見ないで買ったのは失敗だったかも
女将さん――ベルタと一緒に森まで案内してもらいながら、周辺を見る。
開けた場所には風渡る草原、小高い丘。湖がある方向はキラキラと光っていた。太陽の光が湖面に反射してるんだろう。
その湖畔には、白亜の三つの建物。
真ん中は、私が買った舞踏会室がある建物。その横に光を反射しているものがあることから、多分温室なんだろうと思う。
近くに来て買った建物を眺める。建物自体は想像していたよりもずっと小さい。その代わり周囲は広く、2DK位の広さが五部屋くらい並んだ二階建てのアパートを三つくっつけた感じの広さだ。二階部分がないから、多分一階建てなんだろう。……一階建てと言っていいかどうかはわからないが。
光を反射していた建物はやっぱり温室だった。こっちはあまり広くなく、ざっと見て二十畳くらいの広さだ。但しあまり手入れをしていないようで、温室のガラスが割れていない代わりに、地面は草ぼうぼうだった。花も枯れていたりするので草むしりが大変そうだ。
玄関扉と思われる場所を開けると、まるでホテルのフロントやラウンジのような空間が広がっていた。床には赤い絨毯、天井にはシャンデリア。
正面の扉を開けるとそこは舞踏会室だったんだけど、正直、広さを嘗めていた。まあ、舞踏会室だからと言われたらそれまでなんだけど、いくらなんでも広すぎる!
こんな場所を作業場にしようとした私が馬鹿だった。
他にもあった部屋を案内されたけど、一部屋一部屋が休憩を兼ねた談話室だったらしく、どれも二十畳くらいはある。当然のことながら、カムイと住むには広すぎる建物だった。
「思った以上に舞踏会室が広いですね」
「そうね」
「カムイと住むには広すぎます……。見ないで買ったのは失敗だったかも」
「あら、他の人たちと一緒に住めばいいじゃない」
「無理ですよ! 彼らとは生活スタイルが違います!」
そう。ジェイドたちも含め、彼らと私の生活スタイルは全く違う。アストやルガト組は貴族だから、私とは起きる時間や行動が全く違うのは当然で、ジェイドたち神殿組もまた私とは生活スタイルが違うのだ。神殿の生活を知っているはずの私でも今はその記憶は朧気で、カムイと旅をしていたサバイバル生活みたいなのが性に会っている。
二週間彼らと旅をして、それがよくわかった。
「……やっぱり、欲を出さないで小さな家で野菜や薬草を育てたりできる家にすればよかったよ」
「うーん……街の中にないわけじゃないんだけど……」
「本当ですか?!」
「ええ。ただ、中も外もボロボロで、修理というか、改築が必要なのよね……」
「そこ、見せてください!」
「構わないけど……」
私がよっぽど必死に見えたのか、ベルタは苦笑しながらも来た道を戻り、その場所に案内してくれた。
その建物は、日本でいうなら庭付き一戸建てのレンガ作りの家で敷地内に井戸があり、裏には雑木林が広がっている。両隣の境には壁や小さな木が植えてあるし、まるで日本の住宅街のようだった。
隣家や周辺の建物自体はレンガ作りの家や石作りの家が主流だが、中にはログハウスのような木で作った家もある。どの家も、高さは二階建ての家よりも若干低い感じのようだった。
「うわ……確かに外観はボロボロですね……」
「でしょう? 中も見てみる?」
「うーん……」
とりあえず外観は見てみたもののレンガにヒビが入っていたり、壊れて抜け落ちたりして中の様子が丸見えの場所もあった。その場所から見た限り中もボロボロで、正直言って修繕するよりも建て替えたほうが早そうな気がするのだ。
「外から見た限りですけど、外観があんな状態だったら、改築するよりも建て替えたほうがいいと思うんですよね 」
「そうなのよ。だからこそ買い手がつかなくてね」
「ちなみに、このままだったらいくらですか?」
「金貨十五枚、ってとこらかしら」
「建て替えるとして、材料費とか人件費とか込みだったら?」
「材料にもよるとは思うけど……まさかシェイラ、買うつもりなの?!」
「そのまさかです」
買い物とか傷薬の納品のことを考えると、断然ここのほうが近い。敷地面積を入れたにしても、
「一緒にいた人たちは、もともとこの大陸の人たちです。でも、私はカムイと二人で遠くから旅をして来たから、この大陸のことをほとんど知りませんし生活スタイルも合いません。それが彼らと一緒に旅をしたこの二週間でよくわかったんです。それに、湖の屋敷の管理の仕方もよくわかりませんし、下手に内装を弄ったら壊してしまいそうで、怖いんですよ」
「シェイラ……」
「私の性格とか生活スタイルを考えると、こっちの家のほうがぴったりです。こっちに変えたらダメですか?」
ベルタの目をじっと見ながらそう訴える。
できることなら、本当のことを言いたい。でも、言ったところで信じてはもらえないだろうし、幸いにも私はずっと道着を着て旅をしてきたから、一緒にいた彼らとは服装が違うことをベルタは見ている。
それに、神殿で生活していたはずの『リーチェ』の記憶がどんどん失われていってる。今現在覚えているのは、せいぜい自分で生活するに困らないお金の種類や使い方、薬草を作る知識と巫女の力、『リーチェ』にとって馴染みのある人たちの顔と名前がわかるだけだ。
しばらく私の顔を見ていたベルタは、諦めたように苦笑したあと、「仕方ないわね」と言ったあとでにっこり笑った。
「いいわ、こっちに変えてあげる」
「ありがとうございます!」
「どんな家がいいとか希望はあるかしら?」
「あんな感じの木造がいいです。レンガ作りの暖炉と、小さくていいので温室付きならなおいいですね」
「それなら、もらった金貨で何とか足りると思うわ。もちろん、薬の納品の条件はそのままだけど、いいかしら?」
「もちろんです! 足りなかったら不足分は出しますから!」
そうしてその日のうちに職人さんが手配され、職人さんにも同じことを伝える。その時に内装に関してもう一つだけお願いすると「面白そうだし、やってみよう」と言ってくれたので、それもお願いすることにした。
完成予定は二週間後。ちょうど手の空いている職人さんがたくさんいるし、家の材料も木材だから早く終わりそうだ、ということだった。石はともかくレンガだと焼くところからスタートするから、下手すると三ヶ月近くかかるらしい。それを聞いてレンガにしなくて良かったと思った。
完成するまでは夜営か野宿かな(宿に泊まるにはお金が心許なかった)と思っていたら、ベルタとウォーグが「うちに泊まればいい」と言ってくれたので、その間は傷薬なんかを作りながら道具屋の手伝いをすることにした。
時々ジェイドたちやアストが様子を見に来て、一緒にご飯を食べに行ったりもした。
ちなみに、ジェイドたちやアストたちは、私が真ん中の建物を買ったことを知っていたからか、あの湖畔にあった両隣の屋敷を買ったらしい。左側はアストたちが、右側はジェイドたちが。たが、いざ屋敷に案内されて着いてみれば私やカムイはおらず、挙げ句にここではなく別の場所に変更したと聞かされて驚いたらしい。
もちろん家の場所は教えてないし、ベルタも「なんとなく言わないほうがいいんじゃないかと思って」と言って、道具屋の手伝いをしていること以外は教えてないそうだ。だから彼らは私の様子を見に道具屋まで来るのだ。
そんな日々を過ごしながら、なんだかんだと二週間ちょっと。
棟梁と呼べるような職人の偉い人たちが道具屋に来て、家ができたことを知らされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます