シュタール編

貴女に会いたかった!

「お馬さん、重くない? 大丈夫?」

《平気です。もっと重たいものも引いたことがありますから。それと、私のことはエクウスと呼んでください、巫女様》

「エクウス? うん、わかった」


 おじさんの怪我に障らないようにしてるのか、幌馬車はゆっくりと走る。思わず『カントリーロード』を歌いたくなってしまうくらい、のんびりとした道程だ。現代日本なら、むしろ『コンクリートロード』かなんて、某アニメの替え歌まで思い出してしまって内心で苦笑する。

 途中で、先に行っていた兵士さんが別の兵士さんを連れて戻って来て、死んでいた人を別の兵士さんが回収して行った。幌馬車の両脇にはその兵士さんと、馬を引いている兵士さんがいる。

 後ろのほうで、犬――大きさも見た目も秋田犬そっくり――が、「お父さん」と言ったおじさんを心配しているのか、「クゥーン」と悲しげに鳴いている。


《そのように心配せずとも大丈夫だ》

《でも、お父さん、苦しそうだよ?》

《たくさん血を流したのだ、苦しいのは当然であろう? きちんと休ませ、食事をとれば元気になる》

《本当?》

《ああ》

「そう言えば、どうして君は、おじさんのことをお父さんって呼んでるの?」


 カムイと犬の話を聞きながら、ふと、犬がおじさんのことをどうしてお父さんと呼ぶのか気になり、犬に聞いて見た。


《あんまり覚えてないけど、お母さんの代わりに、お父さんがご飯をくれたの。あと、もう一人のお母さん。いっぱい遊んでくれたし、いっぱいご飯もくれたんだ。教わったことがきちんとできると二人で誉めてくれて、ぎゅっってだっこしてくれたり頭を撫でてくれたの。ボクを育ててくれて、ペロって名前をくれたから、お父さん》

「なるほど、そう言うことか」


 犬――ペロは、嬉しそうにしっぽをブンブンと降って、そう教えてくれた。きっとペロは、お母さん犬とはぐれたか、お母さん犬の飼い主に捨てられたか、飼い主にもらわれて来たんだろう。それを育てたのがこのおじさんとその奥さんだったわけか。

 愛情を持って育てたからペロは主人であるおじさん夫婦を慕い、一生懸命仕えているらしい。まるで忠犬ハチ公だ。


 ペロのお父さん自慢や、エクウスのおじさんとの旅の話を聞いているうちに、街へと着いた。かなり大きな街なのか、奥のほうでは大きな屋敷もいくつかある。


「一旦、私の屋敷に行きます。そこでこの方を休ませます」

「は? 屋敷?」

「そこで、私たちのこともお話しますから」


 何で屋敷? と、頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながらも連れて行かれたのは、ラーディに連れて行かれた屋敷よりは小さかったものの、それでもそれなりの大きさのところだった。


「……でかっ!」

「そうでもありませんよ? 両親や兄たちが住む屋敷は、もっと大きいですから」


 ことも無げにそう言った兵士さんは中に入ると人を呼び、この屋敷に勤めている人たちにあれこれと指示を飛ばしておじさんを中へと運んで行った。ペロは心配そうにそのあとをついて行った。エクウスは厩舎まで連れて行って休ませると言い、二人の兵士さんは罪人の男を騎士団の詰所まで運ぶため、馬に乗せて屋敷をあとにした。


 私はカムイと一緒に一室へと案内されて席を勧められると同時に、兵士さんと同じ年くらいの執事さん――と兵士さんに紹介された――が飲み物とお菓子を持って現れた。お菓子は甘酸っぱい香りのする焼菓子である。

 執事さんは兵士さんと私の前に飲み物が入ったカップとお菓子を、カムイの前には水が置かれる。それにお礼を言って、まずカムイの水を浄化しようとしたら、「私が浄化致しましたから」と執事さんに言われて少し驚いたものの、それを隠してそのことにもお礼を言ってカップを持ち上げた。琥珀色の液体と香りからしてカハヴィだった。

 カハヴィとは地球でいうところのコーヒーである。

 因みに、紅茶はヘルバタと言う。私は、心の中では紅茶と言うことに決めた。もちろん、カハヴィもコーヒーと言うことにする。だって、カハヴィもヘルバタも言いにくいんだもん。


 それはともかく、私はブラックコーヒーが好きだから、何も入れずに一口飲む。口の中で苦味と酸味が絶妙なバランスで広がり、久しぶりに飲んだ味にホッとする。


「すごく美味しいです」

「ありがとうございます」


 満面の笑みで執事さんにそう伝えると、執事さんはホッとしたように笑顔を浮かべ、兵士さんの後ろへと控えた。それを見つつお菓子に手を伸ばして頬張ると、ラポームの味がした。なるほど、だから甘酸っぱい香りがしたのかと納得する。

 ほんの少しとは言え、巫女の力を使ったので補給する。もう一度コーヒーを飲んで人心地つくと、兵士さんが口を開いた。


「私は、シュタール国王妃であらせられるアストリッド様の護衛騎士で、デューカス・アルブレクと申します。彼は私の腹心であり、この屋敷を取り仕切っている執事のイプセンです。元上級巫女で、神官でした」

