日本と逆なんだね……
シュタールを出発して二週間たった。今日やっとボルダードに着いて、今はウォーグの店に荷物を降ろしているところ。
旅をしている間はずっと夜営だった。何せ旅してる人数が人数だけに、小さな村や町とかだと泊まれる宿はほとんどなかったのだ。なので、村や町に近い場所の外での夜営である。
夜営に慣れていないアストや元アルブレク家の三人、ルガトさん一家だけでも宿に泊まればと言ったのだが、「貴重な体験」と謂わんばかりに地面とかに寝ていた。……さすがに、私以外の女性陣には幌馬車の中に眠ってもらったよ。
腐りやすい果物や水は村や町で調達したり、沢があればそこで水を汲んで浄化して飲んだり、途中に村や町がなくて足りなくなった食料なんかは森や川から木の実や果物、動物や魚などを調達したりした。動物から剥いだ毛皮や加工できる骨は、当然途中にある村や町に売ったりした。肉は美味しくいただきましたよ、うん。
ウォーグによると、シュタールやユースレス周辺の国々にはファンタジーに出てくるようなモンスターとか魔獣はいないそうなので夜営できるが、ボルダードのさらに南側とかさらに東の地にある帝国と呼ばれている辺りに行くと、モンスターとまではいかなくても、かなり狂暴な動物や何かがいるそうだ。……当然、どこの国にも野盗や盗賊はいるらしい。
それに、ボルダードにもギルドがあるそうだ。ただ、ユースレスやシュタールみたいに傷薬や薬草を買ってくれるだけでなく、それ以外にも依頼があるらしい。どんなことをするのか、どんな依頼があるのかウォーグに聞いてみたけど、「行ってのお楽しみだ」と言って教えてもらえなかった。
そういえば旅に出る直前、デューカスに金貨をたくさんもらった。そんなものをもらう理由が思い付かなかったから「もらえない」と言うと、デューカスは
「例の賞金首の男を捕まえた報酬です。死んでいた男も賞金首だったから、そのぶんもあるんですよ」
と言われて、そういえばあのオヤジが賞金首とかなんとかそんなことを言っていたし、たまたまとはいえそんなことしたっけ、と今更ながら思い出した。
ただ、こんなにたくさんはいらないと突っぱねると、死体を片付けたりあの煩い賞金首のオヤジを運んだりしてくれた兵士や騎士たちにもそれなりに配ったと言っていたし、最初に捕まえたのは私だからという理由で、四分の三の金貨を私に寄越したそうだ。
金貨一枚の価値はファンタジーのお約束に漏れず、日本円にして大体一万円から国によっては十万円(ワオ!)くらいの価値。罪人二人合わせた賞金首の値段が約二百枚で、私の手元に来たのが約百五十枚くらい。
貴族のデューカスや宰相だったルガトやアストたちにとってははした金かも知れないけど、一般市民の私やジェイドたちにとってはかなりの大金。そんなわけで、今の私はちょっとした小金持ち。おかげでいろんな意味でリュックがかなり重い。
……どんだけ悪いことしてたんだよ、あのオヤジと死んでたヤツ。
いつまでもリュックにお金を入れておくわけにはいかないし、とりあえずの拠点はほしいから、カムイと一緒に住めそうな家を探して借りるつもりで荷物を降ろしながらウォーグにこの辺の相場を聞いたら、借りるよりも買ったほうが安いと言われた。
日本と逆なんだね……。
そんな話をしていたら、その話を聞いていたのかウォーグの奥さん――かなりの美人さんだった――が
「あたしが持ってる土地があって、今は使っていない屋敷があるんだけど、どうかしら」
と聞いて来た。
「は? 土地に屋敷、ですか?」
「そうなの。ここから歩いて三十分ほどの距離に森があるんだけど……ほら、あそこよ。見える?」
「あ、はい。見えます」
「あそこの東側に小さな湖があって、そこの湖畔に別荘にしてた屋敷が三つくらいあるの。そこで良かったら、貴女に……えっと」
「セレシェイラです。シェイラでもいいですよ」
「わかったわ。シェイラにそのうちの一つを格安で売ってあげるわ。他の皆さんも。どう?」
どう、って言われても、正直いって困る。そもそも、道具屋の女将さんである人がなぜそんな広大な土地やら屋敷やらを持っているのかがわからない。そんな疑問をぶつけてみると、女将さんの実家の何代か前が没落貴族の私有地を、借金返済ができないのを理由に取り上げたらしい。
「……貴族も借金なんてするんですね」
