第9話〔オオカミ族の村〕
第9話〔オオカミ族の村〕
僕は、この世界に来てからの違和感に対して、ある仮説にたどり着いた。それは、
「この世界は、僕の世界より『重力』が軽い!?」
もしそうなら、すべてにつじつまが合う。
この世界の物が、軽くて柔らかい事、さっきの大男の力が弱かった事、すべての物が軽ければ、力は少しでいいからだ。
と、いうことは、さっきの金棒は本物?あれがこの世界の『鋼』?
この世界の人は、力が弱い?
最強と言われる『オリアン』でさえも、僕より、はるかに弱いということか?
あのドラゴンでさえ、この世界の生き物だ。さっきドラゴンが暴れたのは、僕が足を強く握ったから痛かったとか?
僕は、重力が弱いかどうか確認するため、ジャンプをしてみた。
「ピョン!」
「おお~~!!」
ほんの少しジャンプしただけで、自分の身長をはるかに越える高さだ。
今度は少し力を入れた。
「ピョ~~ン!」
「お~~~~!」
今度は、高い木の上まで飛んだ。
さっきのオオカミ族が走っているのが見える。
その時、1番後ろを走っていた男が、僕の気配に気付いたのか、後ろを振り向いた。
僕は、枝を掴み引き寄せ、木の中に隠れた。
僕は、これなら戦いを止めさせる事が出来ると思った。
ミウが心配していた街の人達が、チェスハやダシールが、戦いに巻き込まれる事もなくなる。国王や王子も守る事が出来る。
オリアンさえ説得出来れば、他の仲間達も従うだろう。
もし、オリアンが説得に応じなかったら、その時は仕方無い…思いきり殴ろう。
僕は、オリアンに城を攻めるのを止めてもらうよう説得するため、後を追いかけた。
と、何処からか、子供の泣き声が聞こえた。
「わ~ん、わ~ん、お母ちゃ~ん!!
「怖いよ~!お父ちゃ~ん!お父ちゃ~ん!!」
その声は空から聞こえた、しかもだんだん近づいて来る。
僕は、声のする方向を見上げた。やはりドラゴンだ。足には2人の子供が捕まえられている。
「あれが、さっきオリアン達が言ってた子供かな。」
僕は、いくら野蛮な獣族の事だからといって、放っておく事は出来なかった。子供には、なんの罪もない。
さっきまでの僕なら、指をくわえて見てる事しか出来なかっただろう。
でも、今は違う。この世界では『無敵』なのだ。
僕は、大体の距離を計り。力を加減し飛んだ。
「このくらいかな?せーの…!」
『ビュン!!!』
僕の体は、一気に空に上り、ドラゴンの目の前を通過しようとした。
「ヤバッ!飛びすぎた!」
僕は、とっさにドラゴンの髭を掴み、飛びすぎるのを防いだ。
すぐ目の前にドラゴンの顔があった。さっきは死ぬほど怖かった顔だが、今は何だか可愛く見える。
何が起こったのかわからないドラゴンは、目を丸くして僕を見た。
しかし、僕が人間だとわかると、鋭い目つきに変わり、大きく吠えた。
「ガァァ~~~~!!!」
僕は「ふぅ~」と息を整え、
「うるさい!!子供達を離せ!!」
と、言ったと同時に、掴んでいた髭を引っ張りドラゴンを引き寄せ、頭を拳(こぶし)で思いきり殴った。
「ドン!!」
鈍い音が、空に響いた。空中で殴ったので、力は半減したが、それでも十分手応えは感じた。
殴られた衝撃で、子供達は、ドラゴンの指から離れ、地上に落ちて行った。
ドラゴンは殴られた瞬間、叫び声をあげる暇もなく、白目になり頭から地上に落ちて行った。
僕は、ドラゴンの体を足場に使い、思いきり蹴って子供達に向かって飛んだ。
子供達をキャッチするのに、1秒もあれば十分だった。
あまりの怖さに、子供達は、何も喋らず、叫び声さえも挙げなかった。
僕は落ちながら、子供達に、
「大丈夫だよ。きっと助かるから、目を閉じてしっかり捕まっているんだよ。」
僕は、子供達を安心させようと、あえて優しい口調で言った。
子供達の手に力が入ったのがわかった。
僕は、両脇に子供達をしがみつかせ、両手で抱えるように落ちた。
