え、アストもなの?

 鬱蒼と繁った森の中にポツンと立つ白い塔。

 塔の高さは五階建てのビルくらいだろうか。

 その塔の周りは人の身長くらいの高さの塀があり、塔を囲っている。

 入口は一ヶ所。門のところには兵士だか騎士だからしき二人がいて、まるで外からも中からも人の出入りは許さぬとばかりにその門を守っている。

 塔の横には小さな小屋があり、そこが彼らの詰所のようだった。

 塔の天辺には窓があり、裏手には門も何もなく詰所からは死角になっている。高い塀があるからか、誰も警戒してはいないようだった。巡回すらしていない。


 その塔の中には螺旋階段があり、灯りとりのためなのか細長い穴が開けられていた。

 その塔の最上階には二人の男性と一人の女性がおり、男性二人は病か或いは傷ついているのか荒い息をしながら横たわり、女性はその光景を見ながら、たまに鉄格子の嵌まった窓から外を見ていた。鉄格子はどうやったのか、外側から張り付けたような感じになっている。女性の顔は俯いていて見えない。

 その女性が何やら呟いた。だが、それは周りには聞こえない。

 その女性が祈るように指を組み、目から一筋の涙を溢した。



 ***



「……なんじゃ、今の夢は」


 ガバッと布団から飛び起き、ボーッとしながら今の夢を思い出す。全く意味がわからない。


「託宣、って感じでもないし……予知夢? ってそれはないか」


 そもそも、私にはそういった能力がない。と言うより、巫女にはそのような能力は備わらない。


「なんだかなぁ……」


 はあ、と溜息をついて布団から這い出し、階下のキッチンへ向かった。


 この家に住むようになって、早十日。いろんな物を少しずつ買い揃え、やっと住まいらしくなってきた。

 ウォーグにギルドの場所を教えてもらってギルドに登録し、日々自分のできる依頼をこなしている。主に指定された量の薬草を摘んで来るとか、冒険者に売る傷薬や解毒薬の納品とか。

 中には狂暴な動物を狩る、なんて依頼もあってびっくりしたけど、私は巫女であって冒険者じゃないし、腕もないからそういった依頼はしていない。……てか、バカ王に冒険者になるって言った私はどこいった。

 ごくたまに、『女優募集!』とか『踊り子募集!』とか変な依頼があったりするけど、ギルド職員によくよく聞いたら、依頼でもなんでもないのにこっそり貼っていくバカがいるんだとその紙を剥がしながら教えてくれた。

 ギルドには元巫女だって言ってあるから、たまに傷を治してくれといった緊急依頼もあったりする。もちろん、指輪を外して治療、なんてことはしない。


 そんな日々の中で見た、変な夢。気にはなるが、今は『腹が減っては戦はできぬ』ということでご飯作りに集中する。といっても、パンと昨日の残りのスープと卵焼きくらいなんだけどね。

 カムイ専用の器に水を入れて浄化し、それを渡すと珍しいことを言って来た。


「桜、何か果物はあるか?」

「んと、干しラクスと、昨日買って来たばかりのペラとラポームならあるよ?」

「ならば、ペラをくれるか?」

「いいよ。今皮を剥くからちょっと待って」


 キッチンに戻ってお皿とナイフを持って来ると、テーブルの上にあったペラの皮を剥きはじめる。

 ペラとは地球でいうところの洋梨だ。それを剥いてカムイの前に置くと、カムイはそれを食べ始める。


「カムイが果物がほしいって言うなんて珍しいよね」


 カムイが食べている様子を見ながらそう呟くと、カムイはしっぽをパタパタと振りながら嬉しそうに話す。


「この国で採れる果物は美味だからな」

「そうなの?」

「ああ。何度か食べたことがあるからな」

「へえ、そうなんだ。楽しみ」


 そんなことを話しながらも、さっき見た夢が気になって仕方がない。それに、女性の顔は見えなかったけどそのシルエットはなんだか覚えがあるような気がする。そんなことを考えていたら、カムイに呼ばれた。


「なに?」

「先ほどから少し変だが……何かあったのか?」

「何かあったと言うか……変な夢を見て」

「夢?」

「うん」


 夢の話をするとカムイはしばらく考えたあと、「アストリッド殿にも話したほうがいい」と言われた。


「アストに? どうして?」

「その女性のシルエットを見たことがある気がするのだろう? もしかしたらアストリッド殿も同じ夢を見ているかも知れないし、元巫女かも知れないではないか」

「そうかも知れないけど、うーん……。話すのはともかく、実際に夢で見た森とか塔とかあるかどうかわかんないし」

「その辺りは我に心当たりがある」

「本当?!」

「ああ。だからまず先に、アストリッド殿と話をするがいい」

「うん、わかった」


 カムイに言われて素直に頷くとご飯をさっさと食べ終え、ウォーグに納品するための傷薬と日焼け止めクリームをリュックに詰め、それを背負ってウォーグの店に行く。

 その足でギルドに行って依頼を探したけど私ができるようなのはなく、仕方なくそのままギルドを出て通りをぶらつく。お土産用のお菓子を買い、アストたちが住んでいる湖畔の屋敷へと向かう。湖畔手前でカムイと合流し、そのまま屋敷へと向かった。


 アストたちが住んでいる屋敷に行くと、ちょうど庭でお茶を飲んでいるところだった。流石貴族組、優雅です。

 歩いている私とカムイに気付いたイプセンが椅子を追加してくれたうえに、紅茶とカムイ用の水を用意してくれたので、アストに乞われるままそこに座る。


「サクラ、お話があるんですの」

「何?」

「実は……」


 アストから聞いた話は、私が見た夢と同じだった。


「え、アストもなの?」

「そう仰るということは、サクラも?」

「うん。他の人たちは?」

「ラーディ様たちにも聞いてみたのですけれど、そのような夢は見ていない、と」

「そうなんだ……。なんなのかなあ……シルエットになってたから女性の顔は見てないんだけど、何か見たことがある後ろ姿だったから、すごく気になるんだよね」


 考えながら言った私に、アストもわたくしもですわと言いながら優雅にお茶を飲む。


「まさかとは思いますけれど……」

「なに?」

「レーテの後ろ姿、ではありませんわよね?」

「レーテ?」

「ええ。レーテはこの国に嫁いでおりますから。最近手紙も来てないですし……」

「え……」


 アストに指摘されて、何となく思い出した。そう言えば、髪の長さは違っていたけどレーテの後ろ姿に似ていた気がする。


「レーテだとして、一緒にいた男性二人は?」

「お顔が見えませんでしたから何とも言えないんですけれど、一人はレーテの護衛騎士、ヤグアス様に似ていた気がしますわ」

「もしそうなら、なんで塔なんかに閉じ込められてるの?」

「わかりませんわ。それに、この国にあのような塔などなかったはずですのに……」

「それについては、カムイが知ってるって言ってた。ね、カムイ」

「ああ。間違いがなければ、だが」


 頷いたカムイに、アストは目を見張る。


「なんなら連れて行ってもよいが?」

「私とアストの二人を乗せられるの?」

「無論だ」


 どうする? と聞いたカムイに、アストと二人で顔を見合わせると、二人同時に頷く。


「カムイ、お願い」

「わかった」

「でしたらわたくしは、動きやすい服に着替えて来ますわ」


 スッと優雅に立ち上がったアストは屋敷のほうへと移動し始める。

 十分後、着替えて来たアストを見たカムイはその躰を伏せ、私とアストを乗せて風を切るように走り出した。


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