第6話〔チェスハ〕
第6話〔チェスハ〕
僕は、チェスハの店に行く前に、ミウに会うためお城に向かった。
お城に着くと、門番に頼み、ミウを呼び出してもらった。イブレドの宿に泊まっていることを伝えると、ミウはあからさまに嫌な顔をした。噂はミウの耳にも届いていたようだ。
ミウは、お昼から休みが取れるということなので、お昼にチェスハの店で待ち合わせをすることにした。
店に向かう途中、街の中を通ると、物凄い人だかりの店があった。パン屋みたいだ、
おそらくエティマスさんが働いているパン屋さんだ、外にまで甘い匂いがただよっている。
店の前まで溢れ帰った人混みをすり抜けながら、僕はダシールの笑顔を想像していた。
これでもう、イブレドさんの宿も安心だろう。
僕はチェスハの店に着くと、覗き込むように扉をあけた。
さっきのパン屋とは、うってかわってヒッソリとしていたからだ。
「こんにちわ~、おはようございます…」
すると、お客と勘違いしたのか、奥から元気な声が帰ってきた。
「はい!いらっしゃいませ!武器の事ならなんでも…ご…………ハァ…」
チェスハは、僕を見るなり、一気に元気が無くなり、イスに座り込んだ。
「なんだ、タロンか…」
「なにかあったんですか?元気が無いみたいだけど?」
「元気も無くなるよ…、お前、来るとき街に人が溢れてなかったか?」
「はい、パン屋の前に物凄い人だかりが…」
「だろ、「タンシェのパン屋」なんだが、
なんでもイブレドのおやじが、物凄く美味しい「ジャム」ってやつを作ったらしいんだ。それをエティマスが持って来て店に置いたら、あっという間に売り切れたんだ。
あたしも噂を聞いて、店に行ってみたけど、後の祭りさ…、
パンも売り切れ寸前で、せっかくだから、パンだけは買ってきたんだけど……
あ~あ、あたしも「ジャム」ってやつを食べてみたかったなぁ~…」
そう言うとチェスハは、テーブルの上に、顔をベタ~と置いた。
僕は、鞄から瓶を取り出し、
「あの~、よかったら、これ食べます?」
「あ…?なんだそれ?」
「今、チェスハさんが言った、イブレドさんのジャムです。」
「え?え!?!なんでお前が持ってるんだ?買いに行ったのか?買えたのか?羨ましい、ちくしょう!」
「違いますよ~、イブレドさんに貰ったんですよ。」
僕は、ミウにジャムを食べさせたくて、少しジャムを分けてもらっていたのだ。
チェスハは、すぐに瓶を開け、パンにつけるとすぐに口に放り込んだ。すると、
「ん~~~~ん!美味しい~~~!パンがパンじゃないみたいだ!」
チェスハは一気にパンを平らげてしまった。そして満足すると、
「そういえば、「イブレドに貰った」って言ったよな?なんでお前が?」
「実は、僕、イブレドさんの宿に泊まっているんです。」
するとチェスハは、目を丸くして、
「イブレドの宿~!?あの腐った宿か~? 」
僕は笑いながら、
「失礼ですね~、チェスハさん、宿は腐ってませんよ。」
「あ、い、いや、間違えた、腐った飯を出す宿だ。」
「1番大きな部屋まで用意してもらいました。1泊10センチで。」
「10センチだと~!?ハァ~、お前、それボラれてるぞ…この街の相場は1泊1センチぐらいだ、高くても5センチだな。」
「そうだったんですか?じゃあ、今夜から適正価格にしてもらいます。」
僕は笑いながら言った。すると、
「ところで、お前、食べたのか?例の腐った飯。」
「はい、いただきました。それに、あれは腐っているんじゃなくて、腐らせているんですよ。」
「同じだろ、腐ってるんだから。」
「ん~、ちょっと違うかなぁ。実は、僕の国にも同じような食べ物があって、懐かしかったです。」
「お前の国も、変なもの食べるんだな。
イブレドのおやじも、変なものばかり作るから、そのうち何かをやらかすかと思ってはいたけど、
まさか、こんな美味しいもの作るとはな…
もう少しサービスしとけばよかった…」
チェスハは瓶に指を突っ込み、残ったジャムを舐めながら言った。
その時!
「あ!タロン!お前!もしかして!?」
「はい。僕の国にも同じような食べ物があったんで、泊めてもらったお礼に、……グェ…」
僕が、全部言い終わらないうちに、チェスハは僕の首を脇で抱え込み締め付けて来た。
「教えろ!教えろ!!あたしにもジャムの作り方を、教えろ!!!」
チェスハの腕に、さらに力が入った、しかしその代わり、チェスハの豊満な胸が、僕の顔に押し付けられていた。
「く、苦しい……そ、それに、ダシールちゃん、可愛かったし…グ…グェ…ェ…」
「なんだと~!あたしは可愛くないってのかい!?」
さらに胸が押し付けられる
僕は苦しかったが、それ以上に、チェスハの柔らかい胸を堪能し幸せだった。
「チ、チェスハさんも可愛いですよ。そ、それにとても綺麗だ…し…。」
それを聞いたチェスハ、やっと力を抜き、僕を離した。その顔は少し赤く染まっていた。
「ふ~、僕がイブレドさんに、「誰にも作り方を教えちゃダメですよ。」って言ったのに、僕が他の人に教えたらダメでしょ?
