模型を作ってみたら?

 出来上がった家の外観は、まさにログハウスそのものだった。その横の陽当たりのいい場所には小さいながらも全面ガラス張りの温室と、小さな畑が作れそうなほど広い庭があった。レンガ作りだった家のサイズよりも小さくしたらしく、そのぶん庭のスペースが広がったらしい。

 縁側と呼べるような場所にはテーブルと椅子のセットもあるから、天気のいい日はそこでお茶ができそうだ。当然のことながら、躰の大きなカムイが寝そべっても余裕があるくらいのスペースである。

 裏にも庭があり、ここには薬草と毒草が植えられていたのは有難い。この二つはなぜか、あまり陽のあたらない場所を好む植物なのだ。少し量が足りないから、あとでユースレスから持ってきた種を蒔こうと決めた。


 玄関から家の中に入るとすぐに扉があり、一段高くなっていて靴を脱ぐことが可能な作りになっている。靴を脱いで上がり、扉を開けると十五畳くらいの広い空間になる。左手のほうにキッチンが見えることから、どうやらこの空間はダイニングキッチンのようだった。

 窓のほうを見れば外から見えたテーブルと椅子のセットがあり、玄関側の壁の中央にはレンガ作りの暖炉。暖炉のレンガは、この場所にあった家の廃材を利用したと職人さんが教えてくれた。ダイニングの中央にはテーブルと椅子があり、暖炉の前にはラグが敷かれている。

 玄関とは反対側の壁の奥にある扉の先には廊下と扉が三つと、上に上がる階段があった。

 右側にある二つの扉の先は一つはトイレでもう一つは脱衣所があり、その先にはお風呂場があった。日本と同じようなタイプで、木造の湯船だった。その場所からは檜に似た香りが漂っている。家族旅行で行った旅館に来たみたいで、なんだか懐かしい。

 左側にあった扉は何にもない空間で、だいたい六畳くらい。ここは作業場にできそうだ。


 階段を上がった先には廊下と扉が三つあり、三つとも八畳くらいの広さがあった。階段に一番近い扉のその先の空間には、私がお願いしたもの……ロフトがある。


「うわ、本当にロフトになってる!」

「お、あれはろふとと言うのか」

「そうです。寝る場所をロフトにすればそのぶん下に空間が空くから、いろいろなものを置いたり遊ぶスペースもできたりするし、逆にロフトを物置のスペースにしてもいいし、その辺は使う人の自由って感じかな?」

「へえ、便利じゃねぇか。……なあ、シェイラ。これ、他の家を建てる時に使ってもいいか?」

「需要がありそうならいいよ」

「需要、ねえ。なら、見たいと言った奴にはここに連れて来るから、見せてもいいか?」


 そう言った職人のおじさん。おお、所謂オープンハウス的な感じだね。でも、さすがに仕事場を見せるのはまずい。てか、あまり見せたくない。


「うーん、おじさんが必ずついて来るのと、この部屋しか見せない、って条件ならいいよ」

「なんでい、他の部屋はダメなのか?」

「んー、ベルタさんとかウォーグさんから私が巫女だった、って話は聞いてる?」

「おう、聞いてるよ」

「その関係もあって、一階の部屋に薬を作る道具とか置こうと思ってるから、その辺のやつはあんまり見せたくないというか、見せられないんだよね。尤も、巫女じゃないと何に使う道具なのかはさっぱりわからないと思うんだけど、それでも薬を作る時の材料の中には手がかぶれたり危険な道具もあったりするから、正直、素人には触らせられないと言うか、好奇心で勝手に触られるのはまずいというか……」


 それに、毒草を扱ったりするから、本当のことを言えば家の中にすら入れたくないのだ。渋る私に、おじさんは「どうすっかな」とぼやく。そんなおじさんに、ふと思い出したことを提案してみる。


「だったら、模型を作ってみたら?」

「もけい?」

「この家の縮小版、って言うのかな。こんな感じの部屋ですよ、っていうのがわかればいいんでしょ?」

「そうだな」

「だったら、両掌に乗るくらいの大きさかそれ以上の大きさでこの部屋を作って、『こんな感じです』って見せたらわかりやすいと思うんだけど……どうかな?」


 所謂建築模型というやつだ。この世界には紙も存在するけど、庶民にはちょっと手が出せないほど高いし、日本みたいにクラフト作業ができるほど、そこそこの固さの紙などない。


「紙で作るのが一番いいけど、紙だと高いでしょ? だけどおじさんは家を作ったりする人だから、建築に使えない木材の端材とか出るよね? それを適当な太さとか長さにして作ったら、うまくいかないかな?」

「ああ、その手があったな! そうだなあ……うまく作れるかわかんねえが、やってみるとすっか。ただ、そのもけい? ってヤツを見て、どうしても実物が見たいって言われたら……」

「その時はしょうがないから見せるよ。但し、おじさんがきちんと付いていることと、見せられない部屋を除いてできるだけ一緒に案内するのが条件ね。もちろん、見たいって言った人がそれで構わないって言ったらの話だけどね」

「おう。すまんな、その時は頼む」

「うん、いいよ」


 そんな感じで、おじさんとあれこれと決め、階下に降りておじさんを玄関から見送る。そういえばカムイがいないなと外を見に行ったら、カムイが裏庭のほうから戻って来た。


「カムイ、どこに行ってたの?」

「我の姿をあまり見せたくなかったからな。裏にあった森を散策して来た」

「何か面白いものとか、役立ちそうなのとかあった?」

「森自体は豊かだから、桜が食べるぶんくらいの実りは採れるだろう」

「それはそれで嬉しいけど、私、この辺で何が採れるか知らないよ?」

「その辺は我が教える。あと、面白いものがあった」

「面白いもの?」

「ああ。だが、それは追々、な」


 そう言ったきり、カムイはそれ以上話さなかったので諦めた。

 カムイを連れて一旦家の中に入り、背負っていたリュックをロフトがある部屋に下ろすと、中から金貨などのお金を少し出して別の袋に入れて懐にいれる。これから街の中心部に行って、布団や食料、箪笥などを買ってこなければならないし、ウォーグの店に行って手伝いをしなければならない。


「どうせならウォーグさんあたりに、どこの布団屋さんとか家具屋さんが安いか聞いてみようかな」


 市場もあるって言ってたし、その場所も聞かねばならない。

 姿を見せたくないと言ったカムイに留守番を頼み、まず先にウォーグの店に行っていろいろと聞くことにした。



 ***



「クレイオン、ヤグアス……どうか……」


 王宮から離れた森の中で一人の女が祈りを捧げている。そこには二人の男と一人の女が囚われていた。女の目の前には傷ついた男たちが横たわり、呻いている。


「リーチェが……せめて、……がいていてくれたら……」


 彼女の呟きは小さくて二人には聞こえない。


 どうしてこうなったのか。なぜ、あの人があんなことをしたのか、この場にいる三人にはわからない。


「せめて傷薬があれば、わたしにも治療ができるのに……」


 治療が最も得意だったのはリーチェだった。だが、リーチェは三年前亡くなっている。


「お願い……誰か助けて……」


 鉄格子の嵌められた窓からは月明かりが差し込んでいる。その窓を見上げながら、彼女は指を組んで祈るように呟いた。


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