第13話〔ブローチとコンパクト〕




第13話〔ブローチとコンパクト〕



側近が、国王の部屋を出たちょうどその頃、僕はチェスハの店に着いた。


「ただいま~…」


僕の声が聞こえるなり、すぐにチェスハが奥から飛び出してきた。


「タロン!どうだった?ミウに会えた?」


僕は、椅子にゆっくり座ると、


「ううん…会えなかった…なんでも他の国に、お使いに行ってるって…」


「お使い?」


チェスハは、あきらかに「おかしい」という表情をした。

そして、


「そんなバカな、昨日の今日で、お使いなんかに出すわけがない!

しかも、あんたの帰りを待ってるミウを、わざわざお使いに?


それに、ミウは街から出る時は、必ずあたしの所に来て報告して行くんだから。

「もしも、自分に何か遭った時は、家族に伝えてね。」って頼まれてるんだ。

今まで、一度だってあたしに内緒で街を出たことはないんだよ!」


だんだん、チェスハの声が荒ぶって来た。


「チ、チェスハ、落ち着いて…」


僕はチェスハをなだめた。するとチェスハは、「フ~」っと深呼吸をすると、


「なんだか、だんだんタロンの言ってることが本当に思えて来た。もっと詳しく調べてみるよ。

「ティージーの店」の情報網を甘くみるなよ~、親父は他の国にも知り合いがいるからな。

何かわかったら、連絡するよ。」


「うん、ありがとう。頼りにしてるよ。

とりあえず「イブレド」さんの所に行くよ。宿代前払いで払ってるからね。

それに、イブレドさんも何か知ってるかもしれないし…」


僕がイブレドさんの名前を出した瞬間、チェスハの表情が曇った。


「タロン…実はな、イブレドの娘もな…遠征中に亡くなったんだ…」


「え!?イブレドさんに娘さん!?ダシールちゃんに、お姉さんが居たの?」


「ああ、まだダシールが、赤ちゃんの頃の話さ。

ダシールに姉さんが居たことは、ダシールは知らない。イブレドが話さなかったんだ。」


「そ、そんな…」


僕は、イブレドさんの気持ちが、なんとなくわかるような気がした。

あの元気で、明るいダシールが、姉が居て亡くなった事を知ると、きっと落ち込む事は容易に想像出来た。


「ありがとう、チェスハ、イブレドさんには、「なんとなく」で、聞いてみるよ。

明日、また「オオカミ族の村」に行こうと思ってるから、その前にここに寄るね。」


「ハァ!?オオカミ族の村~?ホント、お前は物好きなヤツだな…」


チェスハは、呆れ返っていた。

僕は、チェスハの店を出ると、そのまま『イブレドの宿』に向かった。


『イブレドの宿』の前は、人で溢れかえっていた。『ジャム』の効果は想像以上のものみたいだ。


僕は人を掻き分け、宿の中に入った。中にも人が一杯で、パン屋に居るはずのエティマスが、忙しく動き回っていた。


「ただいま~。」


僕が声を掛けても、人の騒がしさに、その声は掻き消されてしまった。


「ま、いいか。部屋はちゃんと借りてるわけだし。」


僕は、そのまま部屋に向かった。

部屋に向かう途中にも、何人もの人とすれ違った。宿の中を歩いている所をみると、泊まり客に違いない。繁盛してるようでなによりだ。


ちょうど部屋の前に着いた時、正面から布みたいな物を抱えたダシールが歩いてきた。


「あ!お兄ちゃん!!」


「ただいま、ダシールちゃん。お手伝いをしてるの?偉いね。」


僕は、ダシールの頭を撫でた。

すると、ダシールは、「エヘヘ…」と、はにかんだ。


そして、僕が部屋に入ろうとすると、ダシールが、


「お兄ちゃん。後で部屋に行ってもいい?」


と、聞いて来たので、


「うん、いいよ。いつでもおいで。」


僕は手を振り、ダシールを見送った。


それからすぐにダシールは、部屋に来た。



「コンコン…」


「ハーイ、どうぞ。」


「エヘヘ、来ちゃった…」


ダシールは照れたように笑いながら、部屋に入って来た。

僕はダシールに、宿の事を聞いた。


「ダシールちゃん、凄い人だね。」


ダシールはニコニコしながら、


「うん!もう泊まれる部屋が無いんだって。こんなに一杯人が来たのは初めて。

全部お兄ちゃんのおかげって、お父さんと、お母さんが言ってた。

あたしもね、お母さんがずっと家にいるから、嬉しいんだ。」


ダシールのお母さん『エティマス』は、街のパン屋に働きに行ってたが、宿が急に忙しくなったのでパン屋を辞め、宿で働いているのだった。

しかし、毎日『ジャム』をパン屋に持っていくのは、エティマスの日課になった。


すると、ダシールがいきなり、


「お兄ちゃん、これあげる、あたしの宝物なの。」


そう言って、差し出した手には、花の形をした『ブローチ』が乗っていた。

しかし、ダシールが付けるにしては、すこし大人っぽいデザインだ。