それに、チェスハさんの店は、武器の店なんだから、ジャムを置いても売れませんよ~。」
「それはそうだけど、もっと食べたいじゃないか…
店番があるから、パン屋に並ぶ訳にもいかないし…」
もはや半べそ状態だ。
「僕がチェスハさんの分をイブレドさんに貰って来ますよ。一杯貰って来ると、チェスハさん、店に並べそうだから、少しですけどね。」
「ホントか!?タロン!恩にきる!」
今度は真正面から抱きついて来た。
僕の顔が、チェスハの胸に埋まったのは言うまでもない。
「ところで、今日もミウと待ち合わせか?」
「はい、お昼にここで。」
「まあ、いいけどさ。ここは武器屋なんだから、何か買ってくれよ。」
僕はニヤリとすると、
「実は、今日は仕事も持って来たんですよ。」
「ホントか!?なんだ?仕事って?」
チェスハの目が一気に輝いた。
「はい、刀を1本作って欲しいんです。」
「カタナ…?」
「あ、いや違います!剣です剣、これぐらいの片手剣。」
僕は両手を肩幅より少し狭いぐらいに広げ、説明をした。日本で言うところの「懐刀」を作って貰いたかったのだ。
「刃はこれくらいで、片刃、柄はこのくらいで、「つば」は付けなくていいです。鞘に、ピッタリ収まるやつ。出来ますか?
「出来ると思うけど、こんな短い剣で戦えるのか?」
「戦う為の剣じゃないんですよ。御守りの一種かな?」
「へ~、お前の国も、変な風習があるんだな。親父に言ってみるよ。あたしじゃとても出来そうにないから。ただし、高いぞ~、オーダーメイドだから、1000…いや2000てとこか。でも、ジャムを持ってきてくれたから、1500でいいよ。」
「わ~、ボッタクリですね~。」
僕は笑いながら言った。
「じゃあ、800でいいよ。ジャムも貰ったし…」
「ありがとうございます。でも、ちゃんと適正価格でお願いしますよ。丁寧な仕事をするんでしょ?」
僕はニコニコしながら、チェスハを見た。
「あ、ああ。もちろんだ。あたしの親父は世界一だと思ってる。
で、でさ…タロン、疑う訳じゃないんだけど、料金先払いでいいか?」
「もちろんですよ。商売なんですから。」
僕は財布から1000センチ札を2枚出し、チェスハに渡した。
するとチェスハは、大喜びをし、叫びながら店の奥に入って行った。
「親父~!親父~!!仕事だ!仕事!大仕事だぁ~!!」
1人取り残された僕は、グルリと店の中を歩いてみた。
たしかにいろいろな武器がある。剣に盾、鎧に鎗。日本や中国といったアジア圏の武器は無いみたいだ。
しばらくすると、興奮覚めやまぬチェスハが、店に戻ってきた。
そして、店に置いてある武器を見てる僕を見て、
「ん?なんだ?気になる武器でもあるのか?」
「いえ、逆です。」
「逆?」
「はい。無いんですよ。」
「無い?」
「そうなんですよ。僕の国にある武器が1つも無いんですよ。」
「どんな武器なんだい?」
「ダメですよ、教えられませんよ。」
「なんだよケチだな。」
「見たところ、ここにある飛び道具は弓矢だけみたいですね。」
「飛び道具?」
「離れた敵を攻撃する武器の事です。」
「盾と鎧があるからな、弓矢はあまり意味がない。脅しみたいに使う事が多いな。獣族みたいに鎧を着てない敵には有効だけとな。」
「例えば、チェスハさんが、鎧を着て、盾と剣を持ってます。
そして、僕は鎧も着ずに、剣も盾も持たず、さらに両手にも何も持ってない。それで戦うと、どうなると思います?」
「どうって?…勝負になるはずが無いだろ?あたしが勝つに決まってる。大笑いをしてるだろうな。」
僕は予想通りの答えに、ニコッとした。
「じゃあ、その大笑いした瞬間、鋭い鉄の塊が口の中に飛び込んで来たら、チェスハさん死んじゃいますね。」
僕はニコニコしながら、言った。
するとチェスハさんは、一瞬で真顔になり、
「な、なに!?そ、そんなこと出来るわけないだろ、お前は何も持ってないんだよな?」
「はい、手には何も持っていませんでした。」
「じ、じゃあ、なんで…
も、もしかして、それがお前の国の武器なのか?」
「はい、武器の中の1つですけどね。」
チェスハさんは、目をキラキラさせて、その武器が知りたいオーラを醸し出していた。
「ど、どんな武器なんだ?教えてくれ。頼む。」
「ん~、どうしようかな~?」
僕は、わざと意地悪気に答えた。
「お願いします。タロン様。」
あまり意地悪するのも可哀想なので、
「わかりました。いいですよ。1つお願いを聞いてくれたらですけど。」