落ちるスピードは、重力の違いからか、確かに遅く感じたが、子供達にとっては凄いスピードに違いない。降りた時の衝撃も凄いだろう。
僕は、落ちながらも方向を変え、なるべく高い木に向かって落ちて行った。
木が近づいて来ると、僕は、子供達を鞄の紐の内側へ入れ、片手で二人を抱き抱えた。そして、空いたもう片方の手で、木のてっぺんを掴み、そのまま木をしならせながら地面に向かった。
ちょうど、うまい具合に、木のしなりは地面スレスレで止まり、その瞬間、僕は掴んでた手を離し、地面に『トンッ』と降りた。手を離した木は、物凄い勢いで跳ね上がった。
子供達は、地面に着いたのに気付いていないのか、まだ目を閉じたまま、しがみついていた。
僕は子供達に話しかけた。
「ほら、もう大丈夫だよ。よく頑張ったね。」
子供達を地面に下ろそうとしたが、子供達は目を閉じたまま手を離そうとはしなかった。
「ねえ?名前はなんて言うの?君達は兄弟なのかな?」
僕は今までの出来事とはまったく関係ないことを聞いた。
すると、1人の子供の手の力が緩んだ。そしてゆっくりと目を開け、僕を見た。
「イム……、こっちがサプ…」
「そっか、イム君とサプ君か。よく頑張ったね。強いな君達は。」
僕は2人の頭を撫でた。
すると、イムは安心したのか、大粒の涙を流しながら僕に抱きついた。」
「あ~ん!あ~ん!怖かったよ~!あ~ん!」
つられてサプも泣き出した。
「あ~ん!あ~ん!あ~ん!」
僕は、2人が泣き止むまで待った。あれだけの事があったのだ、落ち着くまで待とうと思った。
「えっ…えっ…え…」
しばらくすると、2人は落ち着いたのか、泣き止んだ。
そして、イムが唐突に聞いてきた。
「ねえ…、お兄ちゃんは『勇者』なの?」
「え?」
いきなりの質問に戸惑ってしまった。
僕は『勇者』でないにしろ、この世界では『無敵』だ。
ただ、今それを知られてオリアン達に警戒されるのはよくないと思った。そこで、
「残念だけど、違うよ。ほら、鎧も着てないし、聖剣だって持っていない。勇者にはなりたいと、思ってるんだけどね。ハハ…」
「なんだ、ちがうのか。」
イムは残念そうに答えた。すると今度はサプが、
「でも、さっきお兄ちゃん『ビュ~ン』って。」
「あ…、あれはね、馬に蹴られちゃって…『ビュ~ン』って、そしたら、ちょうど空から石みたいなのが降ってきて、ドラゴンの頭に『ド~ン』って。」
僕は身ぶり手振りをしながら説明をした。
子供達が、納得したかどうかはわからないが、いつの間にか、2人は笑顔になっていた。
僕は2人を連れて、オリアンを追いかけようと思ったが、入れ違いになると困るので、直接子供達を家に連れて行くことにした。
幸い、この場所には来たことがあるらしい。
さっき掴んだ大きな木が、目印になっているようだ。
僕は、2人を両肩に乗せ歩いた。子供は軽い。空気の入った人形を乗せているようだ。
歩きながら、僕は『オリアン』の事を2人に聞いてみた。
「ねえ、オリアンって知ってる?」
すると、イムがすぐに答えた。
「知ってるよ。お兄ちゃん、知らないの?」
サプも、
「この国で、オリアンおじちゃんの事、知らない人なんていないよ。」
「アハハ…、お兄ちゃんは、来たばかりで、よく知らないんだ…でも恐いいって聞いたよ。」
するとイムとサプは顔を見合わせ、
「アハハハ、なに言ってるのお兄ちゃん、オリアンおじちゃんが恐いわけないじゃん。」
「そうだよ、おじちゃんは凄く面白いんだよ。」
イムとサプは笑いながら言った。
「あれ?なんか話と違うぞ? 」
と思いながら、続けて聞いた。
「オリアンおじさんは、物凄く強いんだよね?」
「うん!世界一!」
と、イムが言うと、続けてサプも、
「うん!世界一!」
嬉しそうに答えた。そして、
「だから、きっと『お姉ちゃん』を助けてくれるんだ!」
僕は「ん?お姉ちゃんを助ける?」のワードに引っ掛かった。
「サプ君?「お姉ちゃんを助ける」って、お姉ちゃん、どうかしたの?
