くても、僕なら簡単に開けられたからだ。


最初は、逆に力の加減が難しく、少しでも力を入れると、ビンがすぐに割れてしまっていた。


しかし、3ヶ月もすれば、力の加減もわかるようになり、ここの生活にも慣れてきていた。


僕は、いつものようにダシールからビンを受けとると、


「ふん!」


と、力を入れたようなフリをして、フタを回そうとしたが、回らない…


「あれ?固いな…力を入れないと回らないのかな?」


今度は少しだけ力を入れて回した。

が、今度も回らない。よほど固く閉まってるに違いない。


今度はかなりの力を入れてみた。


「キュッ…」


フタが少し動き、さらに力を入れて回すと、クルクルとフタが回った。


「はい、ダシールちゃん。」


僕は平静を装い、ダシールにビンを渡した。


「ありがとう!お兄ちゃん。さすが力持ち~!」


と、僕をおだてながら、ダシールは去っていった。



僕は、「ふ~…」っとタメ息をつくと、


「あれっ?さっきかなり力を入れたよな…

今までこんなに固いフタなんて無かったよな…

ビンも何だかプラスチック並みに固かったような…

と、その時、あることを思い出した。


ち、ちょっと待てよ、昨日オオカミ族の村で、『竹とんぼ』を作った時、材料になる木をノコで切って、ナイフで削ったっけ。

あの木って『ゴムの木』じゃなかったっけ?

初めてさわった時は物凄く柔らかかったよな…

え?え?…どうゆうことだ?ちょっと待てよ?…も、もしかして…」


僕は、手当たり次第に近くにあった食器を触ってみた。

今まで気にしてなかったせいか、改めて触ると固い…

フライパンは『鉄』とは言わないまでも、殴られれば確実にケガをする固さだ。しかも前より重い…

僕はてっきり、力の加減が上手くなったと思っていいたが、そうではなかったようだ。



僕は、すぐに宿を出た。確かめたい事があったからだ。


人目を避けるように、街外れの森に走って行った。しかし以前のような物凄いスピードは出なかった。


「ハア、ハア、ハア、… い、息切れ?息切れした?」


もう、僕の推理は当たっていたが、最後の頼みと、軽くジャンプしてみた。


「ピョン!」「トンッ…」


以前なら、軽く木のてっぺんまで飛んでいたのだが、今回は50センチぐらいがやっとだった。


近くの木にも触ってみたが結構固い…

以前の僕なら、木をへし折るのは簡単な事だったが、今の僕には出来る気がまったくしない。



「や、やっぱりそうだ…、体がこの世界の重力に対応して来てるんだ。

このままだと、この世界でも「だだの太郎」になってしまう。」



この世界での「ただの太郎」それは『死』を意味するようなものだ。


もし、仮に最初から何の力も持たない、「ただの太郎」であれば、確実に5~6回は死んでいるはずだ。



確かに今の『ユーリセンチ』は争いもなく、平和な国になった。

武力ではなく、経済力で名を上げるのも近いだろう。


ラウクン王子は『剣』より『経営』の方が向いているみたいだ。



しかし、また争いが起きないとも限らない、力を持つ国は、他の国から狙われるもんだ。


まあ、今は『黒龍』&『伝説の勇者』オリアンの名が抑止力になり、『ユーリセンチ』にケンカを仕掛けてくる国はないと思うが、今の僕ではミウどころか、自分の身も守れない。



