第5話〔イブレドの宿〕
第5話〔イブレドの宿〕
僕が湖から帰って、チェスハの店で待ってると、ミウが息を切らしてやって来た。
「お待たせ、タロン、チェスハ。」
ミウはこの国の服に着替えており、白いワンピースのような服だった。相変わらず可愛い。
僕は思わず見とれてしまい、固まってしまった。
「ど、どうかな?」
ミウの問いに、チェスハが、
「ほらほらタロン、何か言うことあるでしょ。」
僕は思わず、
「か、可愛い…」
と呟いてしまった。
それを聞いたミウは赤くなり、うつむきながら、
「あ、ありがとう…」
と言いながら、僕の隣に座った。
そして、僕に、
「どうだった?この街は?」
「うん、凄くいい。食べ物は美味しいし、なによりみんな優しい。
あ、そうそう、これを買ったんだ。ミウにあげようと思って。」
僕は鞄の中から、花の形をした髪飾りを取り出し、ミウに渡した。
「わぁ~!ありがとう。可愛い~、着けてみるね。」
ミウは嬉しそうに、頭の横に髪飾りを着けた。
「どう?似合う?」
さらに可愛くなった。
「う、うん。凄く可愛い…」
僕は天にも昇る気持ちだった。すると、
「オッホン!あたしの店で、イチャイチャしない!」
チェスハが割って入った。
「で、あんた、これからどうするの?」
チェスハが僕に訪ねてきた。
「とりあえず、泊まるとこを探して、しばらくこの街にいるよ。ちょっと調べたい事もあるし。」
「わざわざ宿なんかに泊まらなくても、ここに泊まればいいじゃん。」
「え?ここに?」
すると今度はミウが割って入って来た。
「ダメ!絶対にダメ!チェスハと一緒なんてダメ!」
ミウが僕の腕を掴みながら叫んだ。
すると、チェスハが、
「冗談だよ、冗談。アハハハハ!」
「も~!チェスハったら!」
「ミウはお城に泊まるんだよね。」
「うん、そういう決まりになってるから。」
ミウは少し残念そうだ。
「泊まる宿が決まったら、お城に行くよ。呼び出してもらうから安心して。」
「うん、わかった。待ってるね。」
「オッホン!だ~か~ら~、イチャイチャしない!」
「アハハハハハ…」
それから間もなく、ミウはお城に帰って行った。夕飯の支度やら、いろいろやることがあるらしい。忙しい合間を縫って、僕に会いに来てくれてたのだ。
僕も夕方には、チェスハの店を出た。
泊まる宿を探すためだ。昼間、街をブラブラした時に、何軒かの宿屋の看板は見かけていたので、とりあえず、片っ端から訪ねてみた。すると、
「ごめんね~、部屋があいてないのよ~。」
「悪いな兄ちゃん、満室だ。」
「ほら、ここんとこ、人が増えてるだろ、部屋が無いんだよ。」
考えが甘かった。行く所、行く所、全部満室で1部屋も空いていなかったのである。
だんだん薄暗くなって行き、街の外れまで宿を回ったが、やはりどこも満室だった。
僕は途方にくれ、街灯の下でしゃがみこんでいた。
「このままだと野宿決定だな…、チェスハの店に泊めてもらおうか…、でも料金高そうだし、なにより、ミウが怒るだろうし…」
僕は上を見上げ、街灯のの灯りを眺めていた。
すると、僕の袖が何者かに引っ張られるような感じがした。
そして、隣を見てみると、7~8才ぐらいであろうか、小さな女の子が、僕の袖をつかんでいたのだ。
僕は少しビックリしたが、女の子に話しかけてみた。
「どうしたのお嬢ちゃん?迷子になったの?お父さんと、お母さんは?」
すると、女の子は首を横に振り、
「ううん、違うの。お兄ちゃんは迷子なの?」
逆に聞き返された。
「う~んとね、お兄ちゃんは、どこで寝ようか考えているんだよ。今日、ここに来たばかりだから、おうちが無くてね。」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、あたしの家で寝ていいよ。」
「は?」
僕は、女の子が何を言っているのかわからなかった。
「い、いや、だって、お父さんもお母さんも、迷惑だろうし…」
「いいから、いいから、こっち、こっち。」
僕は、女の子に引かれるまま、町外れのさらに奥について行った。すると、
「ここ、ここ、あたしの家、ここなの。」
女の子が指差した先には「イブレドの宿」の看板が掲げられていた。
「宿?お嬢ちゃんの家、宿屋なんだ?
