第8話〔湖の外〕



第8話〔湖の外〕



あの優しそうな国王に、恐ろしい裏の顔がある事など、夢にも思ってない僕は、ドラゴンの足にしがみつき、湖の上を飛んでいた。


「ど、どうしよう…?落ちたら確実に死ぬな…」


湖の水はかなり減っていた。対岸には何やら人らしきものが、大勢見えた。


「あれがミウの言っていた、獣(けもの)族かな? ん?あれは?」


僕は、湖の一角に渦のような物を見つけた。


「湖の底に穴が開いて水が地下に流れ出してるんだ。どうにかして、穴を塞げば湖の水が無くなる事もない。本物の勇者なら、岩を放り込むんだろうな。

と、今はそんな事どうでもいい!とにかく、下に降りる方法を考えないと。」


ドラゴンは、さらに高度を上げ、湖を越え森の上を飛んでいた。


「あ~…もうダメだ、落ちたら確実に死ぬ、かといって、このままだとドラゴンに、確実に食べられる。」


人は、死を覚悟すると、どうでもいいことが頭に浮かんで来るものである。


「家に戻らないと、母さん、心配するだろうな…、きっと捜索願いとか出して、騒ぎになるよな。行方不明のままなのかな?何年経ったら、死亡扱いになるんだろ?僕、生命保険入ってるのかな。妹よ、すまない。「たい焼き」は買って帰れそうにない…