「お願い?」
「ドラゴンフルーツの木を見に行きたいんですけど。」
「ドラゴンフルーツ?」
「お城の向こう側にあるって聞いたんですけど。
今は立ち入り禁止になっていて、入れないんですよね?」
「ああ、なんでもドラゴンがよく現れるから、人を近づけないようにしてるらしい。」
「街で1番美人のチェスハさんなら、なんとかしてくれるんじゃないか?って、ある人から聞いたんですよ。」
「あ、ある人って、誰だよ?」
「イブレドさんです。」
「え?イブレド?あの腐れおやじ、なかなか見る目があるじゃねえか。」
僕は、昨日の夜、ドラゴンフルーツの木を見に行きたい。と、イブレドさんに相談したところ、チェスハさんならなんとかしてくれるんじゃないか?と言われたのだ。
「ティージーの店」は城の衛兵たちの溜まり場になってることが多く、そのほとんどがチェスハ目当てらしい。
だから、チェスハが色仕掛けで頼めば、入れてくれるかも…というのだ。
するとチェスハは、
「いいぜ、あたしも武器屋の娘だ、使える武器は、なんでも使う。
その代わり、さっきの武器も教えろよ。」
確かにチェスハさんの武器は破壊力満点だ。
「わかってますよ。じゃあ、教えますね。」
僕は紙に「十字手裏剣」の絵を書いた。
「これは、僕の国で「手裏剣」って言うんです。
「シュリケン?」
「手の裏の剣って書くんですよ。「相手からは見えない剣」って意味だと思うんですけど。
こんな形で、四隅が尖っている。手の平より小さく、薄いから、何枚でも服の中に隠しておけるんです。
狙ったところに当てるのが、ちょっと難しいけど、練習すれば出来るようになりますよ。」
「僕の国には、手裏剣を1度に何枚も投げる人も居たんですよ。」
「へ~、面白いな、お前の国。他にも、あたしの知らない武器があるんだろ?教えろよ!」
チェスハは、再び僕の首を脇に抱えて絞めてきた。当然さっきと同様、チェスハの胸は、僕の顔に押し付けられた。
「なぁ~、教えろよ~教えろよ~。」
チェスハは胸を押し付けたまま体を揺らした。
僕の顔も、チェスハの胸の中で揺れていた。
と、その時、
「ごめんなさい、遅くなっ…ちゃっ………た?……
チ、チェスハ!タロン!な、なにやってるのよ!」
ミウが、約束通りやって来た。
そして見たこともない顔で、僕たちに近づき、
「コラ、タロン!チェスハから離れなさい!」
ミウは僕の腕を引っ張り、自分の胸に引き込んだ。
そして、僕の頭を胸に押し当て抱き締めた。
「チェスハ!わたしのタロンに手を出しちゃダメ!」
「アハハ、悪い悪い。ついふざけちゃったよ。
安心しなミウ、タロンはいい男だが、あたしのタイプじゃないな、ワイルドさが足りない。もっと、こう…野性的な男がいい。」
「タロンも、ニヤニヤしないの!」
「は、はい!」
「アハハハハハ。」
それからチェスハは、今日店であった事を、興奮ぎみに、ミウに話した。ジャムや手裏剣、僕が仕事を頼んだことなど、1人で喋りまくった。
結局その日は、チェスハの店から出ることもなく、夜になった。
明日、ミウは夕方まで仕事らしい。
「ごめんなさい、タロン。明後日は、1日休みが貰えたから、一緒に居ようね。」
「うん、明日は街を回ってみるよ、まだ行ってない所もあるし。」
と、僕はチェスハをチラッとみた。
ドラゴンフルーツの木を見に行くことは、ミウには言わなかった。心配すると思ったからだ。
それからミウはお城に、僕はイブレドさんの宿に戻った。
イブレドさんの宿の前にも人が溢れていた。
エティマスさんが、明日の「ジャム」の整理券を渡していたのだ。
パン屋のタンシェさんも、ジャムを小さな瓶に小分けをし、パン5個買った人にジャムを1瓶あげるという、サービスを始めるらしい。さすが商売人だ。
ダシールが僕を見つけ、抱きついて来た。
「お兄ちゃ~ん !!
来て来て、今日は御馳走だよ!!」
ダシールは、僕の手を引っ張り、宿の中に入って行った。
その日の宿は、夜遅くまで賑やかだった。エティマスさんも、ジャムの評判を嬉しそうに話してくれた。
次の日、僕はチェスハの店に、真っ直ぐに向かった。ドラゴンフルーツの木を見に行く為だ。
もちろん、お土産の「ジャム」を持って行ったのは言うまでもない。
そして僕は、チェスハと一緒に、ドラゴンフルーツの木に向かった。
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