するとイムが、
「お城の奴らに連れて行かれたんだ。」
僕は、ミウみたいにお城で働かせてもらいに行ったのだと思った。それを『連れて行かれた』と勘違いしてるのだ、小さい子供だから仕方無い。そう思っていた。
僕は、2人の勘違いを直そうと、
「でも、お金を送ってきてくれるんだよね。」
「ううん。何も送って来ないよ。帰って来てもくれない。お父ちゃんとお母ちゃんが、お城に会いに行っても、会わせてくれなかった。って。」
そうイムが言うと、続けてサプも、
「他のお姉ちゃん達も、お城に行って、帰って来ないんだよ。だから、オリアンのおじちゃんが、お姉ちゃん達を取り返しに行くんだ。」
僕は、直感的に何かがおかしいと感じた。
ミウの話だと、裕福な街に対して、妬みをもつ獣族が戦いを仕掛けてると言っていたが、もし、獣族の娘達が大勢、お城で働いていれば、それなりの給料はもらうはず、それを村に送れば、不満は出るわけないのだが、それに、親に会わせないのも変だ。
僕は、子供達を送るついでに、村の人達に、もっと話を聞こうと思った。
そしてしばらく歩くと、小屋みたいな建物が何軒か見えてきた。
そしてその回りには大勢の大人達の姿が見えた。
イムとサプは「あそこだよ!」と大人達を指差し、肩から降りると、一直線に走り出した。
「お母ちゃ~ん!お母ちゃ~ん!!」「お母ちゃ~ん!!!」
叫びながら走るイムとサプに気が付いた大人達は、一斉に2人向かって走り出した。
そして、1番最初に2人を抱き締めたのは、イムとサプのお母さんだった。
「イム~!サプ~!よかった!よかった!無事でよかった!!」
その親子をぐるりと囲み、そこにいた全員が喜んでいた。
もみくちゃになる2人を、離れて見ていると、村人の1人が僕に気付き、回りに教えた。すると、今度は全員が一斉に僕の方を見た。
イムとサプが何やらお母さんと話をしていたかと思うと、2人がいきなり僕に向かって走ってきた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お母さんが「来て」だって。」
イムとサプは、僕の手を引き、村人のところまで連れて行った。
近くまで行って、初めてわかったのが、そこにいたのは、お年寄りと大人の女の人ばかりだということだった。ミウと同世代の娘は1人も居ない、イムとサプの話が真実味を帯びてきた。
「お兄さんが、この子達を助けてくれたのかい。本当にありがとう。本当にありがとう。」
お母さんは、僕の手を握り、何度も何度もお辞儀をした。
「いやいや、偶然通りかかったところに子供達が落ちて来たのを、受け止めただけですから。」
と、当たり障りのない事を言った。
それでも、なにかお礼がしたいと、家に招き入れてくれた。
どうやら、飯屋をやってるらしい。平屋の建物の中に長いテーブルが、いくつもあった。
「なんにも無いけどゆっくりしていっておくれ。
『サタン』は飲むんだろ?」
お母さんが、店の奥から、「とりあえず『サタン』でも」というふうに瓶を2、3本持ってきて、僕のコップに1杯ついだ。
僕は、「出た、サタン…」と思ったが、やはり断りきれない…
「ごめんなさいね、オバサンばかりで…、若い娘は全部、城に持っていかれちゃって…」
お母さんはコップにサタンをつぎながら、ため息をついた。
僕は、イムとサプが言っていたことを思い出し、
「ちょっと聞きたい事があるんですけ…」
僕が、イムとサプのお姉さんの事を聞こうとした、その時、
「ガチャ…」
入り口の扉が開いた。