いいの?泊まっても?部屋は空いてるの?」
僕は嬉しさのあまり、一気に質問してしまった。
「いいから、いいから。」
僕は、女の子に押されるがまま、宿屋に入った。
すると、女の子が大きな声で、
「お父さん!お父さん!!お客さん連れて来たよ。お父さんってば!」
すると奥から、のっそりと男の人が出て来た。
「ほらほら、お父さん、お客さんだよ。」
「あ~、客だ~…?」
すると、その男性は僕を睨むと、
「あ~、金ならね~よ。何回来ても返せないもんは返せね~。」
どうやら、借金取りと間違えてるようだ。
「違うよ、お父さん!お客さんだよ!お客さん!」
「ん?客?こんなみすぼらしい宿に泊まるなんて奴はろくでもねえ奴だ。帰れ、帰れ。」
僕は、この宿を逃したら、野宿決定だったので、ダメもとでお願いしてみた。
「おじさん、お願いします。今日、この街に来たんですけど、どこの宿も一杯で泊まるところがないんです。一泊だけでもいいんで、泊めてください。」
僕が何度も頭を下げると、
「兄ちゃん、ホントにこんな宿でもいいのか?
何か裏があるんじゃねえだろうな?
あ!もしかして、うちの娘の体が目当てじゃねえだろうな!」
「い、いやいや、そんなことないですって!!」
「ふん!まあいい、部屋は全部空いてるから、好きな部屋使ってくれ。
ただし、うちは高けえぞ、一泊10センチだ!嫌なら他に行きな。」
「ありがとうございます。じゃあ、これ。」
僕は1000センチ札を男性に渡した。
すると、男性は目を丸くし、
「お、おめえ!?こ、これ…1000センチ札じゃねえか!」
「はい。とりあえず何泊するかわからないから、前払いでお願いします。」
「お、おう!わかった。何かわからない事があったら言ってくれ。
俺はイブレド、こいつはダシールだ。よろしくな、兄ちゃん。」
「僕は、タロウ。よろしくお願いします。
「タロウか、なんか勇者みたいな名前だな。」
「はい、そうなんですよ。実はタロンと勘違いされたみたいで…。」
「あ~、あの騒ぎな。街は儲かってるみてえだけど、こっちはさっぱりだ。
何もねえけどよ、飯ぐらいは出してやるから、安心しな。
ダシール、部屋まで案内してやりな。」
「うん、わかった。お兄ちゃん、こっちだよ。」
ダシールに案内され、僕は部屋に向かった。
確かに、僕以外客は居ないみたいだ。
街中の宿屋とは違い、静まりかえっていた。
「この部屋使って、1番広い部屋だよ。」
「ありがとう、ダシール。お父さんの手伝いをしてるんだ、偉いね。
あ、そうだ!この野菜も
お父さんに渡してもらえるかな、僕だけじゃ食べきれないから、ダシールも一緒に食べよう。」
僕は、馬車のおじいさんにもらった袋をダシールに渡した。
「うん、ありがとう!お兄ちゃん。」
ダシールは、野菜の入った袋をかかえ、調理場に入った。
しばらくすると、イブレドの呼ぶ声が宿に響いた。
「お~い、兄ちゃん!晩飯が出来たぞ~!」
僕は声のする方へ向かった。
テーブルの上には、なにやらしおれた野菜が並んでいた。お世辞にも美味しそうには見えない。
砕けたきゅうり、しおれて赤みかがった、白菜と大根、きゅうり、蒸して潰したジャガイモ。炊きたてのご飯。
「これが、この宿の自慢の料理「ハッコウ」だ。」
イブレドは自信満々に言った。
「ハッコウ? わ~、美味しそう~…」
と、とりあえず言ったものの、セリフと表情が違うのが自分でもわかった。しかし、白いご飯があるだけでも救いだ。
僕は、とりあえず食べてみた。すると、
「ん?なんだか、漬物に似てる。少しフルーティーだが、味は漬物だ。砕けたきゅうりは、塩揉みしたきゅうりだ。」
味は薄いが、白いご飯によく合う。
馬車に積んでいた米俵みたいな物は、やっぱりお米だったみたいだ。
この世界でもお米が食べられるのは、なんだか嬉しい。