「あら、普通はしないわよ。おじいちゃん曰く、おじいちゃんのおじいちゃんがその貴族にお金を貸してたんですって。借りる時の担保が屋敷を含んだその土地だったそうよ。元々その貴族は領地経営をきちんとやってたんだけど、代替わりした時に迎えた奥さんが浪費家だったらしくてね。その貴族自身も浪費家で入って来る以上のお金を使ったもんだから、あっという間に傾いてしまったらしいの。立て直すつもりで借金したはずなのに、そのお金も浪費してしまったらしくてね。立て直すこともできず、借金も返せず、いろいろあって担保にしてた土地ごと前領主の許可をもらって私有地全部取り上げたらしいわ。その内の一角があの森の側の屋敷や土地で、あたしがウォーグに嫁ぐときおじいちゃんに「餞別だ」と言われてもらった土地なの。だから、あたしの土地であり、ウォーグの土地でもあるのよ」
「うわあ……」
「管理や維持費が大変だし、貴族とかの別荘地とか避暑地として売りに出してたんだけど、売れそうで売れなくてね」
「どうしてですか?」
「何て言うか……目の前は湖、裏は鬱蒼と繁った森でしょ? 石造りだから夏でも夜は寒いし不気味だしで買い手がいないのよね」
「……避暑地って普通、そういう場所のことを言うと思うんですけど」
「そうなんだけど、最近のお貴族様はそうじゃないみたいなのよね。調度品も何もないから、余計なのかも知れないわね」
ウォーグの奥さんは右手を頬にあてながら溜息をつく。
寒いなら暖かくする方法なんていくらでもあるし、調度品がないなら自分の好みのものを入れられる。
「ねえ、女将さん」
「なあに?」
「その屋敷、日当たりは?」
私がそう聞いた途端、女将さんは私の目をまじまじと見たあと、にっこりと笑った。しかも、商人を彷彿とさせる笑み。いや、商人の奥さんなんだから、商人なんだけどさ。
「窓は全部南向きよ」
「庭は?」
「表にも裏にもあるわね」
「部屋数は? 各部屋に暖炉はあります?」
「似たり寄ったりだけど、三つのうち二つは十くらいあったかしら。もちろん、全室暖炉付き。ついでに言えば、お風呂も台所も厩舎もあるわ。もう一つは五部屋くらい。但し、五部屋と言っても一部屋一部屋はやたらと広いし、
むむ。舞踏会室があるならそこを薬草とかを作る作業場にできるし、温室があるなら別の薬にできるような花とか植物も植えられるし、カムイと私だけなら自分が食べるくらいの簡単な野菜も育てられそうだ。
人数を考えると、ユースレスにいたメンバーとシュタールにいたメンバーが両サイド、私とカムイがその舞踏会室付きの屋敷がいいと思うし。
薪は森から拾ってくればいいし、土が悪ければ森には天然の腐葉土もあるから入れ替えてもいい。日当たりがいいなら、乾物も作れるんじゃない? って、買う気満々でいるよ、私。持ってる金貨で足りるかなぁ。そんなことを考えていたら。
「ウォーグに聞いたけど、シェイラは巫女なのよね? 傷薬と解毒薬をあと五十人分作ってくれるなら、舞踏会室ボールルーム付きの屋敷を金貨八十枚の格安で売ってあげるわよ? 他のがいいなら、屋敷が大きいぶん値が張るけど金貨百五十枚ってとこかしら」
「五十人分……確か……」
リュックを肩から降ろして袋の口を開け、巾着を四つ取り出すと女将さんにそれを手渡す。
「赤い糸が縫い付けてあるのが傷薬で、茶色い糸が縫い付けてあるのが解毒薬です。で、黄色い糸が縫い付けてあるのが胃薬で、なにもついてないのが日焼け止め効果のある塗り薬です。日焼け止めは十人分で、それ以外はだいたい三十から五十人分くらい。胃薬と日焼け止めの塗り薬をおまけにつけるので、舞踏会室付きの屋敷を金貨七十枚に負けてくれませんか?」
「え、胃薬や日焼け止めの塗り薬まで作れるの?!」
「日焼け止めは液体のもありますよ?」
しれっとそう言うと、女将さんは絶句した後で突然笑い出した。
「あはははは! シェイラって凄いわね! まさかそんなのまで作れるとは思わなかったわ! いいわ、六十五枚に負けてあげる。但し、日焼け止めの塗り薬十人分を十日に一回か月に二回のどちらか納品してくれたら、だけど」
「いいですよ。買います!」
日焼け止めの塗り薬は、薬草とかがあればわりと簡単に出来るから問題ない。即答した私はその場で女将さんに金貨を払い、ジェイドたちやアストたちが唖然としている中さっさと道具屋に荷物を運び込み、女将さんにその屋敷に案内してもらうのだった。
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