「イプセンと申します。以後、お見知りおきを」

「貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「私はセレシェイラです。呼びにくかったら、シェイラで構いません。そして、このフェンリルはカムイと言います。一緒に旅をしています」

「カムイだ」


 カムイが肉声で話すと二人は驚いた顔をしたが、結局は何も言わなかった。

 それにしても驚いた。イプセンが上級巫女だというのは「浄化した」と言ったことから何となくわかった。浄化は上級巫女じゃないと扱えないからね。

 それとデューカス。セカンドネームがついてるよ。爵位はわかんないけど貴族だよ。しかも、会えたらラッキー! くらいにしか思っていなかった、アストの護衛騎士と来た。まさかもう屋敷にいないことがバレて、ラーディから連絡が行ったのだろうかと内心頭を抱える。まだ一人旅を満喫してないのに。


「それで? なぜ、王妃様の護衛騎士である貴方がこんなところにいるんですか?」

「それは、アストリッド様が、貴女をお連れするように、と」

「は? 意味がわかりません。私と王妃様には、何の接点もないんですが」


 やっぱりラーディ柄みかと、表面は困惑した表情をしつつも、内心では短い一人旅だったなあとガックリしていたのだが。


「実は、アストリッド様は現在王宮を離れ、この街の外れにある離宮に滞在しています」

「はあっ?!」


 何の脈絡もなく突然そう言ったデューカスに、思わずすっとんきょうな言葉を上げてしまった。おおい、アスト! 王妃が王宮を抜け出したらマズイじゃないの! なんて思っていると、扉がノックされた。

 イプセンが扉を開けると、そこにはプラチナブロンドを結い上げ、瞳と同じ色の淡いブルーのドレスを纏った女性が立っていた。それを見たデューカスは目を瞠ったあとで慌てて立ち上がると、その女性を諌めた。


「私が必ずお連れすると申し上げましたのに! なぜ護衛も付けず、突然私の屋敷にいらしたのですか!」


 その女性は、行動を諌めるデューカスの言葉が聞こえていないかのように後ろに控えていた侍女を下がらせてから一人で室内に入ると、イプセンは困った顔をしながらもさっと扉を閉めてコーヒーの用意を始める。

 デューカスは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも礼をし、私も立たないとマズイよなあなんて思い入れながらも立ち上がり、突然現れたその女性の顔を呆然と見ることしかできなかった。

 懐かしい顔、気品に溢れた懐かしい姿。その姿は三年前と変わらない。いや、三年前よりも大人になり、綺麗になった。

 まじまじと私を見る淡いブルーの瞳が徐々に潤み、わなないていた唇をキュッと噛むと、涙を溢しながら私に抱き付いて来た。


「リーチェ!」

「うわあっ!」

「貴女に会いたかった! どうか、わたくしを助けてくださいませ!」

「……何でまたこうなる」


 驚いた顔をしたデューカスとイプセンを横目に見つつ、しくしくと泣きながらギュッと抱き付くアストの頭を撫でながら、つい最近もこんなことあったよなあと小さく溜息をついた。



 ***



「落ち着いた?」

「ええ。申し訳ありませんわ」

「泣かないアストが泣いたから、ちょっとびっくりしたけどね」


 そうからかうと、アストは頬を染めながらツンとそっぽを向いた。アストは照れるとこういった態度に出るのだ。それが変わってないのはちょっと嬉しい。


「そう言えば、アスト、指輪をありがとう」

「ラーディ様から手渡されたんですのね?」

「うん。どうせなら、封印じゃなくて力を消してほしかったけどね」

「それはダメですわ! わたくしは、リーチェの力をあてにしてるんですもの!」


 『リーチェ』よりも――最高位の巫女三人の中でも一番強い力を持っているくせに何を言ってるんだと思いつつも、ラーディたちに言ったように、現在の私の名前を告げる。


「セレシェイラ」

「はい?」

「私はもう『リーチェ』じゃないわ。今はセレシェイラなの。本当は桜と言うんだけど、多分アストも桜とは言えないと思うから。セレシェイラが言いにくいなら、シェイラでもいいわよ?」


 にっこり笑うとアストは目を見張り、デューカスとイプセンは『リーチェ』というアストの言葉も相まってか、困惑した顔をしていた。それに苦笑しつつ、フローレン様との約束を思い出しながらこれまでのことをざっくりと説明すると、三人は目が落ちるんじゃないかと思うくらい目を見開き、口をあんぐりと開けた。


「確かに、私には『リーチェ』の記憶がある。でも、その記憶も欠けてる部分があることを考えれば、私は既に『リーチェ』ではなく『黒木 桜』という異世界人なんだと思うの」

「シェイラ……」

「そんな悲しい顔をしないで、アスト。記憶が欠けてるとは言え、アストやレーテと過ごしたことも、会話もちゃんと覚えているから」


 笑顔を浮かべてアストの手をポンポンと軽く叩くと、アストは嬉しそうに笑顔を浮かべてこくん、と頷いた。


「それで? 私に会いたいと言ったのはどうして?」

「わたくしは……」


 意を決したような顔をしてアストが話し始めたことは、何と言うか……ある意味衝撃的、だった。


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