「悪いな、兄ちゃん、金が無くて野菜しか無いんだ。明日はもっといいもん作るからよ。」
「いえいえ、食べさせてもらえるだけありがたいですよ。それにこの料理、僕の国と似てるから、なんだか懐かしいですよ。」
ダシールも、一緒のテーブルに居たが、ご飯ではなく、パンをかじっていた。
「ダシールはご飯食べないの?」
「だって、その料理、腐ってるんだもん。臭いし。」
たしかに、漬物を好んで食べる子供は少ない。
「お兄ちゃんも無理して食べなくていいよ。」
するとそれを聞いた、イブレドは、
「腐ってるんじゃない!腐らせてるんだよ。」
「一緒じゃない、腐ってるんだから…
街のみんなも言ってるよ、「イブレドの宿は腐ってる飯を食べさせる」って。」
なるほど、客が1人も居ない理由がわかった。
「イブレドさん、ダシールのお母さんは居ないんですか?」
僕は話の流れを変えようと、食べながら話しかけた。
「あいつは、街に働きに出掛けてる。宿がこんな状態じゃ、食っていけないからな。」
するとダシールが、
「お母さんは、パン屋さんで働いているの、たまに売れ残ったパンをもらってくるのよ。」
ダシールが嬉しそうに話した。すると突然イブレドが、
「おい、兄ちゃん!サタン飲むか?」
「サタン?」
僕は一瞬わからなかったが、「あ~、たしかミウが言ってたな。」と思い出した、炭酸の事だ。
「はい、いただきます。」
するとイブレドは台所から、ビンに入った水を持ってきた。その水のなかには何粒か実のような物が入っている。
その実から泡のような物がたくさん出ていた。
どうやら、その泡が水に溶け込み、炭酸水になってるようだ。
イブレドは、コップにサタンを注ぎながら、
「サタンの実は高けえから、めったに他人には飲ませねえんだが、久しぶりの客だ、遠慮しねえでやってくれ。」
「それじゃ、いただきます。」
僕は一口サタンを飲んだ。そして、あからさまに不味そうな顔をしてしまった。
「アハハ、やっぱり兄ちゃんには、まだ早かったか。」
イブレドは笑いながら言った。
するとダシールが、呆れたように、
「なんで大人って、こんな不味い物を飲むんだろうね。ね、お兄ちゃん。」
「う、うん。」
僕は返事に困りながらもうなずいた。
不味いというより、味がない。しかも微炭酸…これなら水の方がまだ美味しい。
僕は、料理を食べながら、
「イブレドさん、この「ハッコウ」はイブレドさんが考えたんですか?」
するとイブレドは、
「いいや、この「ハッコウ」は、うちの宿に昔から伝わる料理なんだ。実はな、この「ハッコウ」を、あの伝説の勇者も食った、って言われてるんだ。親父からよく聞かされたもんだよ。
親父の親父、つまり俺のじいさんが子供の頃、伝説の勇者が、この国に表れたそうだ。
ちょうど同じ頃、うちの宿に1人の男が泊まりに来てな。いきなり「ドラゴンフルーツ」を食べさせろ。と言ってきたらしいんだ。」
「ドラゴンフルーツ?」
「ああ、城の向こうにあるでっかい木の実だ。何千年も前からあるらしい。」
「そういえば、ミウがそんなことを言ってたな。」
「仕方ないから、曾じいさんと、その男が実を捕りに行ったら、その男は、新しい実じゃなく、地面に落ちて、腐りかけてるやつを集めて持って帰ったんだ。
そして、集めた実をバケツに入れ、グチャグチャにかき混ぜた挙げ句、その中に、野菜を突っ込んで、しばらくして取り出し、うまそうに食ったと。
それが、この「ハッコウ」の始まりだ。」
「でも、なんでこの宿の料理に?」
「それはな、曾じいさんが、「野菜をこんな食べ方するのは、この国には居ない。この方こそ伝説の勇者様じゃ」
ってことになって、名前を聞いたら、ひと言「ハッコウ」とだけ言ったんだとよ。
そして、勇者が食べた料理「ハッコウ」として宣伝したら、珍しさもあって、一度は繁盛したんだが、この見た目と「腐ってる」てのが、口コミで広がってな、今はこんな状態さ…」