あ!しまった!引き出しに「あの本(Hな本)」入れたままだ…遺品整理で見られたら恥ずかしいな…処分しておけばよかった…」


あれこれ考えても状況は何も変わらない。

僕は、意を決して、飛び降りる事にした。

なぜなら、食べられたら痛いからだ。

落ちれば、運よく途中で気絶し、痛みを感じずに「あの世」に行けるかもしれないと、思ったのだ。

どうせ死ぬなら、痛くないほうがいい。

それに下には広大な森が広がってる、運よく木に引っ掛かれば命だけは助かるかもしれない。


僕は、下を覗いてみたた。かなり高い、早く飛び降りなければドラゴンに気付かれてしまう。

なかなか踏ん切りがつかない。

と、その時、急にドラゴンが方向転換をした。

僕は、落ちそうになり、ドラゴンの足を思い切り掴んだ。


「ン!ギャ~!!!」


悲鳴とも取れるような鳴き声を、ドラゴンが発した。

と同時に、ドラゴンが暴れ出した。

僕は、落ちまいと、さらに力を込め、ドラゴンの足を掴んだ。


「グギャ~!!ゴギャ~!!!」


さらに暴れるドラゴンは、だんだん高度を下げ、ついには森の中に突っ込んだ。


「うわぁぁ~~ぁぁ~~!!!」


「ボヨ!!…ボヨボヨボヨボヨボヨボヨボヨボヨ…」


「ん…?ボヨボヨ?」


僕は、木々の中に突っ込んだ時の効果音が、なんだかおかしいのに気がついた。


「ボヨ~~ン!」


そして、僕の体がひときわ大きな木の枝に引っ掛かり、ドラゴンの足から離れた。その木は大きくしなり左右に揺れた。


木々をなぎ倒しながら森の中に突っ込んだドラゴンは、そのまま森を抜け、そのまま飛び去って行った


「た、助かったのか?」


僕は、木の枝にしがみついたまま、ドラゴンが飛び去るのを見ていた。


「それにしても、柔らかい木だな。ゴムみたいだ。」


その木は、枝や葉はもちろん、幹までゴムのように柔らかい。


僕は、木を左右に大きく揺らし、地面に近づいた時に飛び降りた。

地面もなんだかフワフワしてる。


「ここの木々は、全部ゴムみたいな性質の木なのかも?さっき突っ込んだ時も全然痛くなかったし。

とりあえず助かって良かった…。

早く街に帰って、ミウとチェスハを安心させないと。」


僕は、ドラゴンが飛び去って行った方向とは反対の方向へ歩いた。


すると、前方から人の声が近づいて来た。


「確かにこっちに飛んできた来たのを見たんだ。」


「ああ、城の方から飛んできた。」


「気を付けろ、まだ近くにいるかもしれない。」


僕は、チェスハが衛兵に頼んで、城から捜索隊が探しに来てくれたと思った。

そして、その声がする方向に走って行った。


「おーい!おーい!お……い…?」


僕の足は、ピタッと止まった。


目の前に現れたのは、人ではなく、オオカミの群れだった。

オオカミと言っても、服を着て直立歩行、顔以外人間と一緒だ。

僕は一瞬でミウが言っていた獣族の中でも1番狂暴なオオカミ族だと悟った。


僕はすぐに振り向き、その場から立ち去ろうとしたが、すでに遅かった。


「おい!そこの兄ちゃん!こんな所で何してんだ?」


話しかけてきたのは、群れの先頭を歩いていた男だった。


僕は、ミウの言葉を思い出していた。


「オオカミ族の中でも一番強いのが「オリアン」なの、衛兵が何十人かかっても倒せないのよ。」


僕は、目の前に居る男が「オリアン」ではないことを祈った。仮にもしそうであったとしても、そうでないことを祈った。


僕がドギマギしていると、


「ん?この辺じゃ見ない服装だな?よその国から来たのか?」


僕は、首を縦に2回振った。そして、


「た、旅の途中で、道に迷ってしまって…」


よくある言い訳をしてみた。


「そうか、この辺りは似たような森がたくさんあるからな。で、どこまで行くんだ?案内してやるよ。」


その紳士的な態度に、


「あれ?噂とは全然違うぞ、「オリアン」のグループとは違うグループなのかな?」


と思っていた。


「俺は、オリアンっていうんだ。この辺りを縄張りにしてる。まあ、湖の回りは、全部俺の縄張りにみたいなもんだがな。お前は?」


僕は、


「あ、死んだ…」


と思った。


「た、タロウ…」


名前を言うのが精一杯だった。


「「タロウ」か変な名前だな。

で?タロウ、どこに行きたいんだ?」


「あの…その…お城の方…」


「あ?城だぁ~!?」


「あ、間違えました、街に…」


「なに~!街だと!?」


答える度に、オリアンの目がつり上がって行った。


その時、仲間のひとりが、足下に落ちていた紙に気がつき、拾い上げた。


「ん?なんだこれ?

え~っと、「タロン証明書 第1000番」?

おい!オリアン!コイツ、タロンだぜ!」


一瞬にして、他の仲間達がざわついた。


「お前?タロンか?」


鋭い氷のような目が、僕を睨んだ。


「い、いえ…ち、違います。タロンに間違われて…」


「フン、まあどうでもいい!お前が城に集まった傭兵の1人なら、このまま行かせるわけにはいかなくたった。

俺の縄張りで会ったのが不運と思いな!!」


するとオリアンの後ろから、


「オリアン、コイツは俺に殺らせてくれ、コイツを試したいんだ。」


オリアンより、背の高い男が、自分の身長ほどある、金棒を持って現れた。と、同時に仲間達が、僕の回りをグルリと囲んだ。


「お~、ファンか。そういえば、金棒を作ったばかりで、試したがってたよな?