そんな事を思っているうち、やたらと家が恋しくなった。


「母さん、どうしてるかな?心配してるだろうな…たぶん1日以上は経っているはず。

居心地がいいから、すっかり忘れていた。智恵葉も『タイヤキ』待ってるだろうな。」


そう思った瞬間、涙が溢れて零れ落ちた。


「あれ?僕が泣いてる?」


この世界に来て、初めてのホームシックだった。


僕は『シスコン』でも『マザコン』でもない。しかし、力が無くなって来ている事実を知った今、この世界が怖くなったのだ。


本当の戦いを目の当たりにし、実際目の前で、人が死んだ。

それらを見て平気だったのは、『絶対死なない』という確約があったからだ。その確約が無くなった今、不安に襲われるのも当たり前だった。


唯一の救いは、今着ているこの服だ、革ジャンやジーパンには傷1つ付いていない。つまり、体は弱くなっても、服は強靭な鎧のままなのだ。


と、その時、父さんの最後の言葉を思い出した。


「太郎、母さんと智恵葉を頼んだぞ…」


その時の光景が、目に浮かんだ僕は、


「そうだ。この国はもう大丈夫なはずだ。あとは、ラウクン王子やオリアンに任せて、僕の世界に帰ろう。」



そうして僕は、自分の世界に帰る決心をした。


1つ不安だったのが、『僕の世界』と『この世界』を繋ぐ、あの『トンネル』だ。

よくあるRPGでは、イベントをクリアしないと、通路が閉じたままだが、


国王は捕まり、ラウクン王子とオリアンも和解した。『ジャム』や『マヨネーズ』も完成し、大金も手に入れた。

だから今回のイベントはクリアしたはず、たぶん大丈夫だろう。


ただ、1つだけ心残りがある。それは『ミウ』の事だ。

ミウは、僕をこの国に連れて来てくれた。しかも、こんな僕に好意を持ってくれている。

こんな幸せな事は、もう2度と無いはずだ。

出来る事なら、一緒に連れて行きたかった。

しかし、ミウにも家族が居る、小さな弟や妹が居る、離ればなれにするのは僕のエゴだ。そんな事はさせたくない。

だからこそ、ちゃんと『サヨナラ』がしたかった。


あと、オリアンだけには僕が居なくなることを伝えておこうと思った。


父さんが亡くなって、家族で男が僕だけになり、ずっと生きて来た。

オリアンに出会い、初めは怖かったけど、今では『兄』のように、時には『父親』のように慕うようになっていたからだ。


僕は、そのままオリアンの所へ向かった。



オオカミ族の村に行くと、みんな忙しく動き回っていた。


大きく変わった事といえば、大きな風車小屋が建った事だ。


僕が、「風の力を利用して、いろいろ出来まよ。」と助言したところ、ファンが「『オサケ』を搾るのに良いかも」と作ったのだ。


他にも新しく埋め立てた土地に、小麦粉を作る為の風車小屋を建てていた。


僕は、村を歩きながら、オリアンを探したが見当たらなかった。

アイガの店に行き、オリアンの所在を聞いたところ、「丘のドラゴンフルーツの木に行ってるらしい。」ということだったので行ってみる事にした。


丘に行ってみると、そこにはオリアンと一緒に、黒龍が『オサケ』を飲みながら座っていた。そして僕が近付くと、僕に気付いたオリアンが、手を上げ、


「お~!タロウか、よく来たな、まあ座れ。」


黒龍も、


「ガア~ッ~。」


と、歓迎してくれた。僕は座りながら、


「オリアン…みんな働いてるのに、昼間から『オサケ』飲んでていいの?」


「バカヤロウ!これも立派な仕事だ仕事!試飲だよ、試飲。

新しく作った『オサケ』の味を確かめてるんだよ。この場所が1番落ち着くからな。」


「へ~、試飲ですか~、いい仕事見つけましたね。」


僕がちょっと嫌みげにからからうと、


「で?今日は何の話があって来たんだ?」


オリアンは真剣な目で僕を見た。


「え!?なんでわかるの?」


するとオリアンは、コップに残っていた『オサケ』を「グイッ」と飲み干し、


「俺達は一応、獣(ケモノ)だからな。野生の勘てやつかな。なんとなくわかるんだよ。

それよりタロウ、体は大丈夫なのか?」


「え!?「大丈夫」って?」


「いやな、これは俺達オオカミ族だけかもしれないんだが、なんて言ったらいいのかな?そいつの『体調』っていうか、『強さ』って言ったらいいのかな?それがなんとなくわかるんだよ。」


「戦闘能力…」


「アハハ、なんだそれ?まあ、そんなもんだ。俺達は戦いに明け暮れていたからな。相手の戦闘能力?を見極める事は、自分の身を守る事でもあったんだよ。

俺が負けた事が無いのは、勝てないヤツと戦わなかったからだ。

まあ、今は誰にも負けない自信があるがな、タロウ、お前にもな。」


「え!?」


「お前は強い、バカみたいに強い。初めて会った時は、その風貌に騙された。

しかし、子供達を救ったと聞いてから、何となくわかったんだよ。「コイツには逆らうな」って。野生の本能がそう言ったんだ。

案の定、お前は『スライン』の軍隊を1人で蹴散らし、国王まで捕まえ、仲間を救ってくれた。


ただ、最近のお前を見てると、弱くなったような気がするんだ。

というより、日に日に強さが薄れて来てるっていう感じだな。

俺じゃなくても、ファンや他の仲間にも負けるぐらいにな。」


「ま、まさか~!そんな事ないですよ~っ!…って言いたいところだけど、オリアンに相談しに来て良かったです。

…実は、そうなんです。ジプレトデンを恐怖に落とし入れた『悪魔のタロウ』はもう居ません。

ここに居るのは、『ただの子供のタロウ』です。


「『子供のタロウ』か…そういえば、お前…家族は?」


「母親と妹の3人家族です。」


「親父さんは居ねえのか?」


「はい…2年前に病気で…」


「そうか…じゃあ、こんな所に長居しねえで、さっさと家に帰ってやりな。」


「で、でも…」


「何を言ってやがる、それを言いに、わざわざここに来たんじゃねえのか?わかるんだよ。俺達には…」


「野生の勘。」


「お、おう…そうだよ。それにだ、他の奴らにとっては、お前はまだ『悪魔のタロウ』なんだからな、わざわざ弱っちい所を見せる事もねえ。

まあ、寂しくはなるが、それも仕方ねえ事だ。家族は守らねえとな。

あの娘には言ったのか?家に帰る事を。」


「ミウの事ですか?これから話に行こうと思ってます。」


「いつ出発するのか決めてあるのか?」


「明日か明後日には…」


「えらい急だな…」


「あ、と、それからこの事は、みんなには黙ってて貰えますか?見送られると、大泣きしちゃいそうで…」


「『悪魔のタロウ』が泣いたら、おかしいってか?わかったよ黙っててやる。チェスハのヤツは怒るぞ、きっと。」


「でしょうね…アハハ…。

ありがとうございました。いろいろとお世話になりました。」


僕が立ち上り、お礼を言うと、オリアンは右手を出してきた。


僕がその手を握ると、オリアンは僕を引き寄せ抱き締めた。そして耳元で、


「ありがとうよ、兄弟…」


「…はい…」


僕の頬を大粒の涙が伝った。


そして、黒龍の顔に頬を当て、


「オリアンの事、頼んだよ。黒龍…」


「ガア~…」


黒龍は、僕の顔を舐め涙を拭ってくれた。


そしてオリアンは、何事も無かったかのように、僕に背を向け座ったまま『オサケ』を飲んだ。


僕は手を上げ、お互いの背を向けたまま、振り返ること無く、その場所をあとにした。


































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