「へぇ~、ハッコウさんか。でも客が来ないとダメでしょ、ハッコウは止めないんですか?」
「ああ、止めちゃダメなんだ、代々伝わる言い伝えで、「いつか必ず勇者様が表れる、そして必ず「ハッコウ」を食べに来てくださるはずじゃ。」てな。
だから、俺も止めねえ、作り続けるんだよ。」
「食べに来てくれるといいですね。」
僕とイブレドが話をしてる間、ダシールは静かにもくもくどパンをかじっていた。
「ダシールちゃん、パンは好き?」
ダシールに話しかけてみた。すると、
「う~ん、嫌いじゃないけど、大好きって程じゃないわ。その食べ物より美味しいし。」
なんとも的確な答えだ。この国には、パンに何かを塗って食べるという習慣はないみたいだ、街の店を見ても、牛乳はあるが、バターやマーガリン、チーズといった、発酵食品は置いていなかった。
せめて、ジャムでもあれば少しは違うのだが。
と、その時、僕の頭の中に馬車で食べたリンゴが浮かんできた。
「たしか、もらった袋の中にリンゴがあったな、そういえばイチゴみたいなのも…
塩があるなら、砂糖もあるに違いない。」
僕はイブレドに、
「甘くて白い粉みたいなのはありませんか?」
「甘くて白い粉~?それって「砂糖」の事か?
砂糖なら、日保ちするからたくさんあるけどよ。」
僕は、「やっぱり「砂糖」でいいんだ。」と思いながら、
「ダシールちゃん、いいもの作ってあげるから、ちょっと待っててね。
イブレドさん、台所お借りします。」
「あ、ああ、いいけどよ、何を作る気だ?」
僕は、消えかけていた釜戸に薪を入れ、水の入った鍋を2つ置いた。
イブレドは気になるのか、僕の後ろから覗き込んでいた。
お湯が沸くまで、リンゴとイチゴの下処理を終え、お湯が沸くと、リンゴとイチゴをそれぞれの鍋に放り込んだ。
するとイブレドはビックリして、
「お、おい!?お前!なんとことしやがるんだ!せっかくの果物が台無しじゃねえか!!」
思った通りの反応だった。ちょっと嬉しい。
やっぱり、この世界に果物を火を通す事は無いみたいだ。
普通な1時間以上煮詰めるが、とにかくここの果物は柔らかい、すぐにジャムになると思ったのだ。
果物を入れた後、砂糖も大量に入れた。イブレドはポカンとしていたが、呆れたのか、テーブルに戻り、サタンを飲んでいた。
そしてかき混ぜること5分、イチゴジャムとリンゴジャムが完成した。
ホントはきちんと冷ましたのを食べさせたがったが、早くダシールに食べてもらいたかったので、ホカホカのジャムを器に入れて持って行った。
「お待たせ、ダシール。これをパンにつけて食べてごらん、美味しいよ。」
ダシールは、器を覗き込んだが、初めて見るドロドロの液体に変な顔をしていた。
イブレドも、果物を鍋で煮込むという、見たことも無い料理に引いていた。
仕方がないので、まず僕が食べて見ることにした。ダシールに少しパンをもらい、イチゴジャムを付け口に入れた。
自分でも作っておいてなんだが、思わず顔がほころんだ。
いつも食べていたイチゴジャムより、格段に美味しかったのだ。
と、同時に甘い匂いが部屋中に広がった。
すると、イブレドがジャムを指に付け、ペロッと舐めた。
すると、ビックリした表情で、
「こりゃうめえ!ダシール!食ってみな。最高だぞ!」
父親の言葉に、ダシールはおそるおそるジャムを付け、一口かじった。
すると、ミルミル顔が笑顔になり、僕の顔を見ると、何回も何回もジャムを付け、パンをかじった。
ちょうどその時、ダシールのお母さん、エティマスが帰ってきた。
「ただいま~、おや?お客さんが居るのかい?珍しいね~。」
「お母さん!あのね!あのね! 」
ダシールが、お母さんに飛び付いて行った。
早く「ジャム」の事を伝えたいのだ。