いいぜ、お前に任す。好きなようにやりな。」


「へへへ、お前がコイツの最初の獲物だ!光栄に思いな!」


その金棒を見た僕は、一撃でぺしゃんこになる自信があった。


ファンは金棒を振り上げ、襲いかかって来た。


「おら!くたばれ~!!!」


僕は、ファンが金棒を降り下ろした瞬間、避けようと、後ろに「ポンッ」と飛んだ。


「ポンッ……… …ドッガァ~~~ン!!!!」


僕は、物凄い勢いで、後ろにブッ飛んだ。

何か見えない力で引っ張られたような感じだった。

その勢いで、僕の後ろにいたオリアンの仲間達は、巻き沿いをくらい、僕と一緒に木々をなぎ倒し吹っ飛んでいた。

ファンはというと、降り下ろした金棒は空を切り、勢い余ってしりもちをついた。


「痛たたた…くない?」


僕は服をはたきながら立った、どうやらオリアンの仲間がクッション代りになったらしい。


ファンは、金棒を見つめ、


「すげ~威力…。」


と、金棒の威力に感心していた。オリアンも、


「ファン!スゲーじゃねえか!風圧だけで、あの威力。それがあれば城の衛兵なんて、イチコロだぜ!」


「へへへ、どうだ!お前達にも作ってやろうか?」


ファンは自慢げに金棒を仲間に見せた。


「さあ、これで終わりだ!おりゃ~!!」


ファンが僕に向かって走って来た。


僕は避けようとしたが、足を木の根に取られ、転倒した。


「あ…今度はダメだ、もう死んだ…」


無駄とはわかっていても、つい反射的に腕でガードした。

降り下ろされる金棒がスローモーションだ。


「うわ~~~ぁぁぁぁ~!!」


「ポコン!ポコポコポコポコ…」


「オラオラオラオラ~~!!」


「ポコポコポコポコポコ…」


僕は、


「え?ポコ?」


ゆっくりと目を開けると、物凄い形相で、金棒を振り回してる。


「オラオラ、これでどうだ~!!」


「ポッコ~ン!」


僕は、何が起こっているのか理解出来なかった。

ひとつだけわかったのは、この金棒は「おもちゃ」だ、どうやら発泡スチロールで作られてるみたいだが、とても良く出来ている、本物と見間違う程に。ということだ。


どうやら、この男達は、森に迷いこんだ旅人を、「おもちゃ」の武器で脅し、金品を奪ってるに違いないと思った。


そう考えてる間も、ファンは僕を、容赦なく叩き続けていた。

しかも、力を加減してくれているのか、まったく痛くない。


「う~ん?なんでだ?」


と、その時、1つの結論にたどり着いた。

その結論とは、「ファンは実は衛兵の1人で、オリアンのグループにスパイに入っているのではないか?という事だった。


わざと僕を殴る役を選び、僕が死んだふりをするのを待っているんじゃないか、死んだふりをすれば、オリアン達は、立ち去ってくれる。

そういう筋書きだと思った。

そこで僕は、オーバーに痛がり、死んだふりをした。


「ギャ~!痛い~!うぎゃ~!!」


僕はそのまま倒れた。すると予定通り、ファンは叩くのを止め、僕を見た。


「ハァ…ハァ…ハァ…、や、やっとくたばったか、しぶといヤツだったぜ…ハァ…」


ファンは肩で息をしていた。迫真の演技だ。


そんなファンに、僕は「ありがとう」の意味を込めて合図を送った。

小さく親指を立て、ウインクをしたのだ。

きっと、ファンもウインクを返してくれる。そう期待していた。


しかし、ファンは、


「こ、コイツ!まだ生きてやがる!!コノヤロ~!!!」


さっきより凄い顔になり、再び殴りかかって来た。僕は、


「え?まだやるの?もういいんじゃない?」


と思いながら、ファンに殴り続けられた。

そのうち、あまりにものしつこさに、だんだん腹が立ってきた。

いくら「おもちゃ」といえど、しつこく叩かれれば、それなりに痛い。


「ポコポコポコポコポコ…ポ…」


「あ~!もう!痛いって言ってるだろ!!」


「バキッ!!!」


僕は、金棒を取り上げ、真っ二つにへし折った。


ファンはもちろん、今まで回りで笑っていた、仲間達も、一瞬で言葉を失った。

ファンは、震えるような声で、


「お、おめぇ……」


僕は、ハッとし、折れた金棒を見ながら、


「あ…壊しちゃった…、せっかく上手に出来てたのに…悪いことしちゃったな…」


僕は、すぐにファンに謝った。


「ご、ごめんなさい!すぐに直します!」


僕は、金棒の折れた部分を突き合わせ、両端から力を込めて押した。もしかしたら、くっつくのではないかと思ったのだ。

すると、


「ベキッ!バリバリバリバリ…!!」


金棒は粉々になり、僕の足下に散らばった。


「あ…。」


オリアンは、僕を見ながら、


「お、おめぇ…一体…」


「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!べ、弁償します!いくらですか!?」


僕は鞄の中から、財布を取り出そうと、鞄に手を入れた。するとオリアン達は、全員2、3歩後退りした。


ただならぬ緊張の中、遠くからオリアンを呼ぶ声が、近づいて来た。


「た、大変だ~!!子供が!子供が!!」


どうやら、オリアンの仲間らしい。そしてオリアンの近くまで行くと、その場の雰囲気がおかしいのに気づき、


「オリアン、どうかしたのか?何かあったのか? 」


逆にオリアンが聞かれた。するとオリアンが、


「い、いやなんでもない…。それより、ルクラン!お前はどうしたんだ?」


するとルクランは、ハッと思い出したように。


「ドラゴンだ!ドラゴン!ドラゴンのヤツが現れて、アイガのところのサプとイムをさらっていきやがった!」


「何!サプとイムが!!」


「ああ、川で遊んでいる所を襲われたらしい。」


「アイガは!?」


「無事だ、転んで擦り傷を負ったみたいだか…」


「それで!ドラゴンは!?」


「城の方に向かって行ったそうだ!」


「くそ!また奴らか、おい!みんな行くぞ!湖の手前で、ドラゴンを食い止めるんだ!!」


「お~~~!」


全員、一斉に走り出した、しかし、そのうちの1人が、


「オリアン、コイツどうします。?」


と、粉々になった金棒の破片を握りしめて、突っ立っている僕を指差した。


「そ、そんなヤツは、放っておけ!子供が先だ!!」


と言いながら、オリアンは走り去って行った。


その指差した仲間も、


「い、命拾いしたな!今度会ったら、容赦はしねえ、お、覚えておけ!」


と、捨てセリフを残して、去っていった。


ひとり取り残された僕は、呆然としていた。


「た、助かったのか?」


そして、今まで起こった事を、自分なりに整理してみた。


「この金棒は、おもちゃだよな…でもあの表情…後ろに飛んだときの衝撃…、ゴムのように柔らかい木…地面…」


僕は、この世界に来てから、ずっと気になっていた事があった。


初めてこの世界に来た時、体が軽く感じたのは、興奮してるからだと思っていた。しかし、今も軽く感じる。

それから、この世界の食器がやたらもろい、まるで飴細工で出来てるみたいだった。

実際、ここに来てから、コップを何回か割っている。イブレドさんのところでも、ジャムを瓶の蓋をしようとしたら、割れてしまった。

「力の入れすぎ~」とダシールに笑われたが、大して力は入れていなかった。


フライパンや鍋は、シリコンみたいにやわらかかった。火の上に置いて大丈夫か?と思うほどだった。


そして、僕は考えた末、ある1つの仮説にたどり着いた。


それは、この世界は、僕の世界より「重力」が軽い…!





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