僕は、「もしかして…」と思った。が、


「綺麗だね~。でも、ダシールちゃんの大切な宝物なんでしょ。もらえないよ…」


「ううん、いいの。お兄ちゃんには一杯もらったから。このブローチは、お父さんにもらったんだけど、さっき、お父さんに聞いたら、お兄ちゃんになら、あげてもいいって。」


「ホントにいいの?」


「うん!あたしね、お兄ちゃんの事、大好きだから!」


そう言いながら、ダシールは僕に抱きついて来た。


「ありがとう。大切にするからね。

あ!ちょっと待ってて。」


僕は、その「ブローチ」を貰う気はなかった。大切なお姉さんの形見を受

け取る訳にはいかないと思ったのだ。

ただダシールちゃんの気持ちも考えて、預かるだけのつもりだった。


それから僕は、持っていた鞄の中を、かき回して『コンパクトタイプの鏡』を取り出した。

実は、妹の誕生日にプレゼントを買うお金が無く、仕方ないので100円ショップの鏡をプレゼントしたら、100円ショップで買ったのがバレて、突き返された物だった。


不思議な事に、鞄の中身はこの世界に来てから、この世界に存在するものは、その姿に、存在しないものは、それなりに形を変えていた。

『お金』は『この世界の通貨』に、『スマホ』は、ただの板『板フォン』に、という具合だ。

ただし、『コンパクト』は100円ショップで買ったままの姿を保っていた。



「はい、これ。ダシールちゃんが、いつもお手伝いを頑張ってるからあげる。」


「これ何?」


ダシールは、折り畳みの鏡を初めて見るらしく、不思議そうな顔をした。


「これはね、こうして使うんだ。」


僕が真ん中から、パカッと開けた。

そして、鏡をダシールに向けて見せた。


「どう?これで、どこに居てもオシャレが出来るでしょ。」


するとダシールは、自分の顔を正面から見たり、斜めから見たり、前髪を整えたりした。小さいとはいえ、やはり女性だ。


そして、コンパクトを「パタン」と畳むと、


「ありがとう!お兄ちゃん!!」


再び、僕に抱きついて来た。

ちょうどそこへ、


「コンコン…」


ドアをノックする音が聞こえた。


「ハーイ、どうぞ。」


「ガチャ!」


ドアを開けたのは、イブレドだった。


「兄ちゃん!帰ってたんだな。ダシールに言われるまでわからなかったよ。」


「アハハ、これだけ人が居ればわかりませんよ。でも、凄い人ですね。ビックリしました。」


「エティマスのヤツがよ。朝、昼、晩の食事もパンにしようって、言い出したら、この有り様さ。

一日中、ジャムを作らされているよ。」


するとダシールが、


「お父さん!お父さん!お兄ちゃんに、これ貰った。」


そう言いながら、パカッっとコンパクトを開いて見せた。


「なんだこれ?鏡か?小せえ鏡だな。」


「女の子には、いつでも鏡が必要なんだよね~。」


「ね~。」


僕とダシールが、顔を見合わせながら言った。


イブレドは、不思議そうにコンパクトを見て、


「へ~…そんなもんなのかね~。

ところでよ兄ちゃん、晩飯はここで食うんだろ?」


「はい、そのつもりです。」


「じゃあよ、一緒に『ハッコウ』食わねえか?」


イブレドの誘いに、僕はニヤリと笑い、


「フフフ…最初からそのつもりですよ。やっぱりお米が食べたいですよ。」


「さすが、兄ちゃんだ!話が早い。じゃあ、急いで仕事を終わらせて来るぜ。」


「あ!急がなくてもいいですよ。1番最後でいいですから。ちゃんとお客さんに、美味しいジャムを食べさせてあげて下さい。」


「おう!わかった!ちょっと行ってくる!」


そう言い残し、イブレドは部屋を出て行った。


「あたしも、この鏡、お母さんに見せてくるね。」


イブレドに続き、ダシールも部屋を飛び出して行った。


1人になった僕は、ダシールから貰った『ブローチ』を見た。


「やっぱりこれは、ダシールちゃんのお姉さんの物だろうな…。」


その時、さわり心地に違和感を覚えたが、さして気にも止めなかった。


それよりも、ミウの事が心配でたまらなかった。


「ミウ…ほんとに街から出てるのかな…?もし、それが嘘なら…」


不安はつのるばかりだった。しかし、まだ何も確証を持ってない僕は、ミウの無事を祈るしか出来なかった。


「とりあえず、明日「ファン」さんの所へ行って、『獨酒(どぶろく)』が出来てるかどうか確認しないとな…。それから………え~っと…獨酒を……た…樽に………入れ………………」


僕は、いろいろあった疲れからか、宿に戻り安心したのか、いつの間にか眠りに落ちていた。







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