「今晩は、お世話になります。」
僕の挨拶もそこそこに、興奮しているイブレドとダシールは、エティマスの手を取り、
「お母さん!これ!これ食べてみて!」
ダシールは、お母さんにジャムが食べさせたくて仕方がないみたいだ。
エティマスは器を見ると、
「なんだいこれ?黒い粒々のような物が入ってるけど…あら?でもいい匂い。」
エティマスは指にイチゴジャムを付け舐めた。
「なにこれ!美味しい!?どうしたのこれ?」
すると、ダシールが
「パンに付けると、もっと美味しいんだよ。」
と、パンをちぎって渡した。
エティマスはパンにイチゴジャムを付け、パクりと口に入れた。
すると、
「ん~~~ん、美味しい~!」
「でしょ!お兄ちゃんが作ってくれたの。」
ダシールが僕に抱きついて来た。
「どうやったのあんた!イチゴとリンゴみたいだけど、ジュースじゃないみたいだし、魔法でも使ったの!?」
エティマスも興奮していた。
するとイブレドが得意気に、
「聴いて驚くなよ、これはイチゴを鍋で煮込んだんだ。」
まるで自分が作ったかのようだ。
「なんですって!?果物を煮込む!?あんた?本当?」
エティマスは僕に詰めよって来た。
僕はその迫力に怯みながらも、
「は、はい。僕の国では、果物を砂糖と一緒に煮込んで、甘くするんです。これは「ジャム」って言います。
「へ~、そうなんだ。でもこれは甘くて美味しい。女の子も絶対喜ぶよ。」
するとイブレドが、
「なあ、お前、これを売ったら儲かるんじゃねえか?」
するとエティマスはイブレドの顔を見て、
「そうだよ、あんた。絶対売れるよこれ!
なあ、お兄さん。作り方をちゃんと教えておくれよ。宿代はタダでいいからさ。」
「お、おい?お前!それはやりすぎだろ!もう1000センチ貰っているんだぞ! 」
イブレドはあわてふためいた。
「なに言ってんの、あんた!これを売ったら、1000センチどころの騒ぎじゃないよ!」
僕は興奮してる2人をなだめるように、
「宿代はキチンと払います。ジャムの作り方も教えます。
ただ、1つ条件があります。」
イブレドとエティマスは、顔を見合わせ、同時に僕を見た。
「お母さんは、パン屋で働いていると、ダシールちゃんから聞きました。」
「ええ、パン屋で働いているけど、それがどうかしたかい?」
「そのパン屋にジャムを置いて欲しいんです。もちろん、「イブレドのジャム」としてね。
ジャムが売れれば、一緒にパンも売れる、なんたって、パンに付けて食べるんですから。パンが売れたら、店の人も喜ぶでしょ。
パンが売れたら、ジャムも売れる。その繰り返しですよ。
もちろん、作り方を誰にも教えなくていいです。
ここだけの秘密にしておいてください。
ダシールちゃんも、「シーっ」ね。
僕は、自分の口に人さし指をあて、ダシールに見せた。
するとダシールは、
「うん、わかった。絶対言わない。」
と、口を真一文字にした。
それから、僕は、イブレドとエティマスにジャムの作り方を教えた。ダシールもかき混ぜるのを手伝ってくれた。
次の日の朝、エティマスとダシールはジャムの入った瓶を袋に入れ、嬉しそうにパン屋に向かった。
「行ってきます、お兄ちゃん!」
僕とイブレドは手を振り見送った。
「さて、俺は果物を仕入れに行ってくる、リンゴ、イチゴ以外でもいいんだよな?」
「はい、いろいろ試して、一杯作ってください。」
「兄ちゃんはどこか行くのか?」
「はい、ちょっと友達の店に。夕方には戻ります。」
「わかった。今夜は豪勢な晩飯にしてやるよ。期待してな!
ところで兄ちゃん、あんた一体何者なんだい?」
「アハハ、ただの「太郎」ですよ。
僕は、照れながら言うと、会釈をし、そのままチェスハの店に向かった。
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