「すまない…ストリア…イムとサプを見失っち…まっ……た…?」
入って来たのは、オリアンだった。ドラゴンに連れて行かれたはずの、イムとサプが、そこに居たことに驚いていた。
「あ!オリアンだ! 」
「オリアンのおじちゃんだ!」
抱きついて来た2人を抱き抱えながら、
「お前達!無事だったのか!よかった!」
「うん!あのお兄ちゃんに助けてもらったんだ。」
イムとサプは僕を指差した。
「あのお兄ちゃん?」
オリアンは、さらに驚いた。
店の椅子に座っている僕と、目が合ったからだ。
「お、お前…なんで…ここに…?」
僕は、「あ、ども…。」
と、小さくお辞儀をした。
オリアンに前のような威勢はなかった、金棒の事を思い出したに違いない。
すると、今度はオリアンの後ろから、威勢のいい声が聞こえて来た。
「おい!こら!兄ちゃん、誰に断ってこの店に入ってんだ?ここは俺の店だ!さっさと…」
「アイガ、落ち着けって…」
アイガを止めたのはオリアンだ。アイガは金棒の事は知らない。
「いいから待てって、俺が話す。」
オリアンは、どうにかアイガを止めようとしたが、アイガはよそ者の僕が気に入らないらしく、オリアンの制止を振り切り、僕に近づいて来た。
他の仲間は、静かに見守っていた、僕の事よりアイガがどうなるのか、心配していたのだ。
後ろの方にいた、ファンに至っては、少し青ざめていた。
「おい!こら!兄ちゃん、表にで……」
「パッコ~~ン!!」
誰かが、フライパンでアイガの頭を殴った。
「痛て!!誰だ! 」
アイガは頭を押さえながら、回りを見渡した。すると、アイガの目の前に立っていたのは、アイガの奥さん、ストリアだった。
「ス、ストリア…何すんだ!」
「あんた!子供達の命の恩人に、なんてこと言うんだい!!あたしが店に招待したんだよ!なんか文句ある!?わかったら謝りなさい!!」
ストリアに、激しい剣幕で怒鳴られたアイガは、一気に大人しくなり、僕に謝った。
「わ、悪かったな、兄ちゃん…イムとサプを助けてくれたのか。礼を言う。」
アイガは、さっきとは売って変わって紳士的になり、深々と頭を下げた。
すると今度は、オリアンが近づいて来て、
「たしか『タロウ』とか言ったな?どうやって、ドラゴンから2人を助けた…」
とても真剣な目だった、僕が、普通ではないことに疑いを持ち初めていたのだ。
「え~っと…」
僕がどう誤魔化そうかと、考えていると、イムが、
「あのお兄ちゃんがね、『ビュ~ン!』て。」
するとサプも、
「それでね、ドラゴンが『ド~ン!』て。」
オリアンは、まったく状況がつかめなかった。
そして、そのまま僕も話に乗った。
「そうなんです。ドラゴンが頭の上を飛んでたら、なんか石みたいなのが『ビュ~ン!』て飛んできて、ドラゴンの頭に『ド~ン!』って当たって、その衝撃で、2人が『ヒュ~ン!』て落ちてきたから、僕が『ガシッ!』って受け止めたんです。
少しオーバー気味に、身ぶり手振りを交えながら話した。
一応筋は通っている。子供達の話とも合う、子供達が嘘を言うはずがない。オリアンは、うなずきながら、
「そうか、まあいい。もうひとつ聞きたい事がある…
あの金棒は、どうやった…?」
さっきより、オリアンの表情は険しくなった。
見ていた仲間はもちろん、当事者のファンは前に出てきて、話を聞こうとしていた。
「あ…あれは…、実は僕、殴られてないんです。」
「な!なんだと!」
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